第十一話 退け
本当に人間か。と思わず存在を疑いたくなる。
異常なほどに肩を突き上げ、目は熊のような小さく丸まった目になって、爪は伸び、人間なら口元から出ていないはずの犬歯が急激に伸びて鋭利な状態になっている。たださえ図体が大きかった男の身体は、戦闘態勢になって一旦四つん這いになると、魔力を使ってさらに巨大化。人並み外れた筋肉量は男の強さを体現しているようだった。
一見して小さく丸い目は可愛いようにも思えるかもしれない。でも、その目には確かに殺意が孕んでいる。殺意が加わっただけで、一見を問わず恐怖がやってくる。
そのせいか。胸部から心臓の鼓動が、やけに鮮明に聞こえる。
俺は本物の熊にすら遭ったことはない。でもなぜか。目の前にいるのは人間ではなく、巨大な熊だと。勝手に認識していまいそうになる。
向かってくる圧力は、俺に備わった積極性が削がれていくようだった。
にしても、今回の戦闘には気を配ったほうがいいのかもしれない。様子からして武器などの使用は眼中にない。白兵戦ではないことは定か。可能生とすれば魔法戦か、肉弾戦。正直言ってあの肉体で魔法戦を行うとは思えない。予想外もあるかもしれないけど、多くは長所を活かした戦いをするはず――。
そうなってくると、距離を詰めるのは命取り。それに最悪の展開になろうと、かろうじてリーチはこちら有利。それでも断然、距離は保つ。なるべく余裕を持っていたい。緊急クエストのためにも。
「さあ、さあ。どうすれば興奮するシュチュエーションになるだろうな。首を絞めて気絶、いたぶって気絶、恐怖で気絶、脳天打ち付けて気絶かぁ。いや、脳天だと気絶通り越して死んじゃうかぁ。あぁ――でも。本音言うと俺、殺したいって思ってるんだよねぇ。お前の素性や目的は知っている。俺だって幹部だ」
「幹部…てことはレアスと同じ」
「あぁ。あのクソ真面目で腹立たしい野郎とな。あんなのと一緒にされては困るが、まあ階級は同じだ。って今はそんなことどうでもいい。俺は成果が欲しいんでねぇ。やっぱ、時間稼ぎよりも――無力化一択だ」
「そうかよ。お前みたいな強欲なヤツのことだから、俺を無力化したところで優花たちを狙わないわけがない」
俺はこいつを見てると、苛立ちが抑えきれなくなる。軽視している以外の目が、この男には備わっていないかのよう。欲にまみれて他人への侮辱。最低としか言いようがない。
「ほう。よくわかってんじゃん。王族と神の眷属を人質に世界との交渉材料にできる。あのお方がそう利用されなくとも使い道がないとは限らない。目当ては様々、快楽道具としても役に立ってくれそうだぁ」
「低俗だ。これはお前なりの駆け引きなんだろうけど。でも…お前の発言聞いて、人が道具だって言われて、黙ってるわけないだろ!」
俺は男の言葉で、込み上げてくる感情をありのままに吐き出して言葉にしていた。俺の表情は他人にしかわからない。けど、自分の言動には自覚がある。想像がつく。だからわかる。
俺は今――。
「俺は今、お前に怒りを覚えた!絶対にこの先は通さないッ!」
「威勢のいいことだッ!」
地面を蹴り上げ跳躍、身体強化した身体で駆け抜け、男との距離を保って円を描くようにして走り続けながら攻撃に移行するタイミングを見計らう。距離は目測で十五メートル前後。
男は俺の動きに合わせることはなく、戦闘態勢になってまだ一歩も踏み出すことなくその場に留まっている。男の行動が予測できない。こうなったら先手必勝。魔力調整。出力は百パーセント。範囲攻撃。
無限に湧き続ける魔力を空気中から吸収、手元に集め、取り込める限界を超える勢いで吸収する。その間も足を止めずにひたすら距離を保って円を描きながら駆け抜ける。
男は俺の起こした行動に気付いたのか、保っていた体勢を変えて拳を天に突き上げると、俺と同様にその突き上げた拳に魔力を集め始めた。
それも驚くことに、青紫の奇怪な波模様が肉眼で見えた。感覚からして一致するのは魔力。肉眼で見える着色した魔力だ。
魔力が気になるところだけど、男も同じように相手の出方を窺っているのかもしれない。まあ、だからといって男の行動に警戒して手元を止めることはない。先に魔力吸収と魔力調整の妨害をして攻撃を封じることが先決。
俺は不言実行すべく集め終わった魔力を神剣へ。持ち替えて剣先を下方に向け、そのまま地面に突き刺す。
「【爆風】」
足元で強大なエネルギーを放出させる爆発が起き、それとともに無数の風刃が備わった爆風が発生し、この場に吹く強風に乗じて勢いを増し、無数の風刃は残像をも視界に捉えさせない速度で瞬く間に広がっていく。無数のうちの複数が、男の身体を捉えた。
が、その瞬間に風刃はガラス細工のように粉々に粉砕して、輝きを放ちながら散っていき消滅した。遠目で見る限りは無傷のようで一切、狼狽える様子は見せない。
先手は無意味に終わった。
だが、諦めるわけにはいかない。次なる一手を――と。再び魔力を空気中から吸収しようとした矢先、男が魔力集め終え、天に突き出した拳を地面に向けて放った。
人の握力では割れるはずのない地面に、遠目でもわかるほどの広範囲かつ巨大な亀裂が生じ、その勢いは衰えることを知らず。
時の流れを感じさせない速度で、俺の足元それ以上の距離にまで到達。亀裂はその規模を増し、土砂を噴出。優に俺の身長を超える高さまで土砂が飛んでいく。
