表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々の世界と因縁のペンダント【加筆修正中・更新休止】  作者: 海斗
第一章  死による出会いと別れ
9/121

   第五話  懸念と転生


     ◇


 一本の大木が立つ中庭を囲む、白妙(しろたえ)の二階建て集合住宅。外廊下の中庭側に、一定間隔で石柱が立ち、平行して一方位ずつ、数枚の玄関扉が並ぶ。


 甲高い足音が静寂を破り、存在を色濃くしていく。


 音の主は、容姿の幼い女神のハイヒール。大海のような静穏の碧落を、柱に凭れて一度見上げる。

 幾分かは眺めるも、しかめ面で歩き出す。延々と独り言を吐き、唸り声を上げる。一時だけ深呼吸を挟むも、再び口先が多忙を極める。

 そこへ二種目の足音が接近し、女神の前で途絶えた。


「おや。こんなところでなにを? パンテラ」

「ん? あっ、あぁ……アレアドス」

「大丈夫かい?」

「うん。平気」


 破裂音ながら、複雑な発音の言語が飛び交う。

 パンテラの記憶の中で、最も印象深い文芸の神、アレアドス。群青色の長髪で、髪を後ろで結んでいる。


 至って控えめな態度であり、冷静沈着な佇まいが、彼の性格を表しているようであった。

 彼女の記憶では、自分が度々助けを求めると、救いの手を差し伸べる親しい神だった。


「そうか。では、私は用事があるから。これで……」


 様子に対する一切の詮索もせず、パンテラを避けて通過する――寸前で、服の袖をパンテラが引っ張った。


「なんだい?」


 勘づいたアレアドスは抵抗せず、その場で静止する。


「アレアドス。少し、私の相談に付き合ってくれないか?」


 パンテラの質問に、アレアドスの表情が弛緩(しかん)する。


「そうか、やはりね。君の『大丈夫』には、毎回のように心配させられるよ。思い悩んでいるのなら、包み隠さず言えばいいのに。遠慮は時に、自分を苦しめるよ」

「ご、ごめん……。私の悪いところだ」

「察せない私にも問題はあるし、構わないさ。特に今回は、すぐ打ち明けようとしてくれたからね。さあ、悩みとやらを話してごらん」

「ありがとう。頭が下がるよ」


 パンテラは、彼への揺るぎない信頼があり、促されるがまま従った。


「その……前に話した、私の眷属のことなんだけど。一応、今日来たんだけどさ。気掛かりなことがあって……」

「ほう……、というと?」


 アレアドスは眉根を(ひそ)め、顎を触る。


「今は私の部屋にいて、男女二人なんだけど……」

「そうか。それだけ聞いても、一気に二人だから。十分恵まれていると思うけど……」

「それは、そうなんだけど。男の子のほうが、なんか気掛かりで……。人間以外の気配を、うっすら感じる。感覚的にいえば、今まで感じたことのない気配。しかも複数」

「えっ。気配、複数……」

「いや。今思えば女の子にも少し、違和感があった気がする……ほんとに微細な程度だけど……」

「なっ、なるほど……」


 アレアドスは驚愕の二文字を、表情に浮かばせる。


「気掛かりなのはまだある。男の子が持っていたペンダントもなんだ。使用されている鉱石がどうも、うちの世界のものっぽくて……」

「うーん……正直、パンテラの言う気配というのはわからない。ただペンダントに関しては別だ。詳しく解析する必要がある。盗品の可能性が高い。今すぐにでもと言いたいが、盗品が史実を語る代物なら、独占と見做される可能性もある。今は慎重に機会を見定めよう。目を付けられるのは面倒だからね」

