31.共犯者共め!
本編「微かな違和感」〜「共犯者共よ」別視点です。
「おう、上がった。」
「分かった。」
この晩から男女ともに一部屋ずつに集まることが決まった。入浴の順も男子部屋はジャンケンで決めた。
千葉と入れ替わりでオレはシャワーに出た。
烏の行水、オレはさっさと浴びてさっさと出た。
カフェテリアのスペースで水を飲んでいると、同じくシャワーから出てきたらしい本山がやってきた。
「あれ、さっき千葉くんが入ってたよね?」
「もう上がったよ、オレはそんな時間かからないからね。」
「ボサボサじゃない。あ、石田くんお湯沸かしてくれる?」
何やらタオルを準備している。何をしているんだろうと思いつつ、お湯を沸かす。
オレが首を傾げていることに気づいたらしく本山は苦笑しながら教えてくれた。
「美波ちゃんがシャワー浴びる元気もないみたいでね。せめて体拭けるようにって。覗いちゃダメだよ?」
「興味ないよ。」
「1番揶揄いがいのない人に言っちゃったな。」
ちぇ、と本山はつまらなそうに唇を尖らせた。
「でも、石田くん、落ち着いてるよね。」
「……そう?」
「うん、まるで何か最終兵器でも持ってるみたい。」
まぁ持ってるんだけども。
思ったより動揺はすることなくオレは何言ってんの、と流した。相変わらず表情筋は休養中だ。
そんな話をしているとお湯が沸いたため、洗面器に湯を入れた。
「ありがとうね、手伝ってくれて。」
「いいえ。お大事にって伝えておいて。」
本山を見送ると入れ違いに武島が出てきた。
ペコリと会釈してきたのでそれを返すと、何かを思い出したかのようにこちらに駆けてきた。
「あ、あの……。」
「どうしたの。」
「その、屋上から下ろしてくれてありがとうございました。でも、その言わないでくださいね?」
「何を?」
武島が言わんとしようとしていることが分からず、耳打ちしようとしてくる彼女に合わせて腰をかがめた。
「その、私が重かったことを、梶谷くんに。」
「……。」
「それだけです!」
思わぬ言葉にオレはポカンとしてしまう。別に武島1人くらい重くないんだけど。まぁ非力なアイツからすれば重いかもな。
なんか、ちょっとだけ外に出た後の楽しみが増えたかもしれない、とオレは小さく笑った。
さすがに眠くなってきた。欠伸をしながら戻るとすでに2人は布団に入っていた。オレも布団に潜り込んだ。
それに気づいた千葉がおやすみと挨拶をしてきたため、オレが返すと身体は自然と眠りについた。
何だろう、オレは身体をぶるりと震わせて起きた。
ふと、梶谷のベッドの方を見ると小さく寝息を立てながら寝ていた。1番最初の部屋は風磨と荻が、それに須賀も鼾をかいていたなと思い出す。そういえば千葉は静かなんだよな、と彼のベッドに目をやった。
あれ? オレは目を擦った。
そしてもう一度見て自分の目を疑った。
千葉がいない。
そこからの動きは早かったと思う。
布団を叩いて千葉がいないことを改めて確認した。いないことを確認すると、もしや酒門の部屋に行っているのか、慌てて女子部屋を訪ねると本山が起きてきた。
「ごめん、朝早く。酒門は? 千葉は来てない?」
「美波ちゃんなら寝て……ない?!」
慌てる本山を尻目にオレは部屋に戻って梶谷を揺らした。寝起きの悪い梶谷は唸りながら起き上がった。
「梶谷、起きて。千葉がいない。」
「はい……?」
たぶん、頭に入っていない。
オレの言葉に目を擦りながら首を傾げた。
「……どっかいってるんじゃ、ないんすか?」
「今何時だと思ってるの。まだ朝の5時だよ。オレが早起きなのは知ってるでしょ。そんな時間に寝床に千葉がいた形跡も、温みもないなんて考えられる?」
オレが冷静に伝えると、梶谷は急に目が覚めたらしい。梶谷は身体を飛び起こした。
「どういうことっすか?!」
「分からないよ。それに女子部屋も一緒、酒門がいないらしい。」
「は?!」
梶谷は乱雑に顔を洗うと慌ててカフェテリアにやってきた。女子部屋の方も同様にバタバタと騒がしくしており、武島や本山も出てきてくれた。
