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とある王国の、長文短編シリーズ

そんな俺は、廃太子。《 転生王子の逃避、あるいは 安寧への力業 》

作者: 龍槍 @ リハビリ中

最初は1万字ほどの小作品。 どうしてこうなった? 反省はします。


誤字報告を戴いた皆様へ。 本当に、本当に、有難うございます。 拙文を直していただけました事、

感謝申し上げます。


 ZZZZzzzz 


       ZZZzzzz


   ZZZzzzz


 プツッ グッ ウッ……



           ―――――――――




 目が覚めたら、見知らぬ天井。 これは………… これは、何と云うか…… まぁ、おかしい。 なんで、ベッドの天井に天使が幾つも描かれているのかな? それに、ベッドの周りには、ふんだんにレースが施された覆いが取り巻いていてねぇ……


 痛い…… 途轍もなく、頭が痛い。 激しく、痛い。


 そりゃ、三徹明けでやっとの事でアパートの部屋に戻って、倒れる様にベッドに崩れ落ちて、泥の様に眠ったのは判るんだ。 自分の心音が耳元でやけに大きく聞こえてたっけな。 世に云うブラックな会社のデスマーチは、半端ない程俺の身体を痛めつけていたんだなって、そう思ったのは昨晩の事。


 でな、途轍もなく激しい頭痛は、眼の前の状況に説明を付けてくれる。


 あぁ…… なんだ? これ? 


 記憶が二重に成っている感覚。 生まれて物心ついてからの記憶が二重。 片やハッキリとした、自分の記憶。 片や、通勤途中で漁る様に読んでいたネット小説の中の…… なんちゃってヨーロッパの王家の子供…… つまりは王子様の記憶ぅ? なんだ、これ?


 はぁ…… なんでこうなった? なにが…… 引き金に成っていた? あれか? 読み漁ったラノベに記憶が浸食されて、明晰夢のように体験しているのか? 現実逃避により、途轍もなくリアル感のある夢を見せられているのか?


 けどなぁ……


 次第に収斂されて行く意識。 そして、なにより俺を揺さぶるのは、”現実感”。 眼を見開いたまま、固まっている俺に呼びかけてくる幾人かの人の声。 その言葉は紛れも無く異質なモノだったんだが、しっかりと内容が理解出来ているところが、本当に……


 おかしい……





「殿下! 如何なさいました?! 殿下、殿下!! 薬師を! 王宮薬師を!! 殿下の御様子が!!」





 耳元の声は、王宮女官の声。 確かサリーと云っていたかな。 うん、こちらの記憶は、しっかりと状況を俺に伝える。 その対応方法もね。




「うるさい…… 黙れ」




 無いわぁ~~ 心配している人に対して、” 黙れ ”って…… 無いわぁ~~ 目を見開いたまま、天井を凝視している現状が、御付の人にそうさせているって、なんで、判らんかなぁ~ ちょっと、主導権とっちゃうぞッっと。




「い、いや、済まない。 少々頭痛がするのだ。 暫くすれば、良くなると思う。 声掛けありがとう。 薬師の件、済まないが頼む。 その間は横に成っている事にする」




 数多くのラノベ知識から導き出される言葉に、サリーと云う王宮女官の顔に、正に ” 驚愕 ” の表情が浮かぶんだ。 あ、あのね…… 気を使って言葉を紡ぐのが、そんなにオカシイ事なのか?





「お、仰せのままに。 直ぐに王宮薬師様にご連絡申し上げます」


「うむ、頼んだ」





 横たわったまま、天井を睨みつける様に見ているのは変わりないんだけどね。 人の気配が無くなり、一人に成った途端に、更に頭痛が痛いレベル…… 何言っているんだ俺? 自分でも良く判らないくらい痛い。 いやマジで、本当に割れるかと思った、俺の頭。 何はともあれ、とりあえず目を瞑る。


 バファ〇ン、エキセド〇ン、アド〇ル……  残業の朋だった、小さな薬瓶を思い涙したよ。 ガンガンと痛む頭の中。 痛みをこらえながらも、ようやく、自分の陥った状況に理解が及ぶ。


 つまりは…… この現実感を伴った明晰夢は…… 事実か。 読み漁ったラノベの知識から、きっと…… 転生したって事か? 神様も、偉い人も、何かのギフトを貰うシーンも…… なんも無かった。 そして、今、この世界の ” 俺 ” の記憶と向き合っていると云う事を、突きつけられている。 視界には、白濁した明るい闇。 いつの間にか、俺はそんな場所に来ていた。


 はぁぁぁぁ……………………


 状況は、だいたい判った。 ならば、付き合うしかないじゃないか。 今を、” 現実 ” として、受け入れるくらいしか、方法は無いからな。 これが、荒野の中に一人という訳じゃ無かったのが、救いだと思いたい。 いくらラノベ知識が有ったとしても、それは、それ。 現実に対応できるまでの時間が、きっと生死を分ける。


 ほら、アニメで有ったじゃろ? ”生殺与奪の権”って。 それを、自分のモノにする為には、なんとしても、状況を掴まないとッ!! それに、いつ、元の世界に戻れるか、判った物じゃないし…… あっ! あの状況じゃ、元の世界に帰ったら、即死かもしれん。 なにせ、あのデスマーチだったし、体調もおかしかったし…… 


 もしかしたら、もう死んでいる可能性もあるよなぁ…… 



 トラック転生……


   病死転生……



 いわゆるテンプレ通りの状況かもなぁ…… 取り敢えず、この頭痛の原因たる、二重の記憶をどうにかしないといけない事は何となく判る。 二人分の記憶が、頭の中に存在するんだから、そのすり合わせは重要だしな。


 人格は…… 俺の思い通りに身体は動きそうだし、その上、こっちの俺の身体能力も何となく使えそうだし…… まぁ、そう云うもんだと、鷹揚に構えるしかねぇ。 生い立ちから、こっちの俺の事を、この白濁した霧の中に点在する記憶を引き出していくしかねぇなっと。


 で、こっちの世界の俺の人格は?


 と、ちょっと探ってみると、まぁなんだ…… この白濁した空間あちこちに、こまごまと引き千切られて、点在するんだ。 憎しみとか、恨みとかの、真っ黒な感情と共にな。 コレで…… 再構成したら、トンデモナイ人格に成っちまうかも……。


 おぉ…… 怖い怖い。


 けどなぁ…… その細切れになった感情がばら撒かれている中に、人格の中核たるモノが泣いていたんだ。 小さい小さい身体を縮込ませるように丸めて、痛い痛いって、泣いていたんだよな。 でな、その場所に行って、話を聞く事にした。 なにが、こっちの俺をそれほどまでに傷付け、そして、こんなにも真っ黒な感情を生んだのかってってね。


 泣きながら、こっちの俺は話をしてくれた。 エグイ話ばかりだったがね。



ーーーーーーーーー


 人との付き合い方は、まぁ、人それぞれなんだけど、なにこの “オレ様”は‼ 最初は話に成らんかった。 もう、どうやっても、話にならんかった。 けど、時間を掛けて、正面に座り込み、根気よく話を聞き出した。


 聞き出した、こっちの俺のもう一つの記憶はそりゃ、壊滅的なモノだったんだ。 


 結構、得意なんだよ、(かたく)なな奴の話を聞き出すのは。 ブラックな処で働いていたら、そんなスキルも身に付くって。 チームの中に闇を抱え込んだ奴が居たら、それこそプロジェクトは破綻するしな。 チームリーダーは伊達じゃねぇよ。


 じっくりと、心を解きほぐしつつ、こっちの俺の話を引きだして行ったんだ。 こいつの歪みや人格の破綻は…… まぁ、成るべくして成ったと云ってもいいな。 組上げられたような洗脳教育と、二律背反の繰り返し。 教育に関して言えばそんな感じ。


 その上、こっちの俺…… つまり、目の前の小さな男の子の境遇は、途轍もなく破綻していた。


 こっちの俺が、この国の第一王子なのは判った。 側妃腹の第一王子。 それがこっちでの俺って事だった。 兄弟は…… 正妃様の実子に半年違いの第二王子と一つ違いの第一王女。 さらにもう一人。 五歳違いの第三王子。


 でな、母親たる、“ 側妃様 ”は、既にお亡くなりになっているんだな。 


 父親は、国王陛下。 この国のトップ。 お世継ぎ問題に悩まされてたんだと、御婚姻から八年間も。 その八年間は、相当に辛かったよう。 やいのやいのと重臣達にお世継ぎをせっつかれ通し。 子を儲けないと、王弟殿下に王位を移譲するぞ? なんて事迄言われ続けて居て、ホントにお疲れ様。


 そして宛てがわれたのが “ 側妃様 ”。 つまりは、俺のこの世界での母親は、力を失いつつある高位貴族の娘で、身体は丈夫だけど、相当に精神面でアレな人だったそうな。 がっつりと肉食系、そして、野心多き為人(ひととなり)。 肉食故に、国王陛下はうんざり。 心の平安の為に大切にしていた正妃様の元に……


 で、癒しをお求めに成った結果、第二王子以下(ゲフンゲフン


 まぁ、なんだ、当て馬が機能したって事かな? いや、当て雌馬? おかしいか? いや、まぁ、なんでもいいや。 つまりは、正当な後継者が生まれたんだから。 で、当然側妃様は焦りまくる。 第一王子とは言え、ほんの僅かの差で生まれた第二王子が居る。


 さらに、王女殿下、そしてその下の尊き血の継承者達。 だから、側妃様は何としても俺を…… 第一王子を王太子に、そして、王位に付けるために、色々とヤラカシ(たてまつ)った。 俺に対しては、人格が歪み、感情が磨滅する程の王太子と成るべく施された “王太子教育(洗脳教育)”を与え、第二王子達、他の王族の子供からの距離取る為に、自身の宮にほぼ軟禁しちまったんだ。


 そして、邪魔になる第二王子、第三王子には、徹底的にイヤガラセ…… 暗殺(毒殺)未遂を、イヤガラセと云うなら、その通りなんだけどね。 大事な大事な、正当なる後継者なんだし、勿論、そちらの派閥は、力を持っているんだから、露見は火を見るより明らかなんだよ。


 結局ねぇ……


 事は大事に成って、側妃様の出身の御家は、側妃様を切り離し。 後ろ盾の無くなった側妃様は、如何ともしがたい状況に追い込まれる。 事の重大さに、法務官たちは頭を抱え、国王陛下はそこまで追い詰めていたかと心を痛めた。


 でもヤラカシタ事には責任が伴うのもまた事実。 事が事だけに、側妃様には毒杯の用意がされた。 でもな、そんな “ 毒杯賜る ” と云う刑罰に側妃様が完全に心を壊したのは、陛下でも見通せなかったんだ。 


 最後の面会に向かった「こっちの俺」に、散々な、呪詛の様な文言を植え付け、振り撒いた。 まさに、自分の狂気をそのまま息子に移すかの様に…… 最後には監視の目を掻い潜り、軟禁場所の離宮を魔法で以て “ 抜け出して ” あろうことか、正妃様を護身の短剣で襲うという暴挙に出たと。


 はぁ…… 酷ぇ…… 


 そんな事をすれば只では済まない。 そうだよ、只で済むわけはないよね。 毒杯なんて、悠長な事はせずに、正妃様の護衛の近衛騎士の剣の錆に成り果てた…………っと。


 一方こっちの俺、詰め込まれてた《王太子教育》が、かなり王家の秘事なんてモノも含んでてさ、一応王族の第一王子ってのは変わりないって事になったんだと。 なんの後ろ盾も無いけどな。 そんな俺の現在の後見人は、正妃様。 これがまた、何と云うか、ザ・王妃様。 “ 命が狙われた事は、当事者の為人。 この子には何の罪は有りません ” なんて、言葉を戴きましたよ。 


 けどね、こっちの俺は、きっちりと側妃様によって呪詛(最後の足掻き)が施されていたんで、それはもう、しっかりと恨みつらみを心に沁み渡されていたんだよ。 結局、住む場所も、やってることも、今までも変わりなく。 王様は、そんな俺を、どう扱っていいか判らない程にね。


 頭は悪くないし、施された教育も超一流。 実に王太子としての知識を植え付けられている。 そうだね、” 知識 ” をね。 その知識をもって、何をすべきかっていう視点は欠けているんだよ。 愚王にも賢王にも成り得るんだよ。 ひとえに殺されなかったのは、その一点に掛かっていたってこった。 そう、こっちの俺は認識していたんだよ。


 じっくりと、話を聞くに、こいつ、誰も信用してねぇ。 父親である王様も、義母である王妃様も、父親の兄弟である王弟殿下も、更には、兄弟姉妹やら王弟殿下のお子様方やらの自分以外の王族の子供達までも。 誰も彼も…… そんな訳で、全てに対しツンツン状態。 デレる相手は居ない。 母親である側妃様の事を考えれば、婚約者として宛がわれた、侯爵家の姫君にさえ心は許していない。


 仮令どんな相手に、想われていても、愛されていたとしても、何も感じない。 いや、どんな感情を向けられても、猜疑心の方が優勢で誰も信用なんて出来なかった……


 重ねて受けている、王太子教育(洗脳)で、柔らかな「感受性」なんざ、全て磨滅していたんだよ。 非情な判断を下さなくては成らない王族としては、ある程度その覚悟は必要なのは誠に御尤も。 しかし、こいつの施された王太子教育は、いくらなんでも、遣り過ぎだ…… はぁ…… 側妃様…… 此奴をどうしたかったんだ?


 心が常に求めている物は、全く手に入らない物だと、繰り返し繰り返し教え込まれるようなもんだった。王太子教育の賜物で『王族としての知識』が、それを許さないって所か。


 ”王に朋は居ない。 必要無い”ってな。


 身近な者に、家族意識や、仲間意識なんて求めてはいけないって、教育され続けていたんだ。 それで、最後には、全ての事柄に対し、自分自身にまで恨みの感情を向けるまでになってしまったらしいな、こいつ。 ”ならば、産まれてこなかった方が良かった” とまで、考える様になっていたんだ。


 もうね…… あぁぁ、もうね…… 本当にどうしようもないッ!


 なんて、なんて、奴なんだ! 愛される事も、愛する事も、もうとうに諦めきっている。 信頼し、信用する事も、信頼や親愛を受ける事まで諦めきっているんだ。 こんなになるまで、放置されて、荒みようが半端ない……


 ただただ、涙を零し、泣きながら心の内を吐露するこっちの俺。


 だから…… しかたなく…… もう、きっと、元の世界には戻れないし…… 俺は、此方の俺としてしか生きて行くほかないし…… あぁ、決めたよ。 此奴と一緒に生きるんだ。




” 君は産まれて来て良かったんだ。 だから、俺と共に生きろ。 君の人格はボロボロだから、俺の中に入れ。 意識は無くなるだろうが、それでも、俺はお前に生きて欲しい ”


” …………な、何故だ。 こんな俺に何故優しく出来るんだ! 俺の様なモノが生きていていい筈がない ”


” おいおい、何を言っているんだ? 少なくとも望まれて産まれてきたんだ。 全うしようとは思わないのか、君自身の命を。 王族として、第一王子として、生きなくても、君自身として生きればいいんだ。 少なくとも俺はそう思うぜ?”


” …………それは、その通りだが…… いや、し、しかしッ!! ”


” もう…… 何もかも投げ捨てたいと。 君の心を傷つける全ての事から耳を塞ぎ、眼を閉じたいと ”


” …………あ、あぁ、もう疲れた ”


” ならば、答えは一つだ。 お前の心は俺と一元化する。 常に一緒だ。 俺はこの世界の事を何一つ知らない。 しかし、生きるためには、身体が必要だし、君の知識が有れば俺は生きられそうなんだ。 どうだ、取引と行こう ”


” 取引? どういう意味だ ”


” なに簡単な事だよ。 君は王族、そして貴族としての知識を俺に渡す。 俺は、君の知識と諸共に君の苦しみを受け取る。 そして、君は俺の中で眠る。 楽しい、そして、暖かな夢を見続ける。 そして、厳しい判断やら、不快な事は俺が受け入れ処理する。 君よりも、ずっと歳をとっている上に、結構ブラックな状況に居たからな。 大丈夫だ、安心しろ。 対価は、俺はこの世界に生きる力を得る事 ”


” お、お前の利益が…… 薄すぎはしないか? ……それでは、あまりにも…… ”


” なに、俺がこの世界で生きて行ける為に必要な事だからな。 俺の元居た世界では多分、死んだ。 せめて、此方の世界では生きて天寿を全うしたいからな ”


” …………そうか。 私に代わって、この益体も無い王族の義務やら貴族の存在意義やらを引継いでくれるのか? ”


” 当たり前だ。 それに、黒々とした感情ならば、俺の居た世界でも、多くの者達から幾らでもぶつけられて来た。 まだ、ましな方さ。 そんな感情やら、周囲の思惑なんざ、屁でもねぇよ ”


” …………そうか。 ならば、もう何も云う事は無い。 頼む…… 私はもう飽き飽きしていたのだ。 この世に産まれた意義など、見出せぬ程に。 頼む…… 頼んだ…… 私は、そちと共にあろう。 そちの中で暖かく楽しい夢を見続けよう ”


” あぁ、そうしな。 もう、君は、なにも悩む必要は無い。 大いに甘やかしてやるからな。 じゃぁ、宜しく ”





 その小さい人影は、俺の前に立ち上がる。 黄金に棚引く髪と、清々しいまでの黄金の眼が俺を見詰めていた。 泣き濡れ、ボロボロの顔をしていたが、その顔に笑みが浮かぶ。 手を差し出す様は神々しいほどに眩く…… 此奴は本物だと、納得させられた。


 王族とは…… 王子とは、それほどの存在感が有るんだ。 引くよ、全く。


 差し伸べられた手を握る。 しっかりと。 合意を元に取引は成立した。 俺の中に入って…… いや、統合された意識となった。 なぜなら、握った手は既に虚空を掴んでいる。 白濁した空間は清浄なものとなり、俺の中に収斂した。


 胸の真ん中に、何かが宿った様な気分になった……


 第一王子の記憶と感情が、しっかりと俺の中に定着した。 そして、それは、膨大な量の記憶としていつでも引き出せるアーカイブと成った。 俺は俺。 王家の血筋を引く者の記憶と感情の記憶を持つ、異界の魂を持つ者となった。



    ――――――――



 暗いベッドの中での覚醒。 酷い頭痛は跡形もなくなり、統合された意識で以て、周囲を眺める。 いつもの部屋。 いつもの調度。 そして…… 何時もの人々が周囲に居た。 うん、いい感じに馴染んだようだ。 確かな意識が戻ってきた感じがするな。 周囲を固めていた者達の一人が、恭しく言葉を発する。





「アルクレイド殿下。 ようやっと…… 落ち着かれましたか」


「ふむ…… 王宮薬師殿。 私はどうなっていたか?」


「はい、大層な発熱が御有りになり、魔力も相当に抜けてしまわれて…… 一時は、鼓動迄止まりかけておりました。 毒…… では無いのは確かなのですが、理由が思いつけませぬ」


