第十三話 スピリト・デットズ
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深淵のような濃紺な髪色と瞳。穏やかな眼差しをする青少年。
彼の前には警戒心を見せる少年が深手を負って割れた地面を背に凭れている。痛々しいその姿で、起き上がることもままならない様子。だが、精神的支柱は折れず、心身は伴っていなかった。絶望の色は感じ取れない。
「不都合って――」
「ん? あぁ、気にしなくていい。そこで大人しく、身体の回復に勤しめって。ほら、これをやるよっ」
腰回りを探り出し、なにかを手に取る動作を見せると、深手を負った少年へ放り投げる。仕方ないと言わんばかりに少年は従って、瓶を片手で受け取る。
手元には、黄緑色のほのかな光を放つ細長な円筒型の瓶がある。その一方には内部が細々とした装置が取り付けられ、もう一方に楕円形のおうとつが存在して指の腹ほどの大きさ。瓶自体は少年の手と同等の長さ。
渡された少年だが使用方法がわからないのか、変わらず警戒心を解かぬまま青少年へ訊く。
「これは?」
「それは魔素水薬って呼ばれるやつで、有識者じゃねえから詳しいことは知らないが。言い換えるなら《回復の水薬》ってところだ。使い方は、装置の内蔵されてるほうを口につけて、反対側に親指をおうとつに置き続けながら持つ。
んで、指紋が認証されたら飲める。飲み干すまで離さないように。ここでは貴重だから大切に使えよ。俺はちょっくら落とし前をつけてくるだけで、お前に危害を加えるつもりは毛頭ない」
「敵とはいえ、ありがとう。名前は確か……」
「おいおい。もう忘れたのか? 《デットズ・ファル・インスペード》だよ。ま、ミドルネームもあって長いから《デット》でいい。じゃ、またな。お仲間のところへ早く向かえよ」
略してデットと名乗る青少年は、ローブを強風になびかせ少年に背を向ける。
穏やかな目は一転し眼光炯々な目で、ある一点を凝視する。
彼は激闘の痕跡が残るこの場から、驚異的な脚力で地面を蹴り、大鳥のように飛び立った。
身体は急上昇を続け、やがて頂点に達したところで平原の上空を降下する。
恐怖による轟音が常時耳元を流れ、長時間支配する。
デットの着用していたローブは帆のようにして激しくなびく中、全身の覆うほどの黄緑に煌めく巨大な魔法陣が展開され、無口頭で発動。
降下していた彼の身体は安定し、浮遊。
加えて突拍子もなくローブの素材が変化を遂げたように、強風の影響下で一切なびかない。ローブは翼へと化ける。
それにより、デットは耐空性を確保し解除しない限り滑空を継続できる状態になった。
(よし。ローブの硬質化や問題ない。ってことはあの兄弟の影響はない。幹部といえど大した力は分け与えられていないってことか。ったく、あとで『お前の部下が暴走した』って説教が必要だな。これじゃあ本末転倒じゃねえか)
彼は地上にある亀裂の入った地面に沿って滑空。
上空から索敵の目を光らせ、視線を全方位に向ける。
しばらくして、亀裂の途切れ目で動くなにかを発見すると、躊躇なく斜角をつけて降下を開始する。
「潜在能力、身体強化を発動」
周囲の魔力を瞬間的かつ多量に吸収し、間髪入れずに空中でひと蹴り。
波状に衝撃波が生まれる。
デットの降下速度に拍車がかかり、猛烈な勢いで加速する。
彼の目前には徐々に増長する人間の姿がある。
彼が見つけたなにかの正体だ。
だが、関わらず降下を継続して軌道の修正をする気配はない。
彼の顔色に蒼白の二文字はなく、殺意が込められ歪んだ意味となった笑みを浮かべている。
「計画の障害になるヤツはなぁ……殺すッ!」
結果的に彼は降下の減速をせずに衝突して着地。
轟音が唸って、地表は衝撃によって広範囲に渡り影響を被り、無数の土塊が大量に宙を舞う。
着地後の数秒間、宙を舞った土塊に淡い橙色の魔法陣が展開。
空中で土塊が粉々に粉砕すると、魔法によって土質が変化を遂げ、強固となり鋭利な刃具に変貌。
青紫の着色した魔力を纏い、雨と化して降り注いだ。
「【土魔法・発動 ソイルレイン】」
土製の刃具が向かう先。
それは着地の衝撃で横転し続ける人間、獣毛を纏って人間離れした獣のような姿をする男だ。
「チッ……!」
刹那――。
攻撃対象となった男は土製の刃具を認識。
地面を蹴って空中で跳躍、と同時に身を翻して視界を背後に移動させる。
多方向からやってくる刃具の切っ先へ反射的に両手を広げ、張り上げた声で対抗策を講じる。
