24.地獄へのカウントダウン
本編「休息の心得」〜「地獄へのカウントダウン」の別視点です。
オレ達の目の前に現れた酒門は、どこか疲れているような、気怠そうな顔をしていた。
「酒門さん! 今までどこに……!」
「ずっとうろうろしてたよ。」
「いや嘘でしょ。」
せめて吐くならもっとまともな嘘をついてほしい。
「いや、嘘じゃないよ。ただ自分の身体のプログラムを弄った。」
「そんなこと可能なんすか?!」
彼女は何を言ってるんだコイツと言わんばかりに梶谷のことを困惑した表情で見つめた。
「アンタならそんなプログラム自分で組めると思ったけど。」
「いや、そんな、オレには……。」
今の梶谷にそれは酷だろう。梶谷は下唇をぐっと噛み下を俯く。
「梶谷、アンタ、プログラム組むの好きでしょ?」
「……。」
梶谷が即答できなかったことにオレは驚いた。それはオレだけでなく彼自身もだ。
酒門はその様子を見て、一瞬悲しげな顔をしたが突然雑に梶谷の頭をわしわしと撫でる。
「アンタ、暫くパソコンから離れな。そんで、もう1回、触りたいって思った時に触りな。」
「……ッ、オレ。」
梶谷は体育座りをして顔を膝に埋めてしまう。
酒門の言うことはごもっとも。梶谷の件はさすがと拍手をすべきか。ただ提案内容に関しては少し障るところがあった。
「酒門の端末にっていうのは承諾できない。それと、もし実行するんだったら梶谷以外の端末でやった方がいい。」
「何でっすか、」
梶谷が力なく尋ねる。
そんなことも分からないなんて思考が止まりすぎているのではないか。オレはつい厳しい目つきで彼女をにらみながら答える。
「酒門の言い分も分かるし、過去のゲームを参考にするなら酒門と木下は限りなく【サポーター】である可能性は低い。でも、隠し部屋の出入口と一緒に消えたこととか、今まで姿を見せなかったこと、プログラムを組み立てられる点では、ちょっと警戒すべき人物だよね。」
「それに梶谷にパソコンに触るなって言ったから?」
オレは頷く。
確かに今いるメンバーの中では、梶谷に次いでプログラミングに詳しい人物は酒門であることに間違いはなかった。ある種こちらの武器を捨てるよう促したようなものだ。
「わかったよ。ならオフラインに書き換えられるようプログラムを組んでくるからまた明日この時間にここで会おう。」
酒門は倉庫から非常食を幾らか持ち出すと、そのまま去ってしまった。相変わらずの物分かりの良さに不安さえも覚える。
さて、酒門のことは置いておいて梶谷だ。
久我にも任されたけど、オレはみんなみたいに口が上手くないから実力行使しかない。
オレはとりあえず梶谷を立たせた。とりあえず彼にまず必要なのは睡眠だろう。オレは梶谷の運動神経の無さやコンパスの差も忘れてそのまま手を引いて走り出した。
「はい、梶谷。」
「……、ハァ、ハァ。」
「ごめん、速すぎたね。」
息も絶え絶えで梶谷は非難する余裕もないらしい。そんな彼を連れてきたのはグランドだ。
「何でここに?」
「何でって、思い切り身体を動かすため?」
「身体を?」
梶谷は息を整えて顔を上げる。
「そ、たぶん今まではプログラミングがストレス解消だったんだろうけどそれを取り上げられたでしょ。なら、しっかり身体動かして、疲れて、頭すっきりさせた方がいい。それに疲れてる時の方が怒ったり泣いたり、笑ったりしやすいって風磨が言ってた。」
まぁただの受け売りなんだけど。
開き直ったオレに梶谷は笑っていた。
「じゃあ何するっすか?」
「走るか……サッカーか? グランドにサッカーゴールないし。バスケとか?」
「いや本職の人目の前でバスケはキツイっす。キャッチボールにしません?」
提案を意外と思いつつオレは素直に倉庫からグローブとボールを取りに向かった。
待っている間、梶谷はグランドの傍らにある花壇の縁に腰をかけていたが、なぜかカフェテリアの方を凝視していた。
「石田さん。」
「ん?」
「申し訳ないんすけど、アイテム使用歴を確認してもらえないっすか?」
「……? いいけど。」
オレは言われた通り端末でアイテム使用歴を開いた。すると、とある事実が淡々と羅列されていたのだ。
