のんびりとしたスローライフをしたいんですが…
「…ふぁぁぁ…ねむ…」
ガタン…ガタン…と馬車内にある藁の上で、太陽の日差しを浴びながらのんびり…
これが気持ちよくて気持ちよくて…
「…お客さん、そこ好きだねぇ」
と馬車の運転手である農業関係特有の独特な艶かしさがある麗しい女性が話しかけてきた。
「そりゃぁこれだけ暖かいのと、藁のいい感じの弾力があれば気に入らないはずありませんよ〜」
「はっはっはっ、わかってるじゃないの!」
「ん、その言い方はお姉さんも経験者ですかね?」
「そりゃ、アタシの馬車なんだから寝た事ぐらいあるよっ。宿が取れないとこにいる時とかは、よく使ってるしね」
「…いやいや〜、お姉さん危なくない?。お姉さんみたいな綺麗な人が1人、馬車の藁の上で寝てたりしたら怖いオオカミさんに襲われるよ〜?」
「あいにくと運だけはいいみたいでねっ、そんな経験はないさっ。後、ありがとうねっ。お世辞でも綺麗って言われると嬉しいもんだねっ」
「お世辞じゃないんだけどな〜……というか、お姉さんも使ってる場所なら使わないほうがいいかね?」
「ん?。ぁぁ、いやっ気にしなくていいよっ。どうせ行き遅れた女の仮寝床なんだ。それをあんたみたいな若い男に使ってもらえて、気持ちがいいなんて言ってもらえたなら万々歳さっ」
「行き遅れとかあんまり女性が言うもんじゃないと思うけどねー」
「実際事実だからねぇ…悲しい事にこっちの運はなかったのさ、アタシは」
「ん〜魅力的なのに勿体無い話だね〜」
「おっ?、ならアンタがアタシをもらってくれるってかい?」
「にゃははっ、心から嬉しいお話だけど返事はごめんなさいかなぁ。俺、やりたい事あるし〜」
「やりたい事?」
「…の〜んびり、荒事に巻き込まれずに楽しく暮らすことかなぁ」
「…はぁぁっ!?、何だいそりゃ!?」
「いやぁ〜、これまで王都に住んでたんだけど…色んなゴタゴタがねぇ…」
「…ぁぁ…なるほど、そういう事かい…そりゃ、災難だったねぇ」
と、彼の一言ですんなり理解する運転手。
それもそのはず。
彼女もそれなりの旅人であり、王都がどれだけ賑やかなのか知ってるし、苦労する人には苦労する場所だと理解しているからだ。
なんせ、これまで王都へ向かう時は生き生きしてた若者が、わずか1週間足らずで疲れたように王都から離れていくのを何回も見かけたことがあるくらいだ。
だから、彼もそんな1人なんだろうと思った。
「まぁ…ゆっくりしたらいいさ。後、いい情報をあげるよ」
「んん〜?」
「これから立ち寄る予定の村には、疲れに効く温泉があるよ〜」
「おぉ〜!。いいねぇ温泉っ、こりゃ楽しみになってきたよ〜」
と馬車に揺られながらゆっくり今後について、そしてどう温泉を楽しもうか考えるのだった。
◇◇◇◇◇◇
「えぇぃッ!!まだ見つからんのか!!?」
玉座にて、女騎士団長の怒号が飛ぶ。
「もっ…申し訳ございませんッ…!…ですが、見つけようにも痕跡がまるで見つからずっ…」
「…ぐッ…アイツッ…変なところは真面目にッ…」
頭を抱えながら、この場にいない人物に対して怒りが積もる。
「…これ、ルーナよ。少しは落ちつくがよい」
「…申し訳ございません…陛下…お見苦しい所をっ…」
上部からの一声で膝を突き謝罪する女騎士団長のルーナ。
「…やはり、彼は本当に出ていってしまったか…」
とこの国の王、バーナ国王は自慢の白い髭を撫でながら小さくつぶやいた。
「…おそらくは…」
「…まぁ…仕方あるまい。彼には彼の生がある…それに、彼はよく尽くしてくれたからのぅ」
とどうやらバーナ王は言う。
どうやら、騎士団長の気持ちに関して、バーナ国王はその人物を探す事はあまり乗り気じゃないようだ。
