27.解決編④
本編「解決編④」前後編の別視点です。
各自の調査が終わり、ログインルームに集まった。
いつものログインルームも、現在は7人しかおらず閑散としている。しかしここはさらに広くなる。
これから新たに1人、いなくなるのであるから。
「じゃあ、話し合い、始めましょうか。」
「あの!」
梶谷が切り出すと、勢いよく武島は挙手をした。他のメンバーは少しばかり驚いた様子だが、彼女は真っ青になりつつも、あの事実を告げようと口を開く。
「……疑われるのを、承知で言わせてください。私、須賀さんがあの時間に倉庫に来るっていうの、知ってたんです。」
「はい?」
険しい顔をしてみせたのは木下だ。しかし、武島は慌てつつも順を追って丁寧に説明を始める。
「私、酒門さんと一緒に、一昨日須賀さんからリビングルームにくるように呼び出されたんです。」
「……それって今関係あることなの?」
本山からのごもっともな質問だった。オレも事情を知らなかったらそう考えると思う。特に武島からの言葉であれば尚更。
しかし、武島は臆せず首を縦に振る。
「だって、その時に彼は私に須賀さんを【強制退場】させるよう、酒門さんにはそのサポートをするように言ったんです。しかも、今回現場となった倉庫で待つと言って。」
場が静まり返る。
それもそうだろう、自身が疑わしくなるのを承知の上で恐ろしい事実を告げてきたのだから。
ただこのままの空気でも話は進まない。オレは二言添えた。
「ちなみにだけど、オレらが今朝武島と一緒にいたのは須賀を説得するため。……だからといって武島が白くなるわけではないけど。」
微妙な空気は払拭しきれなかった。千葉が明朗な口調で申し訳なさそうに竦んでいる武島に声をかける。
「でも、ちゃんと伝えてくれてありがとな。潔癖になるわけじゃねーけど大事な情報だろ。」
「……でも何でまたその2人にお願いしたの?」
千葉の声かけで武島は少し力が抜けたのか、本山の質問にもしっかりと答える。
「切っ掛けは、昨晩です。私、須賀さんの提案の前から、矢代さんのことが耐えきれなくて、自殺をしようとしてたんです。」
「「自殺?!」」
その事実を知らなかった本山と木下が驚いた声を上げた。美波も僅かに表情を歪めた。
「……アイテム使用歴を見ていただければ分かると思いますが、1回目は酒門さんに薬を没収されて失敗して、2回目は梶谷くんと石田さんに首吊りを助けてもらいました。結局、怖くて死にきれなかったんです。」
彼女は俯きかけていたが、でも、と何かを決意したような表情をしていた。
「それから、2人の話を聞いて、安易に死のうとしていたのが間違いだって気づきました。だから、ちゃんとゲームと向き合おうって思ったんです。次に進むために、私も、ちゃんと証言も、推理も頑張ります。」
場は静まるが、ふぅ、とため息をついたのは酒門だった。
「黙ってても仕方ない。さっさと議論を進めよう。ある意味でアドバンテージがあるのは、武島と私。ただ、お互いに情報があるってことはこうやって公になるのだからむしろディスアドバンテージだよ。」
「ちなみに貴女は……疑いたくはないのですがアリバイはあるのですか?」
「アリバイはむしろがっちりありますよ。」
梶谷は端末を取り出して指を差す。木下の疑問は当然のものだろう。
「【酒門さんの端末の更新履歴】を確認したっす。オレたちのは定期更新がありますけど彼女のは昨晩の21時から更新されておらず、退場情報も10時37分に受信。つまり、その時間まで端末の使えない隠し部屋にいたっていう証拠っすよ。」
「なら、酒門もシロってことだな。」
「そっす。話を聞きに行った時、気づいたことあります?」
梶谷が尋ねると、酒門は少し悩むような様子を見せる。
「1番奥のソファに須賀が寄りかかってて、武島は扉に近い方の椅子に座ってた。私は最後に部屋に入ったね。……正直武島は話聞いてるのか不安な感じだったけど。ただ須賀はもう消えることを覚悟しているような、そんな感じだった。」
酒門の言葉を聞いた千葉はあれ? と首を傾げる。
「でもよ、【退場情報】によると目立った外傷は無かったんだよな? なら余程不意を突かれたか、須賀が消えることを受け入れたってことだろ? 言っちゃアレだがやっぱり武島が怪しいのは間違い無いよな。」
「体格的にも、パワー的にもこのメンバーの中で1番強いもんね。」
