第五話 胸騒ぎ
「パンテラ。ただ、出身がこちらなだけで彼らが育ち死んだ世界は、別世界に変わりない。先に言ったけど神界なら違反行為と見做されないと思う。けど、神がいるのは神界だけじゃない。今回パンテラは輪廻転生の前に、それも勝手に、彼らの魂を移動させて蘇らせた。キミが今、違反に関して問題視しなければならないのは神界の真下の『冥界』。わかっているね?」
「え?あ、ああ。もちろん……!」
「パンテラ?」
ぎこちない様子で返答するパンテラを見たアレアドスは、深くため息をつくと、やれやれと首を振る。
「だって――…冥界には地位のある親戚がいるからなんとか……って思って……」
「そうか。彼らの存在が気づかれるのも時間の問題だし。冥界に関してはキミに任せるよ。親戚もいるって言うから」
「ゴメン……」
「別に謝ることはない。謝るべきは『グロマ』だ」
「……え?」
パンテラの心情に大きな動揺が走った。ガラスになっている心が一瞬にして砕かれる。そんな衝撃が唐突にきたからだ
「…ジンちゃんたちと、関係が?」
声量が落ちていくとともに顔色が優れなくなっていった。
アレアドスは自分の発言を瞬間的に振り返り、自分の失言を謝罪する。
「ご、ごめんパンテラ。デリカシーに欠ける発言だった。申し訳ない」
「ううん。大丈夫。むしろアレアドスに気を遣わせて申し訳ないって思ってる。神なのにもかかわらず、今だ決着が付いてないから。因縁と――――」
明確なことはお互い口にせず、二人の間には重たい空気が流れていた。それでも、アレアドスはさりげなくその空気を断ち切ってやや脱線した話を元に戻した。
「失言のあとに申し訳ないんだけど。キミに渡したいものがあるんだけど……」
「…え?…う、うん」
「パンテラ。そこを動かないで。背後から失礼するよ」
パンテラはアレアドスの言葉に頷くと、それを確認したアレアドスが静かに席を立って一歩ずつ歩み寄って背後に。アレアドスの手には首飾りのようなアクセサリーがあった。太陽光を反射させて存在を際立たせるアクセサリーには、透明度の高い緑色の宝石が加工され球体になった状態で、鼠色の小さな金具にはめ込まれている。その美しさはパンテラの沈んでいた気持ちを吹き飛ばし、純粋な嬉しさがこみ上げてきた。
「パンテラ。キミは美しく輝いていてほしい。最後の最後まで。だから、キミにこの首飾りをプレゼントするよ。私はこの首飾りを渡したかった。因縁を断ち切れると願っているからね」
友の口からは滅多に聞くことのない言葉。パンテラが思うに、その言葉はおそらく本音だろう。そう信じた。
アレアドスに背後を任せ、首飾りをつけてもらうパンテラ。一転した表情は今や喜びを表した笑顔となっていた。
「…――ありがとう。キミは本当に優しいね。いつもいつもホントに」
「当然さ。だって――――」
そう言いかけたアレアドス。その瞬間、首飾りをつけ終えてパンテラの肩を優しく叩き、すぐに両手をパンテラの肩に置いたまま支えにすると、自らの顔をパンテラの左耳に近づけ、耳元で囁いた。
「キミの眷族をおびき出すため、キミは最高級の人質なんだからね。当然さ……」
「え……?」
「大丈夫。キミに話したすべては本当だ。安心して。私の目的はキミを捕らえることだけ……」
感情を上下左右に大きく揺さぶるアレアドスの言動は、いつしかパンテラの心身を支配していた。
寄り添うアレアドスの姿を見せられ、許してしまった。そして自由にさせていたアレアドスの手は肩に置かれたまま怪力で押さえ付ける。その有り様の通り、彼女は椅子から立ち上がることはできない。
「嘘よ…ね?演技なんでしょ?」
「いいや。本性さ。パンテラ」
そう言って再びアレアドスはパンテラの肩を優しく叩くと、ゆっくりとその背後から後ろに数歩だけ下がると、同時にパンテラにとって予想だにしない通りを挟んだ建物の方向から太陽光をやや反射して細々とした矢がパンテラの首に目掛けて飛んできて、突き刺さる。
パンテラはその痛みを小さく感じると、意識をもうろうとさせわずか数秒で目の前のテーブルへと頭を打つ。彼女はそのとき目を閉じて眠りに入っていた。