空へ向かって飛んだ土砂は、その瞬間だけ風力・重力の影響を受けなくなり、空中で停止した。土砂一つ一つに魔力が込められていて、魔力による作用か。形も成していなかった土砂が、細長く立体的なひし形に変形、角が刃と同様に鋭利になって殺傷力が備わった。
この周辺一帯で同時に起こった出来事。土砂が宙を舞った量は、目の前に見えている景色を埋め尽くすまでに匹敵した量だった。
そしてその量すべてが、俺へと向けられている。いくら強化された身体でも耐えられず絶命することくらい容易に想像できてしまう。
ただ、幸いなことに土砂であることには変わりないはずだ。いくら風力の影響は受けなくとも、俺の爆風には魔力が含まれる。少なくとも影響がまったくないわけでもないはず。
俺はこの状況で即座に考え、導き出した対抗手段は一つしかなかった。
「【爆風】」
反射的に魔力を集め始め、魔力量は百パーセント。範囲攻撃で発動させた。
爆発と爆風、風刃。その三段階の攻撃で、次々と殺傷力を備えた土砂を破壊することができた。広範囲に渡ってその効力が発揮されたものの、その範囲に限度が生じた。この場に強風が吹いている理由も一理あるけど、結果的にすべてを破壊するに至らなかった。
それでも、確実に数メートルか良くて十数メートル離れた距離にまだ点在している。
「フッ。悪あがきがッ!」
「このッ――――」
「【土鋭弾】」
そう叫んだ男に反応した鋭利な土砂が、無数で全方向から銃弾のように高速で飛んできた。
すぐさま魔力を集めるため、危険な状況から意識を逸らして集中。できる限りの速度で俺は魔力を吸収していく。瞬く間に範囲攻撃の出せる魔力量が溜まって、余分な思考もする間もなく、再び特異能力を発動した。
が、その発動までの過程で、すでに数個の鋭利な土砂が俺を捉えていた。そのほとんどが腕や脚に刺さって一つは、最悪なことに右の脇腹を貫通していた。
それでも、その後から飛来する鋭利な土砂は、【爆風】の起こす三段階の攻撃で砕け散った。と完全にはうまくいかず、複数個は破壊できず、わずかに避けてなんとかその場を凌いだ。
負った傷は明らかに重傷。一瞬にして自分の容態は最悪になった。刺さる際の激痛を感じ取ってたまらず、地面に刺さる神剣を支えにしてなんとか耐えようと試みる。
怪我による恐怖か、それによって生じた焦りからか。呼吸にすら余裕が持てなく、過呼吸になりながらも自分を落ち着かせようと必死になった。
気付けば、刺さっていた土砂が形を保てなくなって崩れ落ち、傷口が鮮明に見えるように。そして出血を止めるものがなくなり、鮮血を垂れ流す。最も酷い脇腹は風穴が空いた状態になった。
そんな光景になにを思ったのか。男は無慈悲にも笑い出した。
「クックックックッ…必死そうでなにより。そのような惨めな姿を晒す神の眷属は初めて見たぞ。基盤となっている通常の身体能力がいかに低いかがよくわかる。力に頼りっきり。なんて情けない」
確かにその言葉は俺の心に深く突き刺さった。
正直なところ、俺のこの力にわからないことがある。というのも、神界で読んだ書物で魔力関係とあって神剣に関する内容も読んでいた。
その書物によると神剣は通常、長い年月を掛けて身体と適応していき、所有者に合わせて進化していくとのこと。
が、俺の場合は正反対で、わずかな時間で俺と適応して特異能力を使えるまでになった。今まで起こった物事のほとんどは書物の知識が通用した。
俺は明らかな例外だった。
かといって、それがいいと結論付けることはない。男の言う通り。俺の基礎的な身体能力は、この世界にとって水準以下なのかもしれない。実際、元いた世界でも俺の身体能力に関していいとは言えない。特に持久戦に限っては確実な話だ。
それを証明するのはこの異世界に来て今に至るまでの出来事が教えてくれている。今になって振り返れば、相手のほとんどは俺ほどに険しい顔をした人はいない。体力が有り余っているように見えた。
力に頼っているのは確かだった。
だからといって、今ここで改善できることはできない。だったら持てる力すべてを出し切って応戦するしかない。
この世界に来て起こった出来事のほとんどは、課せられた試練のようだった。今のこの瞬間も乗り切るしかない。限界を超えなくては。
俺は負った傷など眼中に入れず、男を退けることに必死な思いで、それを原動力に痛みに耐えながらも、地面に突き刺していた神剣を抜き、歯を食いしばって構えた。
「抗う意思が消えないねぇ。まったく、そんな重傷負って――懲りないヤツだ。そんなヤツほど、いたぶるのには持って来いなんだよなぁ。あぁ、興奮するなぁ!」
狂った感性を口にしてすぐ、男は猛烈な勢いでこちらへ突撃。距離が詰められていく。
もう、相手のアドバンテージは確定した。早急に退いてエルッジさんや、優花たちの元へ向かいたい。
次の斬撃に懸けて臨むしかない。だったら――。
俺は、収納魔法を発動して極神剣を取り出して抜刀。身体強化の能力のおかげで辛うじて二本の剣を持っているが、いつ腕から力が抜けるかわからない。
「これで終わらせる!」
「寂しいこと言うなよッ!」
俺はすぐさま取り込めるだけの魔力を一心不乱に集めて、決死の覚悟で迎え撃つ。
「【合体増強・爆風】」