この世界に来てから、不自然に睡眠導入剤がダウンロードされていたのだ。
「何これ。」
「何でこんな大量に……いやまさか、考えすぎっすよね。」
何か心当たりがあるのだろうか。
しかし、自分の頭が働いていないことを認めたらしい梶谷は首を横に振ると勢いよく立ち上がった。
「なーんか、考えすぎちゃうっすね! よっしゃ、相手よろしくお願いします!」
「暴投しないでよね。」
グローブを渡すと梶谷は楽しげにオレと距離をとった。そして案の定、コントロールが下手な投球にオレが振り回されるにも関わらず、早々に梶谷はへばっていた。
翌日、梶谷はノックの音で目を覚ましたそうだ。
オレは梶谷に揺らされてすぐに覚醒した。筋肉痛らしい梶谷はぎこちない動きをしながら千葉を起こしていた。
どうやら本山が女子部屋の扉の隙間に挟まっていたメモを持参したらしい。寝起きの頭にはやや刺激の強い内容だった。
『武島が睡眠薬をダウンロードしていたことは知ってる? その薬は服用されず、バックヤードの部屋に溜め込まれていた。大量摂取の可能性があったから私が処分しておいた。信じられないならグランド側で燃やした跡があるから確認するといい。
慌てて対処する必要はないと思うけれども、注意しておいた方がいいと思う。』
本山がその経緯を伝えてくれたが、寝起きの千葉は大混乱だった。注意するよりほかあるまい。
オレはさっさと着替えてカフェテリアに出ると、どこか不機嫌そうな木下と少し困り顔の梶谷がいた。存外、木下も強情っぽいからな。また武島のことで何か言っているんだろう。
もはや犬猿の仲だ。どうしようもあるまい。
オレはあくびをしながら諦めていた。
その後、朝食にやってきたのは須賀だけで、相変わらず武島と酒門は姿を現さなかった。酒門に会ったことは報告したが、【寿】のこともあったため、ある程度内容を伏せて報告した。そのせいか、話題はほとんど広がることはなかった。
約束の時間まで暇だったこともあり、梶谷は皆をバックヤードの調査に誘った。しかし、賛同を得られたのはオレと千葉、本山という参加者の半分だけであった。
須賀は何やら調べたいところがある、といい、木下は施設全体を調べたいとのことであった。恐らく彼女に関しては、犠牲者たちのAIと顔を合わせたくないということもあったのであろうが。
4人はそのままバックヤードの部屋に向かった。パソコンの操作は簡単なものだったので、昨日酒門にパソコン禁止令を敷かれた梶谷に変わってオレが席に着いた。
これくらいの作業なら流石に見て覚えた。千葉も本山も特に言及してくることはなかったためありがたかった。
『こんにちは〜。今日はその4人なんだね、妙な組み合わせ!』
そのように愉快そうに笑うのは【荻】だ。
前回の世界同様、この【箱庭ゲーム】の記憶は持ち合わせておらず、そして前回の世界で伝えた内容についても記憶を失っているようだった。
「ねぇ、私ちょっと気になることがあるんだけどいい?」
「どうした?」
本山がうーん、と悩む様子を見せながら話し始めた。
「前回の世界でAIが入ってたパソコンってこんなにデスクトップガラガラだったっけ? まさに初期化したパソコンにAIのファイルを貼りつけたような感じなんだけど。」
「確かにそれもそっすね。」
本山の指摘はごもっともだった。意外にもその答えを出す案を提示したのは千葉であった。
「なら【矢代】のAIを起動すればいいんじゃねーか? どうせ昨日武島が話してただろうし、その履歴が無きゃ新しいファイル貼られたってことになんねー?」
「なら【矢代】を起動するよ。」
手早くダブルクリックをするとすぐに【矢代】が起動された。本物と遜色ない呑気な挨拶がパソコンの中から聞こえてくる。
『やっほー、みんな元気〜?』
「元気っすよ。昨日とか今朝武島さんに会ってないっすか?」
うーん、と画面の向こうの彼女は首をかしげる。
『莉音のことは見てないぞー? 何かあったのかー?』
「いや、何もないっすよ。」
『修輔待て待て〜。』
ストップをかけてきたのはAIの彼女だった。珍しく真面目そうな表情を浮かべていた。
