第九話 エルフェとフェルド
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増幅、拡張、を繰り返し、より強大になっていく。深淵を目撃しているような暗色に染まった淀みのある巨大な球体が、密かに空中に現れている。すでにその大きさは家屋を優に越え、人知れず球体の成長は止まることを知らず、その成長速度の異常さが目視でも確認できる。
その球体が空中を浮遊しているのは、スダキリ山の山頂。その山頂には人影が二つ。
「なあ、まだかよ。アイツらは」
「アイツら、とは?」
理解に乏しい反応を示した高身長な青髪の少年と、対して応答が予想外だったのか。表情を歪ませ、不機嫌そうになるもう一人の低身長な緑髪の少年の二人。
高身長な少年は今もなお成長を止めない球体と、目と鼻の先。手を広げて腕を伸ばし、意識の大半を浮かぶ巨大な球体へと向けていた。
その手元には見えるはずのない魔力が、寒色に染まった状態で少年の手元に出現しては、そのまま球体へと吸収されていく。
「確かに魔力集めてる状態で話しかけてんのは悪かった。だが、その反応は見過ごせねえぞ?念頭にないのかよ」
「あるさ。冗談で言っただけ。でも、エルフェくん。キミはまだ僕より五歳下だ。敬う気持ちっていうのは、キミに芽生えないものかな?」
「うせぇわ!そう言うならお前だってそうだろ。フェルド!」
低身長の少年をエルフェと呼んだ高身長の少年は、片手を球体へと向けたまま魔力を流す作業は止めずに、身体半分をエルフェへと傾けた。視線はエルフェに向き、意識もろとも完全に球体から離れているが、特に焦る様子もなく続けている。
高身長の少年でフェルドと呼ばれた彼は、エルフェに対する態度を指摘しながらも、改めない様子のエルフェに深いため息をつくと毅然とした態度で口を開いた。
「あぁ。あの神の眷属の話?確かに、僕はまだ十四。人生経験は未熟。年齢はあちらのほうが上だろう。が、神の眷属であるアオハラジンヤ。彼のほうがこの世界に住む人間としては未熟だ。戦闘においてもね」
「けっ!」
「キミ、本当に九歳?」
「うっせ!俺はただの子供じゃねえ。天才で最強だからお前と同様に選ばれたんだ」
「はい、はい……――で? アイツがどうのこうのって……?」
「だから。いつ来んのって――」
と、話し始めた矢先、彼らの背後に暗闇を作り出した残像のようなものが二つ現れ、同時に跪いた状態で体格のいい鍛え上げられた肉体を、上半身からさらけ出す坊主の半裸男と、一目見ただけでわかる妖艶さが特徴で風情のある衣服を着た妖しい女が現れる。
「来たね」
「おっ。タイミングいいな」
「はっ!指示通り、災害級魔獣が収容された魔牢の移送を完了しました」
男が気力のいい報告を行うと、続けざまに女も口を開く。
「その数分後には早速、標的が襲撃に遭いました。フェルド様による『不感不可視の魔球』により、ご予定通りに事が運んでいる次第でございます。僭越ながら、ご指示いただけますでしょうか?」
単調に話す女は、半裸男とともにより深々と頭を下げて、指示を仰ぐ。
「そうか。指示ねぇ。予定だと、災害級がいるから時間は掛かるだろうけど。どうする?フェルド」
「――なら、麓にある港町にでも待機してて。まあ、退屈しないと思うけど、くつろげはしないだろうね。この魔球があるから」
「「はっ!承知いたしました!」」
球体に魔力を送りながらも笑顔で答えるフェルド。忽然と現れた男女は彼の言葉に意を示すこともなく、そのまま指示を受けた男女は再び残像のような暗闇を発生させると、その姿はもう消えていた。
見届けたエルフェとフェルドは、再び球体へと意識を向ける。が、今度はフェルドから口を開いた。
「エルフェ。正直、僕はここでアオハラジンヤを葬りたい」
「あぁ、俺もそうしたい。でも、あのお方の計画がそんなことで台無しになるのは最もあっちゃいけないんだ。てか、誰かさんが『成長楽しみにしてますよぉ』なんて言ってたけど。まったくもって期待できないんだけど。初対面から経った時間、月日とも言えんわ」
