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1-私の周囲のだらしない大人達

 初回からブックマークをしてくれた方々に感謝を!

 4月初旬の夕方──窓の外を見て、随分と陽が長くなったと感じる。


 私──珠戸綺美(たまこきみ)は、踏み台をセットしてキッチンに向かう。

 今年で6年生になる私だったが、身長が140cmに届かない所為で、一般のキッチンではサイズが大きすぎて使いにくいのだ。

 ああ……9歳か10歳女子の平均身長だという、我が身には泣けてくる。


 ともかく、私はいつも夕食の準備をしている。

 いや、それだけではなく、掃除や洗濯もやっている。

 他の家なら親がやっていることなのだろうけれど、働きに出ているお母さんの負担を減らす為に、私がやっている。

 お父さんは私が3歳の時に亡くなっているから 、手伝いたくても手伝えないしね。


 まあ、子供が労働していることに対して、いい顔をしない人もいるかもしれないけれど、私は押しつけられてこれらの仕事をしている訳ではなく、やりたくてやっているから、これでいいのだ。

 実際これらの仕事は、元々お母さんの学生時代の後輩である倉守(くらもり)ゆりさんの担当だった。


 当時ゆりさんは就活に失敗して無職だったので、幾ばくかの報酬を渡して、我が家の家政婦みたいなことをしてもらっていた。

 ただ、ゆりさんはあまり家事が得意ではなかったらしく、私は彼女の仕事ぶりを見ている内に、いつしか、


(これは私がやった方がいいのでは? 

 そして私ができることに、お金を払うのは勿体ないのでは?)


 と、思うようになった。

 勿論、ゆりさんにとっては失礼な話なので、直接言ってはいない。


 それから私は、ゆりさんに料理などを教わり、徐々に私が分担する家事の量を増やしていった。

 そして私が5年生になる頃には、ゆりさんが新しい仕事を始めたこともあって、今や我が家の家事は、ほぼ全て私が(にな)っている。

 今までありがとう、ゆりさん。


 しかし、他人がこの事実を知ると、「大変そうだ」と心配する。

 けど、これは私の趣味みたいなものなので、苦には感じない。

 むしろ料理はやっていて楽しい。

 だからサラダに使う野菜を、子供用の包丁で刻みながらも、思わず鼻歌がもれる。


 さて、後はあらかじめ完成させていたカレーを温め直して、盛り付けるだけだ。

 そろそろお母さんに声をかけるか。


「お母さーん、夕ご飯ができたよー!」


 私は、リビングのソファーで眠っていたお母さん──珠戸(けい)に声をかけた。

 その姿は下着同然の格好だったし、髪だって寝癖なのか、細長い房がアンテナのように頭上から伸びている。

 我が母ながら、実にだらしない姿だが、仕事中や外出時はむしろ格好いいと言えるくらいキッチリとしているので、まあ家の中くらいは、だらけていても口うるさくは言わないでおこう。


 それに仕事で疲れているのだろうしね。

 特にここ数日は職場の環境も変わったらしく、いつもよりも忙しくて大変みたいだ。


 そもそも、お母さんが家でだらしないことは、大した問題ではない。

 私としては、もっと困った問題が他にある。


「ふぁ……いつの間にか眠ってた……」


 お母さんは、目をこすりながら身を起こした。

 そして、私の姿を認めた瞬間、


「綺美ちゃーん! 

 いつもありがとうね」


「わぷっ!?」


 お母さんは今まで眠っていたとは思えないほどの俊敏さで飛び起き、私に抱きついてきた。

 身長差が30cmほどあるので、私の顔はお母さんの胸に埋まってしまう。

 ……相変わらず、でかい。


 しかもお母さんは、なかなか私を解放してくれない。

 むしろ抱きしめる力が、強まってすらいる。


 ……息がっ。

 ええい、私を窒息死させるつもりか!? 

 ……というか、胸囲の暴力はやめて。

 親に似ずペタンコの私には、今やこのお肉の塊は嫉妬の対象でしかない。


「もぉ~、お母さん苦しいっ!」


 心も苦しい。

 私は全力でお母さんを引き剥がした。


「え~?」


 と、お母さんは名残惜しそうだったが、私はあなたの抱き枕じゃないのだよ。

 この必要以上にスキンシップを取りたがるお母さんの性質が、私にとっては悩み所であった。


 正直ちょっとウザイ……。

 勿論、お母さんが嫌いな訳じゃないのだけどね……。

 でも、愛が重いです。


「お母さん、カレーとサラダを盛り付けておいて。

 私はゆりさんにカレーを差し入れてくるから」


「あ~い」


 間延びしたお母さんの返事を後頭部に受けつつ、私はプラスチック製の保存容器に詰めたカレーを持って玄関から廊下に出る。

 目指すは、このマンションの同じ階に住んでいるゆりさんの部屋だ。

 ゆりさんの部屋の前に辿り着くと、私は呼び鈴を押してからしばし待つ。

 いつもゆりさんが出てくるまでには時間がかかるし、時には出てこないこともある。


「……また寝ているのかな?」


 と、思っていたらドアが開き、中から美人ではあるが、栗色のくせっ毛が目立ってちょっとだらしない印象がするゆりさんが出てきた。

 着ている服もジャージだ。

 なんとなく、お母さんの後輩だというのが納得できる。


「ゆりさん、カレーを作ったから持ってきた。

 夕食はもう食べた?」


「あ~、綺美ちゃんありがと。

 これから寝るから、明日の昼にでも食べるよ」


 と、ちょっと疲れたように答えるゆりさん。

 彼女はなにやら作家をしているらしく、いつも締め切りに追われて、昼夜逆転も当たり前の不規則な生活を送っている。

 なんだろうね? 

 私の周囲の大人は、ちょっとだらしない人ばかりなんだけど。


「お礼に今度、先輩に内緒でスイーツでもおごってあげるね」


 でも、優しい人だ。

 だから私もサービスを欠かさない。


「うん、じゃあその時は、さくらちゃん()も誘った方がいい?」


「是非に!」


 私が友人のさくらちゃんの名前を出すと、ゆりさんのテンションは急上昇した。

 彼女は姪っ子のさくらちゃんを、凄く可愛がっている。

 それこそ過剰なくらいに。

 こういうところもお母さんの後輩だなぁ……と、私は内心でちょっと呆れているのだが、ゆりさんが切っ掛けでさくらちゃんと友達になれたのだから、感謝もしているのだ。


「それなら、明日学校でさくらちゃんに会えると思うから、話しておくよ」


「うん、さくらによろしく言っておいてね」


「分かった。

 それじゃあ、容器は次来た時に回収するから、それまでに洗っておいてね」


「はーい」


 どっちが大人なのか分からなくなるようなやりとりを終え、私は部屋へと向かう。

 その足取りはちょっと重い。

 家に帰ってご飯を食べたら、お母さんにあのこと(・・・・)を聞こうかどうか迷っている。

 急いで解決しなきゃいけない問題って訳ではないのだけど、そろそろハッキリさせた方がいいような気もするし……。


 ……どうしようかな。

 珠戸綺美の名前の由来は「卵の黄身」ですが、「やがて孵化して、未来に羽ばたく」という壮大な意味が込められていたり。そして母親の恵は「鶏→けい→恵」という感じで名付けています。

 倉守ゆりは、漫画版にもまだ登場していないキャラで、小説版先行登場です。漫画では姪のさくらの方が先に登場します。

 それではまた来週~。

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