「【土・制御】」
獣男の全身から青紫色に着色した魔力が土製の刃具に放たれ、獣男とデットの魔力が攻防を繰り広げる。
刃具は停止するか否や左右に激しく揺動する。
唸り声を上げ、抵抗。
自身の魔力と一体化するように、獣男は両手を広げながら抗拒しながらも身体は独りでに後方へ押されていく。
それでも、わずかな時が経つことでデットの魔力は完全に劣勢となり、多方向すべての空中に存在する土製の刃具は制御を失い支配され、獣の男による制御の元、地へ叩き落される。
土埃が舞って瞬間的に視界を覆う。
「くっそ。厄介――なっ……!」
土埃を見越した行動か。デットは土埃より風穴を開けて獣男の目前へ突撃。
腰を引いて唸り声を上げ、流星の如く双方の拳が青紫の魔力を纏って衝突。
肉体と魔力による競り合い。互いの魔力は接触面から波状の水面波のようになって、多量に分散して激闘を物語る。
そのたびに、彼らは周囲の魔力を吸収し続け、なおかつ拳に供給して威力の維持を継続する。
「はああああぁぁぁぁ――!」
獣男が唸り声を上げ一心不乱に抵抗するが、デットはそれを横目に、小さくため息をついて悠然としていた。
やれやれと、首を横に振って呆れた表情を見せると、無口頭で収納魔法を左手に発動。
収納空間から戦闘用カーボンナックルを重厚にした殺傷能力のあるグローブを取り出し、装着した。
手の甲や関節、指先が純白の素材によって保護され、露出してしまう箇所は亀甲模様で黒一色に覆われている。グローブ全体には天色に煌めく電子回路が張り巡らされ、デットが魔力を吸収すると同時に光輝に包まれる。
デットは拳を瞬間的に脱力させ競り合いを回避。相手方の拳を見失った獣男は、足がおぼつかないまま前方に誘導される。
その隙を突いてから俊敏に回り込み、膨大な魔力を取り込み纏わせた左手で――
「【強拳】」
拳撃を放つ。
鈍音が響き渡り、それを発端に魔力による圧力が拳に生じて、巨体の獣男は天に昇る土煙を上げて後方へ轟音とともに吹き飛ばされる。
「よくもまあ、俺の――いや、俺たちの邪魔をしてくれたな。人間ごときがッ」
深いため息をつき、憤慨する。
それに対し、吹き飛ばされた獣男は大小の傷を負いながらも口を開いた。
「貴様は、だれだ……?」
「おいおい。俺を知らねえとは……。名乗る義理はないが、これだけは言っておこう。俺は《ファル》の付く者だ」
簡潔に名乗るデットに、獣男は身体を小刻みに揺動させ脱力したように呆然と立ち尽くす。
「なん、だと……?」
「その反応、やっぱ知ってんじゃんか。なあ、《幹部階級》にして俺の持ち込んだ《土属性魔獣・ツチグマ》の遺伝子改造を受けた実験体。お前の名は確か……アルヴァス・カルトンとやら」
「なにを言っている……?」
「『なにを』って。言葉の通りだ。獣人でもなければ、平穏に時を過ごす商人だったのに、社会的地位が低いあまり罪を着せられ、底辺に叩き落された。挙句の果ては、我ら犯罪組織グロマにその身を売った。社会では外見に反して堂々とはできず、常に地面を向いた生活で一時期は奴隷に堕ちた。そんな人生――楽しかった? どうだった?」
デットの言葉の数々を耳に入れるアルヴァスという獣男の瞳は、徐々に曇り出し生気を失ったような目になり言動が機械的に変化していた。
「苦痛の日々で死にたい……です。が――」
「うん、わかった。バイバイ」
「え……?」
「【精神・死迫】」
その刹那――、アルヴァスの全身は不意に魔力とともに爆散。
肉片や鮮血が四方八方に飛び散って、自生する草花を紅く染めていく。
彼の存在は、消失する――。
しばらく、間が空いた。
ため息を吐き、雲行きの怪しい上空を見つめる。死人のように気力の消失したような目をして。
「……随分とまあ、面倒な世情だこと。歴史は、繰り返し過ちを犯すのか。圧倒的な優劣が人間社会で確立され、命を軽視し、身の保証はされない。一歩でも外に出れば魔獣が蔓延り、陸海空を支配している。未知なる魔力という力に溺れ、成長が乏しい。神が創りしこの世界は不安定だ。神とともに踏む地でありながら、彼ら自身も不安定。神の眷属アオハラジンヤ、お前はこの世界を――どう見ている? 俺はお前に何度でも意を問いただそう。必ず最善の未来を選んでくれることを願って……――」
溶け込むように音となって消えていく言葉の数々。
決して前向きと見受けられない猫背の体勢になると、地面を蹴って上空へと飛躍した。




