13.アタリ
本編「ハズレ」とそれ以降の別視点です。
ちょっとだけ解決編の内容にもかかります。
あれからまた風磨と交代して部屋を確認。
まだ日記があることに安堵しつつ、万が一見つかってもいいようにオレの名前を書いておく。まるで、オレが風磨にそれを押し付けているかのように装って。
さすがに早朝は人が来ないらしいので、風磨は体育館へ、オレは食堂で朝食を摂っていた。
オレは殆ど徹夜に近かったから流石にあくびが止まらなかった。
「眠そっすね。」
「ああ、ちょっとね。」
梶谷は苦笑いしながらコーヒーを出してくれた。
紅茶だったら1発で寝てただろうにな。でも、朝食をたべて膨れた腹に温かいコーヒーは毒かもしれない。
オレは知らぬ間に、カフェテリアのソファで船を漕いでいた。
目を覚ましたのは何時だったろうか。
オレが飛び起きたものだから、隣で作業していた梶谷がびくりと肩を震わせ、驚いた顔をした。
「だ、大丈夫すか? 気分は?」
「……寝過ごした。」
気分はもちろん最悪だ。でも、ここで梶谷に八つ当たりするのは違うから我慢だ。
オレは慌てて自室に向かった。
どうやら風磨も不在らしい。
しかし、オレはすぐに風磨の部屋を見て気づいた。誰かが部屋を調査したことに。
時計を見る限り、オレが寝ていた時間は2時間。風磨のいつものルーティンを思い返す限り、あと30分くらいは戻ってくるのにかかるはずだ。
ズキズキする頭をどうにか働かせながら考える。
梶谷はたぶん隣にいたから違う。ならば、オレ達の自室を気にする人間は残り2人、酒門か荻だ。あの2人は協力して屋上の調査もしていたから、おそらく一時的に手を組んでいる。
なんでこんなところを調べるのに固執するんだ。
オレは思わず舌打ちをした。
そして、恐る恐る引き出しを確認する。
そこにあったはずの日記はどこかにすっかり消えていたのだ。最悪だ、一体誰が。
オレは現場を元に戻してから、緩慢な動きで部屋に戻る。にしても何でこんなに頭が痛いんだろう。この時のオレは、前回の世界で重要な働きをした睡眠導入剤の存在などすっかり忘れていた。
自室に戻り、こちらに関しても何か変わったことはないか確認してみる。
どうやらオレの部屋も存分に探索してくれたらしい。ああ、もう本当ここには何もないのに余計なことを。
「あれ、どうしたよ?」
背後からした風磨の声に、オレは柄にもなく肩を震わせた。さすがにオレの驚きようを不審に思ったらしい風磨は怪訝な表情を浮かべた。
「別に、風磨こそ。そんなに汗かいてどうしたの?」
「オレは美波ちゃんとちょっくらバスケしただけ。上手くてびっくりしたぜ。」
風磨の楽しげな声はすでにオレの耳には届いていなかった。酒門は協力者、ここで初めてオレは梶谷も協力者であることに気がついた。
加えて日記はおそらく1番厄介な男、荻の手に渡った時確信を持った。
「……もしかして、何か見られたくないものを誰かにとられたか?」
「なっ、」
不意に耳に入った正解にオレは驚いた。
たぶん、顔に出ていたんだろう。風磨は苦笑いをすると真剣な表情になった。
「バーカ、何年の付き合いだと思ってんだよ? お前が動揺すんのなんてバレバレっしょ。」
「……ごめん。」
「良いって。オレにも言えないような物なら尚更見られたら焦るだろ。ちなみに誰にやられたのか心当たりは?」
隠し事の内容を尋ねることなく、無条件にオレの味方をしてくれる風磨に頭が上がらない。
だが、同時にこのままではいけないと警鐘を鳴らす自分もいた。
「……たぶん、荻。」
「もしかして酒門が体育館来たのってオレを足止めするためか?」
「そうだと思う。ごめん、オレがうたた寝したばっかりに。」
「別に良いって。……大体、遼馬は自分の世界がインストールされてるにも関わらず落ち着きすぎ。もっと頼っても良いんだぜ?」
風磨の優しさに胸が熱くなる。
でも。
「……オレが消えるのはどうでもいい。みんなが、このまま次の世界に行ってくれれば。」
これはオレの間違いない、本音だった。
酒門が自分の記憶が使われた事実に安堵した気持ちは今痛いほどにわかる。そして、それを告げられた風磨の気持ちも。
その言葉を聞いた風磨は明らかに表情を曇らせた。