「よい。 私は生き残った。 毒では無いのならば、良いでは無いか? 病として処理せよ。 なに、様々な事柄が有った故に、心が崩壊しかけたと、そう理解する方が、楽ではないか?」


「で、殿下??……」


「王宮薬師殿。 どれほど眠った?」


「一週間…… 経口の体力回復薬にて、御身体の保全は致しておりましたが、体力は極度に落ち、保有魔力も危険なほど放出されております」


「一週間か。 そうか。 判った。  ……まずは、湯浴みだな。 そして、食事を取ろう。 後は、瞑想(魔力回復)に時間を取ろう。 どうだ、王宮薬師殿」


「まさしく…… まさしく」




 こうやって、俺は本来のアルクレイド第一王子を取り込み、この世界に生きる為の身体を掴み取った。 まぁ、状況は依然大変な感じだけど、それは、それとして、最初の一週間を乗り越えたのは確かだった。 いやはや、なんとも、可笑しな世界に転生してしまったもんだな。


 結局、一度も王様は来なかった。 ……まぁね。 そんなモノだろう。 王妃殿下もこちらを伺うような真似はしない。 そりゃ、王様が動かないなら動けないし、色々とあった第一王子に直接なんかする訳も無し。 心内では、 ” 死んでくれ ” くらい思っていても可笑しくはないからな。


 この離宮での生活は快適そのもの。 美味い飯と、清潔な衣服。 望めば毎日でも入れる風呂。 十分な広さの庭と鍛練場。 膨大な書籍と並み居る優秀な教師達。 毎日の授業と鍛練は、相当にこの身体に馴染んでいる。


 後は、この手にした知識をどう活かすかだけなんだけれど…… ちょっとなぁ…… 現状、俺が王太子に即位しても、周囲が納得するかっていうと…… 絶望的な感じだしなぁ……


 生い立ちと、つい最近までの俺のやっていた事を考えると…… まず、誰も付いてこないな。 うん、それだけは確かだ。 前世の俺が保証する。 王様に成ったとしても、国が割れて俺の生きる場所は無くなるのは、確実だ。


 おお、嫌だ嫌だ。 俺は平穏にこの命を繋ぎたいだけなんだよ。



―――――――



 今の年齢はもうすぐ十八歳。 この世界のこの国には、義務教育なんて物は存在しない。 学制も整っては居ない。 其々の家でその爵位に合った知識を家庭で習得するといった感じなんだ。 つまり、王族は王家の中でのみ教育が施されている。


 儀礼にしても、そうなのだが、それだけでは貴族の中の上下関係が明確にされない。 その為に十八歳になり、一人前の貴族として国に認められる必要がある。 その為に礼法院と云う場所で、一堂に集められ、集団として国の指導的役割を担う者達の心得を伝授される。


 その期間は二年間。 この国の貴族の子供たちは、十六歳を越えれば、礼法院に参じて、貴族の在り方を学ぶ。 


 まぁ、基本的にはそんな感じ。 そして、俺は既に一年間をその礼法院で過ごしていた訳だ。 記憶のアーカイブを探ると、出るわ出るわ、愚かとも云える、不出来な所業。 暴飲暴食、無茶苦茶な命令、婚約者たる侯爵家の御姫様をほったらかして、城下街に繰り出し賭博場でまさに王子様待遇…… 高級娼館(凄く気持ち良いい場所)にも、取り巻きを連れて「御忍び」で出向いた。


 なんだ、コイツ…… 前の俺と違って、十分リア充じゃねぇか‼ 俺は…… 転生前の俺には、楽しい事なんざ無かったんだぜ? 悲惨な境遇に同情した俺がなんか馬鹿に思えてくるぜ、全くもう!!


 でもな…… そんな破天荒な事を噛ましていても、コイツの琴線に触れる事は…… 心から楽しんだり、心躍る事は無かったらしい。 ただ、” 堕落してみても、何も変わらない ” って、感じたそうだ。


 そんな荒んだ行いも、第一王子と云う立場からの脱却には及ばなかった。 更に監視が強くなるだけで、特に、何も変わりは無く……。 周囲の視線を冷たくするだけで、アルクレイドの心は壊れ続け、藻掻く彼の『 救い 』には成らなかったらしい。 



” 何もかもつまらない。 生きている意義を見出せない ”



 そんな重苦しい想いが、彼の心を削り、罅を入れ、苛んでいたらしいな。 まったく…… その結果が、粉々に成った人格。 度し難い。 全くもって、度し難い。 荒れた生活では、彼の修得するべき『礼法』もほったらかし。


 いや、まぁ、離宮での教育で、全て終了しているのは事実なんだけど、それを実践する事が無かったってだけなんだけどさぁ…… そんなアルクレイドに、説諭する礼法院の教諭達からの強い圧力。 離宮に居る教師陣の無言の圧力。 そんな圧力は、アルクレイドの心を更に圧搾して行く。


 そこには、子供に対する斟酌や、愛情なんてものは、存在していなかったんだよ。 王子として! 王家に産まれた子供の義務として! だけなんだよな。 いよいよ、心は壊れていく。


 なんだかなぁ……


 有力貴族の子弟は、アルクレイドの周りには居ない。 且つて力を持っていた、有り余る野心を持つ、鬱屈した貴族家の者達だけが、アルクレイドの周囲を取り巻いている。 あわよくば…… てな感じか。 アルクレイドが王位に付いた時、その布石に成る様にとな。


 きっと、それは現重臣たちが許さない。 許しはしないが、傀儡と化せば…… なんていう、思惑が渦巻いているのが、コイツの眼にすら映っていたな。


 まぁ、取り巻きの子供達は、それでも王族の側近と成る夢を持っているから、没落しそうな、結構高位の家の者達が集まる。


 まぁ…… 二線級というか、問題の有る家の者達の子弟というか…… 思わず唸ってしまったぜな。 アルクレイドを心の中に収めた俺は、いきなり変わるのもなんだから、そのまま様子見をしていた。 実に簡単に、それまでのアルクレイドの行動をなぞる事が出来た。 そして、観察する。 周囲の者達の動きやら、思惑をな。


 同じ年に礼法院にやって来た、第二王子についても、観察をした。 どんな者なのかと、興味が湧いていたからな。 国王陛下、王妃殿下、そして、何より重臣達の大きな期待が掛かっているのが見て取れた。 不出来な愚兄と違い、品行方正な第二王子。 

 

 十分な愛情を掛けられて育った、王家の至宝。 そんな感じ。 


 礼法院でも、第二王子の周辺はそれはそれは優秀な者達が揃っているんだ。 宰相家の長男とか、近衛騎士団の団長の長男とか、王宮魔導院の賢者の称号を持つ侯爵の長男とか…… キラキラの面々だ。


 あれは……、そうだね。 次代の国王を担う者達って所だろう。 つまりは、俺の立太子は風前の灯って所。 いや、国法に於いては、第一王子と云う事で、最も王太子に近い所に居るってだけ。 後ろ盾もほぼほぼ無い俺には、自身で何かを示さねば、その地位すら危ない。


 重臣たちの目論見とすれば、俺を王位に付けて、直ぐに第二王子に譲位させるって所か。 それが、国法に則った、国を混乱に落とさず治世が上手く回る為の方法だからなぁ……


 でもねぇ…… やってられないって云うのが、本心。 王国法に則って、粛々と王太子をお決めに成らないと、国王陛下でも立場が揺らぐ ” 立憲君主制 ” の、この国。 さぞや、俺の存在が邪魔なんだろうね。 まぁ、担ぐ神輿は軽い方が良い…… ってんで、今の重臣達と反目している奴らが、俺の側近って訳だ。


 傀儡にし、かつての栄耀栄華を取り戻す気『満々』な気がする。 だから、余計に慎重に観察を続けていた。



===========



 そして、二年目の今年……


 早速、王宮より呼び出しの召喚状が離宮に届いていた。 礼法院の授業後すぐに王宮に向かわなくては成らないんだよ…… はぁ…… 気が重い。 朝から憂鬱な感じで、礼法院に登院する。 いつもと同じく、取り巻き達が近寄ってくる。 まぁ、此れは、いつもの事。


 ただ、二年目の始まる頃から、其処にもう一名紛れ込んでいたんよ。


 なんだか妙なモノがね。 本来なら、あまり目にしない下位貴族の女性。 男爵家の娘が取り巻き達を取り込み始めた。 明るい蜂蜜色の髪。 薄緑の瞳。 優しげに、儚げに『笑う(・・)』その清楚な姿に、取り巻き達は心を熱くしているのが、手に取る様に判る。


 何時の間にやら、礼法院の俺のサロンにまでやって来るようになった。 手引きしたのは、侯爵家の三男。 追従したのは、伯爵家の次男。 軍務畑の家の準伯爵家の四男も賛同していた。 内心冷ややかに見詰める先に有るのは、なんとなく爛れた雰囲気。


 匂い…… が違うな。 俺の婚約者の侯爵家の御姫様は何も言わない。 ただ、冷たい目を向けるだけ。 さもありなん。 


 ある日、その男爵家の令嬢が何やら持ってサロンにやって来た。 手作りのクッキーだそうだ。 見目は…… まぁ普通。 それに、机に仕込まれた簡易毒物検知の魔法陣にも引っ掛からない。 潤んだ瞳で、俺を見つつ、差し出されるそのクッキー。





「アルク様、一生懸命作ってきました。 どうぞ♪」


「あぁ、ありがとう。 頂くとしよう」





 本気か? 思わず尋ねたくなった。 王族の子供、それも第一王子に、男爵家の子女が自ら作った飲食物を差し出し、食べろと? 毒見は? 少なくとも、礼法院の許可は? ニコニコ笑うその男爵令嬢の頭を本気で心配してしまう。


 手に取ったクッキーに若干の違和感があった。 俺の常時展開されている、【薬物検知魔法】に反応が有ったからな。 『毒殺』除けに、常時展開していたのが功を奏した。


 こいつ…… 何を企んでやがる。 にこやかに微笑みを浮かべて、その場に有ったクッキーを皿ごと手に取り、立ち上がる。



「これは旨そうだな。 私の取り分として、召し上げて良いな」



 コクコクと嬉し気に頷く男爵令嬢。 それと反対に、なんとも言えない様な顔をする取り巻きたち。 その表情を読み取ると、俺への懸念事項では無く、” 全部持って行かれるのですか? ” って感じの間抜け面。 あぁ、こいつらの分も有るのか…… いやでも……




「皆さんの分もちゃんと作りました。 エッヘン♪」





 途端に、慶びの表情を浮かべる取り巻き達。 あほか? こいつら、本当に阿呆か? 見るまでも無く、早速と口に入れる馬鹿ども。 さらに、男爵令嬢に向かう視線に熱が籠る。 男爵令嬢から何らかの魔法の気配すらする。 極弱いモノだったが…… はて? なんだ? 精神感応系の魔法か? そうか、そうか…… そう云う事か。


 手に持った皿を見下ろし、この場を離れようと声を掛ける。





「いや、本当に旨そうだな。 しかし、この場で食するには少々時間が足りぬ。 この後、城で陛下より呼び出しが有るのでな。 すまぬ。 ……皆は此処で過ごすがいい」


「えぇ~、行ってしまわれるのですか?」


「流石に王命であるから、しかたない。 また、明日にな」


「はいッ! お待ち申し上げております、アルク様ッ!」





 王族に許しも無く、俺の愛称を呼ぶ男爵令嬢。 ……もう、アカン。 本当にどうしてこうまで傍若無人に振舞えるのか、頭の中身を、カチ割って見てぇよ。 貴族としての最低限の礼節すら覚えていないのか…… それとも、何かしらの作為(根拠)が有るのか。 


 サロンを後にする。 薄っすらとした気配が右後ろに感じる。 俺付きの侍従なんだよな、こいつ。 名はヒエロス。 王家の影の一員でもある。 陛下より遣わされた、俺の侍従の一人。 側用人 兼 監視役 なんだよなぁ…… だから、敢えて言い渡す。





「ヒエロス。 コレを王宮薬師院へ持って行け。 十分に安全に配慮し、その成分を検証してくれ。 どうにも怪しい。 薬師長には、私の常時展開の魔法陣が引っ掛かったと、そう伝えろ。 王城、陛下の執務室に到着の後、直ぐに行動に移れ。 良いか」


「御意に」





 俺の言葉に含まれる『緊迫した音』を感じたのか、何も言わずクッキーの乗った皿を受け取ってくれた。 曲がりなりも第一王子だもんな。 直ぐに行けって言わない処も、まぁ、ヒエロスにとっては安心な部分。 監視下に置くのはこの礼法院の中であって、王城では別の者が担当するしな。 それに、陛下に呼ばれているのも又事実なんだしなぁ……


 王城に戻り、真っ直ぐに陛下の執務室に向かう。 呼び出されているのだから仕方ない。 立哨の近衛騎士達が護る大扉の前に立つ。 恭しく頭を下げるが、敬意はそこまで見受けられないのは、失笑を誘う。 まぁ、そんなもんだ。 あまりもの評判の宜しくない俺だから軽く視られるのは仕方ない事だしな。


 礼法院の制服のまま、急いで来ましたって云う風な態度を取る。 執務室の中には数人の人影がある。 どデカい執務机の向こう側にどっかりと腰を下ろしているのはこの国の最高責任者(国王陛下)。 傍らに宰相の姿も見える。 さらに王弟様の姿もある。 いやはや、なんでこんなメンツなんだ?




「アルクレイド、御呼びにより参じました。 国王陛下」




 執務机の前に近寄り、相応の距離を取って膝を付く。 臣下の礼だ。 以前のアルクレイドならば、冷笑を浮かべつつ、”陛下”と呼び、そのまま立っていたと、記憶に有るが、そんな事は今の俺には出来ない相談だね。 なにせ、相手はこの国の最高権力者(国王陛下)。 そうするのが必要な相手なんだしな。




「ふむ…… アルクレイド、来たか」


「御前に」


「アルクレイド、礼法院での其方の振る舞いは聞き及んでおる。 愚かな振る舞いに、そちの婚約者も心を痛めておるぞ。 このままでは……」





 言わんとする事は、何となく想像出来た。 婚約者との事だった。 侯爵令嬢である彼女の父親は、目の前に居る宰相閣下なんだよなぁ…… キツイ目で俺を見下ろす宰相閣下。 こちらにしても『ちょっと』言い分は有るのだがね。


 俺の箔付けと、後見にと、国王陛下が特に頼みとする宰相閣下に申し込んだと言われている俺の婚約。 


 誰にも心を許さない、以前のアルクレイドには、頸木としか思えなかった。 もっと言えば、侯爵令嬢には心の中に別の愛しい人が居る事すら理解している。


 ――― それは、王弟殿下の息子さん。


 長い婚約期間の間に、度々訪れる侯爵令嬢は、冷たい態度の俺よりも、第二王子以下、他の王族と仲良くなっていった。 その中に王弟殿下の息子さんも含まれる。 なかなか子宝に恵まれなかった国王陛下の代わりにと、そう望まれた王弟殿下は、未だ王宮の別宮に居を構えて居られる。


 第一王子たる俺が王太子に立太子するその日までは、王位継承権者として、その地位は保たれると、貴族院で決議されているからな。


 そんな王弟殿下も、臣籍降下され、新たな公爵位を受けられる日は近いんだ。 一応、成人である十八歳になれば、俺が王太子として立太子する予定でも有るからな。 アルクレイドが、どんなに悪ぶっても、それは王国法で決められて居る事なんで、その事象は固定されていると云ってもいい。


 王弟殿下一家は王宮に暮らしていたから、その息子だって王族の一員として遇されてもなんら不思議はない。 王妃殿下も王弟殿下の子供達へ分け隔てなく接してられた様なんでな。 そう、俺以外はな。 扱いに困る第一王子。 誰からも歩み寄りの無い第一王子は、心に闇を抱えるのも無理は無かった事だけは間違いない。


 かつての全てを恨んでいる様な暗い『第一王子』である俺よりも、屈託なく笑う彼等の方がお気に入りに成るのは、それはもう、判り切った事だしな。 蔑むような視線を向ける宰相閣下。 困った表情を浮かべる王弟殿下。 今にも怒りをぶちまけそうな国王陛下。


 まぁ、なんだ……


 きちんと婚約者を遇しろと、そう仰りたいんだろうな。 王位継承権第一位という立場は、そう云った事も含めてだ。 でも、拒否する。 お馬鹿な俺には荷が勝ちすぎる。 王位だと? ふざけるのもいい加減にして欲しい。 それは無理筋も良い所。


 国法に則って、今はまだ、そうなんだが、貴族院も王家も俺の立太子には後ろ向きだよな。 良く出来た複雑に絡み合っている国法を変更するより、その規定に従い、俺を立太子させ、王位に付け、そして譲位させるのは…… まぁ、判らんでもない。 


 中継ぎ…… ワンポイントリリーフ。 そんな言葉がチョイと脳裏に過る。 当て馬? みたいな? 国民に対しては、評判の悪い俺を王位に付けた後、傑物の第二王子を立太子から、王位に付ける事で、第二王子の治世を盤石に出来るからな。


 下げてから上げる。 王家の権威を損なわない様にするには、まずは順当であり、最善の方法なんだよな。 ……そんな事は、ずっと以前から肌身に沁みて判っている。 あのお優しい王妃殿下も、その事に就いては不用意に話さない。 


 侯爵令嬢は俺以外の王族にはとても受けが良いし、お馬鹿な俺の横に立つのも、無くは無い。 王位を譲位した後は、王宮に於いても暗黙の影響力が付くしな。 それに彼女はバカじゃない。 女の幸せは無くとも、後宮に於いては『権威』は手に入る。


 宰相閣下は相当に反対されていたようだけどな。 判る~~ その気持ち、とっても良く判る~~~ さて、此処はどうしようか。 一応、強硬に出てみるのも有りかな?





