第八話 戦場へ
飛行状態から降下に切り替え、剣先を地上に向ける。急激に目前に迫り来る地上と、自分の落下のタイミングを見計らって魔力を操作、クッション性を意識させた単体攻撃止まりの最高出力の五十パーセントで特異能力を発動させる。
「【爆風】」
爆風で落下速度を瞬間的に無くし、数メートルほどの高さから身体強化された状態で着地した。その影響で砂埃が舞って視界を覆ったが、場所が草原で大して邪魔にはならない程度で済んだ。手始めに、冒険者を助けないと。
時間の問題からゴブリンやウルフの討伐を真っ先に行いたかったが、それよりも負傷した状態で今もなお戦っている冒険者を助けるのが最優先。
彼らを上空から見たとき、最も被害の少ない最後尾辺りの幌馬車にいた。ゴブリンとウルフに包囲された状態で、力尽きるのも時間の問題。予断を許さない状況。
優花たちは、すでに近距離にいたため、状況を完全に把握しつつあるはず。優花たちの元へエルッジさんを転移させることができれば、体力温存に時間短縮が望める。
「【爆風】」
再び地面に発動させ上空へと一気に飛躍、飛べる限界高度に到達後に落下し始める身体を固定するため二種の魔法を発動。
「【風魔法発動 オートブロワー】」
「【操作魔法発動 コントロール:キープ】
遮蔽物のない平原は強風が吹くため、その風を利用し、さらに風魔法で推進力を高めて、操作魔法で身の回りの一定の範囲を制御して支えてもらって身体がその場で固定される。
本当はグロマのレアスが使っていた風魔法を使ったほうが手っ取り早いが、どうも仕組みがわからないうえ、見よう見まねでやっても魔法の効力などに問題があり不安定。視覚だけでの分析には限界があった。
ただ、自分で魔法を創作するうえでは、効力などの心配はないことを神界の書物で学んだ。真似る以前に自分が作り上げる魔法は自身が一番理解している。魔法は創造物で、真似ることより、新たに自分で生み出したほうがこの上ない。基本的には真似ないことが成長に繋がる。
「魔法ほど便利なものはないよなあ……」
と、思わず魔法への感心に気を取られながらも我に返る。即座に優花やその後続にいるエルッジさんの位置を把握、俺がいる上空の真下、転移場所の地上を鮮明にイメージする。
優花たちやエルッジさんは常に動いているため、いつもの静止画ようなイメージだと転移魔法が対象を見失ってしまうので数メートル前方の地点を記憶し保ち続ける。
さらに予め魔法陣を記憶した二カ所と、真下のイメージした地点の地面に一つずつ展開。計三カ所の展開した魔法陣は転移させる人数に合わせて強化魔法で展開範囲を広げておく。
こうして自分を対象から外れたうえで、転移魔法を発動させる。
「【時空魔法発動 ワープ】」
展開した魔法陣はこちらに駆けつけていた優花たちとエルッジさんの足元で発動が行われた。俺は疑われる心配があったが、全員とも魔力に生じるわずかな特徴を感じるだろう、と信じて発動させたが、なんとか全員が魔法陣に入ってくれた。
「よし。早く状況を知らせないと」
全員が転移したことを遠目で確認できたが、その後はわからない。それどころではなかった。
先に行使し、発動状態にある二種の魔法は、強制的に解除された。転移魔法に魔力を使用したせいだ。それに、即席の魔法でイメージを具現化するのに魔力や体力は多く消費する。器用でもなければ、別の魔法を発動している俺は、魔法の効力を保つのは不可能だった。
爆風で再び着地しようと思ったが、付近には優花たちがいるから。発動できない。転移魔法も必要なイメージに時間を取られて発動できずに終わる。
「これ、マズい……!」
最終手段。瞬間的に覚悟を決め、とっさに脳内に浮かんだ手段を実現するため、簡易的にイメージ。
迫る地面に向かって手を広げ、発動宣言を、口にした。
「【水魔法発動 ウォーターカラム】」
正面にある地面に魔法陣が展開されると、中心から水が溢れ出てて魔法陣を覆う状態になった直後、展開された魔法陣から天に登る勢いで大量の水が噴出。俺の身体を飲み込むと、一瞬にして落下速度と競り合いを始める。その競り合いで落下速度が俺から失われるのは早かったものの、このまま水の勢いに飲まれて再び上空へ上昇するのは本末転倒なので、すぐに水魔法は解除し、再び重力に身を任せた。
結果とすれば、落ちることに変わりなかった。身体強化してるからいいけど――――。
「いやああああぁぁぁぁ」
今、爆風をクッションにできない。魔法を発動する余裕はさっきで使った。もうあとは……。
恐怖とともに覚悟する。もう今は、身体強化した状態で落ちる自分を信じるだけ。俺は覚悟を決めたものの、覚悟の裏にある恐怖で思わず目を瞑ってしまう。
上空へ向かっていく風の流れを数秒ほど肌で感じていると、空中で身体が回転する平衡感覚が脳に伝わってきた。おそらく背が地面と対面している。
覚悟を決めていた俺は、その予想外の事態に焦りを感じて瞑っていた目を開けると、平衡感覚の通り視界にはいつの間にか雲行きが怪しくなっている大空が広がっていた。やっぱり向きが変わってる。
