23.すれ違う孤独者達
本編「孤独の先に得られるモノ」〜「休息の心得」の別視点です。
オレは1人外で空を見上げていた。
すでに世界は改編されており、木下の世界から誰か別の人の世界になっている。グランドを見る限りではオレの世界ではない。
先ほどの議論を経て、空気はひどく歪になってしまった。
これから大丈夫だろうか。風磨ならどうやって声をかけるだろう。
もし仮にとどうしようもないことを考えながらぼんやりとしていると人の気配を感じて見上げた。
「ども。」
「どーも。」
両手に飲み物を持った千葉は一方を渡してきた。
ありがたく貰うとそれは少し温かいココアだった。彼が持つ飲み物を見ると同じもの、どうやら甘いものが好きらしい。
「何か千葉って可愛いところあるよね。」
「んだよ急に気持ち悪ィ!」
どうやら本気でとったらしい。そういうとこだぞ。
千葉はおそるおそるといった様子でオレの隣に腰を下ろした。
「とって食ったりしないよ。どうかしたの?」
「……いや、アンタが1番落ち着いてるからよ。」
妙な口調で話す彼の様子に違和感を覚えた。
オレのポーカーフェイスは役に立ったようだ。千葉の言葉から推察するに。
「酒門のこと? 梶谷のこと? それとも、この世界は千葉のものだった?」
「アンタは侮れないっつーか……。全部アタリだよ。でも、世界のことに関しては、何か、こう安心しちまったかも。」
「……それはちょっと分かる。」
最悪消えるのは自分。そう腹を括ることができるのは、人によってはその方が気楽だろうな。うん、ココアが美味い。
オレがそんなことを考えていると、ふと千葉が考えていたことを口にした。
「相談なんだけどよ。明日の探索を個人行動にしようと思うんだがどう思う?」
個人行動?
危険は伴うが、残りの機能する人数を考えればメリットの方が大きいような気はする。
酒門はわからないけど、まともに動けそうなのはオレと千葉、強いて言えば本山。須賀は分からない。他はあまりあてにできないだろうな。
「……いいんじゃない?」
「そっか。」
オレが同意したことに明らかに安堵してみせた。
「あとよ、梶谷のことなんだけど。」
木下や武島の言葉でジリジリと焼かれていた彼の琴線は加藤の言葉で完全に切れたように思う。
確かに彼が消沈しているのは心配だ。
「可能な限り気にかけるよ。千葉だって今は大丈夫でも後半にかけて焦ると思う。あんまり気負わないようにな。」
「……ああ。」
意外そうに呟く千葉の思考は手にとるように分かる。
そして彼のいいところであり悪いところであるのはそれが口から出ることだ。
「アンタって、ちゃんと先輩なんだな。」
「敬えよ。」
「やだよ今更。」
仕方のないやつだ。オレはふは、と笑ってしまった。
翌朝、オレはいつも通り、朝軽く身体を動かしてカフェテリアでプランを考える。
まずは全体をざっと見て気になるところを見ていこう。メンツ的にオレが屋上は担当せねばなるまい。そのルートを考えると倉庫も見ておいたほうがいいか。あとはブレーカーと、AI達。
次に起きてきたのは意外にも武島だった。
「おはよう。」
「……おはようございます。」
彼女はオレを一瞥するとのそのそと歩いてB棟の方へ向かおうとする。集まる気はないらしいな。
「武島。」
「何ですか?」
「パン持ってきな。今日は各自調査で昼あたりにここ集合らしいから。」
「……。」
何も言わずに彼女はその場を去っていった。パンを受け取ってくれたのだけは幸いか。
その後起きてきたのは千葉だった。部屋からバタつく音が聞こえるから須賀も寝坊したやら何やらで騒いでいるんだろう。それから木下と本山。酒門がいないことを問うと、どうやら彼女は昨夜から行方をくらませているらしい。こんな閉鎖的な空間でどこに行ったんだ。
それから千葉の提案で各自調査となった。
梶谷に関しては千葉が一緒に回るということで、お言葉に甘えてお任せすることにした。
大した変化のないA棟はスルーして、オレはまずB棟に足を運んだ。今まではある程度初期の箱庭と同じ配置で部屋が作成されていたが、今回はその規則性が破綻している。
B棟1階は図書館とゲームセンター、千葉の部屋、教室、ホームセンターが並んでいる。
須賀が図書館を探索しているようだが、他ルームの状況を示したノート、世界の主の思考が書いてある本はすぐに見つかったらしい。しかし、攻略指南書がいつまでも見つからないとぼやいていた。
2階はリビングや職員室、バイトのバックヤード、ペットショップが並んでいる。前回の世界で爆発されたブレーカーは、はじめの世界で凹まされた消火栓と同じように、何事もなかったかのように復活している。
ふとバックヤードを見ると武島がAIのパソコン前で籠城を決め込んでいた。傍らにパンの袋が捨ててあるあたり、とりあえず腹に入れてくれたようで安堵する。さっき本山ともすれ違ったからどうにかしてくれよう。
そして、倉庫に行くべく、温室の前を通ると中に木下がいるのが見えた。頬杖をついてどこか遠くを見ている。ああいった状況はオレの苦手分野だ。見なかったことにした。
倉庫自体は、以前もらった備品表から何も変わっていない。ただ、配置とかに関してはオレはさっぱりなので後で千葉に伝えようと頭の中にメモをした。
最後に目的の屋上に向かった。
試しに横になってみたが、特に何もない。何だか今じゃないよと言われた気がした。
またしばらくは屋上通いになりそうだ。
ちょうど屋上から降りると、施設全体を見てきたらしい千葉と梶谷に出くわした。