「さて、どう云えば宜しいか、わたくしには言葉が見つかりません」


「なに?」


「私の行いが、王家そして高位貴族家の方々にとって、そして、婚約者たる侯爵令嬢に対し、不快な物で有るのは理解しました。 しかし、この城に於いても、礼法院に於いても、彼女からなんら苦情を受けた覚えは御座いません。 よって、彼女は現状を容認している…… 若しくは、わたくしとの婚姻は望んでいないとお見受けする」


「グっ! お前と云うヤツは!! アルクレイド、この婚約がお前にとってどれだけ重要なモノであるか、理解すら出来ぬのかッ!!」


「理解はしております。 わたくしは大逆を成した、愚物の子供。 王妃殿下のお優しい御言葉により、今が有る。 陛下の思召しにより、重鎮である宰相閣下の御令嬢をわたくしにと、王命寸前の願いにより、この婚約を整えて頂いた事は感謝に堪えません。 ただし、当事者の気持ちは置いておいた事には、少々問題があるかと」


「なに?」


「幼少の頃より、わたくしの婚約者として、王城に招かれ行動を共にする様に仰せつかりましたが、彼の嬢は一度も、只の一度も離宮には訪れませんでした。 王妃殿下の元、王族の皆と共にのみ、楽し気に時を過ごした事は、ご存知かと? 更に言えば、彼女は王弟殿下の御令息と特に仲睦まじげにされておられた。 私にはそれこそ、視線を合わせる事すら厭われる様に御座いました。 それに、ここ最近は、王城に来ることも稀と成りました。 まるで、己が心に蓋をするかの如く。 ……心無き者を妃とせねばならぬのでしょうか? それが、たとえ、自身の立場を強化するものであっても?」




 そうなんだよ。 歩み寄りは双方ともしなかった。 いや、出来なかったんだよな。 高位貴族の娘という「義務感」が、今も俺の婚約者と云う立場を繋いでいるとも云える。 アルクレイドの冷たい仮面の様な顔が、大層お嫌いだったらしく、お茶会にしても、ご訪問にしても、第二王子や王弟閣下の息子が居なかったら、何かと理由を付けて来なかったもんな。


 二人っきりなんて、一度も無かったぞ。 そうでしょう、宰相閣下? 俺がなにか無体な事をするとでも、思ってらしたか? あの側妃の血を引く王子だから、何かしら問題行動をとるとでも? あの側妃殿下の狂乱っぷりを見て居たら、そう感じても仕方ないかもな。 まぁ、そんな感じ。


 俺の言葉を受けた三人の大人たちが固まる。 若干顔色がおかしいぞ? ダイジョブか?





「アルクレイド!! 何を云うか!! そなたの為を思い……」


「陛下、お言葉を返すようですがすべて事実です。 今でもそれは続いております。 贈り物もまたしかり、手紙もまたしかり。 定型文のみで交わされるモノに、なんの価値がございましょうか? 更に言えば、彼女の文はわたくし以外にも頻繁に王城に届いて居るとか。 知らぬとは…… 思えませぬが?」





 そうなんだよね。 侯爵令嬢は頻繁に王城にお手紙をしたためられる。 宛先は王弟殿下の御令息。 王宮女官の噂話なんて、本当に広がりが早いんだ。 散歩と称して、王城内をうろつく俺はそんな噂話をよく耳にするんだよね。 勿論、散歩のときは【認識阻害】の魔法を纏っているよ? 


 王家の影は俺にピタリと付いているけれど、俺の耳に入る言葉は疎外できない。 俺が何か良からぬ事をしない限り、彼等は何も出来ない。 王族が気を紛らわせる為によく使う、王城内の散歩の習慣を逆手に取って、情報収集をしているんだ。


 睨みつける陛下の表情からは怒りしか感じられないけれど、陛下にはそれを咎める事は出来ない。 理由? それは、他の王子やら、王女も同じことをしてるもんで、何も言えない。 まぁ、あちらの【認識阻害】の理由は、王城の者達に過度の緊張を与えぬ為…… って、理由も有るんだけどね。




「ならばッ! アルクレイド‼ どうすると云うのだッ!」




 おいおい、子供にそれを聞くのか? マジか…… そう云う状況を作り続けて居た陛下やら、王弟殿下やら、宰相閣下が? マジで? 本気で? やれやれ…… では、常日頃思っていた事を口にするかぁ




「このまま婚約を継続し、婚姻迄進む事は、悲劇すら生みかねない。 ならば、答えは一つに御座いましょう。 このアルクレイド、陛下の思召しに対し、甚だ申し訳なく思いますが、この婚約の白紙撤回を奏上いたしたく存じます。 破棄では無く、白紙撤回を」


「なに?」


「わたくしとは合わぬのです。 彼女の幸せは、わたくしの元には御座いますまい。 相応しき者が居られる。 そうで有りましょう、宰相閣下」




 俺の言葉に、宰相閣下が顔を歪める。 人の子の親ならば、子の幸せを願うのは、当たり前。 宰相閣下の愛娘は想いを閉ざし、冷たい第一王子に嫁ぐなんて、この子煩悩な宰相閣下には耐えられないだろうなぁ……




「白紙撤回…… と、申されましたか?」




 絞り出す様な声だねぇ…… そうだよ、白紙撤回。 今なら、それが出来る。 御令嬢は、上辺は俺に合わせようとしているけれど、どうにも嫌悪感を匂わせてくるしな。 それは、同じ家に暮らす宰相閣下も感じては居る筈だからね。 追討ちを掛けておくよ。




「そうです、白紙撤回。 陛下の思召しではございますが、このままでは、御令嬢の幸せには届かぬでしょう。 まさに、御心を壊しかねません。 そして、彼女には真に心を捧げる方が既に居られる。 ならば、その方に嫁されるのが、王家と宰相家にとって、最善の道と愚考いたします」


「……娘に配慮だと。 娘の経歴に傷を付けぬ為にか?」


「白紙撤回ならば、王家と宰相家の互い家にとって共通の状況認識があり、何らかの不都合が有ったと、他の貴族からも理解を得られましょう。 そこに、個人の名誉は何も御座いません。 そして、外聞は御息女よりも、わたくしの方が悪い。 ええ、とても、悪い。 そこで、皆は考えるでしょう。 共通認識は、主に、わたくしアルクレイドの行いにあると。 その上、白紙撤回の後、王弟殿下の御子息とご婚約を結べば、婚約が撤回された原因は全てわたくしの責と成る。 御息女も、王弟殿下の御令息も互いに想い合っておられるのですから、最善かと? さらに、王家と宰相家の結びつきも、この上なく善きものとなるのでは?」


「そ、その様な事を…… アルクレイド…… そちは、何時から……」


「陛下の思召しは有難く思います。 しかし、幼少の頃よりのアレコレで、お判りに成って頂けませんでしたか?」


「そこまで…… 考えていたのか」


「ええ、一人の時間は、幾らでも御座いました故」




 ほい、解決方法は提示したぞ? 戸惑われているのも手に取る様に判るんだな。 ほら、ブラックな企業で、ブラックな相手と遣り合った経験が生きているんだ。


 俺は…… そうだな…… こっちに転生した俺は、王位すら別段どうだっていいんだ。 ややこしいし、王族の義務やら、貴族の責務なんてモノは、ハッキリ言えば俺には関係ない。


 俺は、俺の身の内にいる、コイツとは違って、王族の義務とか貴族の責務が『何よりも大切』ってな事は思ってもいない。 土台、生きて来た世界が違うから、人生における価値観が全く違う。 この世界で俺が俺として生きてく上では、そんな物は単なる頸木にしかならない事だったのさ。


 責務に義務に心を縛り付けられ、その上、呪詛の様な側妃様の言葉の数々により、崩壊した元々のアルクレイドの心の事は忘れちゃいねぇからな。


 ならば、俺は俺の好きなようにやるまでだ。 土台、王なんて柄じゃねぇし、まして、優秀な弟が居るしな。 さて、どう出る? 苦し気に吐息を吐き出した国王陛下は、重々しくも苦悩に満ちた声で、宣下する。




「…………今は、保留だ。 お前が、それほどまで考えを深くしているとは、思っても居なかった。 暫し、時間を作る」


「現状のままに御座いますか?」


「あぁ、そうだな。 宰相の娘にしても、今後、心変わりするやもしれぬし、貴族の婚姻とは、そういったモノなのだと、心得ている。 そうだな、礼法院での学業を終了するまでは、現状維持だ」


「……承りました。 宰相閣下も、王弟殿下も、それで宜しいでしょうか? わたくしからは、今以上の行動は起こしはしませんが?」


「「…………良かろう」」




 決まったかな。 多分だが、俺の婚約者の態度は変わらんと思うよ。 相当に蔑んだ目で見てたし、俺の方も今までの傍若無人さは知れ渡っているしな。 そう云うもんだしな。 なら、さっさと、この部屋を退出するかぁ




「お話は以上に御座いますでしょうか?」


「あぁ…… そうだな」


「では、退出の御許可頂けますでしょうか?」




 胸に手を当てて、眼に力を入れて国王陛下を仰ぎ見る。 床に付いた膝はついぞ上げなかった。 叱責を喰らった、臣下としての礼節は、護り通した。 それを見て、ふと寂し気な表情を浮かべる国王陛下。 まぁ、なんだ。 親子として今までやってきていないんだから、仕方ねぇじゃん。 




「退出許可する。 礼法院で精進するように」


「御言葉、承りました」




 深く腰を折り、首を垂れる。 よし、完璧ッ! これで、叱責を受けて、その処分を猶予してもらった、馬鹿殿下の出来上がりって訳さ。 さて、とっとと 「とんずら」するか。






^^^^^





 自身の棲んでいる離宮に戻った途端、例の側用人が報告に来た。 仕事、早いね。 うん、とてもいい。 いいよ。 さて、どんな解析結果が出てきたか。 少し楽しみでもあるな、




「ヒエロスか。 どうだ、なにか判ったのか?」


「ご報告の前に、この問題を処理しましたる責任者が、アルクレイド殿下に謁見したく参っております。 如何なさいますか?」


「……そうだな。 よし、入って貰え。 サリー、持て成しの準備を」




 事も無げに、そう告げる。 ヒエロスは恭しく首を垂れた後、離宮外にいた人を呼び込んで、俺の前に連れて来た。 堂々たる樽腹の爺さんと、線の細い濃い緑のローブを付けた顔色の悪いおっちゃん。 あぁ、見覚えがあるな。 巨漢の爺さんは、薬師院の薬剤局長。 細いおっちゃんは、王宮魔導院 筆頭魔導士。 あれれ? そんな重要人物が何故に?


 応接の席を勧め、楽にするように伝える。 これでも王族の一員だから、あちらからは簡単には声は出せない。 面倒くさい王城での礼法は、この大人達にも刻み込まれている。 だから、相応にフリートーク出来る様に、発言許可を出しておくのは、まぁ当たり前。


 ソファに腰を下ろした二人の人物をじっくりと観察。 悪意や敵意は感じられないな。 それよりも、ヒエロスが持ってって、持って帰って来た例のクッキーがテーブルの上に置かれている。 銀の皿の上に粉々に成った状態でな。


 サリーが茶をサーブしてそれぞれの前に給仕し、部屋の隅で待機した。 客人が居る場合の正規の所作だね。 大人たち二人は、そちらをチラリと伺うようにしてから、口を開く。



「殿下…… 御人払いを」


「申し訳ないが、それは出来ない。 監視を外し、この場に貴方方のみと対峙する事は、陛下の御心に叶わない。 サリー、ヒエロスは陛下より付けられし者達。 国と王家にとって不利な話を彼等がする事は無い。 よいか」


「…………御意に」



 ほう、この爺いとおっちゃん、俺の現状ってあんまり理解してないのか? 重監視が付いて、俺の一挙手一投足が国王陛下の監視下に置かれているのに? まぁ、重臣達には、” 相応に対応している ”って、そう周知している感じだから、そこまで知らないのかも知れんね。 

 

 まぁいいや。 で、話は何だい? 御大自らお出ましなんだから、かなり重要な事なんだろ?


 話を進める様に彼等に聞く。 重い口を割らせる。 ヒエロスも、核心的な事は聞いていないのかもしれない。 大人しく扉の前に立っていたな。





「殿下。 侍従の持ってきた焼き菓子ですが、少々問題が」


「毒物反応が出た。 食さずに持ってきた。 なんの毒だ?」





 直截的にそう聴き質す。 腹の探り合いなんて、この離宮でしたくも無いしな。 いつもの、明け透けさに、大人たちは仰け反った。





「…………御評判とは違いますな、アルクレイド殿下」


「筆頭魔導士。 噂話をご注進に来たのではあるまい? 毒の種類とその効能、さらに習慣性や長く摂取した場合の可能性を告げに来たのでは無いか? それと、この焼き菓子の出所、その配布先を確かめに」


「御意に。 成分分析の結果出て参りましたものは、少々問題のあるモノに御座います」





 筆頭魔導士の言葉を継ぐように、薬剤局長は言葉を紡ぐ。 重々し気に、苦々し気に。 さも、汚い物を見たと云うかの様に。




「殿下。 アヘンタールが検出されました。 王国法に厳しく規制されている、違法薬物に御座います。 習慣性も高く、少量でも精神に変調をきたします」




 へぇ、麻薬かぁ。 アヘンタール、アヘンタール…… そうそう、在ったね。 たしか、とても強い習慣性があり、多用したり、長期間使用し続けたら廃人に成る奴。 主に精神的な高揚感が強く感じられて、まだ危険性が発見されていない時には、目覚まし薬として使われていたっけか。


 二十年ほど前には、王都の重労働者階級でその汚染が蔓延し、廃人続出の社会問題になってね。 それから緊急調査が入って、その効能と危険性が発見されたんだっけか。 あまりの副作用の酷さに、その薬品は禁止薬物に指定されて薬剤は廃却処分、生産も流通も禁止されていた筈のモノ。 法は直ぐに改定され、禁を破れば死罪が確定。 仮令貴族であっても、罰は免れず、お家断絶のうえ、領地没収とかなんとか?


 危ねぇな…… 麻薬ダメ、絶対ダメ。 民の生活を破壊し尽くす。


 それにさ、アヘンタールの効能に別の側面も有ったっけ。 たしか、耐魔法防御の強度が急落して、精神系の魔法にとても掛かりやすくなる。 まぁ、意識を緩慢にする薬剤だから、そう云う事も有るよね。 で、どうした。 俺の指示とでも思ったか?





「薬師長は俺の指示でコレを作ったと思われたか?」


「い、いいえ、その様な事は……」


「これを持ってきたのは、男爵令嬢だ。 俺の【薬物検知魔法】に引っ掛かった。 ヒエロスにもそう伝える様に申し付けたが?」


「はい…… 確かに承りました。 至急の思召し故、訝しみ申した。 しかし、アヘンタールと成ると話は違います。 その汚染速度は速く、手早く手を打たねば蔓延を避けられません」


「そうだな…… たしかにそうだ、薬剤局長。 しかし、何故ここに司法長官では無く、筆頭魔導士殿がおられる? 解せぬな」




 俺の言葉に筆頭魔導士が応える。 慎重に、そして、俺を探る様な目をしている。 なんだ? これは、魔導関連の問題では無く、司法関連の問題な筈。 なにが起こった? 筆頭魔導士の視線が更に圧力を増す。 なにか特段に緊急を要するように。 なんだ? あ”? 喧嘩売っているのか? 意を決したように、筆頭魔導士が言葉を紡ぐ




「殿下。 甚だ非礼ではありますが、【精神汚染鑑定】を受けて頂けませぬか? ……この場で」


「……必要で有るのならば」


「必要に御座います」


「筆頭がそう云うのならば、そうなのであろうな。 宜しい、受けよう」




 俺が了承する事を期待していなかったのか、筆頭の瞳に驚きの色が揺れる。 えぇぇ…? なんで? アヘンタールって言葉が出て来ているんだから、それは当たり前っしょ? なんで、そんなに驚くんだよッ! 俺の前評判があんまり悪いんで、俺が元凶って思っていたのか? はぁぁぁ…… 人間やめるような薬使う訳ねぇジャン。


 筆頭魔導士の前に、両手を前に差し出す。


 携帯していた鞄から、直径十センチほどの水晶玉の様な珠を取り出す筆頭魔導士。 専用の保持台にセットして俺が差し出した手の下に持ってくる。 口の中で、きっと専用の呪文を唱えているだろうな。 モゴモゴと口元が動いている。


 水晶玉の中に白い靄が浮かび上がり、チリチリと雷の様な光が中を走り抜ける。 まぁ、綺麗! なんてな。 コレはきっと、俺の中の精神状態を疑似的にこの水晶玉に取り出して、それをスキャニングしている様な感じなんだろう。 精神的なMRI? みたいな。


 この系統の魔法は、対象の許可が無いと発動し得ないものなんだろうな。 だから、筆頭も無理だと思いつつも、俺に許可を求めたんだろう。 まぁ、心の中を覗かれるようなモノだから、嫌がるだろうね、普通は。


 そう、此れは犯罪者相手にする方法でもあるからね。 容疑者ってところか。 で、結果は白。 真っ白。 俺、関係ねぇもん。 眉に盛大に皺が寄る筆頭魔導士。 証拠が見つから無いから焦っているのか?




