第四話 神界
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「はあ……どういうつもりよ、アレアドスは――。今から主神様の元へ向かいたいのに。『食事をしよう』だなんて。呑気にもほどがあるよぉ」
深くため息をついて急用に多少の文句を吐くパンテラ。彼女はアレアドスとの待ち合わせ場所まで足を止めることはなかった。
背の高い建物は限られて多くの場所で、第一世代の神らが生み出した偽りの空と太陽を見ることができ、太陽の光を浴びることができる。それは仁也たちのいる世界と外見はなんら変わらない。
「にしても…中心都市は賑わってるなぁ…。まあ、他世界を担当してる神々も集まってるから当然だけど。食事後になって体力が尽きてそう……」
中心都市。とパンテラが言うこの場所はその言葉に相応しいほどの盛況。名も知らない神もいてか。彼女には少々の不安があったが心の片隅に追いやる。
彼女のいる都市の構造は単純ではない。建物は密集して道は入り組んでいる。時には上空へと続く螺旋階段があり、見上げると上空で浮いた建物が存在、万華鏡のように模様を作り上げた状態で浮く建物もいくつか点在しているユーモラスな都市。
上空にも当然ながら地面はある。ただ、その下には光が届かないことから暗闇になっており地下世界のようになっているが閑散としているわけでもなく多彩な色の妖しい光に照らされていて、娯楽で溢れている。この都市は日の差し具合で街の彩りが打って変わる。
パンテラが向かったのはそんな娯楽溢れる場所ではなく、日の差し具合が良好なレストランの並ぶ一帯に足を運んでいた。
「えっと……確かこの辺りのレストランだったような……」
手を目上にやって日陰を作りながら細目になって、待ち合わせのレストランを探す。多くの神が往来する中、身長が低いせいで探すのに苦労していると、通りにいるパンテラの姿に気付いたのか。レンガ屋根が特徴的なレストランのテラス席から、笑顔で手を振るアレアドスの姿がパンテラの視界に入った。
タイミングを見計らって通りを、アレアドスのいるテラス席へ向かって横断。やっとの思いで渡りきると、パンテラ目の前では向かい側の席の、ガーデンチェアのようなデザインになった椅子を引いて待っているアレアドスの姿があった。
「こちらに座って」
「うん。ありがとう」
パンテラを椅子に座らせたアレアドスも自分の席へと戻ると、近くにいた店員を呼び寄せて、テーブルに置いてメニューを確認しながら注文を始めた。
「パンテラ。君はなにがいい?」
「え?あ、ああ…この、キノコパスタかな。あとはアレアドスに任せる」
「わかった。この――――」
アレアドスからの質問に答えてすぐ、パンテラは明後日の方向を見て浮かない顔になっていた。
神にとっての成長の一つである眷族。彼ら神々が管理する世界の多くは神の眷族がいる。それもたんとうする神の数だけいる。そのことを当然ながら知っているパンテラにとって自分の成長の証でもあり、新たな繋がりが生まれたことになる。だが、彼女の中では大きな不安があった。
他世界の人間を眷族にするのは実例がないものの、別次元である人間が神界を経由して次元の移動を行うのは好ましくはなかった。
彼らの身には影響がないが、神々の間では問題になり兼ねない。世界単位で神々には主神によって担当が振り分けられており、パンテラのやった行為は一種の違反行為であった。
(いくら主神様が知っていても、理由を知らない神々にバレたら……)
「――い、おーい。パンテラぁー。聞こえるかい?」
「え、あ、ごめん。なに、アレアドス?」
「いや、キミがボーッとしているなんてあまり見ないから、少し心配になってね」
「そうか?」
「ああ。考えるより動く女神だというイメージがあるのでね」
「なんかそれじゃあ脳筋みたいじゃないか」
「いやいや。それは誤解だ。むしろ僕はそれができないから羨ましいんだ。行動力があるのはいいことだからね」
「そうか……ありがとう…」
と、アレアドスの言葉に頬を赤らめるパンテラ。
