28.死ぬな
本編「生きて」の別視点です。
それきり、酒門も木下も言葉を発することはなく少しばかり時が進む。全員が誰に何を呼び掛ければいいのか分からなかった。
そんな状況下で言葉を発したのは、意外にも内気な彼女だった。
「……木下さん。」
「何ですか。消すならさっさと消せばいいではありませんか。私は自らログアウトをするほどお人好しではありませんよ。」
どことなく刺々しい口調に怯むことなく武島は会話を続ける。
「その、ごめんなさい!」
思わぬ謝罪に木下は一瞬驚いた表情を浮かべたが、みるみる憎しみを前面に出して彼女に掴みかかった。
「全く、死にたがった貴女が生き残って、誰よりも生き残りたかった私が消えるなんて、理不尽にも程があります!
いいですか、武島さん!」
今までの上品な彼女は何処へやら、顔面は涙でぐしゃぐしゃになっており鼻頭も真っ赤になっている。武島は決して泣かないように堪えているのだろうが、すでに涙は溢れていた。
「何が何でも、貴女は残って全員救うことに尽力なさい! それが、唯一できることで、誰もが望んでいる第一課題なのです。」
「……うん。」
彼女はゆっくりと頷く。今までの、どの言葉よりも強く、強く。
そして、木下はどこか諦めたように酒門を睨みつけた。
「……酒門さん、まさか貴女にしてやられるとは、思ってもいませんでした。恨んではいないと言えば嘘になりますが、これが貴女の最善と考えるならば、それ以上のことは問いません。貴女が強情なのはよく存じておりますから。」
「……悪いね。」
酒門は決して木下から視線を外すことなく謝る。
その潔さに諦めたのか、彼女はふと微笑んだ。
でもこの話は決して美談ではない。オレはどうも警戒を緩めることはできなかった。
「木下さん、」
「何ですか?」
一方でこの2人だけは互いに向かい合っていた。そして、武島は意を決したように彼女に問いかけたのだ。
「私が、ログアウトさせてもいい?」
木下は彼女の言葉に驚き目を見開いたが、すぐに穏やかな表情になると、ゆっくり頷いた。
それから、彼女は多くを語らず、また別れの言葉も告げず、静かにログアウトしていった。
しかし、異変は息を吐く間もなくやってきた。
モニターには赤字で【error】の文字が浮かび上がる。
「なっ、何これ……!」
「酒門、何したの?!」
本山も武島も溢れていた涙は引っ込んでしまったようで、揺れでそのまま腰を抜かした。梶谷も同様で、千葉さえもふらついた。
なんとか踏みとどまった冷静に壁に触れる彼女を問い詰めた。たぶん、恐ろしい形相になってただろう。
ただ目の前の彼女もどこか驚いたような、想定していなかったというような顔をしていた。
「……こんな早く、切り替わるのは予想してなかったな。」
『酒門美波ィ!!』
彼女の独り言をかき消すような怒号が、音割れしながら部屋中に響く。一瞬警告音も消えたかと思うくらいだった。
『アンタ、なんてことをしてくれたんだ! このままじゃあ、私のゲームが……ただでさえあの2人が消えたっていうのに、何で自分を【サポーター】に書き換えやがった!』
「は、【サポーター】は久我じゃ……?」
「えっ、それならログアウトできてるはずですよね?」
顔がぐちゃぐちゃのまま、慌てた武島が尋ねる。彼女については、今までの隠し部屋などに関する情報を知らないのだから当然のリアクションだ。
「いや、【サポーター】が本来久我さんならもうゲームは終わってるはずっすよ。」
「でも、隠し部屋以外端末の使えなくなる部屋ってあった?」
「……ないね。」
酒門が目の前のオレに尋ねてきたため答えた。オレが知る限りではそんなもの知らない。
確かに、もし前回のゲームに沿ったカタチなら、もう1部屋あるはず。
なぜなら、前回のゲームには、ゲーム開催をした元凶である【ウイルス】という名の原因がいたからだ。しかし、今回部屋はない。
ここではっと梶谷は息を呑んだ。
「もしかして、最初から【サポーター】の消滅に関わらず、オレたちにゲームをやらせるつもりだったんすか?!」
『黙れ黙れ黙れ! お前たちはただのキャラクターだ! こうなればリセットをしてやる! お前らを殺してもう一度ニューゲームさ!』
「……間に合わないよ。」
モニターの向こうでキーボードを叩いているらしい発狂した【スズキ】に淡々と、彼女は述べた。
「ゲームは続く。アンタが私たちを殺すには直接肉体を殺すか、ゲームで廃棄するかだ。でも、アンタに前者を選ぶことはできない。」
『うるさいうるさいうるさい! 』
発狂する【スズキ】に対して、酒門は口角を上げた。やっとやってやったと言わんばかりに。
「なぜなら、アンタの一部もこのゲームに参加しているから。そして、このゲームをアンタの支配下から切り離す。」
オレはこの時酒門が恐ろしく感じた。
確かに自分の身を犠牲にしてでも、という想いは抱く。だが、そこから全てを捨ててまで賭ける勇気をなぜ平然と持ち合わせているのか。
梶谷が何かを言おうとしたがそれは叶わず、モニターから聞こえる警告音の音量は一気に上がる。
とてもでないが立っていることも困難なほどで千葉までも倒れてしまう。オレは咄嗟に壁に寄りかかり、倒れそうになった酒門を支えた。
【スズキ】は酒門に何かを言った。オレの耳にそれは聞こえなかった。
だが、酒門の言葉が聞こえた。
「アンタが望んでいた理想のゲームは終わりだ。私たちが、この手で終わらせる!」
その言葉が【スズキ】に届いた瞬間揺れは激しくなった。倒れかけた酒門を庇いながらも、オレもまた立っていることが叶わず目を閉じるしかなかった。
まさか彼から連絡が来るとは思っていなかった。
夜勤明け、高校生が14名も行方不明になった事件、何だか聞いたことのあるようなないような事件だと欠伸をしながら道を歩いていたら、懐かしい名前から連絡があった。
「……もしもし。」
『眠そうだね。夜勤明け?』
「……そうだよ。というか、春翔も疲れた声してるね。今回の、担当なの?」
『はぁー、君たちはいかんせん勘が鋭いね。』
「たち?」
ということは、恵にも連絡がいっているのか。
この3人の共通点といえば、前回の【箱庭ゲーム】の終焉に立ち会ったことだ。
嫌な予感を働かせていると、電話口の向こうの声が真剣味を帯びる。
『本題だけど、至急協力してほしいことがある。事件の詳細については今は話せない。申し訳ないけど仕事も数日休んでほしい。』
「例のゲームが関わってる、ってことでいいよね?」
彼は肯定した。
まさか、高校生行方不明事件ではないだろうなと思考を巡らせる。
あの凄惨な事件が再び起きようというのか。
それならなぜ、どこの誰が、
そして自分が招集される理由は嫌でもわかる。
「……もう一度、あの世界に。」
正直なところ、御免だ。
でも、今度こそ【箱庭】を壊さなければならない。
舘野琴乃は、行き先を変え、警視庁に向かうバスへと迅速に乗り換えた。