「どうした、筆頭。 なにか、悪い知らせか?」


「い、いいえ、いいえ、滅相も無い。 王子…… 一つ、お聞きしますが、王子は幾つ防御系魔法を常時展開しておられますか?」


「最低限は三つ。 先程も言った通り、【毒物検知魔法】が一つ。 後の二つは、【耐魔法防御魔法】、【物理攻撃反射魔法】だ。 どれも中級魔法だから、それほどの強度は無いが、市井に降りた時や、礼法院内では、有効と思われるのでな」


「左様に御座いましたか。 自らその様な防御を纏っておられたか…… 何からご自身を御守して居られるのか、お伝え願えても宜しいか?」


「あぁ…… そうだな、いうなれば『不適当な善意』からだ。 俺の立場故、暴走する馬鹿が出ないでもない。 そして、そいつらの主人格の者達が知らぬ間に行動しようとするやもしれん。 忠義厚き者達の正義は、時として主人の罪に成るからな。 顧みて、俺を害そうと試みる者達の主人たちは、この国にとってなくてはならぬ者達であろうな。 つまり、短慮な者達の行いによって、この国にとって大切な者達が罪に問われかねん。 私が第一王子である事によってな。 コレが理由だ。 内々に全てを納めるが為の処置だ」


「成程…… 誰かを陥れるためでは無く、この国に取って有益な者達を守る為…… に御座いますか?」


「俺が死ぬと喜ぶモノも居るであろうが、愚かな第一王子を利用せしめようとする者の方が多いであろう? 担ぐには頭の軽い方が何かとやりやすいと。 それを阻止しようとするのは、判らんでもない。 陛下の重臣殿達も頭の痛い所だな」


「…………殿下」





 二人の大人の眼の色が変わる。 俺を見詰める視線が少々、見慣れないものにね。 まぁ、いいだろう。 これで、満足したか? 今の俺は死にたくないし、人権なんてそんな概念を放逐したような、断罪の塔に幽閉されるなんてまっぴらだ。 何もしなくても、巻き込まれたら、第一王子の責務としてその罪を背負わないと行けなくなるってのが、また…… だから、用心に用心を重ねて居るんだ。





「殿下、検査の仕儀、お許しください。 あの焼き菓子の下に引いてあったナプキンに、【魅惑】と【好悪反転】の術式が紡がれておりました」


「ほう……」




 これは意外だね。 あぁ、そうか…… クッキーで精神を揺さぶって、術式で絡め捕る。 嫌らしい遣り方だ…… それが男爵令嬢の遣り口か、その背後の遣り口かは別にして…… なんと汚いやりようじゃないか。 何にしても観察は続けねばな。


 この麻薬の事も有る。 組織的な匂いすらする。 取り敢えずは、男爵家の監視は始めた方が良い。 そして、その背後に潜む者達の確定も必要だ。 手の先が男爵家だとすれば、その中継点と、根幹、が有る筈。


 このアヘンタールって奴は厳しく規制されているから、なまじっかの者じゃぁ、原料の栽培から生成、さらには、その頒布をコントロール出来る訳はねぇ。 この問題…… 何処まで広がっているか、判ったもんじゃねえな。


 顎を指で挟み、思案に暮れる。 コレは、俺の手だけでは手に余る。 いや、手に負えない。 視線を上げて、扉の側に侍しているヒエロスを見る。 その視線を受け、ヒエロスは頭を垂れる。




「聞いていたなヒエロス。 お前の上司に直ぐに伝え、対処を始めよ。 事は重大だ。 禁止薬物が絡んでいる。 表立って動けば、仕掛けた者達は、『闇の中』に潜り込む。 第二王子以下、主要な者達の身にも危険が及ぶ。 今後も俺は、これまで通りに振舞う。 相手が侮っている俺ならば、俺の篭絡に意識も集中しよう。 その間は第二王子達には手を出さないだろう。 警戒は俺よりも遥かに厳重だろうからな。 それに、あちらは品行方正な上に、正義感も強い。 落とし易きを狙うだろうからな。 まず手始めに男爵家。 そして、その背後に潜む者達。 その中の薬剤関連の利権を持つ者を中心に早々に調べを始めるよう進言する」


「御意に」


「行け、事は一刻も猶予は無い。 初動が遅れれば、国の根幹を揺るがす事に成りかねない」





 軽く頷くと、いきなりその存在感を消すヒエロス。 まぁ、王家の「影」の一員だしな。 それと…… こっちの方はもっと切実。 俺を落とそうとすると、まず考えられるのは、俺の周囲を懐柔するか、傀儡と成すか。 攻撃対象となりかねない。 その辺の危険性も排除すべき事柄と成るよな。 俺は寝首をかかれたくない。 さて、取り掛かるか。 





「サリー、この離宮に持ち込まれる全ての食材に徹底的な検査を実施せよ。 厨房方にも伝えよ。 お前たちの食材もだ。 外で食する時は、【毒物関知魔法】の魔法陣を付与した布を使用し、その結果いかんによっては食する事を禁ずる。 良いか」


「御意に。 通達致します」




 俺の言葉に薬剤局長は深く頷く。 そりゃそうだ、攻撃の対象者の周辺の者達も、ターゲットになりかねないもんな。 確実に俺を篭絡する為には、外堀は埋めて置くに限る。 まぁ、黙ってやられるほど、お人よしじゃないがね。


 薬剤局長さんよ、王城側でも同様な処置がとられるだろう? 王家の方々の方は、もっと厳重に成るんだろう。 きっとな。 御毒見役が増員されるかな? 近衛が増員されるかな? 俺には自衛しか無いって云うのにな。 ハハハハ




「周囲を惑わされておられたか…… 愚か者と云う『蓑』を被っておられたか……」




 そう呟くのは、筆頭魔導士。 いやいや、そうじゃないよ。 第一王子って役割に、以前のアルクレイドは絶望して自暴自棄になっていただけ。 曖昧に笑うのは、今の俺。 




「買被りだ。 私は愚か者だ。 それでよいでは無いか。 有能で慈愛に満ちた第二王子が王位に付くには、わたしは邪魔者でしかない。 人望の無い王子が、疑われ続ける王子が、何故王太子に成らねばならん? それが国法ならば、国法を改正すればよいだけの事。 国は尊き王を戴くのが道理で在ろう? ……それに、私は早逝したくはない。 そんな事は幼少の時より判り切った事だ」



 つまらない話だ。 国法を遵守する限り、俺の寿命は長いモノでは無くなるもんな。 視線を伏し、膝の上に置く手が拳を握る。 そうなんだよ…… せっかく生まれ変わったんだ、早死になんてしたくねぇよ。 そんな俺の正面から、声が掛かる。





「殿下…… わたくしは、殿下がそれ程の気持ちを抱えて居られたとは…… 存じ上げなかった…… 誠に…… 誠に……」


「わたくしもまた…… そうで有ります。 殿下のお気持ちが…… 何故の愚かな御振舞か…… 理解してはおらなんだ…… 謝罪…… 致します」





 視線を上げて、大人二人を見る。 頭を垂れ、深く何かを感じている。 嫌だね。 そんな事をしてもらう為に、言葉を紡いだんじゃない。





「顔を上げよ。 今まで通り、私は愚かな行動を続けるだろう。 その責はいずれ取る。 お前たちは、真にこの国の為にその誠意を捧げよ。 そうだ、この国の未来を盤石にするのだ。 良いな」


「「…………御意に」」





 ふぅ…… なんか、ややこしい事に成る事は回避できたかな? 其々の職場で職責を全うしてくれよ。 政治的な事に顔を突っ込んで、自身の職責をおろそかにすることは、この国にとって良い事じゃない。 あんた達は、その能力で以て国に仕えているんだから。


 さて、「お話し合い」も終わり。 サリーと一緒に離宮の玄関まで、お二人をお見送りして、静かな夜を迎える。 そうか…… あの男爵令嬢…… そうやって、側近共を篭絡したんだな。 よし、判った。 半笑いで、今後の推移を見て行こう。


 我が婚約者様は…… まぁ、そのままでいいや。 こっちに近寄らなければ、被害は無い。 あぁ、無いはずだからな。 今まで通り、俺とは距離を取ってくれ。 いや、第二王子や王弟子息と一緒にいたほうが、安全度は格段に高くなる。 上手く誘導してくれよ、頼むよ宰相閣下。




===============




 曲りなりにもの、第一王子。 礼法院の中でも、相応に遇せられている。 それに、礼法院は小さな社交界とも云える。 十八歳になり成人と成れば、この国を支える貴族の正式な仲間入りと云える。 その前に、この礼法院を国と見立てて、小さな社交界を作り上げなければならない。


 国王陛下の役割をするのは、その年の最高位の家柄に属するモノ。


 病や怪我でその任に耐えられない限り、男子長子が継嗣となる。 国法で決まっているから、そうなるんだ。 俺が礼法院に入学してからは、俺がこの小さな社交界に於ける国王陛下の役割を演じるって事に成った。


 別に第二王子でも良いんだけれど、それは言いっこなし。 そう云うもんだから。 あちら側からアプローチが無い限り、俺からは何もしない。 十七歳までのアルクレイドなら、心の奥底で少しは期待していたかもしれないけどな。 弟からのアプローチを。 残念ながら、そう云った行動は一切なかったな。


 そうは云っても、色々と遣らねばならない事はある。 去年、年度末の礼法院舞踏会は散々な結果になった。 まぁ、やる気の無いアルクレイドだから、側近共の遣りたい放題に成るのは仕方ない。 実務を取り仕切る者が居なくては、しっちゃかめっちゃかに成る事は、これで判明している。


 いい加減な仕切りで、殆ど礼法院側で準備してもらったようなモノだったしな。 無茶ぶりをする第一王子とその側近達という図式が成り立っている。 まぁ、それは、本当の事だから仕方ない。 当然、今年も、同じように成るだろうと、教諭陣は危惧している。 


 史上最低の礼法院舞踏会と、そう礼法院の教諭達には称せられていた。 今年も俺が居る限り、同様に成ると、そう思われているんだ。 否定はしない。 でもまぁ、少しは改善しておくべきか。 同学年の者達にも、悪いしな。 


 いっそ、第二王子に全てを委ねるべきかもしれない。 そういう意見すらある。 


 俺だってそう思う程にな。 第二王子が評判通りの者なら、如才なく立ち回って、生徒の意見をうまく取り入れ、素晴らしい舞踏会を開催できるからな。 そして、それを実現する取り巻き達も居る。 そんな雰囲気が、礼法院の上層部にも漂い始めている。


 うん、いい傾向だ。 王の器を持つ者が、国を率いるべきなんだよ。 




――――――




 俺のサロンに何時ものメンバーが揃って、今年の舞踏会に就いて、何やら相談している。 身勝手なイベントを色々と画策しているようだが、それは、楽屋落ちのようなモノ。 他の者達が楽しめるようなモノでは無いな。


 張り付けた笑顔でその様子を観察して、鷹揚に出て来たアイデアに頷く。 で、誰がそれを良しとした? 相変わらず、礼法が全く身に付いていない男爵令嬢の娼婦と見紛うばかりのドレスは、このサロンの空気を汚染している。


 貧相な胸元を曝け出す様なドレスの地紋の中に、【魅了】の魔法陣が薄っすら組み込まれているのも、最早、御愛嬌って所か。 まぁ、それにキッチリと反応している側近共は、御愛嬌では済まされんが。 午後の一時をそのサロンで過ごし、公務があるからと、一人抜ける。




「いつもお忙しそうですわね、アルク様はぁ。 お時間を頂ければ、わたくしがお癒し致しましょうかぁ? 御苦しい胸の内を、どうぞ、わたくしに吐き出してくださいませ♪ わたくしならば、アレク様のお気持ちを受け止められますぅ♪」


「そうか…… では、また、いずれ。 頼もうか」


「はいっ! 何時でも‼  何処でも‼」





 自分では妖艶と思っている、反吐が出そうな仕草で、俺にそう云う男爵令嬢。 周囲の俺の側近は、そんな男爵令嬢の姿に溜息を漏らしつつ、俺に主人に向けては成らない様な視線を向けてくる。 あ”? やる気か? そんな視線を無視しつつ、足早にサロンを退出…… いや戦略的撤退を敢行する。


 行きつくのは、礼法院の執務室。 礼法院に於いて、「国王陛下」の役を担う者に下賜される、事務部屋って所だ。 以前の俺が、あまり利用した事が無いこの部屋には、礼法院に所属する貴族の子弟からの陳情書が堆く積み上げられている。 今からは、コレを処理する。





「ヒエロス。 信用できる離宮の女官を数名…… サリーも含めそうだな、五名この部屋に用意できるか?」


「御意に。 わたくしは如何いたしましょう?」


「お前が出て行く必要は無かろう? 俺が何をするか、王宮への『報告の義務』も、有るのだからな」


「殿下…… それは……」


「違うのか? 己の為すべきを成せ。 その為の助力は惜しまんよ」


「殿下……」





 離宮に連絡が届き、サリー以下五人の王宮女官が礼法院執務室に到着する。 驚いた事に、俺の御婚約者様も一緒にな。


 サリー以下五人の王宮女官の面々は、国王陛下直下の王宮女官。 王宮女官長が選び抜いた精鋭でもある。 その立ち居振る舞いは勿論、女官としての職務は完璧にして、さらに全員が暗器を巧みに使う精鋭。 その容姿はとても美しく、王宮で働く者達…… 侍従職や護衛職の男性からの求婚も後を絶たない程だそうだ。


 王妃殿下の王宮女官と比べても遜色ない。


 元は、側妃様の王宮女官だった者達。 側妃様が狂われた時、御止め出来なかったと罪に問われた者達。 その悔恨は凄まじいモノが有るんだ。 だから、余計に俺の振る舞いに文句も言うし、物理的に『手』も出る。 離宮での生活は、こいつ等との ” 楽しい ” 闘いの日々とも云えたな。 アハハハ。


 そんな者達と一緒に我が婚約者様がお出ましと成った。 なんでだ? 睨みつけて来た御婚約者殿は、嫌悪の響きを隠そうともしない声色で、俺に詰め寄る。





「殿下、あまりもご無体が過ぎます。 離宮では手が出せないと、この様な場所にこの者達を御呼び付けに成るなど…… 殿下の命に従わざるを得ない者達に対し、こんな非道な命令など! コレは幾らなんでも、許せません」


「何を申して居るか、判らぬな。 必要であるから呼んだ。 それだけだ。 なんなら、其方も手伝うか?」





 俺の言葉に、真っ赤に成って怒りの表情を浮かべる御婚約者様。 ええっ? おかしいだろ? この書類の山を見て、手伝ってくれるのかと思ったら、なんでいきなり怒り始めるんだ??





「侯爵家の娘たるわたくしに、それほどまで卑しく、浅ましい事を口にする方を、殿下以外には存じ上げません! この事は、父に進言いたします! 殿下の婚約者として、貴女達はこの場を離れるよう、命じますッ! …………貴方なんて、貴方なんて、産まれて来なければよかったのにッ!!」




 踵を返し、憤懣やるかたないって感じで執務室を出て行った、御婚約者。 ちょっと何を言っているのか判らない。 ヒエロスとサリーを見た。 ヒエロスは下を向いて頭を振る。 サリーは困惑の表情を浮かべ、連れて来た王宮女官達をどうしようかって、俺に問いかける。





「あ”~~~  まぁ、いいか。 サリー、すまんが、この書類を手分けして分類してくれ。 一般の申請物と、舞踏会関連。 あとは、陳情書。 ヒエロス。 纏まったら、此方に寄越せ。 申請書から可否を判断する。 舞踏会関連は、離宮に運べ。 陳情書は…… 最後だ。 いいな、かかれ」


「「「 御意に 」」」





 一体何だったんだ? 御婚約者様の怒りの原因は? まぁ、仕方ない、遣るだけやるさ。 離宮の王宮女官の能力は保証済み。 山と成った書類は片端から崩され、分類され、行くべき場所に持って行かれる。 俺とヒエロスは、まず、一般申請を処理する。


 まぁ、花壇の使用とか、ボールルームに於ける練習許可とか、そんなモノ。 礼法院の教諭達に聞いて、直ぐに使えるのだが、一応、真っ当なルールとして、俺の所に「許諾」の申請が送られてくる。 俺は、”諾”とサインをするだけの簡単な仕事。


 でも、まぁ、その中にはちょっと物騒なモノも紛れているから、弾く。 例えば、魔法武器の使用とか、決闘許可とかね。 当然、礼法院側も弾いているから、あまり心配する必要は無いが、それでも、キチンと ” 国王陛下 ”の名代が裁定しているといないのでは、天地の差が出る。


 特に決闘なんて、相当覚悟を決めないと、そんな申請を出す事さえできない。 決闘の理由も書いてある。 傍証もきちんと添付されている。 貴族の『名誉』って、重いもんな。 




「ヒエロス。 この二人の決闘だが」


「礼法院側で止めました。 ”理由の如何を問わず、礼法院では決闘を許さない”と」


「なら、許可だな」


「はっ?!」


「理由書を読んだか? ヒエロス。 こいつらは、何も色恋沙汰で決闘をしようとしてんじゃない。 家の名誉を懸けての決闘だ。 双方とも武官の家の出。 片や北方、片や南方の家だ。 双方の状況は双方ともよく理解している。 が、それでも尚双方ともに相手の家の事を侮辱している。 一度、発散させないと、禍根は何時までも続く」


「い、いえ、それでも、決闘とは……」


「いいんだよ、このくらい血気盛んで無くては、国の盾となり剣となる家では無い。 二人とも、頭では判っている、双方ともに重要な家柄で有るとは。 親の世代でも、相当な確執を持っている。 今までは、それで互いに切磋琢磨されていた。 が、現在はその繋がりさえ薄く、疎遠にすらなっている」


「しかし、それでは…… 負けようものなら……」


「そいつは恥を以て死するか? バカバカしい。 そんな事では、この国の剣となり、盾と成らん事は不可能だ。 弱ければ鍛え、乗り越えよ。 なにも、決闘などしなくても良いのではと、問うだろう。 しかし、これは、貴族の誇りを懸けたモノ。 それを横からとやかく云う事は、誇りを侮辱するも同義だ。 ならば、やらせるしかあるまい。 唯一心を砕く事は、互いに死せぬ事。 勝敗が決まった後、負けた者に道を見せる事。 重要なのはこの二点。 よって、決闘に使う武器は刃を潰した剣。 防具は近衛重装。 立会、裁定者は、近衛騎士団の長。 監察は…… 第一王子。 これで、決闘の様式は整う。 場所は…… そうだな、血生臭い決闘は、この礼法院にはそぐわないか…… では、離宮の鍛錬場とする。 あの場は密閉されている。 よって、勝敗は外には洩れない。 よいか」


「…………お、御心のままに」


「ふむ、手筈は頼む。 国王陛下もお気になさるであろうから、理由を伝え見守って下さるよう、要請する」


「そ、それは、第一王子としての御命令に…… 御座いますか?」


「悪評は受けとめる。 徒に貴族間に波風を起こすと、そう云われようと、問題は無い。 強く意識しなければならぬのは、当事者の心情であるからな。 この決闘を一度で済ますつもりもない。 もし、必要ならば何度でも要請するがいいと、双方に伝えよ。 ただし、間違っても私闘を許す事は無いとも。 互いの家は、この国にとって掛け替えの無い物であると、厳重に申し伝えよ」


「……御意に」



 多分俺の判断は、喜ばれない。 反対するモノも多いだろう。 きっとな。 だけど、考えてもみろよ。 命を張ってこの国の北と南を護る家の者。 どちらが強い? って、気になって仕方ない。 それが、口に出る程、双方が気にしている。 なら、決着をつけるには、激突するしかない。 


 男の子だ、それは、当たり前の心情。 覆い隠せる物でも無い。 不平や不満を持って仕えられる程、王国の世界での立ち位置は安泰なモノでも無い。 北部にも、南部にも正面に非友好国を抱えている。 両方から、一時に押し込まれでもすれば、相当に苦戦する。 本領軍が増援に向かえるのはどちらか片方なんて事に成ったら……


 それこそ、互いの家は造反するぞ? だから、互いの家の実力は双方が認めあわねば、いけないんだよ。


 他の申請書を処理して行く俺を、何故か恐ろし気に見詰めるヒエロス。 そんなに、この決断は、恐ろしい物か? 単に喧嘩を大々的に公的に扱うだけだ。 それに、結果も曖昧に誤魔化すつもりだ。 死人は出さない。 名誉も護る。 双方の家のみに、相応の報告書と一緒に送るだけだしな。


 一般の申請書の処理は終わった。 懸案はあの決闘だけだったのは、良かったよ。 あとは、まぁ、礼法院の判断の後追いで、どうにかなった。 弾くモノは弾き、了承する物は了承した。 舞踏会関連の申請書は、離宮に送った。 じっくりと見せてもらう事にしたんだ。 なにせ、礼法院の行事の中でも一番大切なモノだからな。


 最後に着手するのは、「陳情書」 これは、礼法院に届けられた物の写し。 何故か「陳情書」の山が三つも有るんだ。 何だこれ? って感じで、サリーを見る。





「一番小さい束は、貴族の方々の間でのいざこざに起因する物。 既に、礼法院と各々のお家で処理済みに御座います。 二番の山は…… 殿下に対する物に御座います。 署名から第二王子殿下の御側近や御連枝、および、下位の貴族様が主ですが、中にはどんな派閥にも入らないと有名なお家の方も居られます」


「例えば?」


「はい、西部辺境伯家の御令嬢から、かなり強く……」


「ボケ王子なんとかならんか? くらいか?」


「……いえ、その……」


「廃嫡せよ? そんな事なら言われ慣れている」


「し、しかし!」


「いいんだよ。 私自身がそう思うくらいなんだ。 不敬とか云うなよ? 礼法院の対応は?」


「握りつぶしておいでです」


「さもありなん。 いくら力強き辺境伯家とは言え、直接的文言は身を亡ぼす。 かなりのお転婆と見受けられるな」


「御意に……」


「観察を始めよ。 ……ん? ちょっと待て。 その御令嬢、私の側近の一人の御婚約者ではないか?」


「えっと……」




 サリーが戸惑う中、ヒエロスが声を上げる。 大きく頷きながらも、同意する。 流石に侍従役を仰せつかっているだけは有るな。 俺の事だけじゃ無く、俺の取り巻きの事もしっかりと調べ上げている。 まぁ、それも、別の御役目の一つなんだろうがな。 まぁ、いいや。




「左様に御座います。 殿下の御朋友御一方の御婚約者に御座います」


「そうか…… ならば、国王陛下にご奏上申し上げる案件だな」


「はっ? それは……」


「西部辺境伯家に対し、彼の御令嬢の婚約者を早急に変更するべきであると。 麻薬に狂った男を辺境伯に等もっての外。 王家の「影」からの進言として、陛下に奏上申しあげ、辺境伯に伝えろ。 状況が逼迫する前に」


「……御意に」




 どいつもこいつも、ホントに何やってんだッ! これもあの男爵令嬢の遣り口が原因か。 はぁぁぁ~~ なんてこった。 大きな流れは、陛下に委ねたが、こと礼法院の中の事は、俺が処理しないといけないと、諭されたばかりだしなぁ~ どうしようかなぁ~~


 あんまり…… 乗り気じゃ無いんだけどなぁ~~


 で、最後のデカい山は?