「酒門さんもいないって……!」
「分からない……石田くんに起こされて、美波ちゃんに聞こうとしたら布団の中なんてもぬけの殻で……。」
「酒門さん、とても無理できるような状態じゃなかったのに……。」
ぐず、と鼻を啜りながら涙する武島の言葉で3人はまさか、と嫌な予感がした。考えられることは1つだ。
「……千葉が、酒門に協力したんじゃないの。あの2人、仲良いし。」
「でも、何で、この世界だって、十分に調べられてないのに!」
「酒門さんにとっては、十分だったってことすか。」
梶谷の言葉が答えだ。
彼女は事前に久我から渡されていたアドバンテージがあった。
「でも、それなら2人はどこに行ったの?!」
「隠し部屋、それしか考えられません。」
本山の問いに間髪入れずに梶谷が答える。
「なら、端末使ってでも……!」
「いや、ちょ、それは待って……。」
梶谷が端末を出した本山を止めようとしたが、彼女は自身の端末を見た途端目を丸くした。
それを隣から覗き込んだ梶谷も、え、と小さく呻いた。
「どうしたの?」
オレと武島も思わず2人を囲む。
電源をつけてないはずの端末が爛々と画面に明かりを灯しているのだ。
「本山、まさか、」
「私、つけてないよ!」
「……本山さんのいう通りかもしれません。」
武島も自身のを見たようだ。告げた通り、画面はついたままである。
「ロック、開いていい?」
「いいっすよ……。」
武島と本山が恐る恐るロックを開錠すると、画面はあっさりと開く。オレも普通に開いた。
「梶谷も開いた?」
「……開くまでもなくオレのっすよ。それに開いていないことで、【スズキ】の影響を受けないことも確認しないと。」
なぜ開かない? いや、そんなこと言ってる場合ではないか。
突如、モニタールームの方から警告音が、続いてロックを解いてオンラインとなった3人の端末にメールから受信音が鳴る。何でオレにも届くんだよ。オフラインにしたはずでないか。
「モニタールームにいきましょう!」
梶谷の声に弾かれて、全員がモニタールームへと向かう。
案の定、というべきか。モニターも見事に明かりがついており、モニターの先には空席となっている【スズキ】の席が存在していた。
「……【スズキ】さん、いるんすか?」
『いるも何も憤ってるよ!』
音割れする彼女の怒鳴り声に、武島は肩を震わせた。梶谷も一瞬怯んだが、ぐっと堪えて冷静に返答した。
「……気に食わなかったのはこの世界を見られたことっすか? それとも端末による支配を邪魔されたことっすか?」
『どっちもだよ! ざけんな! それになぁ、こっちだって知らぬ間にダストボックスにプレイヤーが放られてるモンだから困ってるのよ!』
「……は?」
どういうことだ?
彼女は何と言ったのか。
“ダストボックスにプレイヤーが放られた” つまりは、誰かが見知らぬうちに【強制退場】をされ、この世界から一足先に消えてしまったということだ。
『今のところ、所在が掴めないのはロック解除していない梶谷さん、酒門さん、千葉さん。その誰かが【強制退場】してるってことですよ!』
「……なんで、そんな。」
武島が膝を折ってへたり込む。
流石にオレも状況が掴めなかった。ただ、端末を開いたことがハズレであることだけは分かった。
だが、その候補に名前の上がった当の梶谷はひどく落ち着いていた。
「……【スズキ】さん、オレ達と勝負しませんか? 前のゲームも、5つ目の世界で大きな変化が起きて、ドラマチックなゲームになったんじゃないっすか?」
『ほう……?』
梶谷の提案に【スズキ】が食いついた。
果たして何をするつもりなのか、オレ達は黙って見守った。
「アンタは、恐らく隠し部屋のせいで2人のどっちが【強制退場】したか分からない。そして、アンタには理想の筋道があるはずっすね。でもオレ達は真実を追う。例え、どんな結果だとしても。」
『……。』
「だから、勝負っす。
アンタの理想が勝つか、オレ達の選んだ道が勝つか。そんで、賭けに勝ったらオレ達の要求を飲んでください。」
『あなた達が負けたら?』