「騎士団長よ、少しは落ち着かれたらいかがか?。彼は自ら去った。理由はどうあれ、義務はきちんと果たして去ったのだ。罪人を王ならまだしも…これ以上の捜索は我らとてすんなり首を縦には触れなくなりますぞ」
と傍にいる宰相が諌めるように話した。
「儂も宰相の言う通りだと思うのじゃよ…確かに、昔馴染みであるお主からすればいなくなるのは悲しい事かもしれんが…」
「…ぁぁ…なるほど…騎士団長は彼の事を…」
となにやら納得する宰相と周りの面々…
本来ならば、一個人の感情により国の資産を使っていると糾弾されかねない状況だが…
幼い頃よりルークとルーナを見守ってきた国王と宰相からしてみれば、子供もしくは孫のような存在だ。
多少の我儘は目を瞑ってしまうし、その子達の恋路とならば気にせずにはいられない。
…いわゆる保護者あるあるだ。
「かッ…勘違いですッ…///!…んんッ……国王陛下、並びに皆々様…改めて進言いたします…彼…ルーク・アドバンスはすぐにでも連れ戻すべきです」
顔を真っ赤にして否定している様子からまんざら間違いでもなかったりするが…
一呼吸おいて、落ち着きを取り戻したルーナは改めて進言した。
「…とは言うがのぅ…手がかりも掴めぬのじゃろ?。そのような相手をどう連れ戻すと…」
「…騎士団長よ…ルーク殿が有能な事は認めるが…本人の意思を無視しては…」
恋路というなら力を探してやりたい気持ちもあるが、ルークの気持ちも尊重する2人。
それに、悪事を働いた上で出ていったわけではないから、これ以上個人の意思を国がどうこうというのは、外分的にも良くはない。
しかし、ルーナもはいそうですねとうなづけない理由がある。
いや、頷くことが出来ない訳がある。
「…おかしいとは思いませんか?」
「ん?」
「どうして、ルークの痕跡を見つけられないかです」
「…それは、単に痕跡を隠すのが…」
逃げるのが上手いだけだと言おうとする宰相に対して首を振るルーナ。
「違うのです………認めたくありませんがっ…あの馬鹿は本当に有能なのですっ……本気を出したルークならば…私は…かすり傷1つすらつける事なく負けるでしょう」
「「ッ…!?」」
玉座の間にドッとざわめきが広がる。
何故ならば、“この国最強の騎士団長”である彼女が手も足も出せずに負けると国王に宣言したからだ。
「な…何を馬鹿なっ……確かに彼は有能じゃがっ…」
普通ならありえないことだ。
ルーナを騎士団長にしたのは、何も保護者特有の可愛さからではなく、彼女の実力を正当に評価したからにほかならない。
周りも、彼女が騎士団長…つまり、この国内最強の剣の担い手であるのは重々承知している…
だからこそ、彼らの中に激震が走った。
「…騎士団長、それは魔法のみによる勝負というわけでは…」
「…もちろん違います……純粋な剣だけならば……まだ全然できるかもしれませんが……能ある鷹は爪を隠す…あんな馬鹿に使いたくない言葉ですが…まさにその通りかと…」
ルーナは淡々と言葉を紡ぐ。
何故ならば、それは事実だからだ。
なら隠す必要はない。
それに、今自分の伝えたいことを伝えるためにはこれが最善策…
その結果はすぐ出始める。
流石は大国の王というべきか…
バーナ国王は、ルーナの様子から嘘は言っていないと感じ取った。
「…それが誠だというのならば…何故隠す必要が…」
「…隠すというのは不適切かもしれません…ただ単にやる気がないのです…あの馬鹿は……」
「や…やる気……あれだけの事をして置いてか…?」
と宰相は信じられないと首を振る。
彼らが話すルーク・アドバンスは、この国の元魔法師だ。
それも、新たな動力源である魔炉を作り上げた存在。
…もちろん、彼1人で1から作り上げまたわけではない。
だが、根幹部分を作ったのは彼であり、彼が作り上げた魔炉はこの国を発展させるほどの成果を与えた…