『みんなどこか顔色が悪いし、何かあったのか〜?』
4人は一瞬動きを止める。
果たしてゲームのことを伝えるべきか、全員の頭にその考えがよぎったのだ。4人は彼女に背を向け小声で話し合う。
「どうする?」
「……私は伝える必要ないと思う。だって自分が消えたことを知るなんて可哀想じゃない?」
「オレも伝える必要ないと思う。何か情報が引き出せるわけでもないし、香坂の言ってたことだけど、これは【矢代】じゃない。」
余計なことをして彼女と話す武島に余計な刺激を与えたくない。だが、梶谷は違った。
「オレは、彼女に伝えるべきだと思うっす。何かが変わるわけじゃないですし、無駄かもしれませんけど、でも、」
「……オレも、伝えた方がいいと思う。」
一瞬こちら側に寄りかけた千葉も梶谷に同意した。
「無駄なら無駄でいいだろ。もしかしたら役に立つ可能性だってあるかもしれねーし。」
「……好きにすれば。」
「そうだね、【華】ちゃんが知りたいって、言ったこと全部伝えよう。」
2人がそう思うならそれでいいだろう。オレと本山はあっさりと折れた。
それから、背後で心配そうにする彼女に再度向き合い、4人が伝えられる限りの情報を伝えた。彼女と関わりが深かったわけではないからこそ、なるべく客観的な内容のみを。
徐々に彼女の表情に陰りが生じるが、話し終えるとふと笑みを見せた。
『最後まで話してくれてありがとなのだー。でも、本物の華が何を想ってたか知るには、【華】は何億通りもシュミレートしなきゃいけないみたいなのだー。』
「聞きたくなかったっすか?」
梶谷がおずおずと申し訳なさそうに尋ねると、画面の向こうの彼女はゆるゆると首を横に振った。
『そんなことはないよー。でも、少し莉音と話したくなったかも。もし会ったら来てもらうように伝えてくれると嬉しいぞー。』
「分かったっす! 約束!」
梶谷が食い気味で答えると、【矢代】は嬉しそうに微笑んだ。今更だが、AIとはいえど生きているんだなぁとしみじみ感じた。
約束の時間になり、オレは梶谷とホームセンターの部屋に向かった。昨日と同じ場所に、すでに酒門は座り込んでいた。
接近したオレ達に全く気づかないなんて。俯く彼女に違和感を覚えつつも梶谷が声をかけた。
「あの、」
「うわ、びっくりした。」
「びっくりしたのはこっちっすよ。体調悪いんすか?」
「いや、大丈夫。」
重いため息をつきつつも端子を渡してきた。
どうやらすぐにオレの端末はオフラインになったらしく、【寿】をコピーする環境は整っているようであった。
データをコピーしている間、オレは酒門に尋ねた。
「あのさ、単独行動、やめた方がいいんじゃないの? それに何で自分の端末にコピーするって言ったの。」
どうせオレの端末に書き込むのに。
オレの指摘を聞いた彼女は肩を落としながら小さな声で語る。
「……私はずっと隠し部屋にいるからどっちにしろ端末は使えないんだよ。それに出入口を消したのも私だしね。」
「何でまた1人で……!」
梶谷が苦しげに言うと、酒門は無感情に答える。
「これ以上は言えない。それにアンタなら分かるはず、だってこれは……。」
「内緒事、しないでって言ったじゃないっすか!」
ここで初めて彼女の顔が歪む。
1つ目の世界での約束だろうか。梶谷は悔しそうに、下唇をぐっと血が滲むほどに強く噛んだ。
この世界からみんなで脱出する、その思いに嘘はないと信じたい。
「……私が言えるのは、信じてほしいってことだけ。それに今やってることは決して今の世界で意味をなさない。だから、2人にはこの世界でできることをやってほしい。私は私のやり方でしかできないから。それと、」
「それと?」
何を言うつもりか、オレが尋ねるとどこか言いづらそうに彼女が話した。
「武島、気をつけた方がいいかもね。思い詰めてたから。……なるべく私も気にかけるけど。」
「はぁ、わかったよ。」
それに関しては了承するしかないだろう。
彼女は僅かに安堵したように礼を述べると、そのまま部屋から出て行った。
一方で、梶谷は表情に暗い影を落としており、とてもでないが放ってはおくことはできなかった。