「サリーこの話は置いておく。 陛下におすがりする案件だ。 最後の大きな山は何だ」


「……申し上げ難い事に御座いますが、あの男爵令嬢についてで御座います。 様々な方々がお困りに成っておられるようで」


「成程な。 ほぼすべての女性と、大多数の男性か。 彼の令嬢が誘惑した人員と、彼の令嬢が仲間内が、これで確定したぞ」


「はっ? えっ? そ、それは?」


「令嬢に明確な目的が有ると判明した。 俺を篭絡したならば、これ程の反感を買ってもおつりが来ると、そう睨んでいる。 反応をしていない子息息女は、それだけで、二つに分類できる。 一つは、仲間。 一つは我関せずの日和見。 それとな、激しく何度も書き連ねている者も記憶しておかねばならない」


「……韜晦する為に御座いますか」


「その通りだよ、ヒエロス。 非難を強く印象付けて、万が一の場合に備える。 侯爵家、伯爵家の者だろう? 声を上げていない家と、激しく声を上げている家を抽出し、王家の「影」に於いて調査せよ。 その結果は、私では無く重臣の方々と陛下に。 良いな」


「御意に」



 一日でどうにかした。 いやぁ、疲れた。 時間を見れば、もう真夜中。 集中したよ。 ブラック企業で飼われていたから、まぁ、こんなの序の口だけどな。 疲れ果てている女官たちに、労いの言葉を告げ、離宮に帰る。 帰ったら、持って行った、「舞踏会関連」の陳情を読むか。


 楽しそうなアイデアが有ればいいんだけどなぁ……





――――――




 本日も晴天なり。 いやぁ、いい天気に成った。 のほほんとしていたが、そうも行かない。 本日は、サリーたちに申し付けて、第一種正装を着用しているんだ。 いや、ほんと王子様。 白の詰襟と金色の糸で組まれたモールがゴテゴテ付いた上着。 真っ白のスラックス。 足の横に第一王子の証である、青のラインがピシリと決まっている。


 帽子は無い。 ただし、サッシュはある。 これまた、抜けるような青のサッシュ。 残念ながら、其処に吊るす勲章の類は全くない。 ある訳が無い。 でもまぁ、それはそれ。 なんで、こんな正装をしているのかと云うと、今日は例の「決闘」を行う日。


 近衛騎士団の団長も既に到着している。 当人達も、その介添えたる、家の者達も。 まぁ、凄まじく色々な思いが交錯しているんだろうな。 近衛騎士団の騎士団長なんか、物凄い目で睨んでくるしな。 そして、眼を怒らせ互いを見つめ合う両家の介添え人達。


 ” 困った事をなさいましたな ” と云う目で俺を見ているのは、両家の家長。 まぁ、そうなんだけどな。 早速始めるよ。 昼前にこの時間を設定したのは、飯時前だから。 「真昼の決闘」は、以前の俺の、数少ないDVDコレクションの中でも特にお気に入りの奴。 私的な理由しか無かったな。 アハハハ


 こんな下らない事で、時間を潰すんだ。 そのくらい、罰は当たらん筈だよな。 さて、開始前に言い渡しておくべき事柄を伝えようか。





「この決闘を認可した理由を先に述べておく。 両名の者、よいか」


「「 ……………… 」」


「……まぁいい。 どんな理由が有ろうとも、其方たちは、互いに名誉ある家名を侮辱した。 その結果がこの有様。 よって、ここに、その罰を与える」


「「な、なんと! なんと、申される!!」」


「なに簡単な事だ。 得物は基準装備品の剣。 ただし、刃は潰してある。 通達通り、王国軍令準拠の近衛騎士の重装備。 剣の交換は認めない。 もし、剣が折れた場合は、その拳にて戦いを続けても構わん。 戦場で剣が折れる事もままあるからな。 それと、一切の魔法は禁じる。 ヒエロス。 此奴らに例の物を」





 そうヒエロスに伝えると、音も無く近寄り、双方の首にチョーカーを付けた。 「魔封じ」のチョーカー。 手に入れるのに苦労したんだぞ? 王宮魔導院の筆頭魔導士に無理矢理作って貰ったんだ。 陛下に経緯を伝えて、強く願うと申し出て御口添えを頂き、やっとこ、なんとか、作ってくれたんだ。 有難く使えよ?


 そう云えば、そのチョーカー、筆頭魔導士が御大自ら持ってきてたな。 スンゴイ苦笑いしてたっけ。 決闘を見るか? って尋ねたら、陰より見詰めます。 ってさ。 まぁ、大きくどちらかが怪我した場合、筆頭魔導士が居てくれた方が良いからな。


 双方の家の治癒師は必ず同道させよって、通達出しているから、あんま心配はしてないけど、万が一って事は有るしな。 チラリと視線を周囲に這わすと、居たよ…… 居た、居た。 筆頭魔導士と共に、薬師院調剤局長も。 あの二人が居てくれたら、致命傷でもなんとかなるか。





「このチョーカーは、陛下に願い作成した「魔封じ」のチョーカー。 魔法攻撃、及び、防御は一切できないと思え。 純粋に体技、剣技のみでの決闘とする。 両家ともそれで文句は無いな」





 両家の介添え人達が渋々了承。 当主等は面白そうに俺に視線を呉れる。 





「魔法は使用者の潜在能力に強く依存する。 しかし、体技、剣技は己が研鑽にのみ身に付くモノである。 名誉を図るには、己が研鑽を存分に曝け出し敵を殲滅しなければならない。 戦場に於いて、最後にモノを云うのは体力ぞ。 魔力が枯渇して動けませんなどと云う言い訳など、敵は聞いてくれんからな。 戦場に於いて、魔力を極力使わぬ様にしているのには相応の理由が有るのだ。 双方、その極限状態を想え。 これが、わたしからお前たちに云う罰である」


「「…………御意に」」





 まぁ、大義名分はともあれ、体技と剣技だけなら、致命傷には至らないしな。 こんなアホな事で死人などだしたら、本当の大馬鹿だ。 つまりは、早々に決着をつけてもらう為の方便。 近衛の重装備は、本当に重い。 【身体強化】無しでは、本職でも二時間くらいが限界。 つまり、お茶の時間までには決着をつけるつもりでもある。


 さぁ、始めて貰おうか。





「両者開始線へ。 騎士団長殿。 勝敗などは、宜しく頼む。 誰が見ても判る勝敗であればよいが、そうでない場合の判定は、頼んだ」


「…………御意に」





 クソ面倒な事を頼む奴だと言わんばかりに睨みつけられた。 まぁ、そんな事は、俺の…… 第一王子としての権限で、なんてことは無い。 どこ吹く風のように、あっさりと無視して、ディレクターズチェアの様な椅子の元に向かう。 ドカリと腰を落とし、決戦場辺りを遠目に見て、”さぁ、やれよ” って感じで顎をしゃくる。


 嫌味な第一王子。 それが俺の立ち位置。 





「 双方の家の名誉を懸けた決闘を始める。 開始!」





 騎士団長も肚を決めたのか、そう宣言した。 ガッちゃん ガッちゃん、激しく打ち合う音。 そりゃ両方とも、家の名誉を懸けた戦いってんで、必死さ。 介添え人達も盛んに声援? みたいなもので応援している。


 事前にそいつらの事は調べておいた。 両者とも、実力は拮抗している。 後は体力勝負。 さて、どうなるか。 なかなかと激しい打ち合いで、見ているだけでも楽しいもんだ。 実力は拮抗しているから、両者とも中々倒れない。


 剣技に勝る方が、相手の剣をブチ折った。 潔く負けを認めるかと思ったら、折れた剣を投げ捨てた方が、拳を固め肉薄する。 ほう…… なかなか、根性があるな。 両者の間合いが違うのも有って、相当に激しく動き回る二人。


 体力も限界に近いんだろうな。 そろそろ、両者の動きに蔭りが見える。 不気味な静寂が、練習場に漂う。 意を決した双方が渾身の一撃を交わそうと、相手を睨みつけている。


 剣を持つ方が、大きく振りかぶって、大上段からの渾身の大根切り。 それを迎え撃つ方が、初めて見せる「太刀割り」と呼ばれる体技。 俺の知っている名前では、「真剣白刃取り」からの、「太刀折り」。 つまりは、拳で剣を折る技。 もの凄っく、難易度の高い技なんだよなぁ……


 大根切りって云ったって、それは、剣技を鍛練して練り上げた者のする技でもあるんだ。 刃渡りの長い、前世で云う所の「斬馬刀」を持った、島津歩兵の『首落とし』並みにその衝撃力は有る筈。 まかり間違って、当たろうものなら、大怪我は………… まず間違いない。


 そんな、真っ向勝負。


 ガキンッ って、重い音が発せられる。


 綺麗な青空に剣の先っぽがくるくると舞う。 でも、ちょっと足りない。 飛んで行った剣の先っぽは、かなり短い。 ……つまりは、相応の長さがある部分が、素手の方に降りかかったって事。 でも、それでも、なんとかなった。


 思わず腰を浮かべそうになる俺の向こう側。 相対する二人の影が重なっている。


 素手の奴の兜の前面が割れていた。 しかし、割れているだけで、天頂部はまだしっかりとした形が残っていた。 結構な衝撃を受けたみたいだな。 振り下ろされた剣先を失った剣は、大地を割り地中にめり込んでいた。 


 残身も何もあったものじゃない。 横合いから殴られれば、一溜まりも無いだろうな。


 対して素手の方は…… 兜の庇を断ち割られ、かなり頭を振られたんだろうな。 あれじゃぁ…… 脳震盪を起こしていても、おかしくは無いわな。 よろよろと覚束ない足で剣の方に近寄って、弱弱しい拳を当てる、当てる、当てる。 それまでの剛腕とは、比べ物に成らない、まるで幼子の様な弱弱しい拳撃。


 それさえも耐えきれない様によろよろと受ける、剣側の奴。 そして…… 最後の瞬間が訪れる。


 どうと二人が同時に倒れ込む。 地面に膝を付いた…… と云うより倒れ込んだんだ。 これまでだな。 椅子から立ち上がり、二人の元に行く。 どう審判をつけようか悩む騎士団長を横目で見ながら、二人の馬鹿共の横にしゃがみ込む。 ふと、騎士団長を見上げ、口にする言葉は……





「騎士団長。 どうだ。 水でもぶっかけてまだやらせるか?」


「非道な……」


「だろうな。 しかし、まだ意識はある。 私は無くなるまで鍛練されていた。 まぁ、いい。 ……おい、お前たち、まだ聞こえているか」


「「………………うぅぅ」」


「聞こえているな。 お前たち双方がお互いに口にした相手への侮辱。 それは真であったか?」


「「…………い、いいえ」」


「どちらが強いと、そんな事はどうでもいいんだ、国としては。 北には北の。 南には南の、其々の状況がある。 己を鍛える方法はそれぞれに特化した方法だ。 徒に自分の方が正しいとか云うもんじゃない。 鍛えると云う意思の根底には、双方の家でも同じであろう? 国を護るという意思に変わりは無い筈なのだが? 違うのか? それを以て ” 国と国王陛下の藩屏とならん ” と云う誓い、忘れた訳ではないだろう?」


「「…………」」


「ならば、互いにそれぞれの方法で『切磋琢磨』し、誓いを護れ。 私から云える事はこの一点に尽きる。 互いが犯した過ちは、互いが謝罪すべきだな。 もう一つ、言い渡しておくぞ。 国軍の軍標準鍛練方法は、その多くを軍務系の貴族の家から導入している。 見るべきを見、採用すべきを採用している。 何処の家に重点を置くかなど、考慮に入れてはいない。 強兵を得るために最善を尽くしているだけだ。 そこの所を判れ。 誰しもが、お前たちの様に技に特化出来る訳じゃ無いんだ。 特化兵が有効なのは、その想定戦場がそう規定されているからだ。 もっと言えば、同じ国軍の兵と云えども、海兵の操船兵が大槍(ランス)を以て馬上突撃など出来はしないし、やらせない。 それは、自明の理であろう? 鍛練し練り上げられた技術は誰にも真似は出来ない。 要は、使い処なんだ。 どちらが強いなどと…… 馬鹿者共め」


「「………………はい」」


「治癒師を呼べ。 バカはバカなりに…… よくやった。 国の御盾は頑強にして精鋭。 そうであろう、騎士団長」


「ハッ! 誠に!」


「だ……そうだ。 早く体を治し、また、己が鍛錬に励み、王国の安寧に勤めよ」


「「は、はいッ!!」」




 二人の顔を見て、ニヤリと笑う。 想いは伝わったか? 王国の民が安寧にその生活を脅かされず、生活を営んでいくためには、護国の為に献身を捧げる将と兵が何としても必要なのだ。 そう、俺がこの世界で生きて行く為にもな。


 双方とも何故か恥ずかしそうに下を向く。


 立ち上がり、ちょっとした喧噪に包まれている場所に向かう。 双方の介添え人達が何か言い争っていた。 特に一部の者達が。 まだ、根に持っているのか、勝敗に就いていちゃもんが有るらしい。


 ――― 勝敗?


 そりゃ、双方戦闘力を失ったんだから、両者敗北って奴だよ。 誰が見たってそうなるだろ? なに、成らない? おかしいじゃねぇか。 変な事を口走っている奴らの真ん中に立つ。 両者とも重装騎兵の鎧を着こんでいる。 顔を真っ赤にして、勝利を口にして、相手の家の者を口汚く罵っている。


 あ”~~~ あ”~~~~ 此処は何処だ? 第一王子の棲む離宮の訓練場だぞ? 聞くに堪えない罵詈雑言を口にするような場所じゃないぞ? 



「時と処を弁えよ!」



 そう、騎士団長が口にするが聞こえないらしい。 互いにつかみ合いに成った。 はぁ~~ 悪い、こいつらが本当にバカに見えた。 当事者たちは既に和解していると云うのに? こんなバカが近くに居ると、また、良からぬ事を、(けしか)けそうだ。


 なら、いいか。 少し、頭を冷やしてもらおうか。


 双方の当主に視線を呉れる。 苦々しくそいつらを見ていた当主が俺を見て、ちょっと目を丸くしてから、軽く頷いた。 許可は貰った。 と云うより、許可させた。 きっと、相当に剣呑な眼をしていたんだろうな。


 掴み合いをしている片方の奴の足を払う。 【身体強化】済みの俺の足払いは相当な強度、軽くその巨躯を跳ね上げる。 半分ほど回転した身体の胴に拳を三度打ち込み、鍛錬所の端まで吹き飛ばす。 反対側の奴には、気を当てつつ、その場で【捕縛魔法】を仕掛ける。 ソイツの身体の真正面で【爆裂魔法】を置いて、素早く退避。 指向性の爆裂とは言え、多少は周囲に広がるしな。


 綺麗に爆裂を喰らったソイツも反対側の壁まで飛んで行く。 




「あ”~~ 勝負は引き分け。 双方ともに死力を尽くした結果、勝敗無し。 以上がこの決闘の結果である。 第一王子がそれを承認し、記録した。 なにか、問題があるか? そうか、無いか。 では、決闘は終了とする。 皆下がれ。 あの無様な者達は、連れていけ。 目障りだ」


「「「 …………………… 」」」




 目の前で起こった事に、衝撃を受けたのか、辺りは静まり返っている。 踵を返し、離宮に入っていく。 あぁ、草臥れた。 主に精神的に。 後は騎士団長が上手くやってくれるだろ。 俺の責任でいいから、上手くやってくれよ。


 自室に帰る前に、ちょっと思い出す。 ぷぷぷ…… 思わずかなり黒い笑い声が漏れるな。 アイツ等の間抜け顔を。 まぁ、そうだな。 俺が、体術と魔法を使いこなせるなんて、誰も知らなかった筈だしな。 そりゃアルクレイドは…… 第一王子としての、そして 『王太子と成る為の教育』を…… 


 ――― 散々に受けてきたんだ。


 かなりの ”非道” さでな。 側妃様の強要ってのも有ったし、軟禁状態だったから、知る者は数を数える程だしな。 御披露目前に側妃様はお亡くなりに成ったから、それ以降の鍛錬の事は、各教育官しか知り得ないもんな。 陛下は知っている筈だったけど、御止めに成らなかったしな。 



      あ”~~ ほんと、アルクレイドは可哀そうな境遇だったんだ。



 一人きりで晩餐を取って居る時に、ヒエロスが言葉を掛けて来た。 なんでも、あの武官の家の家長が丁重に礼を述べて来たんだと。 ” それは、それは、丁重に ” だとよ。 スープを啜りながら、報告を聞いた。 不思議に思って、変顔をヒエロスに向ける。 俺の疑問に答える様に、ヒエロスは言葉を紡ぐ。