梶谷は痛ましいほどに顔色が悪くクマも酷くなっていた。寝ていたのに寝ていない、そんな状態だったんだろう。
「石田さんは相変わらず屋上っすか?」
「うん、千葉が梶谷と調べてるなら他のみんなは容易に屋上行きにくいでしょ?」
須賀が行ければまた話は別なんだけどな。小言を飲み込みつつ屋上の状況について伝えた。
「屋上は特に変わりない、それに前回の世界で壊されたブレーカーは直ってたから、自家発電機も動いていないよ。
あと、倉庫も見に行ったけど、物品の内容は変わってなかったよ。ただ細かい場所の変化とかあるかもだから、倉庫のことよく知ってる千葉が後で確認した方がいいかもね。」
「分かった。」
どうやらそろそろ昼時らしい。梶谷が端末を確認していた。
「なら、報告会してからオレが行くわ。自室気になるようだったら勝手に入ってくれていいぜ。」
「分かったっす。」
倉庫は千葉に任せよう。
2人になったならそろそろ梶谷の端末に生きる【寿綾音のAI】にご意見を伺いたいところだ。
その意図を汲み取った梶谷は自然な流れで千葉に伝えた。
「なら、ちょっと石田さんに付き合ってもらって調査するっす。」
「おう、その方が無理しなくて済むだろ。」
千葉が納得したように頷いた。
彼も大概お人好しそうだよな、と勝手に思っていた。
「ここ、電子機器ないね。」
1階のホームセンターフロアに梶谷とオレはやってきた。AIの【寿】にファイル解析の結果を確認することだった。
『こんにちは、梶谷くん、石田さん! ファイルはほとんど解析が終わったよ!』
「仕事早いね。」
オレが素直に褒めると、画面の向こうで彼女がえっへんと胸を張る。何か子どもみたいだ。
『まずは【箱庭模擬ゲーム】の全体サーバーマップについては以前梶谷くんが見つけたサーバーマップに間違いはなさそうです、でも。』
「「でも?」」
『どうやら厳密には、以前の【箱庭ゲーム】とは違うみたいなんです。』
「どんな風に違うんですか?」
うーん、と彼女は悩むような様子を見せる。
『前のゲームでは、外部からの介入がほぼできないシステムだったんです。だからこその機密性と安全性でしたけど。今回はサーバー主、ダストボックス、それこそ外部から、さまざまなところからのアクセスが可能なんです。』
「それって外部から助けが来やすいってこと?」
誰でもアクセスできるってことはそういうことだよな。
オレが尋ねると、いや、と梶谷が否定する。
「逆に言うと、こちらから外部へウイルス送り込むことも可能なんすよ。不可能と思いますけど、ダストボックスからのアクセスの方が安全でしょうね。」
「……ふーん。」
あんまりピンとこないな。
【寿】は構わず淡々と解析結果を述べる。
『次は【箱庭】の構成プログラムについて、ですね。これについては、前回のゲームと大差ないですよ。』
「今回の世界では部屋の構成が捻れ曲がっているんすけどそれについては?」
『うーん、厳密には分からないけど、前回のゲームみたいに、外部から全ルームの【強制退場】を行なう作業でエラーかつ想定してなかったであろう【自滅行為】が重なったとか、……何かしら【スズキ】の想定していなかったことが発生したとかかなぁ。』
「何かしら、ね。」
梶谷は心当たりがあるんだろうな。
オレには考えが及ばない。難しい顔を浮かべる梶谷を尻目に、オレと【寿】は会話を続ける。
「……酒門と【スズキ】の会話も解析してたよね? そっちは?」
『特に会話内容については違和感はありません。ですが、分析を行なっているうちに【スズキ】の人格を分析することは可能でした。』
「どんな人間なんすか?」
思考の海から浮上した梶谷が質問した。
【寿】は、歳相応とは言えない、淡々とした様子で無機質な笑顔を浮かべた。
『知識量、声質、会話の内容を踏まえて恐らく30代女性。しかし、思考は幼く、自己中心的な性格、箱庭への執着も強い。一方で研究者気質なところもあり、同じ分野の人間への興味関心も強い。だからこそ、人との交流を愉しんでいるところもある、と言ったところでしょうか。過去の、とある人物とよく似ていますが正反対です。』
「ある人物?」
『うん。』
次の動画に関することと関わるんだけどね、と彼女は前提を話す。
『かつての【箱庭ゲーム】、功労者と言われた【赤根茉莉花】に。』
「……【赤根】、」
それってあの光に包まれた少女が名乗った名だ。
「どうしたんすか?」
「……いや。」
話した彼女はひどく穏やかで大人びた、自己犠牲の精神の強い女性のように思えた。そもそも30代ではないだろう。
オレが黙り込んでしまうと梶谷は【寿】との会話を続けた。
『それでね、あの動画のことも合わせて調べたいことがあるからできれば回線に繋いでほしいんだ。』
「それは……。」
【寿】の言うとおりにすれば、今まで得られなかった情報を得ることができる。しかし、こちら側の最終兵器を失うリスクも伴うのだ。
「少し、考えさせてくれませんか。」
『分かったよ。』
【寿】は困ったような顔をしつつも、了承する。しかし、時間はないからとしっかり念押しをされた。
「……梶谷、もしかして入れ込んでるの?」
まさか千葉みたいな感じにならないよな。申し訳ないけどあくまでもデータ、割り切ってほしい。
オレが言うと梶谷は少しばかり困った様子だった。
「それは、その、無いとは言い切れないっす。でもデータと割り切るならバックアップをどこかにとっておくべきっすよ。」
「ならオレのーー。」
「私の端末にすればいいよ。」
背後から聞こえた声に肩を震わせる。
声の主はこの世界になってから全く姿を見せなかった酒門だったのだから。