しかし、次の瞬間には驚くほど強く胸ぐらを掴まれていた。
「お前ならそう言うと思ってたけどな。でも、オレだって遼馬には消えてほしくないんだよ! 忘れんな!」
「へ。」
不意打ちに不意打ちをされたオレは固まった。急に手を離され、そのまま腰を抜かした。風磨は踵を返すと、オレが呆然としているのをいいことに大股で部屋を出て行った。
それからどれくらい固まっていたのだろう。
このまま風磨を放っておいてはいけないとすぐに思い至り、施設中を探し回った。こういう時に限って、風磨も荻も、酒門も梶谷までも会えない。
なす術もないまま、オレはとぼとぼと歩いていた。
すると、背後から高い声が聞こえた。
「やっほー、遼馬! 時間あるかな〜?」
「あるような、ないような……。」
「にゃはは、なら華の話を聞くのだ〜!」
面倒くさい空気がする。
オレが尻込みしていたのを察したのだろう、短めに済ませるよと手を叩きながら迫ってくる。オレの返答を待たずに矢代は話し始めた。
「実はこの後、みんなで端末の番号を連番に揃えないかって話をしてたんだ〜。遼馬と風磨もどう?」
「は、何の目的があって?」
そんなの自由に端末が開けるようになって争いの種になりそうではないか。
矢代は手を合わせて穏やかに語った。
「この前の睦たちみたいに、他の人の端末を開ければ助けられたってことがないようにすればきっと最悪の事態は避けられるのだ〜。連番にはするけど誰が何番っていうのは分からないようにするよ。どうかな?」
なるほど、そういう目的か。
矢代が言う方法であれば、久我達に起きたようなことは防ぐことができる。
「……オレは良いや。番号を知っていることで疑われることがあるかもしれないし。」
「うんうん、それでもいいよ。」
やけにあっさりだなと思い、顔を上げると矢代の真っ黒な瞳がオレを映す。どこか無感情な瞳がこの時は不気味でしょうがなかった。
「でもでも、どこかで踏ん切りつけて、信じないといつか自分の首を絞めるよ?」
それだけを言うと、彼女は軽やかに去って行った。この時、オレの手は酷く震えており、それを握ることしかできなかった。
オレは途方に暮れながらも、屋上に向かった。
高い場所から探せば見つかるのではないかという安直な考えだ。そして、何よりこの時のオレはただ焦燥感に駆られて動いていた。
屋上に顔を出してみると、まさかの人物がいた。
「風磨!」
「ちょ、おま! ここ屋上だぞ、そんなダイレクト入場してくるやつがあるか!」
完全に無意識だった。まだ壁の外に足が出ているにも関わらず、オレは勢いよく屋上に入った。
小部屋に風磨がいたのだ。ここに隠れていたのか。
慌てて何かを背の後ろに隠したものだから、オレは風磨を突き飛ばしてそれを取り上げた。
それはどうやら何かを中継しているようであった。
部屋か? よくよく見てみると荻や香坂とオレ達が泊まっている仮眠室でないか。
「何でこんな、盗撮なんか……。」
「それはそれ! ほら、何か荻が隠してるだろ!」
確かに、辺りを何やら気にしてベッドの下に隠している。
ノートかもしれない、オレはすぐに走り出した。
屋上の梯子をほぼ腕の力だけで一気に降りた。オレが着地した時には風磨はたぶんまだ足をかけたくらいだったと思う。
荻を捕まえなければ、オレは走ったが荻とすれ違う様子はなかった。部屋に入ってももぬけの殻、何でこんなにすばしっこいんだ、アイツ。
オレはベッド下に躊躇いなく手を突っ込んだ。そこにはたった1枚の紙切れが入っていた。
「お前……屋上からの梯子あんな勢いで降りるやついねーよ。というか、そのメモは?」
「『19時30分に屋上へ。石田さんにも声かけて。』誰宛でもない、メモだよ。」
「つまりはこの……無残な箱の鍵を受け取った人物とお前宛ってことだよな? どうする?」
「どうするも何も、オレは荻に用があるから行く。」
「ならオレも……。」
「2人いたら警戒するかもしれないから。」
その言葉に間違いはなかった。
オレとしてはノートの所在さえ分かれば良い。最悪背後を取られなければ、【捕縛】されることもないだろうから荻に負けることはない。
しかし、風磨はどこか心配そうに尋ねてきた。
「本当に大丈夫か?」