アレアドスはパンテラの様子を覗き込むように確認すると、頷いて細々とした矢が飛んできた方向へと顔を向け、口角を大きく動かして嫌らしい笑顔を見せる。
その瞬間、建物の屋根上に姿を消していたであろうローブを身に纏った三人組が密かにその場から退散していく。
(目標を捕らえることは成功。あとはこの場から去るだけ。申し訳ないパンテラ。これも『グロマ』のため。そして、あの温もりのため……)
そして、三人組が密かに退散したことを確認したアレアドスは店員を呼び、会計を済ませる。堂々として、店員にパンテラのことを聞かれても「まだ幼くて」とだけ答えて、パンテラを背負ってレストランを去っていた。
(成功させなければ。たとえ罪を犯しても……!)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「仁也どうしたの?」
胸騒ぎがした俺に心配してくれたのか。優花が話しかけてきた。
「いや。なんか胸騒ぎがするというか……。緊急クエストが心配で」
「そんなの大丈夫。きっとなんとかなる」
と、励ましくれる優花。
外からは馬の爪音や地面を転がる木製の車輪の音、白の幌で覆われた荷台。幌馬車には俺達全員一人も欠けることなく他の冒険者と同乗している。緊急クエストを受けることになったあと、メスクの冒険者ギルドの支部長が幌馬車でチックまで向かうようにと指示をもらってギルドが用意したこの幌馬車に乗っている。それも集まった冒険者は四十人以上。いくつかのグループに分けられて港町チックを目指しているのだが、やここ最近は戦闘ばかりで、疲労が少なからずあった。
正直なところ、パンテラから頼まれ事を早く終わらせたかった。でも、自分が判断して決めた行く末に委ねるしかなかった。
「大丈夫よ。魔獣が平常より多く出現することはよくある話よ。それに私たちだったら、それなりに闘えると思うわ」
「そうです。仁也さん。大丈夫です。お兄様が独断で決めたようなものですので。きっとお兄様が大方、倒してくれると思います」
「クラリシア。その期待は嬉しいけど言葉にトゲがない?だってああいうしかなかったんだ。立場的に」
「ぼ、僕もそう思います。あそこでジーク様――いえ、ジークがあの場を去ってしまうと立場が危ういと思うので」
まだ慣れないのか。それとも性格なのか。変に砕けて堅い妙な話し方だった。
けど、励まされてあらためて思った。『出会って早々、恵まれたな』と。
「それはそうと。今までずっと思ってたこと仁也と優花に聞きたいんだけど、二人ってその……恋人関係とかなの?」
「「はあ?!」」
唐突な質問に動揺が溢れ出るように広が手隠せなかった。
「いやいや。そういうわけじゃないって。他人より親しくはあるってだけで大した事はないって」
「そうそう。もう~サリス!変なこと言わないでよ!」
「えぇ~。動揺してる辺り怪しいなあ~」
「「怪しくないわ!」」
そのやりとりに笑いを堪えるジークや、密かにため息をついてサリスの言動に呆れるクラリ、そして驚愕のあまり口を開けて固まっているフルト。それぞれが違うリアクションになって俺らの中はより一層賑やかになった。
「たっくぅ~。そういうんじゃないのに」
「はいはい。ごめんってそうじゃないのはわかってるって」
「じゃあなんで……?」
「いやぁー。なんか、たまに二人のやりとり聞いてると友人以上なんじゃって思うことがあって」
「「え?」」
思わず間抜けな声を出してしまったが、そう見受けられるかも知れないけど。どこか自覚している自分がいた。
元いた世界で死んで転生して。そこまでの過程で、命の重みを知った。一度は死んだから。
本当は人や獣を斬りたくはないけど。生きる選択肢がこの世界で、魔獣やグロマのような連中がいる世界なら、命の重みを忘れずにして大切に過ごすことが大事だって密かに思った。だからかもしれない。友人以上のような発言をするのは。
「もう、軽い気持ちでいたくない……」