「殿下の遣り様は少々荒っぽいモノではありましたが、有効でした。 双方の御当主様方から、改めて礼を述べる機会をお与え下さいますよう、お願いを申し受けました」


「それは、必要な事なのか? 戯れに、「決闘」を許可し、貴族間に要らぬ騒動を起こしたと、陛下に於かれては、大層の御怒りを戴いたのだが?」


「ええ、それは、そうなので御座いましょう。 しかし、互いに相手に対し暴言を吐き、家名を侮辱したと、双方が謝罪いたしました。 さらに、両家が定期的にこういった、武技、剣技の披露の場を設けると云う事に合意されたのです。 互いが良き好敵手であり、同じ王国の藩屏たる朋友として…… だ、そうです」


「なら、今回のバカ騒ぎも、無駄じゃ無かったか。 あぁ、面倒だった。 多少のガス抜きには成ったか」


「…………それ以上だと、思われますが?」


「ん? 何か言ったか?」


「いえ、なにも。 それで、各御当主様方へのお返事は如何いたしましょうか?」


「必要無い。 王家の…… いや、国の御盾として、研鑽に励めと、伝えてくれ」


「御意」



 晩餐の味が良くなった気がした。 なんだ、貴族の矜持とか何のかんの云いながら、結局は道理を忘れてただけじゃねぇか。 全く、しょうもない事だな。 早く寝るか。 今日は疲れた。




―――――



 礼法院の舞踏会は、学年の最後に行われる。 優秀な女官軍団により、内容も精査できた。 まず音楽は宮廷楽団に依頼。 最初は弦楽四重奏くらいにと思っていたのだが、学生の要望により、ハーフオーケストラに格上げ。 当日のスケジュールを確認し、非番でまだ若い宮廷楽団が手配できた。 当然、礼法院卒業者で固められているから、勝手知ったる何とやら状態。


 次に学生の要望により、前年度は使用を差し控えられた、礼法院最大のホールの使用を王城関係者に請願。 コレを認めて貰った。 本来、国王陛下御臨席の時にしか認められないホールなんだけれども、今年の舞踏会の日は、前年に引き続き、陛下、王妃殿下は隣国に於いて、重要な条約の締結の為、国内には居られない。 よって、今年もそのホールの使用は認められていなかったが、本年は第一王子、第二王子の最終年と云う事で、特別にお認め頂いた。


 食事関連も、いささか事情が変わる。 大ホールの使用許可を捥ぎ取った関係上、会場整備費用が嵩み、当然の事ながら、食事関係からその費用が当てられる手筈に成ってはいた。 しかし、舞踏会当日は礼法院学生はおろか、その親族、更には留学生も多々出席する。 留学生の中には、小国とはいえ、重要な貿易先の高位貴族も在籍している為、食べ物もおざなりには出来ない。


 よって、第一王子予算を割き、それに当てる事とした。 ふぅ~~ 普段、質素倹約に邁進していて、良かったよ。 さらに、幾つかの亡き側妃殿下(母上)の宝飾品も、陛下に嘆願し売却したので、何とかなった。


 灯火は、とても高価だ。 だから、俺が【魔法灯火】の魔法陣を符呪した大量の屑魔石を準備した。 大シャンデリアは無理だが、アレは礼法院持ちだから、いいんだ。 壁の灯火と、庭園の灯火の分だから、小さくても良かったのが幸いだった。


 大量の魔石に関しては、何故か南方と、北方の武家からの贈り物として、離宮に届いた。 なんでも、魔物狩りに正規兵を使って訓練がてら出撃して、大量に取得した為とか言ってたな。 お礼がてら…… な、らしい。 勿論、一人でそんな膨大な量の魔石への符呪は出来ないから、悩んでいたら筆頭魔術師と薬剤局長が手伝ってくれた。 有難い事だ。


 色んな役所を巻き込んで、詰めに詰めた。 週単位で微調整して行きながら、遣り抜いた。 皆に楽しんで善き年であったと、思って貰いたかったからな。 その分、礼法院ではダラダラ過ごした。 授業も出ずに、サロンで昼寝を噛ましていた時すらある。 怠惰な第一王子として、認識されていた事だろうな。


 唯一、なにもしなかったのが、あの男爵令嬢関連。 うざかったが、笑いの仮面を掛けているだけで、何となく過ごせたから、それで問題は無いもんだと、そう思っていた。 いや、他の事で忙しすぎて、対処する時間すら惜しかったからな。


 昼寝してる方が、余程有意義だったしな。


 もうすぐ、礼法院での日々も終わると云う頃。 ヒエロスから、男爵令嬢の背後関係が、ハッキリしたと連絡を受けた。 離宮で、深夜にその報告は行われた。 やはりと云うか、そこまでと云うか、まぁ、悪事を働く者達の名簿はコレで確定したと云う事だな。


 そう云えば、ここ五十年の間に、相当数の平民の有力者、大貴族の子弟達が新たに貴族に列せられ、恩給や給付金の支出が国庫を圧迫し始めていると聞いたな。 …………宰相を含めた重臣達も上の方の取り調べは進めている筈だしな。


 ヒエロスに、王家の「影」がきちんと情報を回しているかを問う。 答は、” はい ” だけ。 まぁ、俺に重要な情報を伝える訳には行かないからな。 事が事だけに、取り潰す家も多いか。 つまりは貴族社会の統廃合が進んで、国庫の負担も減るって寸法だ。 財務卿辺りは、相当喜んでいる筈だな


 ヤバい奴らの情報は一手に握った。 如何にしようかと、そう思っていると、思わぬ情報が女官軍団から齎せる。 顔が知られて居る者達とは別に、【認識阻害】を掛けた女官たちに、礼法院内の情報を収集させていたからな。 面白い噂話が、色んな階層に出回っている。


”第一王子の御婚約者が、男爵令嬢に嫌がらせをしている ”

”第一王子に冷たく当たられ、嫉妬に狂っている”

”男爵令嬢の持ち物が何者かに奪われたり壊されたりしている。 どうも犯人は……”

”男爵令嬢が、街で何者かに傷つけらそうになった。 同道していた準伯爵家の四男が辛くも撃退された”

”暴漢を取り調べた衛兵からの情報で、その暴漢を雇ったのが第一王子の御婚約者たる侯爵令嬢だった” 


 全くもって事実無根。 ヒエロスに、侯爵令嬢に付けてある”影”は、まだ付いているかと問い掛け、そして、彼女の全行動の記録も取ってあるかも聞いた。 答は ”勿論です、 第一王子の御婚約者ですので、万全を期しております ” との事。


 そして、噂話の事を告げ、事実であるかとの問い掛けに、ヒエロスは俺でも心寒い笑みを浮かべながら、言下に云い捨てる。


「その様な事が有るのならば、先行して殿下にご報告いたします。 清廉潔白にございます。 あちらの「影」は楽が出来て良かったと、常にわたくしに自慢しております」


「そうか…… 苦労を掛けるな」


「勿体なく。 しかし…… 如何なされます?」


「放置する。 何かしらやるであろうから、それまでは泳がせる。 アイツ等の要望は全て否定しておいたから、きっと…… そうだな、きっと、舞踏会にて何かしらやらかすな」


「左様に御座いましょうか?」


「あぁ」


「いくら何でも、あの舞踏会の意義を理解しておるならば、それは……」


「色と欲に染まっておるのだ。 洋々たる未来を夢見て、アヘンタールを噛んでいるのさ。 もう取り返しは付かない。 私も噛んでいると皆は思っているさ。 何処から来るのか判らないが、そんな自信すらあの男爵令嬢は持っている。 それにな、あいつ……」


「何で御座いましょうか?」


「選りも選って、俺にドレスを強請って来た。 鷹揚に頷いておいたよ」


「な、なんですって! それは、真に御座いますか!」


「あぁ、真だ。 よって、サリーに言いつけて、用意させた。 粗悪な布で出来た、俺の色と微妙に違う色のドレスをな。 形だけは、流行の物だぞ?」


「…………お人が悪い」


「貴族の礼節を知れば、その意味が知れようが、それすら判らんだろうな。 あの女狐も、そして、男爵家も。 そして、男爵は繋がっている者に伝えるな…… ” 第一王子は落ちた ”と。 ヒエロス。 王城の王家の耳に連絡を。 捕縛するのなら、決行の日は礼法院舞踏会の日。 大舞踏会場にも一個中隊を回して置く様に」


「御意に…… しかし、宜しいのですか、それでは、殿下も……」


「お馬鹿な第一王子は、王位継承権を国王陛下にご返却し、離宮にて御沙汰を待つさ」


「なッ!! 何故!」


「その方が国を纏めやすくなる。 慈愛深き、有能な、第二王子が立太子しやすくなる。 王家と有能な高位貴族の間に蟠りも無くなる。 国を腐らせる不要な貴族は一掃出来る。 侯爵令嬢は、真に心から愛する者に嫁ぐことが出来る。 民に安寧を齎し、強兵を養い、殖産興業が進む。 第二王子ならば、それが出来る。 その為の教育も既に終わっている。 ならば、不要な第一王子は、此処で退場と成らねばならんだろ? 飼い殺しか…… それとも、辺境の男爵領か…… その辺りが有望か? それとも、陛下の激しい御怒りに触れれば…… いやいや、そこまでは……」


「殿下ッ!! なぜ、御身を大切に為さらないのですかッ! それでは、それでは、まるで贄の様では御座いませぬかッ!」


「えっ? なんて? 贄? そうか…… 贄かぁ…… ヒエロス。 私はね…… 王太子なんて成りたくないんだよ。 国王陛下って私が呼ばれる? 無い無い。 あり得ないよ。 私がやって来た事を考えて見なよ。 評判は最悪だろ? 怠惰で享楽的で、悪巧みしかしてないって、持ちきりじゃ無いか。 民だって、そんな男を王に迎えるんじゃ、不安で仕方ない筈さ。 万が一俺が国王なんかに成れば、街は荒れ、宮廷は疑心暗鬼に囚われる。 なにかやろうとしても、誰も付いては来ない。 そんな”王”が、必要か? 私は小心者で怠惰で、出来損ないの第一王子。 いいじゃないか。 その評判は真実なんだよ。 ヒエロス。 頼みがある。 事を完遂する為には、今の話は王家に届けるな」


「で、殿下……」



 思わずと云った風にヒエロスは俺の手を取る。 なんだかなぁ…… なんでお前が泣いているんだ? お前は、俺のお目付け役なんだろ? 監視が任務じゃないのか? しっかりしろよ。 その手を取りつつも、涙に濡れるヒエロスの眼をしっかりと覗き込み、俺は云う。



「俺は為すべきを成す。 お前も為すべきを成せ。 この国が最善と思われる未来に向けて。 良いな」


「……………………御意に」



 よし。 これで、罠は閉じた。 後はアイツらが思いっきり踊ってくれることを願うばかりだ。 残余の日々は、怠惰に過ごす。 取り巻きの話を聞いてやり、男爵令嬢の無礼な話を笑顔で流す日々。 礼法院の授業は既に終了し、後は礼法院舞踏会を以て今年度の礼法院の授業は全て終了する。


 俺の手配した事は、全て第二王子の発案と云う事で、手配済み。 俺が前面に出ても、やり切れることはそうは無かったから、名前を借りた。 兄を立てる、弟という感じでな。 優秀な弟である、第二王子の発案と成れば、皆が良く言う事を聴いてくれたからな。 ホントに有難く使わせてもらった。


 気が付く奴は気が付くが、何も言わずにいてくれた。


 それが、なにより有難い。


 侯爵令嬢は、宰相閣下に盛んに婚約の破棄を願っているらしい。 深夜に離宮に来た宰相に愚痴られた。 まぁ、そんな所だ。 ニッコリと笑っておいたよ。 これで、王弟閣下の御子息とのご婚約は確定っと。 俺の笑みを見て、宰相閣下は本当に、深い深い溜息を漏らされたよ。




「で、宰相閣下。 その様な愚痴を漏らされに来られたわけでもありますまい? 捕縛の時の調整ですか?」


「殿下は…… アルクレイド第一王子殿下に於かれましては、お見通しなので御座いますな」


「忍びで離宮に来るような、そんな宰相閣下では御座いますか? あり得ません。 表向きは、怠惰で驕慢な私を諫めに来たと云う事で?」


「…………その御慧眼がもっと早く知れていれば…………」


「すべては側妃様の御考えあっての事。 しかし、あの方は…… ”遣り過ぎた”のです。 野心も大きすぎた。 転んだ後の事を考えてはおられなかった。 …………礼法院で研鑽している者達に就いては、わたくしに考えがあります。  あちらに参じている者の中で不良貴族の捕縛は、わたくしが時を計ります。 その為に、王国騎士団を一個中隊分派して頂いたのですからね」


「了解…… 致しました。 では、大舞踏会場からの衛兵の知らせを宰相府で待つことにいたします」


「頼んだ。 王国の安寧は、宰相閣下の裁量に掛かっている。 国王陛下、王妃殿下が国内に居られぬ以上、政の最高責任者としての責務を全うして欲しい」


「……第一王子がその任に就かれましては?」


「私は、まだ子供だ。 仮令十八歳となり、成人を迎えたとしても、”子供”なんだ。 誰が好き好んで、子供の下に付く? それも悪評高き第一王子に。 そのくらい、宰相閣下には見通せるだろう? 国が荒れる。 出来るだけ穏便に済ますには、私が王権の代理に座る訳にはいかないんだよ。 国法を読めばわかるだろ?」


「殿下…… 返す返すも…… もう少し早く殿下のお気持ちに気が付いていれば…… 悔やまれます……」


「私は小心者だし、王の器では無いのだよ宰相。 いいね、それだけは真実なのだ。 陛下には宜しく伝えてくれ」


「御意に…… 御意に御座います」




 俺は…… なにやってんだろ? まぁいいか、あともう少し。 第一王子として、もう少しだけ、王族の役割とやらを全うするか。 いいだろ、アルクレイド第一王子。 


 ホンワカと胸の奥が温かくなった。 コレは…… きっと、あの泣き崩れていた王子の心だ。 俺がやりたいようにやって、逃げ道を用意したからこそ、アルクレイド第一王子には…………


 ―――― 素敵な夢を見続けて欲しいな。





==============





 礼法院舞踏会の当日は、最終調整に走り回っていた。 早朝から色んな不具合が散見された。 やはり、急造王子()には、荷が重い。 予定されていたハーフオーケストラの楽器が一部行方不明になるとか、厨房方の準備に支障が出たとか。 まぁ、余技みたいなものだから、大人も油断していたって事。 はぁ…… 思わずため息が出るような事ばかり。


 頼むよ…… きっと、今夕の大捕り物で、王宮関係者は大忙しだから仕方ないっちゃぁ仕方ない。


 その分の負担は、俺が請け負う事にしたよ。 なにせ、第二王子は名目上のアイデアマンとして、名前を借りただけなんだよなぁ。 企画全てを網羅している訳じゃ無い。 それに、連絡は俺の所に来るように調整もしてあった。 おかげで、最後の御勤めも出来なかった。


 そう、侯爵令嬢のエスコート。


 これで、完全に切れたね。 あぁ、完全にね。 俺の眼の色を模した、髪飾りと装飾品一式の「贈り物」もつっ返されたなぁ…… エスコートさえしない婚約者は必要御座いませんか。 そうですか。 ありがとうございます。


 彼女は王弟殿下の御子息にエスコートされて会場に来たよ。 流石だね、宰相閣下。 あれで、彼女は護られる。 善き善きッ! 楽団の楽器も見つかり、音楽がホールに流れ始める。 料理も間に合った。 飲み物を持った給仕は、壁際に揃った。 魔法灯火に火か入り、幻想的な空間が生み出された。


 善き善きッ!


 さて、入場か。 ヤツ等何処で仕掛けるか…… 俺が入場した時か…… なんて思っていた時も御座いました。 やっぱり、あいつら、アホだ。 色と欲にボケた頭じゃ、回らんのだろうな。 俺が入場口に付いた時にやらかしやがった。




「この良き日に当たり、此処に出席する資格を持たぬ者が居る。 セドニア侯爵令嬢。 貴女は、此処に居る、フェスター男爵家がリズベート令嬢に対し、危害を加えた事、幾多の証拠がある。 大人しく縛に付き、沙汰を待つがいい!!」




 侯爵家の三男、伯爵家の次男、準伯爵家の四男が、取り巻く、明るい蜂蜜色の髪と、薄緑の瞳の男爵令嬢。 アイツ、リズベート=フェスタ―男爵令嬢って云うのか。 たしか…… リズって呼んで下さいって、フルネーム名乗って無かったよな~~ えっと、記憶を掘り起こしても、面と向かって名を告げられた事ねぇや……


 アハハハ! なんか、オカシイィィ!! 口から零れそうになる、大笑いを納めるのに必死になったくらいだ。 俺の変顔を第二王子が怪訝な表情で伺ってきている。 なにか、言いたげだったけど、それを手サインで制する。 この場で第二王子(大切な弟)には傷はつけられないもんな。


 侯爵家の三男、いいねぇ~~ 馬鹿晒して。 同じ階位とは言え、宰相家とお前の家では家格が違う。 一応、名呼びはしていないから、一応の礼節には則っているな。 内容は最悪だけどな。


 その後も延々と、宰相家令嬢 つまり俺の婚約者殿の犯したと云う犯罪を上げている。 証人やら、証拠やら持ち出してな。 それ、全部でっち上げだろ? もう、ネタは上がっている。 御婚約者殿は、顔を真っ赤にしながら、この仕打ちに怒り心頭だね。 それを、王弟殿下の御子息が支えているのがまた……


 持ち上げ、顔を半分隠した扇の要がギチギチ云う程、握りしめているしな。 もう限界かな? そんな時に男爵令嬢が、三人の前に出て来て言うんだ。



「今日は大切な卒業の舞踏会。 そんな日にこんな事をしなくても…… 私はただ、内密に謝って頂ければそれでよかったのに……」


 だとさ。 思ってみない、反論に、取り巻き立ちはかえって盛り上がるのは必定。 判っているねぇ、男爵令嬢。 庇護欲に訴えかけて、火に油を注ぎ、更に燃え上がらせる。 婚約者殿も更にヒートアップ。 一触即発状況にもって行くって、中々に手練れ。


 敵対国に対する『最後通告』を持たす、開戦の使者(決死の使者)にはもってこいだな。


 さて…… 行くか。




「何を騒いでいる。 もうすぐ、舞踏会が始まると云うのに」




 第二王子やら 弟の婚約者と一緒に、王家の専用の入場口から、ホールに侵入。 一段低い場所に、件の者達が一堂に集まり、更にその向こう側に、卒業生たちが不安げに此方を見ている。 まぁ、そうなるよな。


