15.解決編②
本編「解決編②」前後編の別視点です。
これで二度目。
この立場でくるログインルームほど居心地の悪いものはないだろう。
「……全員揃ったっすね。なら、話し合いを始めましょう。」
僅かに緊張感を帯びた梶谷が話し始める。それに追従するように、風磨が口を開いた。
「全員のアリバイから犯行可能な奴を洗い出して考えるのが手っ取り早いっしょ。」
「おっしゃる通りですね。なら、改めてアリバイを確認してみましょうか。」
木下がそう言う。
確かアリバイは、と千葉が話し始める。
「19時くらいから香坂と荻が温室にいたんだよな。荻と出て行くときにすれ違いでは19時半頃に矢代がきた。
メールが回ってすぐ20時前に加藤とオレがきて、20時あたりで高濱が、20時10分頃に石田がやってきたっつー話だったな。」
「梶谷と私はずっとモニタールームにいた。それは20時頃に千葉と本山が見てるって言ってたね。」
「その間、縛はずっと外だね〜。楓と菜摘は、2人で楓の部屋に、莉音は1人で自室にこもってたんだね〜。」
「で、最後に荻のことを最後に見たのは石田とバスケバカだったな。」
香坂は眼鏡を上げながら鋭い視線でオレ達を睨みつける。明らかな嫌悪と疑惑の視線だ。
そこで梶谷は悩みながらうーん、と唸る。
「証言を間違い無いとすれば、2人が荻を見つけた時間に温室にいた香坂さん、矢代さん、千葉さん、加藤さんは確実にアリバイがあるっすね。
あと自分で言うのもアレっすけど、単独犯と考えるならば、オレと酒門さん、本山さんと木下さんも同様っすよ。」
「ならアリバイがないのはそこのヒステリー女とうるさい男だな。あと……石田もだな。」
「確かに高濱が先に温室きたから一応10分空白の時間があるわけだしなぁ。」
加藤からも視線を感じる。
オレはどうするのが正解なんだろう。
オレのせいで場は静まり返ったが、何かを思い出したように本山が手を叩いた。
「そういえば須賀くんは何で集合に来なかったの?
正直、あなたが集合に来ないなんてびっくりだったよ。」
「うぬ……。オレも行きたいのは山々だったのだが、【荻に頼み事をされていた】のだ。」
「頼み事?」
おう! と気持ちの良い返事をしながら拳を掲げる。
「荻が集合メールをしたら自分のベッドを漁ってほしい、とな! しかし情けないことに鍵をなくしてしまったんだ……。まさか武島さんが拾ってくれるとは思っていなかったがな!」
「は?!」
彼女は恨みがましく酒門と千葉を睨みつけた。
彼女が内密にと伝えたのを2人が須賀に漏らしたんだろう。あからさまに視線を逸らしている。
それにしても鍵、ということはオレ達の部屋の鍵を須賀が持っていた、ということか。
「……なら、武島が怪しいんじゃねーのか?」
「なんで私が?」
不意に口を開いた風磨を、彼女は睨みつけた。今にも泣きそうな、震えた声で辛うじて反論する。
確かに状況を考えれば、彼女が須賀から盗って使ったと言う可能性もある。
「だってアリバイないっしょ? それに鍵、なんで持ってたんだよ?」
「拾っただけだし……。」
「ちなみに部屋に侵入した形跡とかあったのでしょうか?」
木下がおずおずと挙手して尋ねる。
「部屋には【小型のカメラ】があったっすよ。恐らく倉庫にあったものっすね。映像は消されてましたけど復旧したら【荻がベッドにメモを隠す】様子と、【矢代さんらが端末の番号を設定してるとこ】が映ってましたよ。」
「あ? 端末? 聞いてねーぞ?」
「麻結は誘ってないぞ〜?」
「うぅ……放置プレイ?」
梶谷はカメラのデータを復元したらしい。
さすがの技術と舌を巻いてしまう。
酒門は加藤を無視して淡々と尋ねた。
「たぶんその映像は昨日の夜以降のものだよね? 私が矢代からみんなで端末の番号を連番に設定しないかって誘われたのがそうだったからね。」