くわえて、魔法についても博学…技術力も高い。
一言で言えば、彼は国内の魔法使いの中でトップ組に君臨する存在だと言ってもいい…
そんな彼に対して、やる気がないと言われても信じられないだろう。
いや、信じれるはずがない。
彼が作り上げた魔炉は、これまで使用していた魔術エネルギーの運用方法凌駕するほどの大発明なのだから…
だから、王はルークの突然の辞めるという報告に驚いた。
彼には、保護者ではなく王という立場から見ても一目おき、不自由がないように配慮してきたつもりだからだ。
だが、彼の話を聞いて辞める事を許可した。
立場が立場だけに簡単に辞めることなど許されないのだが…というか、辞める必要などそもそもないはずなのだが…
彼の“騒がしい毎日に疲れた”という話を聞き…魔炉をはじめ様々な偉業を収めた功績彼の心情を考え辞める事を許可した。
武のルーナ、知のルークの2柱でこれからを考えていた王からしたら苦渋の決断でもあった訳だが…
だが、人にはそれぞれ事情があると割り切った結果でもある。
「…正直信じ難い話だが……」
「…陛下…こちらをご覧ください」
とルーナは懐からあるものを取り出した。
それは、青白い宝石で作られたペンダントだった。
ルーナはひざまづいたまま差し出すと、宰相が受け取り王に手渡す。
「ふむ……ほぅ…綺麗なペンダントじゃな……しかし、見たことがないのぅ」
「…私もです……騎士団長、これは?」
「……数年前の奇跡を覚えておいででしょうか?」
「…数年前の奇跡というと…あの“凪の奇跡”の事かの?」
「はい」
数年前、国内の海が大いに荒れた。
いや、荒れたなんて一言では言い表せないぐらい幾つもの大きな波が発生し、港や地形に大きなダメージを与えた。
もちろん、国王達はこれをなんとかしなければと動き出した。
…しかし…
「…動こうとした途端に今までの荒れ具合が嘘のようになくなったからのぉ…」
「えぇ…アレは今思い返しても本当になんだっったのかわからないぐらいですからね…」
突然荒れたかと思えば突然静まった海…
今でも発生の原因と解決された理由がわからないその事象は“凪の奇跡”と言われていた。
だが、その真実を知るものがいないわけではない。
「…荒れた海を止めたのはルークです」
「…はぃ?」
王は思わず聞き返した。
「荒れた理由は海神竜リヴァイアサンが暴れていたから…そして、そのリヴァイアサンを撃退したため、海の荒れは収まった…これが“凪の奇跡”の真実です」
「…ちょ…ちょっと待つのじゃっ、ルーナよっ…いきなり何を」
「…いきなり話されても信じられないのは無理もございません…ですが、そちらのペンダントが証拠でございます」
「…このペンダントが?」
「そのペンダントの宝石に当たる部分…実際には宝石ではなく、リヴァイアサンの鱗です」
「なッ!?」
思わず全員が目を見開く。
まさか、海の最強種の一角とも言える海神竜リヴァイアサン…
その鱗がここにあるなんて思いもしなかったからだ。
「…騎士団長…誠なのか…その話は?」
「はい…他に証拠と仰るならば、凪の奇跡と同時期にルークは満身創痍状態でした…本人は階段から転げ落ちたとホラを吹いていましたが…」
「…リヴァイアサンと戦った末の傷というわけか……騎士団長よ、1つ問いたい。何故今になってそのような真実を?」
「…黙っていた事は申し訳ございません…ですが、それはルークとの約束でしたので」
「…ルークと?」
「はい……これだけの功績…まさに英雄に相応しい偉業であるにもかかわらず、ルークは目立ちたくないからと…私に黙っていてほしいと……」
「…確かに、本当の話ならば英雄に値する偉業じゃ……そうか、話がつながったわ…だからルーナは一時期…騎士団長にルークを押しておったのじゃな?」