「それは…こちらの把握不足。役目がこちらに回ってくるとは思わなかった。まさか、下級のバファナらが、神と手を組んで身勝手に行動しているとはね。元々、獣人の一件に関してあのお方の予定を狂わせているというのに。まあ、細かな問題だから大した影響をあのお方には与えていないだろうけど。どちらにしろバファナらが動いている件はまだ危うい。そちらに神の眷属の意識が向かないことを祈るだけだね」
「けっ!これだから欲深い人間は」
「そう言うけど一応、僕らも人間だけどね」
「いや。もう俺らは人間じゃない。確実に高次元にいる」
「はい、はい。この話は終わり。エルフェは軽く運動して身体温めるとかして、テキトーに暇を潰してくれ」
「あぁ。そうだな。暇でしょうがない」
「よろしく頼むよ。今は気長に。そして時が満ちたらそのときは、解放しよう」
そう言ってフェルドは意識と視線を球体へと向ける。一方のエルフェはというと、球体とフェルドから距離を置いて、しなやかな動きとともに一人。自分の世界へと入っていた。
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重なり合った声とともに、俺たちはエルッジさんが向かってであろう最終目標である頭首らしき巨大なゴブリンとウルフの討伐へ、全員が身体強化を行ったうえで向かった。
今だ吹き荒れる強風はさらに激しさを増していき、空模様は最悪。日差しがさしにくい状況。天候は一行に改善する気配がない。焦りに拍車を掛けるようだった。
とにかく、迅速に対処するには細かな状況把握が必須だ。
「なるほど。ゴブリンとウルフの群れ――妙ね」
「そうなんだ。不自然に思う点がある」
全員に俺が視覚で得た限りの情報を伝えた。それに対して真っ先に反応したのはサリスだった。続いて優花たちも頷き始めた。ただ、フルトに関しては知識・経験ともに俺たちより浅く、脳内で恐怖と勇気がぶつかり合って葛藤しているようで、走りながらも口にしていたほどだ。
そんな中、ジークの漏れた一言で懸念が飛び交う。
「なるほど。魔獣・魔物が……」
「ジーク。やっぱこれって、また例の連中じゃない?」
「かもしれない」
「でも、一切、姿を見せてませんよ?」
「間接的にってことじゃないか?自分の手を汚さずにやるあたりはグロマの仕業って考えられる」
「でも、そうなると。また仁也が狙い?」
「優花、その可能生は高いわね」
「なるほど。むしろ都合がいい。ついで調査も行える。俺を狙えっての。暴いてやる」
「あぁ。でも、ここで仁也を狙う意図がわからない」
「確かに。お兄様のご意見はごもっともですね」
標的が自分だということは確かに納得できる。でも、もしまた俺が狙われているのだとしたら、他の冒険者は巻き込まれた形になる。そう思うと心苦しくてたまらない。
他人まで巻き込む必要性は一切ないはずなのに。だから本当は優花たちとはこれ以上いたくない。俺が狙われる理由は曖昧でまだ理解の範疇にないのが事実。
でも伝えたところで結果は見えている。王都での内戦の一件や、フルトの一件。すでに二回、命の危機に遭って、おそらくこの瞬間も危機に遭うことになる。
それなのに俺といる。フルトやジーク、クラリは国王陛下による命令や処罰だからいるだけだから、本心では嫌々なのかもしれないけど。それでも、身の危険のある俺の側にいてくれるだけ、ありがたいと思える。そして当然、サリスや優花にも――――。
「仁也、大丈夫?」
「え?」
自分の世界に入りこんだ俺を引き戻すように、優花が俺へ心配の声を漏らした。全員が一定の間隔で走っていたけど、いつしか優花が俺と並走する形になっていた。
「いや、仁也の顔が暗いように見えたから。なにかあったのかなって――あっ!もしかしてさっきの?」
「あ、ぜ、全然。確かに情が出ちゃったところもあるし、光景自体、いつ見ても慣れるわけないけど。大丈夫だよ。今は魔獣・魔物を倒すことが最優先だし」
「そうだね。私もあんな光景は見たくないけど。私たちの世界とは違うって、なんとか吹っ切ってる。死んでしまった人たちのためにも、がんばろ?仁也」
「おう」
優花の励ましはどこか自分の支えになっている。この世界全土を探し歩いても、最も親しい存在というのは優花しかいない。こうやって励ましてくれる優花には、感謝しかない。とても前向きになれる。
俺は優花という存在に大きな力を感じた。