「そうだよね。今、持ちきりな話題と言えば……」


 パンテラは記憶の土壌で、要所を掘り返す。

 必ず知り得る歴史――神界や異世界含め、その天地を誕生させたのは、創造神などの神々。しかし、実在したという事実の痕跡は、発見されていない。


 神と人間の世界を作ったとされるが、正確にはわかっていない説話でもある。

 創造神が健在だったとされている世代は、《第一世代(ウラルス)》並びに《第一・五世代(クロルス)》。現世代は次世代となる《第二世代(ゼオルス)》と、すべて訳されたうえで世代ごとに呼称されている。


 第一世代は世界創生のため、力の行使で半数以上が消滅し、この世界から消えた。生き残った少数の神全員が記憶喪失。初期化されたような状態となった。

 そして一年の時も刻まないうちに同じく消滅。


 神界に第一世代は所在なし、第一・五世代は退身。今や若き第二世代に託されている。創造神の存在に至っては、存在の有無が神々の間で論争状態にある。


「――っていうけど、果たしてどうなのかなぁ」

「まあ、時が過ぎるのを待つしかない。その間に彼は成長するだろうから、自ずと判明するかもしれない」


 憶測の域を破った真相解明は、アレアドスがいてもなお叶わなかった。パンテラにとっては、仕方ないと割り切る以外なかった。


「アレアドス、聞いてくれてありがとう」

「いや、こちらこそ。こんな悩みを一人で抱え込むのは良くないからね。この世界のためにも。情報は共有するものだ」

「そうだね」

「うん。では――」


 一貫して沈着なアレアドスは、立ち去り際、鼻息じみた笑みを置いていく。勇気づけられたパンテラは、聞き逃さずに小首を傾げた。


「珍しいな……」


 彼女としては、珍貴な一面だった。だが、パンテラにとっては、眷属二人が最重要だった。

 彼らの歩む未来が曇らないことを切願していた。


 彼女は仁也や優花に起きた過去のすべてを知らない。だが、彼らが死に至った経緯だけを知っている。

 彼女の思考は不安と心配に駆られて支配されていた。

 だが、覚悟の表れた二人の姿を脳裏に浮かばせた。

 そして彼女は、己の愚かさと矛盾に苛んだ。


「ジンちゃん……ユウちゃん……」


 項垂れ、握り拳を作り、下唇を噛んだ。

 彼女ただ独りの外廊下は、静寂が息を吹き返していた。


     ◇


「――……できた!」

「わ、私も!」

「おお。ホントだ! すごっ」


 優花の掌に、紅色の平面図形――いや、魔法陣が展開される。小さな火の玉が幾つか出現し、観覧車のように器用に回る。

 パンテラが去ったあと、情勢関係の書物を読破。合間を縫って体を動かし、貰った剣の感触を確かめていた。


 段階が早いことに、途中で記憶に刻まれた詳細が、少し開示された。技の習得にも努めて、時間の感覚はとうに失っている。

 ひたすら読み続けていく中で、魔法習得のための魔法書(グリーモワ)も発掘した。これに興味が湧かないわけない。感動的で、便利って点でも強い印象があって、手を付けていた。


 最初見た「収納魔法」を含め、夢中になって様々な魔法を覚えた。サナさんとナナさん曰く、すべて初歩的な魔法。

 基礎的な知識として真っ先に叩き込まれたのは、魔法属性八つ。火、水、木、土、風、光、闇、無。


 魔法名は異世界言語の一つらしく、言葉が理解できない。今は文字を記号、発音は単なる音という認識でしか、頭に刻まれない。しかも違和感が残って、若干気持ち悪い。

 この言語に関しては、いつか覚えることになるかもしれない。


 そしてなにより、魔法の種類が多すぎる。世間一般に公開されたのもあれば、個人のみ使用する魔法もあり、種類は無限大。

 魔法の発動条件は魔力だけでなく、発動者の体力や想像力も必要になると。

 

 それに加えて、発想を魔法に組み込むことで、新たな魔法を生み出せる。画期的に思ったけど、効果の内容だったり、一から創るうえでは、代償が支払われる。うまい話はないということか。