その横からはいつの間に来ていた店員によってテーブルには数々の料理が並んだ。パンテラの目の前にはキノコパスタやアレアドスの注文した料理、二人で食べ分けるであろう大皿に乗せられた料理も。
「思ったより早いね」
「ああ。ここのレストランは提供が早くてね。というのも、この料理だって作っているのは神だし」
「そうだね。私、あまり外食ってしないから…」
「確かにそうか」
「そういうアレアドスは外食が多いほうでしょ?大丈夫?」
「ああ、人間じゃないからね」
予想通りの返答。だが、その返答は羨ましく思えてならないのは彼女とアレアドスの地位が違っているからだった。
「いいねぇ…。アレアドスは。神の地位もそれなりにあって」
「そういうけど、実際はキミもあったじゃないか。むしろ私以上に」
「それを言うのはやめてほしいよ。それにアレは世襲。私の実力で上り詰めた地位じゃない」
「そうか。ストイックだね。素晴らしい」
と、互いに褒め合うような雑談で会話が弾んでいると、区切りを付けるかのようにパンテラは座り直して深くため息をつく。
「…――で、本題は?私に話があって呼んだんでしょ?急に食事に誘うなんてアレアドスらしくない」
見抜かれた。と言わんばかりの驚いた表情をささやかに見せると、小さく頷いて口を開いた。
「そうさ。キミを呼んだのはほかでもない。僕は主神様から伝言を預かっていてね。ほら、キミの眷族のいる世界、『アスレピス』で始まるだろ?『世界会議』が。それに合わせて準備等でしばらく神界を離れるらしい。幹部との話し合いで早めに行くことになって伝えるのが遅れたらしくて。だから伝言って形になって、交流が深い私が伝言を預かったってワケ」
「そう、そういうこと……」
崩された予定に呆れて再びため息をつくパンテラには、同時に多少の安堵感が広がっていた。
神の中でも地位を示す称号のようなものがあり、その中でも最高位なのが『主神』。かけ離れた地位の神と謁見など彼女にとって息苦しい以外感じることはなかった。
アレアドスの言葉を聞いて二つ返事で了承したパンテラは、覚悟を決めて心の内で構えた。
「まず一つだけど。主神様の権能いわくキミの眷族、えーっと……」
「ジンちゃんとユウちゃん!」
「え、あ、その…ジンちゃんとユウちゃん、だけど…」
パンテラの口から出たニックネームに一瞬、戸惑いを隠せなかったアレアドスだったが、すぐに正すとそのまま話を続けた――。
「どうやらあの二人。アスレピスの出身らしいよ」
「え?どういうこと?」
「いや、僕に言われてもねぇ……ただ、彼らが自らで次元を越えられることは不可能」
「てことは……!」
「ああ。この神界の中に、あるいは…アスレピスの神の中に、次元を移動させた犯人がいる」
アレアドスの言葉で、パンテラの不安は大きく取り除かれ、心の重みはやや軽くなった。信憑性はなによりも、アレアドスという友と、主神の伝言。この二つが証明していた。
「え?待って。てことは、私は違反行為じゃ、ない?」
「そうだね。むしろ引き戻したんだから。遵守行為だね」
と、自分の身が安全になった途端、思わず密かに抱いていた疑問も解消していたことに気づいた。
(なるほど、だから魔力の扱いやら魔法を習得するのが早かったのかぁ….…。それにあのペンダントも……)
「どうしたパンテラ?また見当違いな方向を見て」
「え?あ、ご、ごめん。ちょっと余裕が出ちゃって。余分なことまで…」
「なるほど。いいことだ。ただ、その二人に関しては主神様も気になるようで、世界会議でも公表しないようにって」
「え……?」
眷属の公表、それは神界に向けてでもあるゆえ、絶対的な事柄だとパンテラは認識していた。だが今、覆されてしまった。
それも気になるという理由で。
それは、本人たちにとってもよろしくはない。そうパンテラは思った。いくら自分が建国に携わった国で許されても他国で、受け入れられるとは言い難い。他国からすれば素性の知れない怪しい人間になる。
アスレピスの世界情勢は不安定極まりなく、パンテラが思う仁也たちへの不安要素は増えるばかり。そして、疑問もまた増えるばかり。
(主神様が二人を気になる……?いくらなんでも下級の神の眷属を気に掛けるなんて……どういう意図があって……)




