1.始まりの誘い
本編「始まりの誘い」の別視点です。
『ーーーー区で30代女性が行方不明になり、』
巷を騒がせるニュースは移ろって行く。
朝練の前にたまたまつけたニュースは昨晩と変わらない内容ばかり口にしている。それをコメンテイターやら評論家やら専門家やらが好き勝手言う。
行方不明の原因なんてさまざまだろう。本当の理由なんて知るものか。
高校生だからそんな穿った考え方をするのかもしらない。
ただ、オレにはそもそも関係ないのだけど。
「はよ、遼馬!」
「おはよう、風磨。」
オレは幼馴染の高濱風磨とともに朝練に向かう。オレ達は幼稚園からの親友であり、気の置けない仲である。
少し長めの焦茶色の髪をワックスで固めてオールバックにしている。目つきは決していい方でないため、一見怖そうにも見えるけど、いつも笑っているため友人は絶えない。
一方で、オレはというと黒髪に、少し童顔と言われることが多く、はじめは人が寄ってくる。でも、オレの愛想の悪さを知るとすぐに皆去っていく。はじめから来ないでほしい。
閑話休題。
高校も同じ高校に入学しており、部活も小学校から続けているバスケ部だ。いつも一緒に朝練に行き、シュートやパス練をしている。
お互いのテストの結果だって、オレは無いけど恋愛のことだって、隠し事は一切なかったんだ。
ーーある時まで。
「そういえば、風磨さ。」
「何?」
「【箱庭の掲示板】、見たか?」
今から約8年前、長らく高校生の間で流行っていた【箱庭ゲーム】のサービスが終了された。
【箱庭ゲーム】とは、当時の社会問題にもなっていた無気力な子どもたちを救済するために作られたバーチャルリアリティゲーム。
仮想空間の中で、友情を、愛情を育み、時には仕事を行いながら過ごすといったいわゆる第2の生活が行われていた。
オレ達が小学生の時、ゲーム内の世界で重大なエラーが生じる事件が発生し、ゲームの提供は終了された。
詳細は知らされていなかったが、どうやら外部の人間によるウイルス攻撃だったものらしく、その犯人の行く末は世間に知らされることは無かった。
そのような事件から約8年、教育体制は大きく見直され、以前のような無気力な子どもたちは減少傾向にあった。
しかし、現在の高校生は過去の事件など他人事。
【箱庭ゲーム】への憧れや興味や、真実を知りたいという探究心を満たすために、【箱庭の掲示板】というものが何者かにより設立された。
【箱庭掲示板】はアプリを1つダウンロードするだけで登録できるものであった。
トークルームを作ったり、模擬箱庭ゲームを体験したりすることができた。
時にサイバー警察により、トークルームが削除されることもあったが、それさえも高校生には刺激の1つだった。
さほどネットに興味のないオレは、風磨に誘われて登録はしてみたもののもっぱら放置アカウントと化している。何やらメールも届いているが、最近はめっきり見ていない。
「見てない。何かあった?」
「掲示板で『実際に【箱庭ゲーム】を体験してみませんか?』っていうトークが立てられてたんだ!」
どっぷりハマっている風磨は目を輝かせて力説している。そんな胡散臭いスレッドを信じるなんて。
おそらく顔に出ていたのだろう、風磨は不満げな表情をすると追い討ちをかけるように情報を開示する。
「もちろんみんな最初は疑ってたぜ? でも、アップロードされてた写真に当時の【箱庭ゲーム】の機器やバーチャル世界が載せられてたんだ。実際にあったゲームだし、また再開できるんじゃないかって期待値も高いんだぜ?」
「ふーん……。それで、風磨は体験するの?」
「もちろん! 遼馬も一緒に応募しねぇ?」
正直興味ない。バスケやってる方が楽しいし。
でも、かつての【箱庭ゲーム】は無気力な子ども向けに作られたゲーム。
それに風磨が強く惹かれている理由は、言わずもがなそういうことなのだろう。
おそらく部活で初めて生じたオレと風磨の差。
勉強も人付き合いも運動も、いつだって風磨の後を追いかけていたオレが初めて明確に抜いたもの。オレはレギュラーで風磨はベンチ。
そうなってからというもの、特段態度は変わらないのだけど以前より【箱庭の掲示板】を見る機会が増えた、気がする。
つい先日盗み見てしまったあの日記のこともあるしな。
オレは少しばかり逡巡し、首を縦に振ることに決めた。
「……分かった。帰ったら応募してみる。」
「やり! 遼馬と一緒なら百人力、どんなゲームでも楽しいっしょ!」
「必ず2人で当選するわけじゃないのに。」
この時はそう思っていた。せめて風磨が当選して少しでも不満をぶつける場所が見つかれば良い、と。
だけども運命は数奇なもので。
部活から帰ってふとスマホを見てみると運営から当選のメールが届いていた。
それを知ってのタイミングか、先に帰っていた風磨もまた興奮した様子でスマホを片手にオレの部屋に飛び込んできた。
「遼馬ぁ、オレ当選した!」
「オレもなんだけど……。」
「マジかよ! オレ達は超ラッキーじゃん!」
よっしゃあ、とオレの部屋でガッツポーズをする風磨を尻目にオレは再度メールを見つめた。
そんな幸運あるもんなんだなと。
スクロールしていくと、【擬似箱庭ゲーム】のルールや人数、開催日時、ログインセンターに向かうための送迎場所の連絡が記載されていた。
どうやら、今回の【箱庭ゲーム】はかつて主催していた会社が、吸収された企業元でサーバーを強化して改めてゲームを作り上げたんらしい。今回の試験運転が上手くいけば、有料だけどかつてみたいにゲームを遊べるようになるが、現在は未だ秘密裏に進められてる開発らしいからあまり公にしてないそうだ。
幸いその日は大会明けのオフの日なので行くことができるだろう。
受験の息抜きにもいいかもしれない。
オレはそう言い聞かせつつ、風磨とともに【擬似箱庭ゲーム】に参加することを決めた。
期間も少し空いた頃。
約束の時間、場所に車がやってきた。
「わざわざご足労いただきありがとうございます。まずは当選おめでとうございます。」
「ありがとうございます!」
一見礼儀正しそうな男性に見えた。
でも、どこか無機質で。
所詮他人だし、オレはそんなもんなんだろうって思っていた。綺麗めのいい自動車に乗せられると、その車は会場に向かっていく。
会場には、かつて幼い頃ニュースで見たような、椅子型の機械が置いてあり、計15台の機械が規則正しく並んでいた。
「順次皆様をご案内しております。かけていただければ操作方法が表示されますので、よろしくお願いします。」
「分かりました! 行こうぜ、遼馬!」
風磨は警戒することなく近場の椅子に座ると、さっさと機械を起動させ始めた。
そこでオレはふと、その男の人に聞いてみた。
「……ゲームの実際の期間はどれくらい設けるんですか? 1時間くらい?」
まさか泊まり込みなどではないから移動時間を考えるとそんな程度だろう。
しかし、男はにっこりと不気味な笑顔を貼り付けたまま同じことを繰り返すばかりだ。
「お気にせず。いってらっしゃいませ。」
「……お気にせずって。」
なんだかもやもやする。
オレがそう思った時、男はやや強引に機械に座らせると無理矢理出入口を閉めてしまった。
なぜ?
だけど、座っただけで意識は遠のき、最後に見たのはすでに眠りについた風磨と機械が起動した時に発生する無機質な音だけだった。