「……その時は、もう一度このゲームを受け入れます。それでも物足りないなら、オレが【サポーター】になって、アンタの理想通りのゲームメイクをする。どうっすか?」
「そんなの許される訳……!」
何で自分が犠牲になるような選択をするんだ。そして、こんなくだらないゲームをまたやるなんて、皆を失うなんて御免だ。
しかし、オレの言葉は【スズキ】の大笑いにより掻き消された。
『いいでしょう! その勝負、受けて立ちます! そして、最後の討論はせっかくなので、私も参加させていただきましょうかね。』
「……え、それって大丈夫なの?」
本山が青ざめたまま尋ねると、ふと彼女は馬鹿にしたように悪く微笑む。
『何、意地の悪いことはしないですよ。ただし、条件を設けさせていただきます。』
「……条件?」
武島が明らかに不安そうな表情を浮かべた。
『答えが重複した場合は、私の勝ちとする。いいな?』
「それってこっちが不利だろう……。」
オレが呟くと梶谷はあっさりと言ってのけた。
「別に構いませんよ。ただし、4つ条件を要求します。
1つ目、後出しを防ぐために両者が解答した後は、2時間、オレ達のアバター情報の変更が不可能になるプログラムを組ませてもらいます。
2つ目、正しい実行者のログアウトを以て、オレ達の要求を飲んでください。
3つ目、オレ達が尋ねた事には隠し事をしない事。
最後、残り3人の端末のロック解除を強制しないこと。
少なくとも前2つは守ってもらわないと困りますけど。」
『ふむ、いいでしょう。』
いいのか、それで。
オレの考えは及ばないらしい。もう黙ることにした。
「話し合いは……プログラムを組みたいので今日の14時でどうっすか?」
『構いませんよ。プログラムはそちらで組むつもりですか?』
「ええ。2時間もあれば。」
『楽しくなってきましたね……。ではまた14時に。』
それだけを残すと画面はプツリと切れた。
梶谷は後からじわじわと罪悪感を覚えたらしい。恐る恐る背後の3人の顔を確認するように振り返った。
オレはたぶん不服だという顔をしていると思う。武島は悲壮感たっぷりで涙目、本山は呆然としていた。
「いやー……、そのすまねっす。」
「すまねっす、じゃないよ! 明らかに相手が有利だよね?!」
「それよりもう1回ゲームなんて嫌だよ!」
「……梶谷がアイツの言いなりになるなんてはた迷惑なんだけど。」
三者三様に痛烈な批判を投げつけた。
梶谷はうっ、と弱った顔を見せたが、ぶんぶんと首を横に振った。
「でも、勝てたら脱出できます。
あの酒門さんが千葉さんを巻き込んでまで計画したことっす。きっとオレ達に有利なものを残しているはず。それに相手は隠し事できませんけど、オレ達はできる。それなら議論を有利に進めることだって容易なはずです。勝てば、いいんすよ。」
「私はそれが厳しいよね、って言ってるんだけど……。」
自信満々に答える梶谷に、頭を抱えた本山は大きくため息をつくとよし! と気合を入れるように自身の頬を叩いた。
「まぁやるって言ったからには覚悟決めないとね! 2人も覚悟決めて、さて、まず何をする?」
「……本山さん。」
「別にオレはそれに関しては何も言ってないけど。ま、千葉も協力してる訳だし、勝てばいいよね。」
「私だって、酒門さんにはお世話になってますから、信じてます!」
「石田さん、武島さん……。」
もうやるしかないんだろう。それがいつになるかの問題だ。
「なら、さっき言ったプログラムをすぐに組みます。石田さん、例のものを借りてもいいですね。」
「……これ?」
石田が持つUSBを借りる。
本山は存在を知らないため武島が拙くも説明をしている。
「これでアバターを書き換えます。恐らく作業自体は20分くらいで終わりますが、切替までに2時間かかります。その間は飲み食いしないでください。それからは、いつもどおり調査っすよ。」
「分かった。」
「うん……。」
「分かったよ!」
早速梶谷は作業に移る。
その時の目は何かを覚悟したような、強い瞳だった。




