16.オレのこれから
本編「彼のこれから」〜「離散」の別視点です。
自分がきっかけとはいえ、風磨が犯人。
オレは抜け殻のように茫然としていた。
そんな中、木下が冷静に問いかけた。
「でも、疑問はいくつか残りますね。なぜ高濱さんは、須賀さんが荻さんの鍵を持っていることをご存知だったのでしょうか。それに荻さんの【新たに信仰者が増える】といった発言……一体何の意味があるのでしょうかね。」
「それについてはオレから答えるよ。」
これに関しては風磨自身が口を開いた。
酒門も何やら疑問を抱いているようであったが、黙って考えているらしい。
「1つ目については、本当に偶然。
動画見た後、シャワー室の入れ替わりの時に、縛からたまたま聞いてすぐに分かったよ。しかも集合についても、鍵のことについても教えてくれたからよ。武島に疑いを向けようとしたのもそこからな。」
「オレが原因か……!」
須賀の言葉は尻すぼみになっていく。
武島のプレッシャーが凄まじい。
「なら、アンタは私に罪をなすりつけて自分だけ生き残ろうとしたわけ……!」
「……悪い。」
「悪いで済むもんか! アンタはマシな人間だと思って信じてたのに……、ッ、最低ね!」
「武島さん!」
「来ないでよ!」
手を伸ばした木下を振り払い、頭を下げる風磨に一瞥をくれてやると部屋から足音を立てて出て行ってしまう。
意外にも矢代は心配そうに見つめるばかりで、珍しく呆気にとられ動かなかったようだ。そして、須賀も言外で責められたショックで固まっている。
風磨は頭をあげ、呟くように2つ目の疑問に答える。
「2つ目は、恐らく皮肉だと思うぜ。オレが、他人を信じてなかったから、何かに頼りたくなったとき華ちゃんの信じる考えに身を委ねちまうんだろ? っていうな。」
「何で何でー? 信じることは良いことだよ〜?」
「オレもそう思うけど、でも違うだろ?」
風磨は、酒門や梶谷、千葉に視線を向けるとふと微笑む。
「本当の信頼はは例えぶつかってでも互いに言いたいこと言ってそれでさらに高め合えるような関係の上で成り立ってると思うんだよ。ただ信じるだけじゃ、きっと……。」
「……。」
風磨の言葉に矢代はいつもと変わらない表情ではあったが明らかに肩を落としているように見えた。
「でも、武島に罪をなすりつけて正解だったかもな。じゃなきゃ、遼馬は声を荒げること無かったろ? アイツの次に罪をなすりつけやすい奴、って言ったら遼馬だしな。」
確かに他の参加者だったら怒鳴りまではしなかったかもしれないけど。
オレはやっと顔を上げて口を開いた。
「……そんな綺麗な理由じゃないし。それに酒門の推理も1つ間違いがある。」
酒門はその言葉に目を丸くすると、ゆっくりとオレは首を横に振る。
「この世界はオレのものなのか、風磨のものなのかは分からないんだ。互いの秘密なんてないようなものだし。持ち主の思考を書いた本だって曖昧でどっちのものかなんて判別できなかったよ。
そんな中で、オレは、もし風磨が無事に出られた時のこと考えてた。風磨はたぶん一生自分のことが許せなくて、ずっと苦しんでいつか耐えきれなくなると思った。……オレ、知ってたんだよ。風磨がずっとオレの事嫌だって思いながら一緒にいてくれたこと。日記の内容も途中まで知ってたから。」
やっと言えた。
風磨はオレの言葉に驚きを隠せないらしい。そりゃそうだよな、ずっと隠せていたと思っていたものが、隠せていなかったんだもんな。
「でも、オレは風磨のこと手放せなかった。ずっと小さい頃から一緒にいて、誰よりも努力家で、真面目で、オレのこと気に食わなくても付き合ってくれる親友って知ってたから。」
「……、バカ野郎。」
もう何を言われてもいい。
そう思っていたのに、目の前の風磨はボロボロと涙をこぼしながら、オレの服を鷲掴んだ。
「オレだって、お前が努力家なの知ってるし、オレの無茶振りにも嫌な顔せず付き合ってくれて、優しくて……、羨ましかったけどお前が親友なの、何よりも自慢だったから、オレのこんな暗い部分、知ってほしくなかった……!」
オレ達はただ、近すぎてお互いにお互いのことを知りすぎて、また同時に知らなすぎた、