コクリと頷くルーナ。
彼女は正直、自分の地位にはある興味はない。
もちろん誠心誠意、恩あるバーナ王に対して忠義を尽くすつもりだが、それは何処にいたとしても変わりはしない。
だが、だからこそ自分より強いルークを国力の象徴である騎士団長にしようとし、“止めた”。
「…実力だけならば、ルークの方が上なのは確実でしたので、ルークの方が相応しいと思い辞退しようとしましたが……あの馬鹿はやる気がない…いくらなんでもそんな奴を騎士団長に据えてしまうとまずいと思った次第です…」
「ふむ…」
「それに…ルークはルークなりにバーナ王に対して尽くそうとしていた…それが武の道であれ知の道であれ、結果としてバーナ王に対する忠義になるならばと思い、互いの道を進むことに…」
「…ルーナよ…儂は別に……いや、これを言うのは無粋じゃな……しかし、ルーナよ。儂からも問いたい。凪の奇跡の真相がお主が話した通りだったとして、どうしてルークとの約束を破ってまで今話したのじゃ?……約束したのならばそれを破るのはあまり…」
「…理由は2つ……1つ目は、ルークとの約束は忠を尽くす事を前提としたものでした…この国を出て行ったのならば、もはやその契約は無くなったものだと判断しております」
「ふむ…」
「…そして2つ目…こちらが本命ではありますが…ルーク・アドバンスという存在の価値を改めて再認識していただくためです」
「…再認識?」
「…まず初めに……私はルークを必ずしも連れ戻そうとは考えておりません。ですが、監視は必要かと」
「…監視とな?。随分と穏やかな言葉でないが…」
「えぇ、何処かに監禁するなどの意味ではありません…むしろ、そんな事をしたらどうなるか………ルークは英雄に近い存在です。満身創痍でのリヴァイアサンを撃退といえど、強者であっても出来るものは限られております……もし、そんな存在を保持することが出来たならば…」
「…つまり、お主はこう言いたいのか……“ルークが儂に剣を向ける”と」
どよッと空気が一気が変わる。
「いえ、それは決してありえません。ルークが陛下に感謝しているのは本当です。彼自身の気持ちで陛下に剣を向けるなどあり得ません」
「…ならば洗脳…か」
「…確かに、ルークは英雄並みであれど無敵じゃありませんので、洗脳に特化した相手ならばあり得る話かもしれませんが……可能性としては低いかと」
「…ルーク・アドバンス自身が最高峰並みの魔法使いだから…じゃな?」
「はい」
「…ふむ…」
王と宰相はルークに対してどう行動したものか悩む。
ルーナの話を聞くか限りであれば、もはやその力や脅威は一軍隊…いや、大国の軍に相当する。
だが、彼は強く、バーナ王に対して敵対する恐れもないときた。
バーナ王…そしてこの国に害をなさないならば、彼の希望通り自由にさせても良いと思えるが…
だが、そんな単純な話じゃない。
彼自身に敵対する気はなくとも、彼という戦力を保持していると言えるだけでも脅威につながるからだ。
もし、他国…あるいは何らかの組織が「彼はこちらの味方だ。大人しくいう事を聞け」等と言おうものなら、逆らえない。
なんせ、英雄レベルの存在が相手になるかもしれないのだから…
ルーナが言いたかった事…
それは、そんなホラ話でも真実かどうなのかを確かめる手段をちゃんと用意しておく事だと2人は気がついた。
「…ルーナの言いたい事は理解した…じゃが、監視か…」
「…陛下…」
ルークという存在の脅威は理解できたが、だからといってはいそうですねと割り切る事は…バーナ王にはできなかった。
なんせ、孫のように大事にしていた存在であり、忠を尽くしてくれた元臣下…
元と言えど、相手の気持ちを蔑ろにしてしまうのは如何なものかと悩んでしまうのは無理もなかった。
