第六話 魔獣・魔物の襲撃
「ねえ、仁也。本当に大丈夫?またブツブツとなんか言って」
「え…?いや、まあ、短期間で戦闘ばっかで疲れたなぁ~って感じてて」
「う~ん。そうだよね。こう最近の記憶って騒がしいことばっかだよね。やっぱ元いた世界が平和過ぎたのかな?」
と、自然な会話の流れの中で、俺と優花の中では禁句とも言える『元いた世界の話』を口にしてしまった優花。それに周りが反応しないわけもなく…。
一瞬、記憶を辿ったのか。硬直状態になってしばらく口が動かなくなっている優花。数秒ほど経つと自覚したのか、一気に慌てた様子になって首を傾げるジークたちに自分の失言を脳内から消去させようとする。
「なに?元いた世界って?」
「う、ううん。なんんでもないのサリス!」
「でも、確かに言いましたよね?」
「ううん。別にぃ?」
「ホントですか?僕、獣人なんで耳いいですから。確かに聞こえましたよ?」
でも、時既に遅し。フルトに関しては確実に聞こえたとのことで優花はすぐ諦めた。別世界から来たことはサリスたちには伏せている話。というのも、この世界で『別世界』という発想ができるかどうかもわからない。うかつには喋れない。たださえ地位的な問題も解決していないというのに。
ただ、深刻になっていないだけよかった。とりあえず話が進展する前に…。
「いやいや。それよりも今は魔獣討伐を考えることが最優先じゃないか?」
唐突で会話を遮ったようで下手な介入になってしまった。
「……そうね。そっちが大事ね」
「ごめん。つい、緊張からか紛らわせたくなって……」
「私もお兄様と同じです……」
「僕は魔獣なんて見たことないんだから、もぉ…怖くて怖くて怖くて怖くてしょうがないんだよお……」
「そっか。フルトはまだ見たことないんだ」
なるほど。妙に質問してて口数が増えてきたなとは思ったけど、緊張を紛らわせるためだったのか。
と思ったがフルト以外のメンバーは魔獣を見るのは初めてじゃない。それも最近の話。
「フルトはともかく。残りのメンバーは初めてじゃないから別に……」
「あのねぇ。スダキリ山のとき、魔獣に遭遇したのは確かだけど。仁也と優花はあの場から離れたからわからないのよ。魔獣の手強さ」
「あ、いや、まあ…そうか」
「それに、いつだって緊張は持つべきよ。どんなにトラブルや戦闘に慣れたとしても」
「そう…か。ごめん。考えもなしに言っちゃって」
「まあ、アンタはある程度は太刀打ちできるだろうけど……。油断は禁物。緊張はそのためにもあるべきなの」
サリスの指摘は最もだった。ここまでのことを考えると生きていることすら奇跡。その状況には密かに張り詰めた緊張感があった。必死さがあった。同じ、あるいは似たような状況でもそれを変わらず続けなければ。僕は母さんとパンテラから命をもらった。
よし。緊張を大事にしよう……!
心の中であらたまった覚悟を決めていると、同じ幌馬車に乗っている中年くらいの経験豊富そうな冒険者がその様子を見ていて頷いていた。それはギルドで話しかけた冒険者だった。
「うんうん。そう、確かに緊張感は大事。というか緊張感を忘れることはないと思うぜ」
「アンタなんでいるのよ」
「あ、いや、ほかの輩は避けてて。なんせ王子と王女がいるからって」
「なるほど。それで、話しかけれたキミが私のいる幌馬車に同乗したというわけか」
「は、はいッ!」
サリスからの圧や、地位を考慮した振る舞いでその冒険者の様子は忙しなく。王子であるジークはともかく。サリスからの圧で怯みそうになった冒険者の気持ちに思わず同情してしまう自分がいた。
それでも異世界の人たちとの交流にどこか心躍る。異世界は元いた世界との世界観はまるで違う。生きることに必死になって日々を過ごしている。刺激がその分あるけど、毎回が命を懸けてばかりで正直実感したくなくてもする羽目になる。
やっぱり。パンテラ様には感謝していかないと…。
「そ、それと、同乗しているついでにそれぞれ名前を伝えてほしい。も、もちろん。王族であるお二人のお名前は国民であるゆえ、当然ながら存じております。ということで、残りのメンバーに」
「わかった。俺は仁也だ」
「私は優花」
「私はサリスよ。フンッ。絶対に呼ばないで」
「僕はフルトです」
「よっし。じゃあ、俺だ。俺の名前はエルッジ。エルッジ・アルミオン。よろしく」
「え?」
と、手を差し伸べるエルッジさんに、誰よりも先に手ではなくジークの間抜けな声がこの場の雰囲気を変える。
「エルッジって。まさか、この国の冒険者の異端児、冒険者チーム『アルミオン』のリーダーか?」
「あ、は、はいッ!」
「なるほど。正直、威厳がなくて…」
「いえ。滅相もございません!よく他者にも言われます!」
「そうか。世間ではキミの話題は多い。特に冒険者チーム『ジャック』が亡き者になった今、順位をつけるならキミのチーム、いやキミはトップ…確実な話になっている」
「はッ!ありがたきお言葉!」
「今回の緊急クエスト、よろしく頼む」
「はッ!お任せ下さい」
