25.強き弱者
本編「素直な気持ちを言葉に」別視点です。
勘が鋭いとはよく言ったものだ。
オレは弱っている梶谷を千葉に預けて、1人屋上にやってきた。というのも、ここでやっと赤根さんに言われた秘密兵器とやらの存在を思い出したからだ。
それに1つ前の世界、つまりは木下の世界で、犯人のヒントを探索しているときに謎の光からあるものを受け取った。
それはUSB。
ただ、何に使えば、どこに挿していいのかなどオレには判別できない。プログラミングに明るい梶谷はPCから絶賛隔離中、酒門は失踪中、香坂と加藤は脱落済み。お手上げである。
ならば渡してきた本人に聞けばいいではないか。
シンプルで的確な解決策だ。
オレが屋上に向かうと、予想通り、待ってましたと言わんばかりに動けない世界が展開される。オレは勝手に赤根ワールドと呼んでいる。
オレはいつも通り、横になって話をする。
『USB、世界が再編されても消えなかったんだね。』
『もしかして、お試し版渡されたってこと?』
『そうだよ。【スズキ】に感知されないか、再編で消えないか、試したかったんだよね。』
それでオレの身に何か起きたらどうするつもりだったんだろう。まぁ、この人のこと受け入れている時点で他の選択肢はないんだろうけど。
赤根さんはオレの考えていることを読んだかのように、勝ち誇った声音で言った。
『でも、成功。今から君に最終兵器を渡すよ。』
ピンクのUSBが光る。
果たして何が起きたのかオレには分からなかった。
『次の世界……私の世界にきたら使って。もしこれから特別なパソコンが現れたらそれを挿してあるデータをコピーしてほしい。そうすれば、そのUSBは【スズキ】にとっての脅威になる。』
「特別なパソコン……? AIが入ってるやつ?」
『それではなく、』
バチン、と突如赤根さんの姿が消えた。
オレは咄嗟にUSBをポケットに仕舞い込んだ。慌てて起き上がったけど周りには何も変化はない。ただ、梯子の方から何やら足音が聞こえた気はした。
オレが覗き込んだときにはもうその影は立ち去っており、結局その日は赤根さんとも会うことはできなかった。
その日の夜中、ふと隣で人が起き上がる。
梶谷が起きて何やら顔を覆っていた。また考えすぎているのだろうな。
オレも身体を起こした。
「眠れないの?」
逆光だからあまり分からないけど、泣きそうな顔をしている気がした。
「起こしましたか?」
「まぁ、ちょっと出る?」
梶谷はあっさり頷いた。オレ達は同じ部屋で眠る2人を起こさないようにこっそりと部屋を出た。
オレ達は中庭のベンチに腰掛けた。校舎の外に広がる夜空はバカらしいくらい美しく、そして満天の星空であった。
「梶谷は、意外と不器用だよね。」
「へ?」
想像していなかったらしい言葉に彼は目を丸くした。
「酒門の態度がショックだったんでしょ。加藤や武島に言われた言葉よりも。」
「はい……まぁ。」
嘘をつくことを諦めたらしい。彼は素直に答えた。
果たしてオレの言葉がどれほどの意味を持つのか、それは分からないけど試しに伝えてみよう。
「オレも、さ。風磨が居なくなってショックだった。まさに今の梶谷みたいに眠れなくて、それにたくさん泣いた。」
「泣いたんすか?!」
「人を何だと思ってるの。」
失礼すぎる物言いに少しだけ意地悪をすると梶谷はたじたじとしてしまう。本当にプログラミングとか駆け引きやってる時以外は分かりやすいな。
「梶谷は大人ぶりすぎなんだよ。オレたちたかが高校生だよ。やることやるのも大切だけど、外の大人だってやることやってくれてるはず。」
「石田さん……。」
ほら、また泣きそうな顔をする。子どもじゃん。
梶谷が言葉を紡ごうとした時だった。B棟の方から大きな、何か物の倒れる音がしたのだ。
「何、今の音。」
「行ってみましょう!」
梶谷の言葉にオレも立ち上がり、B棟の方へ向かった。
恐らく、ホームセンターの部屋あたりかな。