本山の言う通り、その条件だけで言えば当てはまるのはオレが犯人に近いがアリバイがある。強いて言えば千葉だけど、無傷でやるには余程不意をつかないとな。オレもだけど。
「なら、武島、千葉、木下、本山のアリバイをどうにか証明するか崩すかしないとね。」
「そう仰るなら1番アリバイ証明できる時間がありそうなのは本山さんですわ。彼女は【AIの方々とお話しされていたのですから】。」
梶谷と武島曰く、【寿】と【高濱】は8時24分から9時15分まで起動していたそうだ。彼らが嘘をつくなど、【スズキ】に細工されていない限りはよほどないだろう。
「でもそれだけじゃ、証言のあった【8時24分から9時15分】の間の時間しか証明できないっすよ。」
「そういえばあの【スズキが送ってきた履歴】って役に立たないわけ? 木下とか。」
酒門は木下に向かって尋ねる。
「私は温室の壁の一部が01になっているのを9時前に見ましたわ。ちょうど本山さんと千葉さんも確認できるのではないですか?」
「この時間、オレ何も心当たりないんだけど。」
「私は01は見てないけどぱちぱちって鳴る音は聞いたよ。小さかったから聞こえなかったのかもね。」
このやりとりで梶谷は何かに勘づいたようだ。表情を曇らせて辺りを逡巡している。
そんな中、千葉がうーんと唸りながら意見を落とす。
「……オレ、本山はほぼ犯人でないって決め打っていい気がするぜ。」
「オレも。」
「私もそう思う。」
さすがにメールの時間と合っているしなぁ。
オレと酒門の同意を得て、楓は安心したのか肩を撫で下ろす。
だが、そこで追撃の手を緩めないのが梶谷と酒門だ。
「……3人の中で、現場となった倉庫について何か気づいたことは?」
「正直、綺麗だと思いましたわ。」
「わ、私も整然としてるなって思いました。」
「なら荒らさずに須賀さんを消せるのは状況証拠的に武島さんで間違いないです。他にアリバイもありませんしね。」
木下の言葉に驚いたような顔をしているのは千葉だった。千葉にももう犯人が分かったようで、梶谷と美波を順々に見やった。
「もういいっす。犯人はわかりました。」
そして梶谷は犯人に告げた。
「木下さん、アンタは焦りすぎっすよ。」
彼女は表情を変えず、梶谷をジロリと睨みつけた。
「何を根拠に仰ってるのですか?」
あくまでも冷静に彼女は返してくる。しかし、何となく無理矢理動揺を鎮めているように見えた。
「アンタは2つ失言をしてる。1つ目は、音についてだ。」
「もしかして、私が聞いたぱちぱちって音について? でもアレって物質が、0と1に分解する時の音なんでしょ?」
本山の言葉を聞いて、武島がハッとした顔をした。彼女も共に【スズキ】から履歴の話を聞いていた人物だ。
メールには載っていない、何か言及があったのだろう。
「もしかして、音に言及していないから?」
「それもあるっす。でも、そこじゃない。【スズキ】が言ってたじゃないっすか。履歴に残っているのはあくまでも音のみでしか認識はできない、数値化したものは履歴に残らないってね。」
なるほど。履歴の時間通りに木下がその場にいたというなら本山のように音だけを聞いているはずであり、数字を見ているのはおかしいのか。
「つまりは、【スズキ】の言葉通りなら、履歴の時間に0と1が見えるのはおかしい、と。」
「はい。ただ、音については千葉さんも気づかなかったって言ってましたし、なんとも言えないっす。それより、気になったのは2つ目の失言です。」
ちらりと千葉を見つめると、彼が最も詳しい情報を述べ始めた。
「木下の、『荒らさずに須賀さんを消せるのは状況証拠的に武島さんで間違いない』って言葉、どう考えたっておかしいんだよ。倉庫は間違いなく荒らされた後なんだ。」
「なんでそんなことがわかるんですか?」
「逆にお前は分かんねーのかよ。」
彼はそう言うが、この世界になってから倉庫のことを調べている人物しか分かるまい。しかも、千葉のようなマメに確認している者しか。
「倉庫には、奥の物がたくさん置いてあった場所に【しゃがんだ跡】があった。加えて、【そこに行くまでの物品の位置が入れ替わってた】んだよ。」
「この証言をするなら、オレは千葉が犯人はあり得ないと思うよ。犯人ならこんな細々したこと証言しないと思う。」
こんな細かいこと知っているのは千葉くらいだ。