「そうだぞ〜。みんなで信じ合えるように、【華と、莉音、縛と楓と、あと龍平と端末の番号を連番にしたのだ!】」
「またお前は面倒なことを……。」
香坂は溜息をついた。
だが、オレは1つその事実に対して疑問を持っていた。
「でも荻が参加したの、意外。雰囲気、良くなかったのに。」
探索とかは武島や矢代としていた。それにも関わらず協力は梶谷と酒門に仰いだ。確かに頼りになる2人ではあるが。
ただ、他の時間もそこらへんの面子とは一緒にはいなかったため不思議だったのだ。
「そんなの簡単だよ〜。龍平がちゃんと友だちになりたいって謝ってくれたから誘ったんだよ〜。」
「アイツ、謝ったのかよ。それこそ意外だな!」
千葉は心底驚いたようで目を丸くしていた。
オレも正直信じられない。
「でもそれだと、カメラを設置できるのは同室の方、つまり香坂さん、高濱さん、石田さん、それにお部屋に入られた矢代さん、武島さん、須賀さん、そして荻さんご本人となりますね……。」
「……やっぱり武島っしょ?」
「だから! 何で私なんですか!」
怒る彼女に風磨は整然と言葉を投げかける。
風磨、もしかしなくても武島を犯人と決めているような口ぶりだ。
「だってよ、武島が龍平を消す動機はあるし、何かしらそのメモが武島や華に不利益を被るものなら破棄する理由にもなる。それを成す為に縛の鍵をかっぱらったなら尚更、だろ? 縛って全然警戒心ないしさ。」
「……飛躍しすぎじゃない?」
その行動が、オレの中の風磨への疑いを色濃くする。
やめてほしい。そんな、歳下の女の子を責めるなんて。
「確かに荻は気になる人物がいてソイツと話すと言っていたな。アリバイ的には……おかしくないがな。」
「あの人とは会ってないです!」
「でも証明できないっしょ?」
風磨の言葉に、彼女はぐっと黙り込んでしまう。しかしすかさず須賀が彼女を庇うように前に立ちはだかる。
「黙って聞いておればよってたかって……! 武島さんがそんな乱暴なことをするわけがないだろう!」
「ほう、なら証拠は?」
「……香坂さん、確か証言するときに【『もしかしたら信者が増えるかもしれない。』とも言っていた】って言ってましたよね?アイツがよく言っていた皮肉を踏まえて、信者が矢代を信じ込む人間と仮定したら武島は当てはまらないんじゃ?」
「でもそのメールの集合で起きることを示唆してたんじゃない?」
酒門が客観的に伝えたが、思わぬ本山からの指摘に彼女は黙り込んだ。
だが、梶谷がなんとか疑問を絞り出す。
「そもそも、荻はみんなを温室に集めて何をしたかったんすかね? それが分かんなきゃどうしようもないっすよ。」
「まぁ無難なのは何か秘密をバラす、とかじゃねーかな? その美波ちゃんが言ってた連番の話だって、場合によっては脅しの材料になるぜ? 荻はその番号を知ってたわけだし。
逆にみんなにそれを明かして協力者が増えれば信者が増えるってことに繋がるんじゃねーか? そんで、それを武島が嫌がって……龍平をーーー。」
再び風磨が矢継ぎ早に指摘する。
もはや武島の言葉は悲鳴だ。
「そんなことしません! そんなことしたら、矢代さんが悲しむじゃないですか!」
「ふん、どうだかな。むしろ矢代に害なす荻が邪魔だったんじゃないか?」
「……ッ、それは、少し思いましたけど。でも、私が荻くんを力づくで【強制退場】させられるとでも?!」
「んなの、【捕縛】を使えば問題ねーだろ。」
「そうしたって私は……!」
武島も疑われて徐々に興奮してきたのか、息も語気もかなり荒くなってきている。
その光景を見ながらオレは確信を持った。
ああ、たぶん荻を消した犯人は風磨だ、と。
たった一言、オレが証言を覆せばそれは他の人たちにとっても確信となる。
だけど、オレにはそれを明かす勇気がなかった。
ノートのことを知られたら? 風磨の前に立ちはだかったら? オレ達の今後はどうなる?