オレ達が扉を開けると、信じられない光景が目に入った。そこからは喘ぎ声とロープが軋む音がする。そして、僅かな光により映された影が不自然に暴れている。
たぶん梶谷よりオレの方が先に状況を把握したのだろう。誰が、どうなっているか。
「武島!」
オレは宙に浮く彼女の身体を持ち上げ、ロープを撓ませる。武島の絞扼は緩んだらしく、彼女の息はぜーぜーと、荒いものの安定したものへと変わっていく。
「梶谷、ロープ切って。」
「はいっす!」
梶谷は弾かれたように、ホームセンターの棚に並ぶハサミを取り出しロープをジョキジョキと手早く切っていく。
顔色は悪いものの、武島はどうにか呼吸を整えたらしく、オレ達の心配そうな顔を見て自分が無事であることを悟ったらしい。
梶谷は顔を真っ赤にして震えながら叫んだ。
「何でアンタあんなことしたんだ!」
「……ごめんなさい、でも、」
彼女はポロポロと大粒の涙を零し始めた。
「もう、生きる意味が無かったんです。みんなが調査を頑張ってるけど、私は何もできなくて、唯一守りたいって思ってた矢代さんのことも守れず、彼女を消した犯人さえも分からず人を責めるばかりで。しかも、須賀さんにも、自分を消してくれって言わせてしまう始末……!」
アイツは何を血迷ったことを言っているんだ。彼女を想った行動が、彼女を追い詰めることになってしまっている。
「しかも、死のうとしても、結局怖くなって、2人に助けてもらって、私なんて生きる価値なんか、」
パチン
一瞬何が起きたのか分からなかった。
そして、頰を思い切り叩かれた武島も同じだった。音を立てたのは梶谷だ。
オレ達が驚いた理由は叩いたこと叩かれたことではない。当の本人が顔をぐちゃぐちゃにして泣いていたのだ。
「生きる価値がない人間なんているわけないじゃないっすか! 自惚れるのもいい加減にしろ!」
武島も、梶谷も涙をこぼす。
「アンタの命は、矢代さんが命をかけて守ろうとした命なんだから価値がないわけがない。それに、オレだって、寿さんも、久我さんも、荻も高濱さんも、矢代さんも、香坂さんも、加藤さんも……誰も救えてないんすよ! アンタら全員を助けたいのに、何もできてないんす!」
「そんなことない!」
「そんなことある!」
2人はぐちゃぐちゃの顔で睨み合っていた。まるで子どもの喧嘩ではないか。
しかし、梶谷は不細工な笑顔を浮かべた。
「だから、こっからもう1回頑張るんすよ。まだ、オレにできることはたくさんあるはずだし、全員救いたい。その中には武島さんもいるんすから、死ぬなんて言わないでください。」
「梶谷くん……。」
何度も、何度も頰を拭うが武島も涙が止まらないらしい。ずっとしゃくりあげており、苦しそうであったが彼女は真っ直ぐと梶谷を見ている。
「ね、だから一緒に【スズキ】と戦いましょう。そんでもって、須賀さんにもそんなこと言わせてごめん、って謝りましょう。オレたちは一緒に戦う仲間なんすから。」
「……こんな私でも、何か役に立てるのかな。」
「もちろん! 何でもやれば結果はついてくるっす!」
「ふふ、テキトー。」
少し落ち着いたのか、武島は梶谷の言葉に笑みを浮かべた。
何となく、この2人は大丈夫だろうなとオレは思った。だから、ある提案をしてみたのだ。
「……ねぇ、2人ともさ、元気があったらでいいんだけど【矢代】のところ行ってみない?」
「「へ?」」
2人は意味がわからず首を傾げた。
反応まで揃ってかわいいものだ。だが、2人にはその意図が伝わらなかったらしい。
従順にオレについてくるだけ。
「……あの、何で今【矢代さん】に?」
その道中、恐る恐るといった様子で武島はオレに尋ねた。
そんなビビらなくてもいいのにな。オレはパソコンを立ち上げる。
「今の武島なら大丈夫って思ったから。」
「はぁ……。」
ものの数分で【矢代】は立ち上がった。彼女は武島の姿を認めると嬉しそうに破顔した。
『莉音だ! やっほー、ずっと待ってたよ〜。』
「う、うん……、ごめんね。」
彼女の泣き顔で何かを察したのか、【矢代】は穏やかに微笑んだ。