逆に千葉が犯人なら黙っているのが有利であることは自明だ。
「……でも、武島さんも完全には容疑が晴れるわけではありませんよね?!」
「ありえないよ。武島なら、しゃがんだ跡も、物品の入れ替えの必要もない。」
須賀は武島が来たと認めた時点で抵抗はしないし、なんなら自ら片付けるくらいだろう。
「それに、入れ替えられた物品の場所、2番目の世界の時の順番と一緒なんだよ。2番目の世界で、最初に倉庫の調査したの、お前だろ。」
千葉の追撃にグッと下唇を強く噛んだ。
彼の言葉が決定打であった。
諦めたのか、彼女はふっと肩の力を抜いた。しかし、彼女の表情は最後の悪足掻きを決めたような、今までに見たことのない表情だった。
「なら、聞かせてください。」
「……何すか。」
すぅ、と彼女は息を吸った。
「私はどうやって須賀さんが倉庫にいるのを知ったと思いますか? そのことを知らなければ、今回の計画は不可能な筈です。
それに、須賀さんがどうして私に抵抗せずに消されたのですか? 彼は、武島さんを救いたかった。なのにこれでは、武島さんを消しかねない行為ですよ。」
確かに、それは木下の指摘のとおりだ。
だが、梶谷が口を閉ざした時、酒門は一切躊躇いなく俄には信じられないことを口にする。
「……アンタが知ったのは、私と武島が、須賀に呼び出された時でしょ。後ろをつけてたの、アンタだったんだ。」
「……気づいてたんですか?」
みるみる顔色が悪くなる。そして、何かに気づいたのか、彼女の顔は真っ青になり酒門に掴みかかる。
嫌な予感がした。
「なら、貴女は、私が聞いているのを知っていてあんな質問をしたんですね!」
「あんな質問……、あ。」
武島も心当たりがあったのか、顔色があからさまに悪くなっていく。
その傍らの梶谷が確信めいたトーンで尋ねた。
「何か覚えてるんすね。」
「……うん。」
武島は語り始める。
彼女が朦朧としている中で行われたやりとりを。
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『オレを【強制退場】させて、武島さんを脱出させてほしい! 酒門にはその協力を依頼したい。』
『……そんな、』
武島はそれきり口を閉ざした。
自分が何の役にも立たず苦しそうにしているから、彼が見かねてこんな戯言を言い出したのだ。
酒門は腕組みをしたままため息をついた。
『協力って、具体的に何をするの? そもそも私にメリットが一切ないよね? データになって消えろって言われてるようなもんだよ。』
『確かに、そうだな。』
呆れたように彼女は髪をわしわしと掻いた。この時は珍しく煮え切らない須賀に苛立っているのだろう、と朧げに思っていた。
『例えば、武島のアリバイ作りのために、私が武島の端末を持ってアンタを消しにきても【強制退場】を受け入れるってこと?』
『勿論だ!』
『武島が頼めば誰が来ても信じられるわけ?』
『ああ! 武島さんは嘘だけは吐かんからな。』
愚直なまでに真っ直ぐに答える彼にこんな決断をさせてしまったことが申し訳なくて、情けなかったそうだ。
武島は立ち上がると耳を塞ぎながら薄く開いていた扉を開き、廊下へと飛び出した。もちろんそのあとの2人の会話は聞いていない。
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「なら、急襲に失敗して姿を見られても、莉音ちゃんが頼んだ、って言い訳すれば須賀くんはほぼ無抵抗で間違いないじゃない!」
本山は悲鳴のように叫んだ。図星だったらしい木下はそこで膝を折り、床に座り込んでしまった。
それと同時に表情を歪めていたのは梶谷だった。
「っ、てか待ってください! ならアンタは木下さんが何かやらかすことを分かっていた上で何もしなかった、ってことですか?!」
そうだ、酒門の話が本当ならアイツは黙って凶行を見過ごしたということだ。
全員の非難する視線が酒門に集まった。
しかし、覚悟していたのか彼女の視線はモニターを捉えていた。
「……それを話すのは、次の世界で、だよ。」
彼女はオレ達「視線を一切送ることなく、【スズキ】をゆっくりと睨みつけた。
一体彼女の中の何がそこまで駆り立て、非情な手段を選ばせたのか。オレには一切理解できないまま、世界の終焉が刻一刻と近づいていた。