…だが、バーナ王は王という立場上…もはや、選択権は1つしかない。
「……ルーナよ、ルークに関する情報は外部には漏れておるかの?」
「…具体的にはわかりませんが…おそらくは」
つまり、外部の者がルークを手に入れようと動き出す可能性があるというわけだ。
「……」
「…陛下…」
「…仕方あるまい…宰相よ、ルークの足取りを追うのじゃ…」
「…はっ…」
「…感謝いたしますっ」
「…じゃが、見つけたとしても干渉は許さん。あくまで基本は監視のみじゃ……良いな」
最悪の場合を除いて以外、ルークへの干渉はしない。
それを条件に王は首を縦に振った。
願わくば、彼が平穏な暮らしを送れる事を祈りながら…
◇◇◇◇◇◇
「お客さーん、ついたよっ!」
「おっ…ここかぁ」
ようやく街につけば、あたりは温泉独特の空気に包まれていた。
「すげー匂いだ…」
「はっはっはっ。まだこんなのは序のさっ…と言っても、さらに濃い場所なんてそうそう立ち寄る場所じゃないからこれが普通なんだけど」
「ん?。さらにすごい匂いなのか?」
「そりゃ凄いさねっ。初めて嗅いだときは鼻がひん曲がりそうになったくらいだ」
「…うわぁ…まじか…」
「源泉って言うんだっけ?。そこら辺は特にねぇ…何でも、温泉を生み出してる場所の鉱石やら成分やらが何とかで臭いんだよ」
「…とりあえず臭いって事は理解できたわ……あっ、これ乗せてもらったお礼」
と俺は懐から金貨数枚を取り出して渡した。
「ちょッ!?あんたこんなにッ!?」
「いいっていいって、運んでくれた上綺麗なお姉さんの寝床まで使わせてもらったんだし」
「…それで金貨数枚はこっちが………はぁ…まぁあんたが良いならこっちは構わないけどさ…ありがとね」
「はははっ、こっちのセリフだって。それじゃ、またどこかでっ」
「あいよっ、元気にしてるんだ……って、そういやあんたの名前聞いてなかったね」
「ん?…ぁぁーそういえば……俺はルーク、ルーク・アドバンスって名前だ。気軽にルークってよんでくれ」
「ルークね…あたしはカミーラ・ベネルナ。カミーラで構わないよ……それじゃねっ、また何処かで」
「あぁっ、またね〜」
と俺はカミーラさんと別れた。
…いやぁ、あの馬車の藁…きもちよかったんだけどなぁ…
俺も馬車買おうかなぁ…
「ととっ、いけないいけない。先に風呂に入らねば」
と言いながら俺は街の中を歩き出した。
町の中は温泉が有名なこともあるのか、出店が多い。
温泉を活用したパンや料理がそこかしこで開かれてる。
…全部うまそうだな…
「ふむ…これはなひゃなひゃ…」
というわけで、目につく食べ物はとりあえず買い漁りました。
えぇ、買い漁りましたとも。
だって腹に刺さるうまそうな匂いがたまらないの何のっ。
「ちょっ…やめてくださいっ…」
「良いじゃねーかよ、嬢ちゃん達。俺らと遊ぼうぜ〜」
「こまりますぅっ…」
「良いじゃんかよ〜」
ふむ…何やら女の子2人が変なチンピラ2人に絡まれてるな…
…まぁ、観光街?にはつきものみたいなもんだからなぁ…
「それにしても2人とも可愛いじゃん〜、どうせなら一緒に風呂入りに行こうぜ〜」
「良いね良いねっ混浴出来るとこあるしっ」
「ちょッ…いゃっ…」
「ほらほらぁ〜えんりょおごぉッ!?」
「ふぁいふぁい、すひょっふ。さふはにやへなひゃいな」
「ちょッ!?おまッ……ぉっ…ぉぉッ…?……とっ…とりあえずしゃべるか食べるかどっちかにしろッ!?」
俺が杖で殴りつけると、片割れのチンピラはこちらを見て、とりあえず戸惑った。
…ふむ…とりあえず食うか。
「んん……はぁぁ……食った食った」
いやぁ、さっきの蒸しパン美味かったなぁ…
やっぱり、温泉の湯気で蒸してるから味に深みが出るんだろうか…
また買いに戻ろうか?
