第七話 残された猶予
「おい、仁也のボウズ!なにをボケッとしてる!」
「え?」
一瞬にして恐怖に支配された俺を、呼び戻すかのように聞こえたエルッジさんの声。間抜けな声を出して情けなかったが身体はその思いに中々、応えてはくれない。
「え、じゃない!仲間がやられてるんだ!恐怖なんて忘れちまうんだよ!こうしてなッ!」
そう言って俺の背後に回ると背中を勢いよく叩いて衝撃と痛みを俺に食らわせた。突然のことで受けきれず衝撃で前屈みになりながらも踏み止まる。それには思わず怒りがこみ上げてきた。
「おい、やめろよ!」
「おお、そりゃあ悪い。だが、今ので恐怖が一瞬、消えただろ?怒りで」
笑顔を見せて俺の肩に優しく手を置いた。その手の重みを密かに噛みしめた。自分より明らかに大きい手だけれども、とても優しく頼りがいのある手だった。
傷だらけでけして綺麗とは言えない手でも、それは今までの積み重ねでできた証だと感じ取れた。
「感情は人を動かす。だから常に強気になれ。ダメなら怒りで奮起しろ。お前以外は躊躇なく向かったぞ。お前も行かないのか?」
その一言は、心に深く突き刺さった。恐怖を感じた俺は、自らの命を守る生物としての本能だろう。だから今、俺はこうして立ち止まっている。みんなは命を投じてでも戦おうとしているのに。今まで強気だったのは、今まで怒りを瞬間的に感じていたのは関わりのある人間だけだったから、かもしれない。だとしたら俺は、最低だ。自分に苛立ちが募る。胸糞悪い。こんなんだから俺は……。過去の自分に示しが付かないだろうが。
「――ごめん。ありがとう。おかげで恐怖がなくなった。いや、なくなってはないけど消せた気がする」
「そうか。なら、ここで割いた時間が無駄にならないようにしてくれよ」
「うん。ありがとう」
「じゃ、行くぞッ!」
「了解ッ!」
前方にいる優花たちの後を追ってエルッジさんと並走しながら戦地へと向かった。この移動時間にも視界に入る程度で戦況を確認する。
エルッジさんによると、緊急クエストで派遣された冒険者の幌馬車は計十四台。俺たちの後続には六台ほど。先行した馬車はこちらのことにはおそらく気付いていない。というのも間隔がある程度取られていて、魔獣の襲撃がもしあった際には、被害に遭う幌馬車を最小限に抑えるため。その際に襲撃に遭った幌馬車の後続も適当にその援護に加わる、とのこと。
ただ、今回に限ってはそのシステムが役には立たなかった。
順序関係なく俺たちの後続はほぼ全滅。数人が負傷しながらも攻撃に耐え凌いでいた。システム上、俺たちは援護する役目はないが、幌馬車同士の間隔があったのにも拘わらず、あの強風だ。
やっぱり、あのとき恐怖で立ち止まった自分が腹立つ。自分の中で決めたにも関わらずその意思に背を向けるところだった。いや、少し向いていたのかもしれない。
だからこそ今。俺は、自分に、魔獣に腹が立ってしょうがない。
「おい仁也のボウズ。あれを見ろ」
「え、嘘だろ……?」
目視して確認できる魔獣・魔物の数はそれぞれおよそ数十。魔獣は口から火炎を吐く火属性のウルフ。プラスして規格外の大きさの個体。魔物のほうは木属性のゴブリン。平均的な大きさの個体から一体だけ異常な身体つきをした個体が一体。
群れとしての状態に異変はないけど、両者が揃って襲撃を行うことは神界の書物上、記されていないことからこの状況には不信感があった。
「あれを見てどう思う?」
「俺は、正直言ってあり得ないと思っています。魔獣や魔物同士が行動を共にするのは考えにくいです」
「だろ。例外だの、ありえないだの言ったところで、現実は現実。受け入れて向き合うしかない。それに…俺は地の底から嫌な魔力を感じる。お前は感じるか?」
「地の底……」
そう言うとエルッジさんがとっさにその場で急停止、腰を下ろして地と見つめ合うと、優しく撫でるように手を置く。一言も発さずに目を閉じて深く頷くだけ。確信があるようで。