『【華】は、華じゃないから、はっきりとは言えないけどね、【華】なりに考えて、莉音に言いたいことずっと考えてたんだ。』
「……え?」
莉音は驚いたように【矢代】を見つめた。
『何回も、何回もシュミレートしても、この結果にしか辿り着けなかったんだ。華は、ずっと華のことを信じてくれていた莉音に、友だちになってくれてありがとうって言いたかったんだ。』
「友だち……。」
再び彼女の堰が決壊する。
何度も、何度も、涙を袖で拭うが追いつかないほどに。
『今だって、【華】は画面の向こうの莉音をぎゅーってしてあげたいんだよ。だから、華は独りで消えようって思えたんだよ。本当は怖かったけど、莉音がいなくなっちゃうことより怖いことなんて無かったんだよ。』
「……ッ、私、私……。うぁあ……。」
苦しそうに、彼女は嗚咽を続けていた。それを悲しそうに、しかし愛おしそうに【矢代】は見つめるのだ。
『だから、華と【華】からのお願いだよ。生きて、莉音。』
それだけを告げると、モニターは暗転した。
【華】は消え、いつのまにかパソコンは初期化に入っていたのだ。
おそらく【スズキ】の工作。でも、もう遅い。彼女は前を向いてしまった。
「……無駄じゃなかったね、梶谷。」
「ん、そっすね。」
2人は顔を見合わせると頷きあった。
この時の梶谷もまたどこか晴れやかな表情を浮かべており、オレはほっと安心していたのだ。
「梶谷くん、石田さん、本当にありがとうございました。」
「全然、オレは何も!」
「まぁまだゲームは続くらしいから頑張ってね。」
「本当、石田さんモテませんよ。」
それだけ減らず口を叩けるなら十分だろう。オレはおやすみと告げて自室に戻った。
だが、梶谷は部屋の外で話しているようで、その内容は自然と耳に入る。
「あの、梶谷くん。」
「何すか?」
「実は、明日の午前10時に倉庫で待ってるって須賀さんに言われたんです。だから、一緒に行って、止めてほしいというか、その、」
彼女が言わんとしていることは容易に分かった。
「もちろんす! 万一のために石田さんも引っ張っていくっす!」
「……ありがとう。今度からは、私も役に立ってみせるから。」
おやすみ、と彼女は単独でいた部屋に戻っていく。
それを見送った梶谷は何やら口元をもごもごさせてからこちらを向いた。
「聞いてましたか?」
「うん。」
「じゃあ明日行きますからね!」
彼は布団に潜ってしまう。
そんな最中オレは、千葉の顔を鷲掴んでいた須賀を思い出して、万が一があった場合オレは勝てるのだろうかと思案していた。
翌日、朝食後オレ達は見事に寝坊して、千葉に叩き起こされた。カフェテリアに行くとなぜか一部の卓が01で構成される、奇妙な現象に遭遇した。
「うえ、なんすかこれ!」
「ああ、これね、今朝から色んなところで発生してるんだよね。【スズキ】さんに聞いたら発生履歴とか教えてくれるよ。」
かなりご機嫌斜めだけど、と本山ため息混じりに述べた。なら犯人は自ずと酒門だろうな。
朝食を終えた頃には本山もいなくなっており、皿を洗っていると、やつれた武島がのろのろと部屋から出てきた。
「おはようございます……。」
「おはよう、パンでも食べとく?」
「はい、いただきます。」
以前渡した惣菜パンを渡すと口にして咀嚼する。
目的の時間はすぐそこに迫っており、片付けも早々に3人は倉庫へ向かった。
「ドアが閉まってるっすね。中にいるんすよね?」
「まぁ外にいないんだからそうなんじゃない?」
オレは扉を力強く引っ張って開ける。なぜか、中は普段より埃っぽかった。
この時点でオレ達は同じことを考えていただろう。嫌な予感がする、と。
「……須賀さーん?」
「隠れてないで出てきてくださいっすー。」
恐る恐る、といった様子で2人は中に足を踏み入れた。それと同時だろうか。
『なお、今回【強制退場】をされた須賀縛は【サポーター】ではなかった。』
お約束の文言と、聞きたくもないアラートが施設中で響いたのは。




