第十四話 救助
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人並外れた脚力で地面を蹴り、飛躍。ローブを強風になびかせながら、デットは滑空してこの場を去った。全身を電流のように走る激痛。
特に背部は酷かった。起き上がって背もたれにしていた地面の割れ目を確認すると、血まみれの身体の輪郭が地中に投影されたようになって、背部の全体に渡った傷だとわかる。おそらく痛々しい背中に多量の土が付着しているはずだ。想像するだけで震えが止まらない。
当然、あの獣の姿をした男との戦闘で負傷した箇所は、背部だけではない。身体の隅々にまで傷はある。
俺は、デットに借りを作ってしまった。
「とりあえず。わけのわからんヤツ。使ってみるか」
あの男から受け取った、この回復の水薬なるもの。
相手はグロマだと思われる人間。正体不明確で、素性のわからない男からもらったものは本音を言えば、抵抗しかない。信用ならない。
だが、満身創痍の状態で優花たちの元へ行っても、足手まといになるだけだ。
俺は半信半疑のまま仕方なく、デットに教わった通り、細々とした装置が取り付けられた片側を口にくわえて、もう一方に親指をおうとつにはめ込むように置き続けながら持った。
その瞬間。一秒も満たない速度で『認証』と、機械的な声が発せられると、微量の魔力を親指から吸収されて装置が起動。円筒型の瓶一杯に入った回復の水薬が自動的に徐々に押し出されていく。
少しずつ口に含んでなんとか飲み干すと、口元から取り出して親指をおうとつから離した。
呼吸を止めていたせいか、半信半疑で騙されていたらと考えていたせいか、妙に呼吸が不安定だった。
しばらく呼吸が整うのを待つ。
その間で、身体を走っていた激痛が治まっていることに気付いた。
その証拠に、身軽な感覚で全身を動かそうにも痛みは襲ってこない。そのうえ、戦闘前に遡ったみたいで気力に満ちている。視界で確認できる限りでも、傷口は一切見当たらない。
唯一、被害が残ったのは至るところが裂けた羽織物ぐらいだ。
「今まで、疑いすぎたのかもな……人を」
グロマだからというのは変わりない。これからも、俺の対応は変わらない。警戒心を怠らず、彼らの発言に疑念を常に持つ。
だからといって、個人の人格そのものをグロマと同一視して疑うのは間違いだ。そう気付かされた。
俺は頭を片隅にそれを記憶し、今は優花たちと合流することだけを念頭に行動する。
潜在能力の効力はいつの間に失われていたため、改めて発動。
割れた地面から這い上がってなんとか地上に足を突くと、平原の地に突き刺さる神剣と極神剣が視界に映った。
俺は思わず慌てて剣二本の元へ駆けつけ、即座に地中から抜いて損傷を確かめる。
「よかった。無事だった……」
パンテラに釘を刺されている以上、破壊や紛失するような事態は避けたい。
極神剣は特異能力が使えないし、持久戦を考慮すれば二刀流は使いにくい。
それに体力や精神的な消耗は極力抑えて、不測の事態に備えるためでもある。地下の不穏な魔力が、その不測の事態だ。
放置していいのか。はたまた、処置することになるのか。判断すらつかない今は、備えが必至だ。
俺は剣二本を一振りし土を払った後、極神剣を収納魔法で取り出した鞘に納剣。収納空間に戻し、神剣を右手に持って足を進ませる。
記憶と風景を照らし合わせながら優花たちの元へ向かうが、遠目で戦闘を確認できた。
先のデットという男の背後と着色した魔力が視界に映り、空間を圧するような戦闘を繰り広げていた。
だが、眼中にない。
「【爆風】」
神剣を垂直に振り下ろし、足元にて発動。
強風に晒されながらも飛躍して、その後は降下のたびに左右のどちらかへ身を翻して特異能力を発動させる。その繰り返し。
遠目でしか確認できない激闘は、わずかに視界の中央を侵食し始めている。距離は確実に縮まっている。
◇
一人が戦場を駆け抜け、圧倒的な力を解き放って魔獣のウルフ、魔物のゴブリンを蹴散らしていく。尋常ではない数的不利。その数は三桁に及ぶ。
平原の一部を魔獣・魔物が埋め尽くす中、その大群へ向け広範囲の斬撃を仕掛け、着々と戦力を削いでいく男の姿があった。
大剣を振り回し、一振りで長距離かつ直線状に存在する魔獣・魔物が、跡形もなく消え失せていく。
衝撃波に乗せた魔力は直後に一瞬、青紫色に着色するも時間はわずか。すぐに脱色し、魔力は衝撃波に溶け込んで戦場は荒れ狂う。