同じように真似てみると、確かに地下から不穏だと感じ取れる魔力が流れていることがわかった。
「沸々と煮えたぎるような魔力……。快くは思わない。もしかしたら、俺たちは緊急クエストを今日中に受けられないかもしれない。となると、故意関係なしに違反と見做される」
「え、まだ緊急クエストの目的地にすら着いてすらないですけど……」
「ああ、そこが問題なんだ。なんせ通常ならクエスト受諾からクエストクリアまでの猶予がある。だが今回は緊急。目的地へ早急に向かう必要がある。本来のシステム上、襲撃は少なくとも一日以内で撃退。馬車の移動で掛かる日数、そして本クエストに掛かる日数に含まれる。通常の猶予は一ヶ月といったところだが、言葉通り緊急で一か月なんて猶予は到底ありえない。ただ、システム自体は今回の緊急クエストにも採用される。本クエストへの猶予は危険性を考慮したうえで決まっているが、目的地への移動までの猶予は距離で決まる。今回の猶予は一日。まあ、この状況だから、多少は融通が利くはずだ。この状況下の最善は撃退…いや、討伐まで持ち込みたい。後々を考えると撃退だけじゃ追い打ちを食らうことになる。念のために言っておくが、この襲撃はクエストと無関係。余力は残せ。ここで足止めを食らっているようでは本末転倒。いいな?」
(この人、めちゃくちゃ喋るじゃん。おかげでクエストのシステムわかったから、ありがたいけど……)
「わかりました。とにかく、魔獣・魔物を今日中に討伐すればいいんですね。なら、俺が先手ぶち込みます!」
「いや、先頭にはキミの仲間も……」
確かに先手を優花たちに任せるのはいいが、まだゴブリンやウルフがいる地点までは距離がある。この移動に割く時間は勿体ない。だったらって話だ。俺は空中を移動できる。余力は残したうえで討伐まで持ち込むのなら、全員が一定の体力を消耗するんじゃなくて、その犠牲は俺一人に留めておけばいい話。それにエルッジさんを除いた六人の中で、俺が一番突撃力があると思う。ただ、この数だからカバーしてもらうことも大事だけど。
「いえ、体力消耗の犠牲は俺が払いますッ!」
「ちょ、待て!」
と、止められるが無視して身体強化の能力をその場で密かに発動させ、走行時の脚力を利用。その勢いで身体を捻らせ後方を向くと同時に、エルッジさんが俺を通り越すのを確認できると幌馬車で取り出した神剣の特異能力を発動させた。
「【爆風】」
爆発とともに発生した爆風に乗って高速で移動、落ちそうになっては後方に発動を繰り返して飛行。平地で遮蔽物がなく、容赦のない逆風に晒されながらも進んでいく――――。強風で聴覚は支配されて目も開けずらい中で全員の頭上を通り過ぎると、視界へと徐々に広がっていく光景は見るに堪えない。
そんな中、魔獣・魔物群れに異様な行動が見られた。
小型のゴブリンは、死体となった冒険者から金品や発魔具、剣などなどを、片っ端から剥ぎ取り、ウルフは主に生き延びている冒険者への攻撃。
これに関しては連携力が若干、気になるが。最も問題視すべきは、リーダー格である大型のゴブリンと大型のウルフだ。
両者ともにビルと例えても、なんら違和感が湧かないほど巨大な身体をしている。数十メートルほど離れた場所から、それぞれ群れの小型のゴブリン・ウルフを周りに待機させ、ただ端に眺めているだけで一切動こうとはせず、貫禄を感じさせる佇まいで寛いでいるようにも見える。本能の赴くままに行動している小型のゴブリンやウルフとは違い、確かな意思を感じた。
(こんなことって……。いや、とにかく今は討伐を最優先。後々、アイツらと戦闘になるんだから)
俺は異様な光景を前に、疑問が生まれたが討伐までの時間は限られているため、一旦、頭の片隅に追いやってゴブリンやウルフのいる地点までの距離を詰め、徐々に降下しながら突撃をする――――。