「いてててッ…!」
「お…おいっ、大丈夫かよっ…」
「やべぇってっ…!…大丈夫かっ?、俺頭割れてない!?」
「そんな簡単に頭が割れるほどの一撃なんて出すわけないでしょ〜。最悪ヒビが入ったくらいだよ」
まぁ出来るけど、そんな汚いザクロ見たかないし…
「いやっ、ヒビでも大問題だろうがっ…てお前誰だよっ!?」
「んっ、あー通りすがりの観光客かな?。とりあえず、その子らが嫌がってんでしょ、やめたれ」
「うっせぇなっ、俺たちの勝手だッぉぅ!!」
チンピラは殴りかかってきたが、どうぞ避けてくださいと言わんばかりの腑抜けた殴りかただなぁ…
俺は当たる間近でヒョイっと避ければ、自分の体も支えられないのか、勢いに導かれるように殴りかかってきたチンピラは地面に倒れ込んだ。
「てめぇっよくもっ!」
「…いやいや、俺特に何もしてないんだが…」
「うるせぇっ黙って殴られッ…ッ!?」
もう1人のチンピラが参戦しようとしてきたが動きを止めた。
いや、止められたという表現の方が正しいな。
「ッ…」
もちろん、殴ろうとして転けたチンピラも同じ現象が起こっている。
まぁ、驚くのも無理もないだろうな。
なんせ、“純粋な魔力による圧”を受けている状態…
それなりの相手なら、最低限自分に何が起こってるかわかるだろうが…
素人である一般人だと、何が起こってるかわからなくて怖いよな。
「…まぁここは素直に引き下がってよ」
その声とともに、2人にかけていた魔力を解く。
軽めにしたつもりだが、どうやら座り込むように倒れてしまう様子から、余程きつかったらしい。
「「…うッ…うわぁぁぁぁぁぁあッ!?」」
得体の知れない相手とでも思われたのだろうか…
2人は体が動くと分かった瞬間すぐさま走り出して逃げていった…
…見事な逃げっぷりだなぁ…まぁ、だいぶ怖かったろうし、仕方ないっちゃ仕方ないが…
「…さて、さっきの蒸しパン買いに戻るかね」
「あっ…あのっ!」
「ん?」
振り返って戻ろうとした瞬間、先ほどまで絡まれてた女の子達が話しかけてきた。
「助けてくださりありがとうございますっ」
「…あー、いよいよ。こっちもただ見逃したら気分が悪くなるから手を出しただけだし」
実の所、嘘は言っていない。
過度なナンパは論外だが、別にやって悪いというわけじゃない。
今回はやりすぎ気味だったのと、良い気分の最中、あんな光景を見て見ぬ振りなんぞしたらこの後の温泉が台無しになりそうだなぁって思ったから止めたに過ぎない。
うん、まじで。
だから、俺の行為自体が自己満足の一言に過ぎない。
だから、別に感謝されるつもりは…まぁそれはそれだな…
「…まぁ俺から言うのもあれだけど…ちゃんと言い返さないとダメだぞ?。ああいう奴らはどこにでもいるわけだし……失礼な言い方になるかもだが…特にあんたらみたいな綺麗で上物なお嬢さん方はな」
そう。
2人とも可愛いし、綺麗だがそれだけじゃない。
一言で言えば凹凸が激しいと言える。
特に片方の子ははちきれんばかりだ。
…そして、弱気そうな雰囲気ともなれば、ナンパ師達は声をかけないはずはないだろう。
「…その…警戒はしていたのですが…なかなか言い返しづらくて…」
どうやら、俺が言いたい事は伝わっていたようで何よりだ。
聞き様によっては、エロい体してるみたいに捉えられてもおかしくはないわけだし…
「まぁ…向こうはある意味プロだからな…断りづらい話し方とか空気の読み方を理解してるだろうし……経験値の差ってやつだな」
「…そう言われると…なかなかに辛いですね…」
「本当にありがとうございますっ…」
…ふむ…
「…まぁ、今後は注意って事で…じゃ、それじゃっ」
「あっ…!…そのっ、本当にありがとうございました!!」
ペコリと2人が頭を下げるのを見た後、こちらも軽く会釈してその場を離れた。
…
…ん?
いや、特に何もありませんよ?