そこへ四人の少年少女が、強化魔法によって強化された身体能力で、疾風迅雷の如く戦場に駆けつける。
先陣を切って大群と男の元へ向かうのは、美しく滑らかな髪質で華やかな狐色のポニーテールが特徴的な少女。その後続には、鮮やかな赤紫色に染まった髪色をするロングヘアの少女に、光輝な金髪で視界を遮らない程度の髪型に整えた少年、同じく金髪でセミロングの少女、そして淡黄色の獣毛を激しくなびかせる獣人の少年。彼らはペースを乱すことなく足を進ませ、手の届く範囲内で展開させ集団となる。
閃く鮮やかな淡青色の片手長剣、淡い黄緑色の宝石が埋め込まれた光沢を帯びる白銀のガントレット、幅広で大地をも切り裂くようなずっしりとした片手剣、手元に展開される真っ新な魔法陣、手ぶらながらも肉体という強靭な武器。
各々で魔獣・魔物から視線を離さない。
「ここから二手に! ジークとクラリはエルッジさんの加勢。私と優花はその間に大群の元凶を討つ!」
「お兄様。今度こそは」
「……ああ、もちろん。やってやるさ。この瞬間のため、この国のためにも。ここで残らず葬り去る。僕のファルシオンで」
「サリス。私たちで、なんとかしよう」
「もちろんよ。こんなところで全滅しちゃ、クエストの先で待つ人々も救えない。なにも救えないまま終わるのは不本意! 絶対に死なない。死ねない!」
「そうだね……。私も、死にたくない」
一瞬だけ俯きはするが、可憐な顔とともに気力に満ち溢れた勇ましい表情が浮かぶ。
そして前方に幌馬車一台と、大群の外周を控えた地点まで到着。
大群の一部といえど草花の鮮やかな色は、ゴブリンやウルフの姿に埋め尽くされて、一人戦闘を続ける男の姿は見えない。大群のすべては強大な魔力を放つ一人の男へと、注意が向いていた。
その隙を突き、幌馬車まで俊足で移動する。
背後の陰に隠れて周囲の様子を窺い、先行して優花とサリスが幌馬車の荷台の防水布を捲ってどける。
その途端、「ヒイッ!」と声を上げて怯えながらうずくまる男の姿があった。
装着した鎧は粉々に砕かれ
荷台の奥には横たわっている男がもう一人。右手を失い包帯が巻かれ、全身は深く無数に傷つけられていた。深手を負って、戦闘不能。完全に満身創痍な状態。
声の一つも上げずに荷台で安静にしていた。激痛に耐えているのか、横たわっている男の息遣いは異常に荒い。
「大丈夫です。人間です。助けに来ました」
「え……?」
うずくまった男は間抜けな言動とともに、優花とサリスを眺めながら見上げる。
確認に時間を要したのか。石像のように身体は停止するが、男の涙からは徐々に大粒の涙がこぼれ出る。
「あ、あ、ありがとうございますッ……! ほ、本当に……本当にッ」
「当然です。それよりも、避難を開始しましょう」
「優花、その避難。私が引き受ける。最短距離にあるメスクの町で、《魔法診療所》っていう、一風変わった商売をしてる腕の立つ魔法師がいるの。本来は国教の関係上、教会で魔法師団の治癒魔法師が治癒を施すんだけど。『宗派の関係や無宗派の人のために』って、知り合いが経営してるところだから、すごく信頼できるわ。詳細な位置も知ってるから、転移魔法でなんとかできる」
「わかった。お願い。さあ、立って避難しましょう」
「お、おぉ……」
迅速に対応し、避難の準備を始める。
サリスは足音を立てずに荷台に乗ると、横たわった男の元まで移動。うずくまっていた男は、優花に促されて屈みながらサリスの近くまで移動する。
確認した優花は、幌馬車の陰に隠れていた三人に詳細を説明すると、全員が深く頷いて陰で戦闘態勢に入って大群の警戒を一層に強める。
説明を終えた優花は再び幌馬車の荷台に戻ると、顔をぴょこっと小さく出して腕を曲げて頭上で円形を作り出す。
丸、準備完了の合図。
それを目にしたサリスは、足元の男二人が転移できるようにと魔法陣を展開させ、強化魔法で拡大。転移魔法を発動。
「【空間魔法・発動 ワープ】」
強風とともに、魔法陣は彼女らの身体を呑み込むようにして転移させる。
その光景を前に安堵の息を吐いた。
が、それも束の間。
幌馬車がバキっという異音とともに、突如として粉々に粉砕し、強風によって優花の背後へと吹き飛ばされる。
優花の目前には幌馬車はもちろんのこと、木片すら余すことなく消えて、跡形もないその陰で警戒をしながら身を潜めていたジーク、クラリシア、フルトの姿は――。
「え……?」
消えていた。
まさに、一瞬の出来事だった。