 俺がエスコート無しで、入場したので、幾人かは眼を大きく開いている。 第二王子は、俺の後ろ。 さて、おっぱじめるか。





「何を騒いでいると云うのだ」


「はい、殿下。 この不遜なる女狐が、嫉妬のあまりリズを苛んだ事を問い詰めているのですッ!」


「セドニア侯爵令嬢、状況はそうなのか?」


「いわれのない罪により、断罪されておりますわ、第一王子殿下」


「物証も、証人もいると、言っているが?」


「あまりの事に対応が出来ません。 精査する時間を頂きとうございます」


「ふむ…… この場での反論はしないと? 心証が悪くなるぞ?」


「貴方の心証なぞ、如何と云う事は有りません。 真実を詳らかにする為の時間です」


「左様か…… ならば、貴女は私の妃とは成り得ないな。 罠に掛けられたと云うのならば、この場で反論 乃至は、反証を出さねばならん。 それに、貴女の側の男性は誰か」


「貴方には関係御座いません。 第一王子殿下のエスコートが無いと決まった時に、困ったわたくしを助けて頂いたのですッ!」


「そうか…… わたしには連絡も報告も無かったな。 そうか…… ならば、仕方ない。 その点に於いても、私の妃には成り得ない」




 俺がそう云うと、男爵令嬢は眼をキラキラさせながら、俺に近寄る。 えっ? そんな許可だしたか? まぁいいや。 捕まえやすくて。 衛兵を呼ぶ。




「衛兵、此方に」


「ハッ」



 侯爵令嬢の眼が大きく見開かれる。 あぁ~~ これ。きっと誤解しているな。 面倒だから、さっさと、衛兵に伝えるべき事を伝えよう。


 近寄る衛兵に耳打ちをする。 ” 宰相府に赴き、私の言葉を伝えよ ” と。 「穢れ浄化せん」 とね。 作戦開始の合言葉。 コレを聞いた宰相閣下は、同じ衛兵に返信を託す。 その言葉は 「光あらん事を」 だね。 不都合が有れば、「光、未だ差さず」なんだよ。 衛兵が急ぎ足でホールを出ると、男爵令嬢がすぐそばまで近寄って来た。


 悔しそうな顔をしている、取り巻き達。


 男爵令嬢のドレスは、俺が送った事に成っている物だしな。 彼女の腰に手を添える。 捕縛した。 腰に有るリボンには鋼線が仕込まれていて、リボンを強く掴み魔力を流すと、全身が痺れ、もう逃げる事は出来なくなる。 さて、どう料理するか。


 俺の仕草の理由が判っていない侯爵令嬢が怒りの声を上げる。 あぁ…… 宰相閣下、全く作戦を、伝えなかったな。 はぁぁぁ。 ある意味、本当に箱入りの御令嬢だ。 





「わたくしが妃とならぬとは、どういう意味なのでしょう。 婚約を破棄し、その男爵令嬢を妃とされると?」


「貴女が私の妃と成り得ないのは、二つの理由からだ。 間違わないで頂きたい。 一つは、貴女の思い込みの強さ。 私の状況を読み間違え、噂を信じた事。 これから国の為に成さねばならない事が多々あると云うのに、それでは隣に立つ人としては不十分と考える。 貴女は王太子妃の教育をよく受けた。 その努力は素直に称賛に値する。 しかし、状況を読み違い、事実を覆い隠す誤謬に惑わされ、さらに熟考するべき時に、自分の正義を優先したうえ、思考を放棄した事。 その事実は、王妃と成るべき者としては、いささか資質に欠ける。 教育では補えない物が、貴女には足りない」


「な、なんですって!!」


「大声を出さないで欲しい。 王弟殿下の御子息(パートナー殿)も驚かれますよ」


「え、エド…… ち、違うの、こんなのおかしいわッ!」


「マ、マリー……」




 狼狽える侯爵令嬢。 まぁ、なんだ。 痛い所を突かれて、狼狽したところを大好きな人に見られるのは、かなり羞恥を覚えるだろうな。 そんな彼女を見た、王弟殿下の御子息も、ちょっとびっくりしている。 きっと、彼女の強気な所は何度も見ているけど、こんな風に狼狽した姿は見た事無いんだろうねぇ……

 

 そりゃ俺だって、王太子教育受けてるんだから、このくらいは言いますよ。 それに、貴女が見た俺は、一面の俺。 そして、以前のアルクレイド第一王子。 貴女の横に居る、エドワルド王弟子息は、ほんのちょっぴりだけど、俺の本来の姿は見えていた筈なんだけどなぁ……


 一部、王太子教育していた、教育官が被っていた筈なんだけどなぁ…… 俺の話は出なかったのかなぁ…… ニッコリと微笑んで、エドワルド君に顔を向ける。 途端に、エドワルド君、ちょっと顔を顰める。 なにか思い出した? ねぇ、ねぇ、どうなの?


 なんて、遊んでいる間に、衛兵が帰って来た。 そして、宰相からの御伝言ですと、報告してくれた。





「” 光あらん事を ” に御座います」


「ふむ。 了解した。 ……皆のもの、少々時間を貰うぞ。 昨今、王都の街区、および、周辺の小都市で王国が禁止している麻薬が出回っているのはご存知か」





 ” 突然何を言い出すか ” って感じで、大ホールに詰めている貴族達が俺を見た。 壁際の衛兵に目配せをし、外で待機中の王国騎士達の突入路を確保した。 誰一人このホールから出られない様に固めた。 ゆっくりと息を吸い、そして核心部分に話を持って行く。



「残念な事に、この事に就いては貴族の関与も判明している。 そ奴らは、王権の奪取すら念頭に置いていた。 対象は…… この第一王子アルクレイド()だ。 この男爵令嬢を餌と成し、麻薬で精神を揺さぶり【魅了】の魔法陣を以て、わたしを傀儡とするべく画策した。 気が付いた時には既に遅く、残念な事に、私に付き従う者達は篭絡されていた。 その者達は、積極的に男爵令嬢に手を貸し、礼法院に無用の混乱を齎した。 ……非常に残念であった。 国王不在時ではあるが、予てより内偵していた、宰相府より、一斉捕縛の連絡が入った。 皆も聞いておろう。 先程衛兵が伝えた言葉がそうだ」




 一旦此処で切る。 にこやかに男爵令嬢を見る。 そして、腰のリボンをしっかりと握り魔力を流す。 リボンに仕込まれている鋼線が、彼女の腰を締め上げ、【電撃麻痺(パラライズ)】の魔法が彼女を捉える。




「ヒッ!」




 男爵令嬢の口から、令嬢らしくない音が零れ落ちたな。 ほら、【魅了】使ってみろよ。 そして、この戒めを緩めて見ろよ。 出来ねぇだろ。 俺には、筆頭魔導士が作り上げた、【魔法反射】の護符が付いているんだ。




「さて、残念な事に、陛下の藩屏たる誓いを破りし男爵の令嬢は、私が捕縛している。 そして、王国の危険を察知できない者達は…… 衛兵、捕縛せよ」




 あっという間に、取り巻き達が衛兵に取っ捕まる。 膝を折られ、頭を床に押し付けられ、後ろ手に縄を掛けられる。 本来ならば、国法により、貴族及び貴族の子弟に、そんな事は出来ない。 でもなぁ…… 出来ちゃうんだよ。 なにせ、重大な国法違反。 それも露見すれば、一発死罪っていう、麻薬取引と云う重犯罪。



「わ、わたくしは! し、知りません!!」


「往生際が悪いぞ。 男爵令嬢に与えられた白い粉を、有力な者達に手渡して篭絡しようとしていたでは無いか」


「なっ! なぜ!! 何故だ、リズ‼ 何故なんだ‼‼ アレは、疲れにとてもよく効く『薬』だとッ!!」


「侯爵家の子弟とあろう者が………… 馬鹿か? 馬鹿なのか? 馬鹿なんだろうな。 調べもせず、国の重臣の家の者達にそんなものを渡すか。 薬なれば、まずどのような薬か、薬効を調べる事をしないのか? それを、良く効くからと? 調べもせず、国の重臣の子弟に配布するか? 愚か者め。 連れて行け。 既に配布先も抑えてある。 証拠や証言は確保済みだ。 残念だよ。 いや、本当に残念だよ」




 悲鳴と怒号。 連れ出される取り巻き達の親も騒ぎ立てる。 でもねぇ、ここの衛兵さん達は、国軍直下の兵が変装しているから、怒号なんざ、慣れきっている。 そして、王城の衛兵と比べてとても逞しい。 優雅さに欠けるけれど、強さなら辺境の兵にも劣らない。 だから、幾ら止めようとしても、それは無理な話。


 この背景には、宰相府の意思が強く反映されているからね。 今回の捕縛劇…… 王都在住のややこしい貴族達の元に向かったのも、王国騎士達と精鋭の王国の兵。 各領地でその任に就くのは、鍛え上げられた、王国正規兵。 あの、北部と南部の家の精鋭達もその軍勢に合力しているらしい。


 そんな、宰相府直下の精鋭さん達だ。 まぁ、足掻いても一瞬で悪しき貴族達は、制圧されるに決まっているって。 その為に、それはそれは、念入りに突入隊は、選抜されていたんだよ。


 そんな事をしてるから、この舞踏会で色んな不備が出て来ちゃうんだよ。 まったくもう! 衛兵に連れ出される、俺の取り巻き達。 暴れる隙も無い程ね。 ついでに男爵令嬢も渡しておいた。 ふぅ、これで、近くの煩いのは消えた。


 おいおい、第二王子君。 何をそんなに目を丸くしているんだ? まさか、陛下伝えて無かったのか? えぇぇぇ~~ まぁ、いいか。 俺は、更に言葉を紡ぐ。




「あ”~~ 申し訳ないが、内偵が終わって、証拠が積み上がっている者は、あいつら以外にも、この場に居る。 国軍騎士の精鋭達よ 第一王子として、捕縛を命ずる。 やれ」




 周囲の出入り口から、屈強な国軍騎士達が乱入。 既に目標は確認済み。 軽装騎士装備でも十分な威圧感があるよね。 流石精鋭。 あっという間に、問題の貴族達を捕捉拘禁に成功。 暴れる間もなく後ろ手に縛りあげられ、とっとと連れていかれた。


 その数ホールに集まった貴族の五分の一。 多いよ。 本当に多い。 麻薬って、本当に怖いよね。


 さて…… 総仕上げをしようか。


 いつもの尊大さは脱ぎ捨て、本来の俺を曝け出し、真摯に言葉を紡ぐ。





「……残った方々は、既に調べは終わって、潔白と証せられております。 こんな事に成ったのは、偏にわたくし第一王子アレクレイドが責。 国内の不良貴族は、宰相府が主導し既に捕縛が実行されております。 現在、国外に御座(おわ)します国王陛下が御帰着成された後、正式に裁判と成し、罪に応じた罰が与えられるでしょう。 粛々とその時を待たれよ。 王国の闇と成る者達は、一掃される事でしょう。 宰相が密命により、ご協力頂いた清廉なる家系の者達には、今一度礼を云う。 有難う。


 もう一つ……


 わたくし王国第一王位継承権者であり、第一王子アレクレイドは、此度の騒動の責を負う。 第一王子としての大切な責務である、国内の安寧を保つという事をわたくしは成し得ませんでした。 放蕩に身を崩し、各々方にご心配おかけいたしました事、誠に申し訳ない。


 この小さな貴族社会と云うべき礼法院においてすら纏められぬ者が、王位に就く事など有り得ない。 よって、王位継承権を返納し、第一王子の…… 王族籍を自ら陛下に、お返しいたす所存である。


 その暁には、第二王子…… いや、オラルド殿下。 貴方がこれより、第一王位継承権者にして、第一王子として立たれる事と成り、やがては王太子として立太子し…… そして、国王陛下と相成りましょう。 ……どうぞ、この国を善き国に。 愚かなる兄よりの、切なる願いです」




 ホールの皆は固まった。 突然の王位継承権の返納と、第一王子としての王籍を返上すると言い切ったからね。 さてと…… あとは…… 優雅な舞踏会と行こうじゃないか。 騒動があったけれど、この場所に残る者は、皆、王国にとって大切な者達なんだ。 いいね、オラルド王子。 此処を納めないと、陛下に叱られるよ?




「オラルド殿下。 良き日を擾乱せしめ、申し訳御座いません。 国王陛下帰着まで、離宮にて逼塞いたします。 御沙汰は、国王陛下より戴きましょう。 それまで、離宮に滞在する事をお許しください」




 驚きの連続であったらしい、第二王子は…… ゆっくりと頷く。 そうだよね、国王陛下が、情報を遮断していたから、中々、理解が追い付かないだろうね。 仕方ないよね。 でも、お前だって王族だろ? 混乱に乗じて何されるか判ったもんじゃないし、其処は宰相閣下とよく相談してね。


  俺の役割はコレで終わり。 第二王子の側により、耳元で声を掛ける。




「しっかりしろ、お前は、王太子に成るんだ。 こんなことぐらいで、ぐらつくな。 乗り越えよ。 未来への光の道は開けた。 あとは、お前がどう進むかだけだ。 覚悟しろ。 いいな」


「は、はい」


「よし。後の仕切りは任せる。 今宵は良き日。 存分に舞踏会を楽しめ。 …………不甲斐ない兄で済まなかった」





 踵を返し、その足で、婚約者殿の元に向かう。 王弟殿下の御子息と二人して立っている場所にね。 最後の懸案事項だ。 コレをもって、俺は王籍を離れる。





「あぁ 云い忘れていた。 セドニア侯爵令嬢…… 二つ目の君の欠点だ。 散りばめられる状況や証左を拾い上げ、組上げる能力が求められる王太子妃には君は向かない。 貴族の世界は、いや、世界中の王家と相対する世界は、自身の正義が、そのまま押し通るような、そんな甘い世界では無いんだよ。 周りは君の性格を危惧し、情報を遮断していた。


 しかし、君がそれに気が付けば、話していたと宰相閣下(御父上)も、そう(・・)仰っていたよ。 それを直せば、きっと君は素晴らしい、良き王家の一員に成るだろう。 ……王弟殿下が御子息。 エドワルド殿下。 願い申し上げる。 彼女を導いてやってください。 貴方と貴女には、互いを認め合い、愛し合う力があり、互いを高め合う能力が有るのだから。


 ……良かったねセドニア侯爵令嬢。 想い人と心が通じたんだよ。 君達は、素晴らしい王国の未来を紡ぐ、力ある人材となる準備が整った。 ……善きかな。 王家の藩屏たる二人に光あらん事を」






 とびっきりの笑顔を浮かべてそう云う。 驚きに声も出ない二人。 まだ若いんだ。 仕方ないよね。 そして、俺は大ホールを後にする。 もう、俺には此処に居る資格は無い。 オラルド殿下、後は頼んだ。 投げっぱなしで申し訳ないね。


 カツカツと踵の音を響かせながら、大ホールを退出する。 心の内でそっと呟く。




 ……アルクレイド。


     これでいいよな。


       もう、王族でも、第一王子でも無いからな。



 ゆっくり…… 素敵な夢を見なよ。 


             俺の中で……







 ―――――――





 国王陛下が国に帰着して何らの裁定が下るまでは、ゆっくりさせて貰いたいと、離宮の中に籠っていた。その離宮も、寂しくなったなぁ。 女官軍団は半分に減ったし、あれからヒエロスの姿も見えない。 まぁ、そうだよね。 日がな一日、ベッドの上に寝転がって、天井画の天使絵を見ていたんだ。





「殿下。 怠惰が過ぎます。 起きて下さい」


「あぁ…… なんか、怠いんだ…… もうちょっと…… いいだろ?」


「よくありません! 明日には、国王陛下との謁見が有るのです。 シャキッとしてください。 お願いですからぁ……」


「う~ん、サリーのお願いだったら、仕方ないか。 明日は、礼法院の制服でいいよね」


「ダメです! きちんと礼装を着用してください!」


「だって、もう、第一王子じゃないんだよ? それに王籍も返納するって皆の前で言い切ったし」


「ダメです! まだ、陛下より宣下されていません! …………宣下されるまでは、 …………アルクレイド王子は……  王子は……  まだ、私達の…… 第一王子なんですもの……」




 ん? んんん? 最後の方が涙声なのは、なんでかな? まぁ、いいか。 女性を泣かせるのは本意じゃないからね。 サリーの云う事を聴いておきますか。 なんたってサリーは、超絶有能な女官なんだからね。




=====




 翌日、謁見の間に召還された。 ようやっと、裁定が下されるな。 あの礼法院の大舞踏会から、もう既に一月以上も経っている。 まぁ、あれだけの事が起こったんだ、そりゃ時間もかかるさ。 ほら、この国の五分の一に当たる貴族家が消滅する事態になったんだ。 大規模な戦争でもなきゃ、そんな事、起きない筈なんだがね。 実際、起きてしまった。


 麻薬ダメ、絶対ダメ!


 麻薬はどう転んでも、国家を亡ぼすんだ。 俺が、もっと早く手を打っていれば…… なんて、思わなくもない。 けど、あれが、最速だと、信じたい。 


 着用しているのは、第一種正装。 白の詰襟と金色の糸で組まれたモールがゴテゴテ付いた上着。 真っ白のスラックス。 足の横に第一王子の証である、青のラインがピシリと決まっている。 いつもと違うのは、サッシュを着用していない事。 抜けるような青のサッシュは、銀盆にのせ、ワゴンに積まれている。


 第一王子の徽章も、俺に下賜された宝飾品も、第一王子を証すべき物は全て銀盆にのせた上で、ワゴンに積んだ。 要はな、もう、第一王子じゃ有りませんって事。 コレを王宮式部に渡せば、晴れて俺はお役御免。 一介の国民、市井の民と成るんだ。 いやぁ、清々しい気分だよ。


 王宮侍女達は、サリーを含めなんだか、とても思い詰めた様な顔をしている。  まぁなんだ。 今まで側にいた王子がその役目を放り投げるような事をしたんだ。 相当に思い詰めるかもしれない。 これは、よく総王宮女官長に頼まないといけないな。


 俺の側を離れても、彼女達は経験を積んだ上級王宮女官。 代えがたい人材で有るのは、間違いないもんな。 さて…… 行くか。


 最後まで、俺の傍に付いてくれていた王宮女官五名と侍従三名を引き連れて、王宮謁見の間に向かう為に離宮を出立する。 離宮の玄関ホールには、離宮を支え続けて来てくれた各部署の者達が通路の両側に並んでいた。


 ん? どうした?