もう少し、それに早く気づけていれば、こんな事件は起きなかったのだろうか。
「オレ、お前にも、武島にも、みんなにも……、荻にも何てことを……ッ、ごめん、ごめんなぁ……。」
「オレも、ごめん。風磨に嘘をついた上に止められなくて……。みんなも、ごめんなさい。」
風磨は床に土下座のような形でこうべを垂れて泣きじゃくる。
オレも全員に向き合い、頭を下げた。
「ふん、とんだ茶番だな。オレは部屋に戻る。お前の顔など見たくない。」
だけど、香坂は盛大な舌打ちをかますと、オレ達に一瞥をくれることなく部屋を出て行った。
それはそうだろう、信頼していた荻を奪ったのはオレ達だ。
「んだよアイツ、態度悪いな。」
「恐らく、荻を消されたことが気に食わなかったんすよ。なんやかんやと2人はうまくやってましたしね。」
梶谷は頭を横に振りながらため息をついた。そうか、と千葉は納得するように呟くとオレ達に向き直る。
「オレも同じようなことやった身だけどよ、これから気をつけりゃ良いんじゃねーか? 今後一生会えないって訳でもねーんだろーし。」
「……そうよね。2人は幼馴染だもんね。」
「代わりと言っちゃ何だが、石田には馬車馬のように働いてもらわねーとなぁ!」
「うん、働くよ。」
2人ともらしいフォローだなと思うとつい笑ってしまった。風磨は微笑むと、立ち上がりログアウトの手続きのためにモニターに向かう。
「オレはここで離脱すっけど、……遼馬はマジで頭もいいし運動もできるいい奴だから、オレの分までこき使ってくれよな!」
「……相変わらずですね。」
その語り口に木下をはじめ何人かは笑いを漏らした。
そして風磨はオレに向き合った。
「遼馬。」
「ん。」
「……親友って言ってくれてありがとな。向こうに戻ったら、また喧嘩して、仲直りしてくれ。」
「オレは結構口悪いからね。泣かないでね。」
「知ってるっつーの。」
「……絶対、助けるから。」
オレの言葉に風磨はくしゃくしゃに微笑んだ。
いつからその笑顔を見られていなかったのだろう。オレはその笑顔に、必ず【スズキ】に打ち勝つことを誓った。
風磨が消えるのは一瞬だった。
アイツは独りじゃ踏み込めない。だから。
オレはログインルームのモニターに手をかけた。とてもでないが、まだ動き出せそうにない。後方から出て行く気配を感じながらも、オレは頬が濡れるがままその場に立ち尽くしていた。
「……。」
オレは顔を洗った後、ふと自分の仮眠室の前に貼られた紙に気がついた。
『石田は入ることを許さない』か。
自分の大切な人を奪う一端を握った人間と寝たくはないよな。香坂も人間らしい部分があるんだなと、つい思ってしまう。
オレは素直に部屋をあとにした。
自室で寝るか、でもそこは荻がいなくなった場所。さすがにそこまで図太くない。かといって風磨の部屋も少し嫌だ。
アイツがもういないのに、温もりが残っていそうな場所に行きたくなかった。
そういえば、とオレはあることを思い出す。
前回の世界、消える前に何やら不思議な女の子に探し物を頼まれた気がする。
オレの世界でと言っていたから、もしそれが本当なら残り時間は少ない。
オレはまず温室に向かった。試しに横にもなってみたが、特に何もない。
次に屋上に向かった。流石に身体も心も疲れ切っており、途中何回か足が滑ったが構うものかと進んだ。だが、ただの無駄骨に終わる。
途方に暮れたが、とにかく施設中を探し回った。何なら風磨が盗み撮りした動画だって何回も見た。
万が一、これが【スズキ】を倒すヒントになるなら、本当にオレは許されない。
夜通し歩き回り、途中シャワーには入ったが、気づけば昼になっていた。
かと言って眠れそうもないし。
オレは仕方なくPC室に向かった。オレも風磨もパソコンにはあまり明るくないからどうせ碌な情報はないけどと自嘲する。
どれにしよう、ふと気になったパソコンをつけた。
なんとなく他のとは違う気がしたのだ。案の定、デスクトップには別の機体にあった動画ファイルがない。オレは不思議に思い、理解できる範囲のファイルを開いてみた。
「……M、A、……りか?」
マリカ?
