第十七話 気絶
クラリシアの背後を風のように通過し、容易く後方へ転がりながら折り重なって静止する。
「お兄様!」
「大丈夫、ですか……? ジーク様は」
「わかりません……!どうすればいいのでしょうか? エルッジさん!」
一弾指の表情の変化、不意の出来事に治癒魔法を解除してしまう。
惨状に大粒の涙を流して混乱に陥るクラリシア。行動不能で治癒も完璧ではない彼に、打開策を訊く彼女だがエルッジの痛ましい姿を改めて視界に映した途端、冷静を取り戻して謝罪した後、行動を起こそうと試みる。
「エルッジさん。移動しましょう」
「いえ、クラリシア様だけお逃げください。私を囮にして。どうか、国のために……」
「でも……!」
泣き叫び、優し気な顔に涙を落とす。
「私の、私の命が王女のためになるのなら、構いません」
「やめてください……!お願いですから……!」
『ギャアアアァァァ』
「はっ……!」
涙目で空を見上げるようにして前方に視線を移すと、目前に異色な松葉色をしたゴブリンがいる。
多数に取り囲まれ、容赦なくこん棒を振り下ろされる。
恐怖からか、悲鳴を上げるクラリシア。先手の打撃はクラリシアの脳天に命中し、気絶したと同時に声は一瞬で途切れた。
間近でその一部始終を目にしたエルッジは、憤怒し、唸り声とともに行動不能な身体を無理やり起こして、クラリシアの側に猫背になって脇腹を抱えながら、立ち塞がる障害となった。
「このお方を殺させねえ……絶対になァ!」
ゴブリンは薄気味悪い笑みのような表情を浮かべると、全方向から一斉に距離を詰めて突撃する。
その光景を前に、彼は痛みを堪えながら両腕を広げて、片時もその場を離れず障害となった。
「よく言った!エルッジ!」
が、そこへ大鳥の如く上空から金髪をなびかせ、高速落下するジークの姿があった。
頭部から多量の血を流す彼だが、もろともせずに愛剣ファルシオンを右手に振り上げながら左手をゴブリンに向けてかざして、魔法陣を展開。火魔法を発動させる。
「【火魔法・発動 ファイヤウォール】」
手元の魔法陣は鮮明な赤色に染まって、中心から渦を巻いて火が噴射する。
飛距離を伸ばしてゴブリンのいる地点まで到着すると、自動的に円を描いて火の壁がエルッジとクラリシアへの攻撃を妨害。
先陣を切ったゴブリンは瞬く間に燃え上がって灰と化した。
さらに、取り込むゴブリンたちを外周から次々と蹴散らしていく人間の姿が二人、エルッジの視界に入った。
特徴的な淡青色に爆発とともに閃く無数の光弾と剣。唸り声とともに放つ拳。
エルッジとクラリシアの窮地救ったのは、折り重なって吹き飛ばされたはずの三人だった。
そして、上空から落下するジークはというと、予め身体強化された身体でゴブリン一体を足元に、そのまま急速落下。
着地のクッション次いでに強烈な蹴撃が炸裂、そのまま足掛かりにして再び蹴り、エルッジの元へ。
安否を確認するが、依然として気絶したままのクラリシアを前に、ジークは地面を繰り返し踏みしめるて憤りを露わにする。
「僕の逆鱗に触れたこと、後悔させてやる……。よくもクラリシアに危害を加えたものだ」
「すみません。ジーク様」
「二人とも無事でよかった。ありがとう、妹を守ってくれて」
「とんでもない。ありがたき、お言葉」
「じゃあ、引き続き頼んでいいか。クラリシアを守ってほしい」
「はい。喜んで」
その矢先、彼らへの猛攻は止まることしらず、牙を剥き出しにウルフが複数で突撃を開始した。
透かさず反応したジークは対抗。身を翻して攻撃を回避した後、振り向きざまに首元目掛けて剣を振り下ろした。
容赦なく迫り来る死の瞬間を、次々と消し去っていく。まるで息を吹き返したような猛攻だった。
さらに、外周から優花とフルトによる怒涛の攻撃で、ゴブリンやウルフは急激に数を減少させる。