でも、彼女を責めるのは間違っている。こんなことをして生き残って、それが風磨の何になるんだ。
分からない。
ぼんやりとオレが苛烈になる討論を見守っていた時だった。
「石田さん。」
「……何?」
凛とした声が、隣から聞こえた。
そちらに視線を向けると真っ直ぐな瞳がオレを射抜く。
「……あなた、まだ何か言ってないこと、ない? それか、ぼかしている事。」
「何でそう思うの。」
情けない、こんなに声が上ずる。
「分からない、でも。私はあなたにはあなたの言葉で証言をしてほしいと思う。屋上で、荻も言ってたよね。」
ーー少なくともオレは高濱サン越しの言葉より、鋭すぎても石田サン自身の言葉の方がいいなーって思うけど。
そうだ、荻はちゃんとオレと向き合おうとしてくれたではないか。
「ずっと、何か言いたかったんじゃないの? むしろ、犯人に繋がる何かを握っていて、武島が犯人じゃないことを知っている、とかね。」
「……それは、」
「このまま、武島を犯人にしていいの? もし間違っていたら、犯人以外は全て消える。アンタはそれを許すってこと?」
風磨が残れば、何も残らない。
久我や、荻を助ける手段も、彼自身にも。
そうだ、オレはちゃんと自分の言葉で戦って、みんなと向き合わなければならない。
「酒門。」
「はい?」
「……ありがと。」
彼女はオレがそう言うと驚いたように目を見張った。
それと同時にオレは討論が白熱する場に向けて言葉を放った。
「2人とも、やめろ!」
本当はすぐにこうしたかったのかもしれない。
居心地の悪い注目がオレに集まったが、オレは躊躇いなく風磨に向けて言った。
「……これ以上、武島に罪をなすりつけるのはやめよう。オレは、風磨が犯人だと思う。」
「「は?」」
何人かの声が重なる。
オレに提案をしてきた酒門でさえ、意外そうに目を丸くしていた。
緊張はするが、オレはちゃんと自分の言葉で伝える。
「…….だって、オレは、あの時、荻を見てないんだよ。」
「お前……、自分が言ってること分かってんのか?」
「分かってるよ。」
「オレは確かに見たぜ? 遼馬、まさか……。」
は、信じられない。
この期に及んで認める気がないってこと? というか、オレにまで嘘をつくのか。
少しだけショックで、そして改めてオレは風磨と言い争うことを決意した。例え、どんなに自分が、風磨が傷ついたとしても、みんなに、久我や寿に失礼だ。
「石田くんが自分を守るために嘘をついてるってこと?」
「でも、それが真実なら単独でいたメンバーは香坂さん、矢代を抜いてアリバイが無くなるってことだから。」
戸惑いながら疑問を呈する本山に間髪入れずに、酒門が指摘を入れる。
彼女は何かカードを隠しているらしい。
「……とりあえず石田なりに証言してくれねーか?」
千葉が恐る恐る、と言った様子で声をかけられたので頷いた。
「2人には少し話したけど……。19時半過ぎまではオレ1人で屋上にいた。それから風磨が来て、荻の集合に応じるか話し合ってたんだよ。
それを話している時に風磨が荻を見つけたんだ。でもオレは通り過ぎた後で姿を見てなかったんだよ。」
「それって……!」
加藤が何か言いかけたが、酒門に止められた。
風磨は今にもオレに飛びかかろうとしているが、喧嘩なら負けない。オレは睨み返した。
「それから風磨はとりあえず温室にいくってなった。……オレは、はじめは行くのをやめようとしたんだけど、やっぱり行った方がいいかと思って遅れて行ったんだよ。」
「それにしたってお前の証言はどうなんだよ? 少なくともオレは荻を見た。それにその証言をしたことでオレからすればお前が1番怪しくなるかんな。」
風磨、認めてくれ。
「やっぱりおかしいよ。風磨がそんな風に人に何かを押し付けるようなことするわけない。」
オレの言葉に風磨はあからさまに表情を曇らせた。
場は静まり、膠着しかけた。
「……2人は、それぞれ嘘をついているね。」
痺れを切らした酒門が口を開く。
そして、彼女は荻が残したヒントを元に見つけた1つのノートを見せた。
「お前、なんでそれ……。」
「……。」
何で酒門がそれを。いや、当然か。
荻なら彼女か梶谷に託すだろうな。
酒門はその内容を淡々と読み始めた。
「内容は、『オレはレギュラーになれなかった。アイツは2年の時からずっとベンチに入っているのに。』、『アイツは昔からの相棒、なのにアイツを見てると悶々とする。』、鬱憤みたいなことが書かれてる。」
「……それって石田のか? 名前が書いてあるしな。」
須賀が困惑したような様子で確認するように酒門に尋ねた。しかし、酒門はゆっくりと首を横に振った。
ああ、死刑宣告ってこういう気分なんだな。
「これは、恐らく高濱さんのもの。名前なんて、後から書けるよ。」
「は?! ふざけんな、根拠は……!」
「それは、アンタが前に話してくれたんだよ。」
それを言った瞬間に風磨は目を見開く。
「あの時、石田さんの方がが高濱さんよりバスケが上手いって。アンタは石田さんのことを気に入ってなかったけど誰よりも大切で、尊敬してたんでしょ。」
そんな風に?