某配管工おじさんのレーシングのことか?
オレがアホな考えを巡らせていると、画面は暗転。突如数列が表示された。
え、何だこれ?
オレが戸惑っている間に、デスクトップにはなぜか凍結ファイルが飛び出てきた。オレ何もしていないよな?
解凍する、という手があるがオレがしてしまってもいいのだろうか。
オレは慌てて梶谷の元に向かった。
プログラムのことは梶谷に聞くのが1番だ。信じてもらえないかもしれないけど、それなら梶谷が信じられる人を連れて確認しに行ってくれればいい。
部屋をノックすると、ちょうど休んでいたらしい梶谷と千葉、そして部屋の隅でどんよりとした空気を纏った須賀がいた。
なぜか、2人は明らかに安堵した表情を見せた。
「どうしたの?」
「いやどうしたのじゃねーよ。香坂のやつ、あんな露骨な貼り紙しやがって。立場を考えろっつのな。」
「それは置いておいて。」
「置いちゃっていいんすか?」
苦笑する梶谷も疲れていたが前回ほどではなさそうだ。オレはお構いなしに続けた。
「ちょっとあるものを見つけて。プログラムに関わることだから、梶谷に来てほしい。」
「プログラム? どこで見つけたんすか?」
「PC室。みんなで……。」
オレはふと須賀の様子を見る。
武島にこっ酷く罵られた彼は体躯に似合わないほどに小さくなっている。
彼は無理そうか。
その様子を見た千葉は口を開いた。
「オレは明るくないし、他の奴らに声かけていってこいよ。須賀の様子はついでに見とく。」
「そっすね。あと、石田さんもオレ達の部屋で休んでください。久我さんの使ってたスペースも空いてるんで。」
「……オレがいて大丈夫?」
不安になって尋ねると、2人は顔を見合わせた。梶谷は朗らかに笑うとあっさりと頷いた。
2人に感謝しつつ、オレと梶谷は順々に部屋を回ったが、香坂はもちろん、武島や矢代、木下がいる部屋からも返事はなかった。
香坂はまだしも他の人にも避けられているならちょっとだけ傷つく。自業自得ではあるんだけども。
最後に酒門の部屋を訪ねると、2人はもう寝ているらしく、酒門が静かに出てきた。
「遅い時間にごめん。見せたいものがあって……。いい?」
「大丈夫ですけど……。」
酒門はオレの顔を凝視してくる。美人の真顔は怖いな。オレが若干の後退すると、梶谷は苦笑する。
「石田さん、香坂さんから部屋追い出されて殆ど寝てないんですって。それでオレらの部屋に招いたんすよ。」
「なるほどね……。」
心配してくれていたのか。オレは肩を撫で下ろし一息つく。そして、他の参加者がいないかとオレらの後ろに視線を送っていたため、説明した。
「須賀も何だか放っておけなくて千葉に残ってもらってる。他の2部屋は返事なしなんだよね。」
「……確かにね。」
事情を話すと彼女はあっさりとついてくることを了承してくれた。
起こすのも忍びないということで3人で目的地に向かう途中、彼女が遠慮しがちに尋ねてきた。
「……そのー、石田さんは休まなくて大丈夫なんすか?」
「ああ、今は流石に眠れないけど大丈夫。オレだって、酒門達と同じで、風磨も、荻も助けたいのは一緒だから。……風磨と向き合うためにも変わらなきゃって思ってるんだ。本当、ずっと一緒にいたのに、やっとスタートに立った感じだよ。」
オレが思っていることを伝えると、一瞬だけ悲しみを滲ませたが、少し照れたように呟いた。
「なら、これが終わったら寝て。スタートして倒れられても困るから。」
「そうだね。」
梶谷の言う通り本当にお人好しだ。
オレは小さく笑いを漏らした。
PC室につくと、あの凄惨な動画の印象があるのか、2人は分かりやすく表情を曇らせた。
「また動画見るんすか?」
「……いや、動画じゃないんだけど。」
オレはとりあえず先ほど発見したPCのデスクトップのファイルを見せた。梶谷が慣れた手つきでクリックしていくと膨大なデータを持ったソフトウェアであることがうかがえた。他にも凍結された鍵ファイルが存在しているようだ。