その勢いに呑まれそうになる現状に、ゴブリンやウルフは危機感が生じたのか。一部、撤退を始める。
「どういうことだ……?」
エルッジから疑問がこぼれ出た。
その唐突な行動にを前に、ジークは好機と言わんばかりに斬撃を放つが、透明な壁に遮られ剣が弾かれる。
そして、一部から始まった撤退行動は波紋のようにその影響を拡大させ、殺意にまみれた行動の数々は止み、敵対していたジークや優花、フルトたちに見向きもしない。
想定外の出来事に唖然しつつも、目を覚まさないクラリシアと側にいるエルッジの元へ各々が駆け寄って合流した。
互いに疑問を共有するが、だれ一人として答えには辿り着かなかった。
「まるで人形を見ているみたい……」
「そもそも、人間を襲うのは食らうためだったり、縄張りだったする。だから、命を投げ捨ててまで行動を起こすことはないはず。もう行動理念に反してる」
「へえ、そうなん、だ……――」
身体が左右にふらついて、違和感のある動きを見せるフルトは声を途切れさせながら、その場にフラッと倒れ込んだ。
「おい、フルト!」
容姿は徐々に元へ戻り、【獣化】は解けてしまった。彼の身体は脱力した状態で、立つのもままならない。
激しい戦闘を強いられた結果、心身ともに彼は疲弊していたようだった。
「ごめんよぉ。立ち上がれなくって。魔獣だって魔物だって怖いし、ずっと我慢してきたけど。さすがに限界だ……まともに動けない。ごめん」
さらに、威勢のいい性格も元に戻り、大口を開けてあくびをする。
「いいさ。無理させて悪かった。フルト」
「うん。しばらく、休ませてもらうよ……」
そう言い残すと、身体を大の字にして目を閉じると、一弾指の如く完全に眠りについた。
その姿は、子供のように躍動感のある体勢で寝相は悪かった。
瞬間的に爆睡を始めるフルトに、皆で驚愕の顔を浮かべた。
「うっそぉ……僕、こんな人初めて見たぞ。世界記録なんじゃないか? 寝る速度も、寝相の悪さも」
「まあ、仕方ないよ。正直言って私だって、ああやって寝たいよ。私もあんなヤツらと戦うの初めてだもん。なのに、身体が妙に軽くって。それになにより、まだ終わったわけじゃないし。あの巨体が二つ、自分の目の前にいるってなると……ねえ」
「確かに」
だが、余裕のある時間などわずか。そう再び理解させるような光景が、振り返れば現れて視界を覆いつくした。
撤退したゴブリンやウルフは、謎多き巨大なゴブリンやウルフとともに進行。
その後、一定の距離を保った状態で、両者は相手方の動向を探るように一切の行動を起こさない。
魔獣・魔物側は殺意を孕んだ鋭い眼光を放ち、物事を俯瞰してみる巨大で圧倒的。牽制という言葉が最も適切といえるほどの覇気と膨大な魔力を纏っていた。
一帯の空気はそれに感化されるように揺動。それには優花やジーク、エルッジの全員が、ともに直立不動。
――だったのは、ほんの数秒。その後、容易くその呪縛のような状態から唯一抜け出したのは、エルッジだった。
身体が硬直している優花とジークだが、彼らの視線がエルッジのいるほうへ揺れ動く。
「助けたい気持ちは山々ですが。あいにく、特異能力でしか解除できないもので。他人に施せるほど便利なものでもない。そして、あの眼光は魔力を纏っているのでおそらく、集団で成す能力によるもの。なので眼光をどうにかすれば、この状況も改善できるかと。幌馬車に吹き飛ばされたときは散々でしたジーク様。それに優花の嬢ちゃん。まさに、潮時を迎えるとき。さあ、ここからは現在この国で最強な俺の、本領発揮だ……」
そんな意気込む彼の手は、淡灰色の魔法陣が展開されて収納魔法が発動。大剣を取り出すと、魔法を解除させて収納空間を閉じ、大剣を構えた。