「耐えろ、オレぇぇぇぇぇぇ!!」
大声で恐怖を紛らわせる。
視界に映っている大空はみるみる遠ざかり、さらに視界の隅から顔を突き出す山々。最後に平原が一部だけ見えたところで、背後から胸へ心臓が飛び出るような衝撃を感じる。
その瞬間、気道が潰れるような息苦しさに襲われ、呼吸音が一瞬だけ途切れた。それも束の間、息を吹き返すように途切れた呼吸が際立って聞こえ始めて聴覚を支配した。
俺の身体は必死に呼吸を始め、胸部が大きく上下に動く感覚が伝わる。
時間的な事の流れを気にする余裕はなかった。呼吸するのにただ必死だった。胸が張り裂けそうで、痛みを抑えて落ち着くことにしか頭が回らない。
ただ、幾分か時間が経つと呼吸音が落ち着いて激しく胸が動く感覚もなくなり、平常になっていることに気付いた。
「うぅ……どこに落ちたんだ……」
と、辺りを確認すると自分のいた地点がわかった。最も被害の大きい俺たち後続にいた幌馬車二台が、俺の近距離で横倒しになっている。周辺には燃えカスとなった布や木が落ちて、灰と同然になっている。焦げ臭い匂いが鼻の奥を刺激して不快でしかない。
そしてなにより、その幌馬車の周辺には見るに堪えない人の姿が視界の端で映っていた。
手足を引き裂かれた人もいれば、首なしの胴、原型を留めていない虫食い状態の死体も見えた。
ここは上空から見たときはゴブリンやウルフの目から離れていた。襲われる心配はないけど、死体が周辺に転がっていて気持ちが楽なわけない。
と、悲惨なこの場を目の当たりにしてすぐ、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。方角的に幌馬車の最後尾がある方角。
上空から落ちる際、強風で落下地点が少しズレた。
「おーい――仁也! どこ――…って仁也! みんな、仁也がここに」
「よかった。なんとか見つかったか」
「仁也さん!ご無事で!」
「じんっやああぁぁ!無事でよかったぁぁよぉぉぉ!」
「たっく。エルッジさんを転移させてといて。空見上げてみれば、危うく死にかける仁也の姿が見えて。忙しないんだから」
優花を先頭に、ジーク、クラリ、フルト、サリスの順番で俺の元に現れた。
「ごめん。気をつける」
「まあ、今までを見る限り仁也は今後もまた、トラブルの渦中にいそうだけど」
「おい。トラブルメーカーみたいに言うな!」
と、謝ってなんとかみんなを一安心させようと思っていたが、結局のところサリスの一言で場に笑いが起こってしまった。
そんな中、エルッジさんの姿を見ていないことに遅れて気が付いた。当然、放っておくわけもなく。真っ先に安否確認のため居場所を聞く。
「それはそうと、エルッジさんはどこ?」
俺の疑問に大きく顔色は変えることはなかったが、微笑しながらジークが答えてくれた。
「あぁ…それが、『任せとけ』の一言でゴブリンとウルフに襲われている他の冒険者を助けに行った」
「え、みんなはそれで納得なのか?」
「いや、全員で最初は止めたさ。でも、途中から諦めた。彼はちゃんと名誉に等しい強さを持っている。だから、ゴブリンとウルフに真っ向から突撃して初手から早々蹴散らして、今もまだ戦ってる」
ジークは呆れ顔でそう言うが、数の暴力を前に『蹴散らす』をジークに使わせる状況にさせるエルッジさんは、ジークの言う通り相当な力の持ち主なのだろう。
ただ、それでもこちらとしては加勢したい。
「よし!俺たちも――」
俺は意思表示をしようと口を開いたが以心伝心の如く、同時に各々で収納魔法を発動させて武器を取り出しり、拳のみのフルトは軽く構えて戦闘態勢に入っていた。
「私は、先読みできるわけでもないけど。今までの仁也を見てそう言うだろうなって思ってた」
「正直、僕たちが勝てる見込みなんて経験浅いから全くもってわからないけど――」
「全員、やる気はあるわ」
「ええ、当然です」
「ぼ、僕は、まあ…魔獣が強そうだし?正直、勝てる気がしないから乗り気じゃないけど?それでもやっぱ人情に背く行為はしたくないし?頑張るだけだし」
と、みんなが俺の意思表示を代弁するかのように、揃って魔獣・魔物との戦いに意欲を示した。
そんな中で、最後のフルト発言が嫌々ながらで、魔獣への恐怖を隠そうと強気で、言動から密かに恐怖がにじみ出ているのがわかった。フルトって顔に出やすいタイプか。
「フルト。膝が震えてるぞ?」
「え?そ、そんなことは……ないけど?」
「大丈夫か?」
「しょ、正直…大丈夫じゃないです……」
「素直か!」
俺は思わずツッコミを入れてしまうと、この場に再び笑いが起こった。心が踊っているようなこの気分
に乗じて、そのまま俺も立ち上がり、この場に落下した際に手元から離れて、傍らの地面に突き刺さっていた神剣を適当な力で引き抜く。
「さて。いっちょ、押っ始めようか!」
俺の張り上げた声に続き、五人それぞれの気力の籠もった大声が、この強風吹き荒れる平原の周辺に響き渡った。