風磨がオレに?
オレは信じられないものを見るように風磨を見つめた。
「……そして、石田さん。アンタはこの日記の存在を知っていた。でもその日記を見せたくなかった。つまり、ここは高濱さんの世界。」
お見事。返す言葉もない。
「私の推理を言わせてもらうよ。前提として、石田さんの証言を信じて、高濱さんの証言を嘘とするよ。まず、部屋に置かれた【小型カメラ】について。これを設置することで何の情報が得られるか。」
「……【矢代さん、武島さん、須賀さん、本山さん、そして荻の端末の暗証番号】、それと【荻の何かを隠すような妙な行動】っすね。」
「そう。石田さんと高濱さんはたぶん誰かが部屋を漁ったことは容易に分かっていたはず。だって石田さんは【睡眠導入剤】を盛られていたし、高濱さんだって見張りの時間に石田さんが来なかったら不審に思うだろうしね。部屋を確認して、たぶんすぐに気づいたはずだよ。この日記がないことにね。
それができるのは、この日記がこの世界に存在していることを知っている石田さん、アンタだけだ。」
もう酒門には全部ばれてる。
オレはふっと力を抜いた。
「……石田さんは、たぶん荻を消そうとしたはずだ。だからメモを見て日記を回収するため、屋上にいたんじゃないの?」
「……そうだよ。」
確かに行動には移さなかったけど、その考えだってあった。
「そのメモは荻の、石田さんを誘導するための作戦。だからこそ、動きは別のところで始まっていた。
たぶん、荻が高濱さんを呼び出して、日記のこと、世界のことを言ってしまった。温室に集まるってこともね。それから、荻の端末を使って、メッセージを送った。そのあとは荻を消して何食わぬ顔で石田さんと合流して嘘の証言をすればいい。」
「……些か暴論すぎるのではないか? 酒門の言う通りなら、カメラの存在を知る石田も、そしてアリバイがなく連番であることを知っているうるさいバカも当てはまるはずだ。」
香坂の指摘はごもっともだ。
だからこそ、彼女は確認するのだろう。
「3人に、【捕縛】の機能が残っているか確認させてもらいます。」
「……なるほどな。」
ここで香坂は納得したようだ。
「確か荻の顔面には腫脹があったってことだよな? 不意をつけばそれくらいの傷で済むだろうし、そもそも3人の体格差なら自分が無傷ってことは容易だろうな。」
「でも、さすがにメッセージ打っている間はどうにかしないといけませんもんね。それに、端末にはカメラもあるっすからそれの確認だってしたかったはずっす。」
「……もし、使ってなかったらどうするんだよ。」
風磨が尋ねる。
しかし、酒門は一切目を逸らさず言ってのけた。
「もちろん、謝ります。それから議論を続けましょう、それで答えを探すんです。久我と、綾音との、約束だから。必ず助けるって。」
その言葉を聞いた風磨がオレと視線を合わせると、諦めたようにふっと笑った。
「……そうだな、ここでみんな居なくなったら、本当に終わりだもんな。」
「……風磨?」
風磨は端末を慣れた手つきで開き、端末をオレに渡した。
そこには【捕縛】がすでに使用されていることが示されている画面な表示されていた。
当たってほしくなかった、推理。
呼吸が乱れ、目頭が熱くなる。
「……ごめんな、遼馬。オレ、お前が思ってくれてたほど立派な人間じゃねーんだ。」
「……バカ。」
最後まで嘘はつききれなかった彼は、やはり憧れの彼と相違なかったと言ったらみんなに怒られるだろうか。
オレは肩を落とすしかできなかった。