 まさしく、欲と恐怖の競り合い。


「さーて。そろそろ終わりにしよ」


 とりあえず様々な本を読破し、魔法も身に付けることができた。

 俺たちは散らかった場を片付け、ようやく終わったころで、空間が歪み出す。


「どうだい? 進捗のほうは」


 そう言って、軽やかにパンテラが現れた。優花は真っ先に、パンテラの元へ駆けつける。


「私は完璧だよ、パンテラ。あとは異世界に行くだけ」

「そうか、真面目だねぇ。可愛いいぃぃ」

 

 興奮して()でるパンテラは、優花の両手を握って、高速で上下に振る。続けて優花もパンテラの容姿を可愛らしいと、褒めて感情を共有していた。


 後光が差している、なんて神聖的な感じよりか、親しみが第一にある。そういう意味では、光り輝いている。っていったほうが当てはまる。

 現にそれが、性格やら様子やらで、よくわかる。


「よっし。ユウちゃんがいいなら、きっとジンちゃんもオッケーだね」

「その考え方、そのうち悪用されそうで心配だけど……、俺も問題ないよ」

「『悪用』ってのいうのは、心外だなぁ。有効活用だよ」

「ええぇぇ」


 ホント勘弁してくれえぇ。


「冗談だって。そんなことはしないよ。それじゃあ、さてさて。話を移しましてとっ。とりあえず、二人が終わったなら、次で最後だ。服装、変えるよっと」


 指を高らかに弾いた途端、頭上から大量の白い煙が落ちてきた。一瞬で俺たちを呑み込んで、立ち籠めた数秒後には視界が晴れた。

 返せていなかった手鏡が、すでに手元に用意され、覗き込んで服装を確認する。


「お、おぉ!」

「す、すごい……」


 制服だった格好は白い長袖のシャツに、淡い茶色のズボン。影付きの、細く短い曲線を描いた、黄緑の羽織物に着せ替えられていた。靴は灰色で、履き心地から底のクッションがわかる。


 羽織物に関しては、胸の位置に輪っか型の金具と、フックのある短い鎖が片側ずつある。繋ぐことができて、肩掛けするときに安心。

 それもこれも、戦うことを視野に入れているみたいで、全体的に衣服の伸縮性が抜群。かなり動きやすい。

 優花の服装は俺と同じように、デザインは控えめながら可愛いらしい。


 膝上の見える短い焦げ茶ズボン、長袖の白シャツ。羽織物の背景は藍色で、青白い星が描かれている。


「おー、ジンちゃん意外に似合うねえ」


 冷やかしのような言い方で意地悪くも、可愛げがあった。

 こういうときは、小さい子を相手しているように思える。


「『意外に』とは?」

「さーてね」


 上機嫌で笑みを隠し切れていない。いじる頻度は、隙あらばって感じだ。


「これで服装もオッケー、だね」


 もらって置いたままの小型リュックは、覚えたての収納魔法へ。優花はすでに、仕舞ってあり抜かりない。

 必要最低限は、収納空間に入れておいたから問題ない。初歩魔法の中でも、使う頻度が多そうな優れた魔法だ。


「パンテラ。じゃあ、これで全部――ってことだよね?」

「まあ、そうだね。で、それと――……」


 なにを言うのかと思えば、膝を突くように言われた。

 突然のことで不思議に思いつつ、従った。すると、俺たちの頬に手を当てて、満面の笑みを見せた。


「頑張れっ」


 そうだ。これからは生まれ変わった自分で、生きていくことになる。

 苦難ばかりかもしれない。頑張ろう。


「ありがとう、パンテラ」

「頑張ってくるね。パンテラ」

「あぁ、頼んだ。二人の健闘を、期待しているよ!」


 俺たちの肩を軽く叩き、パンテラは指を弾いた。

 その瞬間、強烈な睡魔に襲われ、誘われるように床へ倒れた。


 瞼はそっと降りていき――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