梶谷はプロパティから情報を確認している。
よくもまぁ詳しいものだと感心してしまう。
「眠れなかったから色々動画を見てたら、たまたまここのPCで動画を見られないことを見つけたんだよ。それで他のPCと比べたらこのファイルがあって……。壊すと怖いから梶谷に相談したんだよ。」
「よく見つけましたね。」
酒門の言葉に濁すしかできない。
あの女の人のこと、言っても信じてもらえるか怪しいし。
「この3つはどうやらパスワードなしで開くみたいっすね。とりあえずバックアップデータをこっちのハードに残しといて……次の世界でも確認できるよう保険をかけとくっす。」
「その3つって開ける? なら1つ開いてみない?」
「えっ、今開くんすか?!」
「オレも、今見ておいた方がいいと思う。」
オレと酒門、2人がかりで押すと梶谷は負けた。
不安そうにしながらも彼はファイルを読み込み始めた。
刹那、そのデータは突如として画面いっぱいに展開し、梶谷は驚いた声をあげ、椅子から転げ落ちた。
オレは何が起きたか理解ができず固まり、酒門も呆然とした。彼女に関しては、驚きではない感情によるものであっただろうが。
なぜなら画面に展開されたのは彼女の友人だ。
『こんにちは、美波ちゃん! 梶谷くん! 石田さん!』
明るく、陽気に話しかけてきた画面に映る者は、先の事件で退場となった【寿綾音】だったのだ。
「……ッ、」
酒門は明らかに動揺していた。嬉しさと、不信と、困惑。しかし、知ってか知らずか画面の向こうの【寿】は呑気に首を傾げていた。
『どうしたの? ……あ、そっか。』
彼女は悲しげに目を伏せながら呟いた。
『私が、久我くんを消したようなものだもんね……。』
「いや、それは……、私のせいでも、あるから。」
酒門はなぜか【寿】の言葉をフォローしている。
彼女、本物の寿と混同していないか? さすがにまずいのはオレでもわかる。彼女の肩を揺らしながら言葉をかけた。
「……酒門、これはあくまでも保存済みのファイルだよ。リアルに繋がっているわけではないからね。」
明らかに酒門は息を呑んだ。しかし、少しばかり落ち着きを取り戻したらしい。うん、よかった。
そんな風に思っていると画面の向こうの【寿】は意外そうにしながらも笑っていた。
『石田さん、何か変わりましたね。』
「……寿にそう思ってもらえるなら、うん。」
本当なら消える前に、話してみたかったな。
梶谷はまっすぐに彼女に見つめた。
「はっきり聞いちゃいますけど、寿さんは、寿さんの性格を元に作られたAIっすよね。しかも、あの事件直前までの、記憶がありますよね?」
『……あるよ。でも私はあくまでも【スズキさん】の支配下にある、AIだから役に立てるかは分からないけどね。もちろん、知っている情報もある。』
彼女がオレに視線をやったのが答えだ。
たぶん全員がすぐに彼女が言いたい内容が分かった。
酒門が恐る恐るといった様子で代表して聞いてくれた。
「……もしかして、これから荻と高濱のAIも作られるとか言うわけじゃないよね?」
『そのまさかだよ。さすがだね。』
本物の風磨は先程消えたばかりではないか。
目まぐるしい変化にオレはため息しか出なかった。
だが、ここで【寿】は不思議なことを口にした。
『でも、不思議なことに久我くんの人格は作られてないみたいなんだよね……。』
「久我さん、いないんすか?」
梶谷も酒門も、もちろんオレも目を丸くした。
なぜ【久我】だけ存在しないんだ?
『理由は分からないけど……、でも私はチャンスだと思ってるよ。だから、梶谷くん、私のお願いを聞いてほしいんだ。』
この後続いた言葉にオレ達は一瞬固まった。
だが、これは好機だった。
オレ達はその提案を飲むとともに、きっと本物の寿でも言いそうな内容に複雑な思いを抱いていた。