ああ、なるほど。風磨はオレが荻を【強制退場】させないかが心配なのか。でも、あの時の言葉に嘘はない。
「大丈夫。オレが言うみんなには荻も含まれてる。オレは絶対に消さない。風磨に誓うよ。」
「……強いな。お前は。」
風磨はふっと笑った。
「さっきは悪かった。小型カメラもさ、荻のこと見つけてオレが遼馬を助けなきゃって気を張ってたかも。」
「……うん。」
良かった。風磨も大丈夫そうだ。
オレ達はそこからいくらかカフェテリアから食べ物を持って屋上に籠城することにした。万が一荻が外を歩いていれば見つけることができるからだ。
あとは箱庭の攻略本だとか、この世界の主の思考が書いてある本を確認していた。風磨は相変わらず仮眠室を見ていた。悪趣味だなぁ、と思いつつもオレはそれを止めなかったけど。
ちなみに部屋では本当に端末のロック番号を連番にしていた。メンツは矢代に武島、須賀、本山、そして荻もいた。ここでは風磨は動かずにジッと5人の番号を見つめていた。
気がつけば、荻が残したらしいメモの時間が迫っていた。
「じゃ、オレは一度行くけど何かあったらすぐメールしろよ?」
「うん。何かあったら声も出すよ。」
「遼馬の大声なんて部活以外で聞いたことねーわ。」
風磨はからから笑うと屋上から出て行った。
もう空は闇に飲まれていく。あとオレの残り時間も1日か。早く日記のごたごたを解決したいところだ。
だが、不思議なことにいつになっても荻は来ない。
それどころか、荻から全体に向けて『皆さん、と言いたいところだけどね。興味ある人だけで構わないので、20時に温室に集まってください。』とだけメールが来たくらいだ。
本当に屋上に来るつもりがあるのか? というか、全員を集めてまさかあの日記のことを話すわけではあるまいな。そもそも何のメリットがあるんだ。
時間ギリギリになったら温室に向かって、それで?
ーー最悪、荻を【強制退場】させる。
オレは悪魔の囁きを振り払うように頭を横に振った。
なんてバカなことを考えているんだ。
でも、もしオレが人を消したとして、そうすれば日記のことも知られないし、オレも助かる?
いや、最低だろ。
「遼馬?」
「ひっ、」
悶々と考えていたところに、突然聞くはずもないと思っていた声が聞こえたため、オレは慌てて背後を振り向いた。
なぜか汗をかいた風磨がいた。
「早くない、戻ってくるの。オレと荻が話してたらどうするの?」
「悪い、やっぱ心配で来ちゃったんだよな〜。」
ここでオレが話してたらどうするつもりだったんだ。
オレは風磨のお節介にため息をついた。
「荻は来てねーの?」
「来てない。メール送ってる暇があるならちゃんと時間守ってほしいよね。」
「はぁ? 約束破ってそんなメールしてんのかよ?」
呆れたような風磨はやれやれと言いつつフェンスに寄りかかり、目を丸くした。
何か見えたんだろうか、オレが近づくと手招きした。
「オイ、噂をすれば荻だぞ?」
「うそ?」
オレもフェンスから指された方を見下ろした。しかし、オレにはその姿を目視することはできなかった。
風磨はあれだあれ、と繰り返すけどどうも分からない。
「本当にいた?」
「いたって!」
思ったより強い語気にオレは不審に思う。
その表情はどこか不安を映したような顔で。
オレもまた、妙な不安感に駆られた。
「風、「あー、せっかくだし温室に行ってみようぜ! 荻も来るかもしれねーし。」
この時、オレはすでに感じ始めていた。
しかし、親友はオレが疑念を抱くことを許してくれなかった。
「なぁ、遼馬。」
「何。」
「……何があっても、オレ達は親友だよな?」
何で、そんな当たり前のことを聞くの。
オレが無言で頷くと、風磨は小さく笑った。なんで、そんなに寂しそうに笑うんだ。
「遼馬は、温室行くか?」
「……あ、えと。」
「ゆっくり考えてから来いよ。オレは先に行ってるから。」
そう言う風磨はゆっくりと屋上から降りていく。
オレの足なら簡単に追いつけるのに、止められるのに。手は宙を泳ぐばかりだ。
それからまもなく嫌な放送が鳴る。二度目の、地獄の始まりを告げる言葉だ。
『なお、今回【強制退場】をされた荻龍平は【サポーター】ではなかった。』