と、ジークの威厳が表に出るが、その裏で抱える悩みや変に独りよがりなところを知っている俺にとっては、なんとも想像しにくい光景だった。
その後はなんとか会話が一段落して各々、時間を潰し始めた。
俺は港町チックへと向かって行く幌馬車の荷台に寄り掛かった。港町のチックまではしばらく時間が掛かる。大袈裟に言えばこの国を横断するような形になるから。はあ。ちょっと仮眠を……――
寄り掛かってすぐに目を閉じて眠りにつこうとした瞬間――――、馬車の後部から爆発音と数々の悲鳴が響き渡った。それによる衝撃なのか、幌馬車の荷台の屋根となっている防水布が突発的な強風に吹かれて激しくなびく。
「なに?この風」
「それに爆発音やら悲鳴やら。後ろでなにが……」
と、急速に動いた事態に疑問を抱かせていると、一度も顔を見ていない前席にいる御者が、操縦席との仕切りである背後の防水布をどけて荷台の方に振り向いた。
「御者さん!」
「わかっています。私はこれでも腕が立つのでね!」
男性だった御者は、顔面蒼白ではない。防水布で幌馬車の後部の様子は見えないものの、ある程度は最悪の状況を想定しているのか。彼の決断に迷いはなく、サリスが一言を放ってすぐに返答するとすぐに使役動物の操縦のため体勢を戻した。
幌馬車の荷台にまで伝わる鞭声が聞こえると、荷台を通して伝わる馬車の車輪の振動は徐々に弱まっていき、ややテンポの速くなった小刻みな揺れは、幌馬車が疾駆をするのを伝えていた。そんな時、エルッジが操縦席との間にある防水布をどかすと、十数秒ほどでなにかを伝えた。
「なに伝えたんですか?」
「なにって、ある程度の距離を行ったら止めてくれって」
「どういうことですか?」
俺とサリスが中心となってエルッジさんに問いをぶつける。
「なるほど。冒険者としての日が浅いとみた。なぁに内容にもよるがこれは、俺の見立てだと襲撃。ま、よくある話だから慣れたほうがいい」
「え、襲撃?」
「ああ。襲撃といっても魔獣のな」
「えええぇぇぇ!?」
唯一、大声で驚きを露わにしていたの魔獣との遭遇が未経験のフルトだった。彼の性格的にもそうなるのは予想がついたけど、その心境に関しては同感せざるを得ない。
「冒険者は昔は自分たちから積極的に魔獣狩りや魔物狩りをしてたんだが今や山の奥地や、土地を移動するヤツが増えて簡単には姿を見せない。だから荷馬車の護衛やちょっとしたSOSに応える程度。特にこの国はそうだ。冒険者の王国なんて言われてるけどな。ま、そんな長話はここで終了。今は戦闘第一だ。本来の目的とは違うんだ。早急に片づける」
そう言うと、すぐに手元を動かして収納魔法を発動。魔法陣からは鞘に納められた大剣を抜剣。俺や優花たちもそれぞれが自分の武器を取り出して戦闘態勢に。
そして荷台の側面にくくりつけられた防水布の結束部分だけを外してなびかせて出れるように。
「さて。ある程度は距離を稼いだかな。――おい。俺たちは出るぞ」
エルッジさんの言葉に続き、勇ましい姿と打って変わって、隠していた恐怖からか震えた小さな声が操縦席から返ってくると幌馬車は止まった。外の状況がわからないから正直、外は地獄の可能生だってあり得る。
「では、お兄様の合図で一斉に!」
そう言ってクラリは視線を全員に向け始めるので俺たちは頷くと、確認したクラリが最後にジークに頷く姿を見せる。
「よっし!襲撃かはまだ断定できないが、想定した行動を一瞬で取るように!総員――出撃!」
出撃の言葉を最後に、俺たち全員は奇襲という最悪を想定して一斉に幌馬車の荷台の側面から飛び出していく。その瞬間、エルッジさんが収納魔法の魔法陣から発魔具らしき魔力を纏った道具が荷台に投げ込まれた。周辺一帯の地面からは巨大な一つの魔法陣が設置される。
それは飛び出した俺たちに合わせて風が送り込まれてきた。それによって完璧な着地を成功することができた。
ただ、着地して前方をふと視界に入れた瞬間――――。想定通り、いや想定以上の光景が広がっていた。
自分たちが降りたのは土地に多少の高低差がある平原。といっても地平線がその先に見える。ただ、それは今どうでもよかった。
地平線の手前に広がるのは多少の高低差がある平原じゃない。
埋め尽くすかのように広がる火の手に、後続にいた冒険者の乗っていたはずの幌馬車。今や無惨にも破壊された状態で横転し、防水布は豪快に引きちぎられている。中には焼け焦げて灰と化した幌馬車や荷台が真っ二つに割れた幌馬車もある。その周囲には赤く染まったことで目立った数々の人間の死体があった。それもおそらくは全員分ではない。遠目では魔獣の姿や特徴を正確には目視することができない。ただ、オオカミに似たフォルムや人型のようなフォルムの魔獣・魔物が見える。
今も必死に戦闘を繰り広げている冒険者もいれば死んで肉体を食われている冒険者もいる。
脳内では着地したと同時に助けに行く寸法だった。でも、助けたくとも足が棒のように硬直していた。繰り返し感じるこの恐怖は消えない。消えるはずがない。人が死ぬ残酷な惨状を前に。