ただ、ナンパ師を追い払っただけなんだからこれ以上は何もないでしょ普通。
とか、考えてたんですが…
「うぅっ…」
「はぅぅ…」
「…」
一汗かいた後の温泉は格別だなぁなんて叫んでいるゴツいにいちゃん達の言葉に誘惑され、それならばと町の外にモンスターを狩りに来てみれば…
ついさっきナンパ師達に絡まれてた女の子2人がいた…
モンスターに返り討ちにされたのか、ぼろぼろな状態で…
「ぁっ…ありがとうございますぅっ…ぐすっ…」
「いや…まぁ構わないが…」
いやぁ…
女性の知り合いなんて、幼馴染のルーナを含めて数人しかいないから…こう…
泣かれていらっしゃるとどう対応したら良いかわからんね…まじで…
「…えと……とりあえず、今は安全だから…な?」
「…はっ…はぃ…ぅぅ…」
…男相手ならメソメソすんなっで終わるんだけどなぁ…
「…てか、何にやられたんだよ…ここらにそんな強いモンスターがいる感じはしなかったが…」
「…わかるのですかっ?…ぐすっ…」
「まぁ…索敵魔法でな……というか、お前らの実力なら苦戦しないだろ?」
「……えっ…?」
「いやだから……えと……名前聞いてなかったな…」
「あっ…わっ…私はルミナですっ」
「ねっ…ネアと言いますっ」
「俺はルークだ………改めて言うが…ルミナさんとネアさんの実力ならここらのモンスター相手に苦戦なんて考えにくいんだが?」
「…索敵魔法というのは、そこまでわかるのですか?」
「いや、純粋な…なんて言うんだろ……あれだあれっ、他者の強さを雰囲気で感じるってやつ…も違うか。とりあえず、ルミナさんからはかなりの魔力を感じるから、魔法でぶっ飛ばせない事ないだろ?。ネアさんはオーラっていうか…剣の技術力高そうだし…ここらなら負ける要素が見えないんだが…」
「「…」」
2人は驚いた形相でこちらを見ていた。
…そんなおかしなことを言っただろうか?
そして、2人から衝撃的な真実を聞くこととなる。
「…はぁぁぁぁぁぁあッ!?君らが勇者パーティーッ!?」
全く予想していなかった事実を聞かされ、逆に驚かされた。
「…はい…」
「…信じられないかも知れませんが…」
「…すまん、正直信じられん……確かに妙に魔力量が高かったり、精霊に好かれてるなとは思ったが…」
「…精霊まで……ルーク様こそ、いったい…」
「…ルークでいいよ、ルミナさん……しかしまぁ……なるほど……こりゃ、確かに負けて仕方ないわ…」
「「…うっ…」」
2人は気まずそうに顔を逸らす。
1から説明するなら、2人は勇者パーティー。
ちなみに勇者はネアさんの方…
確かに、改めて見ると、高い能力があるのを感じる…
が、問題な事に…この2人高いだけなんだよなぁ…
「…よくもまぁ…そんな状態で旅に出たもんだよ…」
「…ははっ…言われても仕方ないですよね……でも、王様からの命令で…」
「拒否するわけにもいきませんからね…」
「…ちなみにどこの王だそれ?」
「…ダール国の王様です…」
…ダール国…ダール国……
あぁ、あの無駄に態度だけでかい馬鹿王か…
「…おおかた、勇者のそしてあるものが見つかったから、国の名を売るためにも旅立たせたってとこか…」
国内から勇者を輩出するというのは、一種のステータスだ。
勇者を輩出した事実だけで、国同士の力関係において一歩先に出るようなもんだ。
だから、勇者に相応しい存在が手元にいるなら勇者として旅立たせたい。
…大昔の伝承において、魔王を勇者パーティーが討ち取ったとあるが魔界…
魔王が収めていた領域はいまだに手付かずな部分が多い。
…はっ?
何故かって?