 離宮警備隊長が代表して、俺に言葉を投げかけてきた。



「殿下、この宮を離れられるとの事。 長らくお疲れさまでした。 ここに居並ぶ者達は、皆殿下の本質をよく理解しております。 最後の日まで、我ら一同誠意を尽くし、この宮を護る事を誓います。 思えば、離宮は異常な場所に御座いました。 常に監視の目が付きまとい、殿下に於かれましては、多くの不自由を強いてまいりました事、お許しください。 しかし、わたくし共は殿下の御心の《在りか》を感じておりました。 我々の安全をも王宮に進言された事、この離宮独自の安全策を模索された事、有難く感謝しております。 その殿下が、王族籍を離れると…… 離宮を離れると…… そう、仰いました。 第一王子の責務を全うできなかったと、そう申されました。 しかし! しかし、我らはそうは思いません。 殿下の思し召しにより、この離宮は纏まりを持ち、安寧に御座いました。 この離宮は殿下の王籍離脱を以て閉鎖される事と相成りました。 万感の思いを込め、殿下に奏上いたします。 殿下…… アルクレイド殿下…… 有難うございました。 殿下の行く先に光あらんことを」


「そうか。 皆は、この宮で勤める事に誇りを持ってくれていたのか…… そうか…… ならば、良い。 己が責務を全うし続ける事を、わたしは期待する。 そして、これからも、研鑽を積むことを希望する。 皆の者、今までこの宮を維持し続けてくれた事に感謝する。 皆の行く末に光あらんことを」



 そうか、そうなんだ。 色々とやりたい放題してきたアルクレイドと俺。 そんな俺たちを支え続けてくれた者達には本当に感謝しかないな。 有難い事だ。 前世でこんなスタッフがいたら、あそこまでブラックに成らずともよかったんじゃねぇか? なんて言葉が脳裏をよぎり、変な笑みが頬に浮かび上がる。 玄関の扉の前で振り返り胸に手を挙げ、皆に対し敬礼を送る。


 今までありがとう。 


 すすり泣く声が聞こえる。 清掃担当の侍女だろうか? 頭を下げ震えて、クラウン帽を握りしめているのは厨房長か。 見事な答礼をしつつ、両の眼から滂沱の涙を拭おうともしないのは、離宮警備隊長か。 皆、有難う。 その姿を心に刻んでおくよ。


 アルクレイド……


 良かったじゃないか。 お前を慕う者は居たんだよ。 誰にも愛されていない…… なんてことは無かったんだよ。 見ているか? 感じているか? 心に刻み込むこの情景を。 君の安らかな眠りの一助に成る事を期待するよ。


 敬礼を解き、踵を返し、扉を抜ける。 蒼い蒼穹が俺を迎えてくれた。 いい日和だ。 



========



 王宮謁見の間。 サリーがその場所の状況を先に伝えてくれた。


 国王陛下、王妃殿下が玉座にお座りに成っているらしい。 その傍には宰相閣下の姿。 反対側には王弟殿下の凛々しいお姿もある。 更に、重臣たちの姿も見られる。 内務卿、軍務卿、外務卿、法務卿、財務卿…… 御歴々の方々だ。 なにやら、大層な事だと思うんだ。


 でもまぁ、第一王子の王籍を抜くんだから、この錚々たるメンバーが集められたんだろうな。 とりあえず、先に返すモノは返しておくか。 謁見の間に続く小部屋に入って、扉の傍らに居る侍従と女官に目配せをする。 王宮侍従長と、王宮総女官長が、音も無く近寄る。 式部局の者と一緒にな。 





「総侍従長、総女官長。 私の徽章の一切はこのワゴンにある。 目録を添えておいた。 受け取ってくれ。 式部局に於いて、保管されることになるだろうから、落ちが在っては成らない。 別室に於いて精査される事、推奨する」


「御意に」


「サリー、総女官長殿と同道し精査の確認の補助を」


「いえ、アルクレイド殿下、それには及びません。 殿下付きの上級王宮女官は全て謁見の間に入ります」


「ん? 総女官長、なにかあるのか?」


「ここで、予てより殿下の御傍を務めた女官を退席する訳には参りません」


「……そうか。 陛下も問い質したい事でもあるのか。 まぁ、そう云う事ならば良きに計らえ」


「御意に」





 礼を交わし、その小部屋を抜ける。 いよいよ、謁見の間に入る事になる。 ちょっと、チビりそう。 まぁ、チビりはしないけどね。 謁見の間に入り三歩進む。 そこで、膝を折り手を胸に当てる。 今はどうであれ、俺自身が王籍から抜けるって宣言しているから、最下層の貴族と同等の王宮儀典を俺自身に適用したんだ。


 文武の重臣たちは、何故か息を飲む。 国王陛下はそんな俺を何故かとても、悲しそうに見ていた。 




「お呼び出しにより、臣アルクレイド、罷り越しました」


「ふむ。 直言許可を与える。 近くに」


「はっ」




 国王陛下も心をきめられたか、下級貴族に対しての言葉を口にされる。 そのまま深紅の絨毯を進み、玉座十五歩手前にもう一度膝を付く。 今度は胸に手を当て、深々と頭を垂れる。 沈黙が謁見の間を支配する。 誰も何も言葉を発しない。 いや、発せない。 今は国王陛下のお言葉を待つのみ。




「アルクレイド。 我が国に居らぬ時に、やってくれたな」


「一網打尽にするには、相応に機会を伺わねばなりません。 陛下が国を離れている時が油断もしましょう。 宰相閣下とお指図により、悪しき者共を暗き闇の中より引きずり出しましたまで。 陛下御不在時での所業には、改めまして謝罪申し上げます。 誠に申し訳御座いませんでした」


「宰相から話は聞いている。 麻薬に絡んだ貴族達の一掃は大きな被害も無く終わった。 縛に付いた者達の処理も目途は付いた。 六十四家がその家名を失い、領地も一旦王国に接収する事になった。 財産も接収した。 首謀者とその手先となった十八家に於いては、処刑の断を下した。 随分と風通しが良くなったものよ」


「禁を犯さば、その罪を贖うのは仕方のない事。 此度の擾乱は民に損害を与える前に宰相閣下の采配により留められました。 国王陛下の御威光も陰ることなく、王国に遍く慈悲の心を示されたと、そう思います」


「心にも無いことを…… 此度の擾乱における初動はお前の ” 気付き ” であったのではないか」


「畏れ多きこと成れど、お気付きに成られたのは、王宮薬師院 薬剤局長。 さらには、王宮魔道院、筆頭魔導師殿に御座いますれば、その栄誉は彼らの物であると、そう考えられます。 決して私の ” 気付き ” などでは御座いますまい」


「多くの精鋭が北部南部より合力に応じたと宰相は云う。 犬猿の仲であった二家がこうも協力的であったことは、王国史の中でも稀有である。 二家の蟠りを解いたのは、アルクレイド…… お前だと二家の当主達が云うが……」


「誠にもって、誤解に御座いましょう。 わたくしは、ただ、礼法院に居た二人の者が、互いの家を侮辱し合ったことから、彼等から求められた「決闘」を認めたのみ。 互いに研鑽した己が力をぶつけ合った結果、己の間違いに気が付き、更に心に誓う誓約に思いが至った。 ただ、それだけに御座います。 戯れに、「決闘」を許可した迄。 それについては、既に陛下よりお叱りを受けております。 お忘れでしょうか? 両家の者達が此度の擾乱に合力を積極的にしたと云うのであれば、それは正しく己の誓いを、王国の藩屏たるを誓った事を遵守するために行った行動。 なにも、不思議ではございますまい?」


「……そうか。 判った。 両家には此度の功績により、昇爵を予定しており、両家とも辺境伯位を得る」


「善き事に御座います。 王家、王国の剣となり盾となる家にございます。 より一層の研鑽を積み、王国の安寧に寄与する事に御座いましょう。 御目出とうございます」




 渋い…… 本当に渋い顔をした国王陛下が、プイと横を向く。 視線の先には宰相閣下。 その宰相閣下ですら、俺には視線を合わせていない。 周囲の重臣たちを慎重に見ていた。 重臣たちはと云うと、驚いた表情で、俺を見つめ続けている。 


 えっと? なんだ? これ?


「アルクレイド…… お前がそう仕向けたのか?」


「はて、何のことに御座いましょうや。 わたくしは怠惰で慮外者では御座います故、そのような思慮深い者では御座いません。 それは、十七年余 わたくしを監視し続けてきた 王家の「影」の手により、ご報告がなされている筈。 更に、王宮女官達からも普段のわたくしの行動は総女官長に報告が行っている筈では御座いませんか。 そこに不審な事や、今陛下がお考えになったような兆候が御座いましたでしょうか? 在りはしません。 もし、何らかの報告が在らば、即座に陛下は対応されるはず。 その為の ” 監視 ” で御座いましょう?」


「…………アルクレイド。 では、何故、宰相が度々夜半に離宮を訪れた」


「叱責に御座います。 その点は、まさに申し訳なく思っております。 皆さまもご存じ通り、わたくしの婚約者は宰相閣下の御令嬢に御座いました。 が、わたくしが意思の疎通を怠り、関係性は冷え冷えとしたものとなり果てました。 これは(ひとえ)に、わたくしの不明の致すところ。 彼の御令嬢には、 ” 貴方なんて、産まれて来なければよかった ” と、云われる始末。 全く、わたくしの不徳の致すところ。 それゆえ、何度も宰相閣下は離宮を訪れ、わたくしを叱責されたのです」



 宰相閣下の目が大きく見開かれ、マジマジと俺を見た。 えぇぇ~~ 報告行ってないの? ちらりと、壁際に立つサリーの様子を伺う。 苦渋に満ちた表情を浮かべ、涙を堪えたように俯いている。 はぁ、アレは、報告してないな? 義務違反だぞ? 全く……



「そちは…… 宰相の娘との婚約を…… 」


「以前お話致しました通り、白紙撤回していただきます。 礼法院の卒業を以て、彼女の姿勢が変わらぬままであり、わたくしの資質がこのような物である限り、この婚約は不成立となる。 陛下もお認めになった状況に御座います」


「……変わらなんだ。 変われなんだ、と云う事か」


「御意に。 この様に人望も器も無き者が、第一王子として、王位継承権者であること自体が、この国に不安を撒き散らす事に他なりません。 あの場で口にした事は、全て事実。 外国の公子も外務官も居られました。 わたくしの口にしたことは、覆る事は無いと思われます」


「短慮な……」


「熟考した故の言葉に御座います」




 絡む視線。


 国王陛下の威圧的な視線は、それはそれは強烈なモノだよ。 いや、ほんと、目からビームでも出てるんじゃないかって程にね。 さぁ、早く引導を渡してくれないかな? 多分、それが目的だろ? 王位継承権の剥奪。 第一王子の王籍剥奪。 王国籍くらいは残してくれたら嬉しいかな?


 国外放逐と云う事にはならないと思う。 がっつり行われた王太子教育に、相当の守秘義務を伴う情報もあったからな。 どこかの王領に於いての逼塞か幽閉。 その辺りが妥当だな。 まぁ、此処までやっちまったら、毒杯かもしれないけど、それは、御情けにお縋りするしかないかな。


 あるいは、幽閉先から遁走って言う手もある。 身分が無ければ、王国のどこかでひっそりと暮らすのもありだし、南方や北方、それに西方にもまだ、未開地と呼べる場所さえある。 なんなら、東方に向かって港町で、荷役をしながら暮らしていくのもいい。


 さぁ、どうぞ…… 不敵な笑みが頬に浮かび上がる。 睨みつけている国王陛下が、もはや処置無しって顔で俺を見る。 そして紡がれる、俺への裁定結果。




「アルクレイド。 まずは立て」



 云われるがまま、立ち上がる。 国王陛下と王妃殿下が『玉座』から立ち上がる。 背後に控えていた式部官が何かを捧げ持って来た。 白地に金糸で王国も紋章が綴られたマント?、宝冠? それと、剣? なんだ? どういう事だ?



「第一王子を、いきなり廃嫡には出来ない。 国法をもって、お前の身を処す場合、どうしても行わなければならぬ事がある」


「はい」


「これを」



 差し出されるのは、王太子の証である、マント。 疑問が疑問で、咄嗟のことで理解が追い付かない。 云われるがまま、式部官にそのマントを羽織らされた。 胸の前の飾り紐が止められ、頭に宝冠が乗せられる。


 そう、まるで立太子の儀の様にな。


 えっ? えっ? なんで? どうして?


 混乱に拍車が掛かる俺に、陛下はそっと言葉を口に出す。 



「跪け。 頭を垂れよ」


「…………」



 もう、何が何だか、訳が分からん。 王妃殿下が前に目の前に来た。 そして、国王陛下より剣を受け取り、鞘から抜く。 キラリと刀身が眩く、謁見の間の魔法灯火に反射していた。 呆然とその光景を見詰める俺。 真剣な表情の王妃殿下が、俺の前に立ったまま、その宝剣の峰を俺の肩に当てる。



「この国にその身を捧げ、以て王国の安寧に尽くすか」



 それは、まさしく立太子の義に於ける、王妃殿下の宣誓。 ここで、俺が云うべき言葉は……



「この身、果てるまで、王国に尽くします」



 厳しい王太子教育の賜物なのか、口に出るのは、その言葉。 自動反射的に出る言葉に、自分自身が驚いている。


「王国の民を率い、この国に害するものを排除し、王国の発展に寄与する事を誓うか」


「我が身にある、権能、権益、全ては民よりの預かりしモノ。 王国の未来を切り開き、もって、光溢るる国と成す事を誓い奉る」


「ここに、アルクレイド第一王子を、王太子として立太子したことを宣する」



 トントンと二度肩に宝剣の峰が打ち当てられる。 とても…… とても、重いモノだった。 国王陛下の元に王妃殿下が戻り、宝剣を差し出す。 陛下はその宝剣を受け取り、鞘に収納する。 そして、俺を…… 憐れんだ瞳で見詰めた。



「ここに、アルクレイドが王太子として立太子した。 皆、良いな」



 一斉に膝を付く謁見の間に居た重臣やら、その他、この国にとって重要な人々。 立太子の式次第は、頭の中に幾度も幾度も叩き込まれているから、やはり自動的に次の行動に移ってしまう……


 立ち上がり、陛下の御前に向かう。


 陛下は、俺に宝剣を差し出す。 恭しく、両手でその宝剣を掴み、一旦腰にする。 その姿を眩しそうに見つめてから、陛下は苦し気に言葉を発した。


 これは、式次第には無い。 これは…… これは……



「アルクレイド王太子。 その剣を抜いて、差し出せ」


「…………」



 納得が行った。 今度は何も悩むことなく、云われた通りに剣を抜き、抜き身を陛下に差し出す。 陛下は、差し出された剣を受け取ると、刀身と柄を握り、【身体強化魔法】で体を覆ったのち……



 一気に刀身を折る。



「アルクレイド王太子は、王太子の任にあらず。 よって、この者の身分を剥奪し、廃太子と成す。 余りにも多くの、王家、王国の秘事を受け継ぎし身なれば、その身を王領シュバルツ=シュタット、湖畔のノイエ=シュタット城に置く。


 王太子の誓いは、廃太子となりし後も有効である。 彼の地に於いて、王国と民の為に尽くせ。 爵位は無く、廃太子と称せ。 王領シュバルツ=シュタットは、これを公爵領と同等と成し、以後、廃太子アルクレイドの管轄下に置くこととする。


 尚、廃太子アルクレイドは我が国、王家の籍は抜かれるが、以後準王族として取り扱うこととする。 貴族籍もこの者には与えぬ。 お前を市井に放逐する事は、王家の秘事を市井に流すのと同義。 コレはこの国の王としては看過し得ない。 


 王領シュバルツ=シュタットは、公領シュバルツ=シュタットとなし、領を差配するは、廃太子アルクレイドとする。 準王族と成った廃太子は貴族に有らず。 よって、公領には、王国の法は適用せず。 周囲の王領には、常備軍を配置し、コレを監視する事とする。


 もう一つ。 アルクレイドの伴侶に関しては、王家、貴族院の了承を得ず望むがままとする。 貴族でも平民でも無い、廃太子アルクレイド…… 良く公領を治めよ。 良いな」


「はい、国王陛下。 ご温情誠にありがたく」


「最後まで…… 父とは、呼ばなんだな」


「畏れ多い事なれば」


「皆の者、良いか。 本日只今より、この者を廃太子アルクレイドと呼称する様に。 第一王子としての責務を放棄した、アルクレイドに対する罰である。 以上だ……」



 踵を返す国王陛下。 その口から小さく漏れた言葉が、微かに聞こえた。


    ” 馬鹿者め…… これしか、方策は無かった…… 許せ……”


 ってな。 王妃殿下は、大きな眼から涙を溢れさせ、いつもの見事な感情のコントロールも出来ないようで…… 震える小さな肩を国王陛下にそっと抱かれつつ、謁見の間をお二人で、去って行かれた。


 ふぅぅ~~ 一時はどうなる事かと思ったよ。


 これで…… これで、俺は望んだ様に、王太子でも第一王子でもなくなった。 けど、廃太子ってなんだ? そんな、階位あったっけ? それに、公爵領を賜ってしまったし…… えっと、なんだっけか? そうそう、公領シュバルツ=シュタット だっけか……


 あっ! 糞おやじ!! そこ、側妃様が嫁入りの時に授かったって場所じゃねぇかッ! 公爵領っていっても、広さなんてそんなにも無い、湖沼と森と奇麗な城だけが有名な小さな王領じゃぁねぇか! 側妃様の一件で、誰もそこの領主には成りたがらないって曰く付きの場所じゃねぇかッ!


 ば、馬鹿やろぉぉ~~~


 押し付けやがったなぁ!







 いいか…… それでも…… 





 安寧な暮らしと引き換えに、ややこしい土地を治めるってのも…… なぁ……








 謁見の間を後して、元来た道をさっさと帰る。 行く先は決められた。 あの場の貴族たちは、公領を幽閉場所と思っているかもしれないけどな。 けど、けどな。 国王陛下のお言葉を拡大解釈すれば、王国法の届かぬ公領って事は……  


 この国は一切の掣肘を加えないって事だ。 俺の遣りたいように、公領を維持せよってことだろ? 全部一新して、制度作りから民の安寧に至るまで、俺の一存で構わないって…… そう、受け取れもするな。 つまりは…… 国内国家を勝手に建てても文句は言わないってこった。


 小さくても、一国を任されたって事。


 ――― はぁ、狸親父め。


 この国の内懐に新たな国を自前で作り上げろって? 勝手をした俺に対する、特大の罰ってやつだな。 あぁ、判ったよ。 判った。 大手を振って、この柵だらけの王都を出ていけるんだ。 そんな場所でも、俺の裁量に任せてくれるんなら、頑張ってみるよ。


 あぁ、俺が俺らしい場所を作り上げる。


 まずは、人材からか。


 誰か、来てくんねぇかな?








 きれいに晴れ上がった、蒼い空を見つつ、未来に思いを馳せる。






  ――――― そんな俺は、廃太子。











                          ―――― fin

最後まで読んで下さった皆さんへ。 お疲れさまでした。 色々とフワフワな設定でしたが、楽しんで頂ければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
句読点の打ち方か変なので少し(かなり)読み難いですね。 まず明らかに不要「、」が多過ぎます。 一例として『状況は、だいたい判った。 ならば、付き合うしかないじゃないか。 今を、” 現実 ” として、受…
面白かったです!サリーや離宮の人たちの気持ちになって泣いてしまいました。 素敵な話をありがとうございました。
面白かったです。 ヒエロスやサリー・離宮関係者などの恐らく公領に付いてくるのではないかと思われるような人たち視点も読みたいし、第二王子や侯爵令嬢のその後も知りたい。 ってか、シリーズ化か連載してくださ…
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