…そんなの簡単な話だ。
魔王と戦えたのは勇者パーティーだけ…それが答えだ。
その勇者自身も魔王討伐時のダメージで亡くなったんだが…
まぁ要するに言いたい事はだな、魔王を討伐できたのは勇者が率いる勇者パーティーのみ…
言い方を変えれば、魔界に入って魔王の元に行けたのは勇者パーティーだけだ。
魔界ってのはある意味魔王のお膝元。
そこのモンスター達が弱いわけがない。
現に、過去幾度と軍を動かし、打倒魔王を行おうとした国々があったが…
全員、魔王にたどり着く前に死んでしまった。
理由は単純に力不足。
モンスターや魔族達は、人族と比べれば悲しいほどに弱い。
もちろん、人族にも魔族に匹敵する存在はいるが…元から強い魔族の中でもさらなる強者が存在した。
その頂点が魔王とも言えるだろう。
そして、魔王の配下だった四天王達と魔王軍…
もとより、種族としての強さの差が激しすぎる。
はたして、当時の人族の中で強者だった者達は魔王軍のどのレベルまで対応出来たのか…
そこはいくらでも推測できそうだが…答えは出ないだろうな…なんせ、昔のことなんだから…
また、ここまで来れば1つの疑問も生まれるだろう。
何故勇者パーティーは魔界に乗り込み、最強たる魔王を倒すことが出来たのか…
努力とか熱い心ってわけじゃない。
単純に、精霊の力があったからだ。
精霊に愛された者は加護が与えられ、強大な力を得られる。
いわば、精霊達からのブーストだな。
そして、その加護は周りにも影響するらしいから、勇者パーティーが魔族という強者達と渡り合えた理由もわかるってもんだ。
…だが、精霊に愛される存在なんて早々に現れない。
当時の勇者も亡くなったからな…結果、魔界を突破できる者はいなくなったわけだ。
そして今日まで魔界を探索する事はできていないから内部がどうなっているかわからない…
だが、モンスターや…おそらく生き延びた魔族がいる以上、また魔王が誕生し、悲劇が繰り返される恐れがある事を踏まえた各国の王達は新たな勇者パーティー…いや、勇者に値する存在を探していたりする。
まぁその結果、ダール国で見つかったのがこの子達なんだろうけど…不憫なことだ。
何故なら、不相応すぎるから…
能力面で見れば、確かにかなりの能力があり事は理解できる。
だが、それが内面も同じかと言われたらそうじゃない。
精霊の加護はあくまで能力面での向上でしかなく、精神面に対して影響するわけじゃない。
つまり、何が言いたいかっていうとだな…
この子達は、戦うのに向いていない。
必要に駆られ、無我夢中の場合はまた違うだろうが…
普段から戦えるほど彼女達の精神は成長できていないのだ。
それも仕方ないだろう。
だって彼女達は、ただ単に精霊の加護によって能力が高められた女の子に過ぎないのだから。
「…」
俺は内心呆れかえっていた。
よくもまぁ…こんな未熟な子達を送り出したもんだ…と…
無駄死にさせるために送り出したと言っても間違いじゃないぞ…これ…
…だがこの子達を責めたところで意味はない。
もちろん、責めたりなんかするつもりもないが…
平凡な民が、一国の主に対して意見するとか出来るはずもないし…
…だが…まぁしかたねーか…
「…これは提案なんだが…ここらで戦えるようになるまでみてやろうか?」
「…えっ?」
「戦い方のたの字も知らないんだろ?」
「それは…」
まぁ…その様子が答えみたいなもんだが…普通は知らんよな…
「とにかく…ここらで食い扶持を稼げるぐらいまでは稽古してやっても良いと考えてるが…どうだ?」
「…ありがたいお話ですが…どうして?」
「…どうしても何も…まぁ、一言で言えば後味が悪くなるからな…力がものをいう世界なだけに、能力だけ高い君らをほったらかしにして後々死んだとか聞いても…なんか嫌だろ?」
「…」
「まぁ…結構だっていうなら構わないがッ」
流石に初対面に等しい相手からいきなり稽古をつけてやるなんて言われても嫌だよな…
なんて考えていると、2人は前屈みになって俺の手を掴んだ。
…え?
「「おッ!…お願いします!!」」
…どうやら、予想に反して受け入れられたみたいだ…
こうして、ゆっくりスローライフを送る予定だった俺は、何故か勇者パーティーの一時的な師匠となるのだった…