第四・五話 準備(後編)
「え? パンテラ、本気?」
「うん。もちろんだユウちゃん」
マジか。
「つ、つ、ついでに。どのくらい――あるんだ?」
「そうだねえ。そういうことは……犬の姿のサナと、猫の姿のナナ。二人の従者に聞いて。二人ともよろしく!」
まるなげえぇ。
「「はい! 承知しました。主」」
「じゃあ私は、一回退室するよー。頑張ってー」
「え、ちょっ、俺の……」
「「主、お気を付けて」」
パンテラはメイドに押しつけ、再び現れた空間の歪みへと、風のように姿を消した。
俺なにか、悪いことしたかな。
「……行っちゃったね」
「俺、避けられてた?」
「いや、どうなのかな……」
「「いえ。敬愛する我が主は、面倒ごとすべてを託される方ゆえ。仁也様を避けたわけではございません。しかしながら、これは主の愛すべき性格にございます。ご理解のほど、よろしくお願い致します」」
「あ、はい……了解です」
二人揃って抑揚のない口調。パンテラへの想いで、ほんのり赤らめながら、俺のフォローにも入ってくれた。ただ、パンテラの悪癖とも取れる性格を知った。
優しい考えの持ち主であり、面倒ごとが嫌い。長所もあり短所もある。余計に人間臭い。
それに従者も従者で、冷静な口調に反して容赦ない。ただ、愛されているのは確か。やっぱり、信じてよかったかもしれない。
「仁也、どうするの?」
「え? あ、ああ……本のこと?」
「そ、私はもちろん、読むよ」
「俺も頑張るけど……途方もないよな」
「それに関してはそうだね、としか言えない……」
優花は苦笑しながらも、納得の様子だった。
でも、これが必要なのは理解できる。今の状況は願ってもないことだ。もう二度と死にたくはない。
そのためにも、色々と学んでおいて損はない。これから行く世界の知識だから。
「それにしても、どれから読み始めるの?」
「うーん、手当たり次第は……。心折れてる自分が、目に浮かぶなぁ」
嘘のような光景を作り出し、決して見間違いなど言わせない。山積みの本すべての、読破に掛かる時間。そんなの計算したくないし、想像したくもない。
嫌気から宿題忘れたときのように、反射的に理由を探し、ふと言語の問題も考えた。だが、無難な表紙に書かれている文字は、日本語だった。
メイド二人がすぐに、補足の説明をしてくれた。眷属化の際、言語の心配を解決できるので、心配いらないと。
最初は記号に見えていたが、浮かび上がるようにして、日本語へと変換される。
一度でも視線を外せば、一時的に記号の文章に戻り、再び見れば記号が変換される。
重要単語や元々特殊な読み方の単語だったりは、カタカナ英語。あくまで視界の中に入ったときだけ、変換が行われている。
まるで、翻訳のできる眼鏡を掛けている気分。
そうなると、致命的な問題は気にせずに済む。けど順序によっては、理解に差が出ることは避けたい。
「サナさんとナナさん――」
「「なっ、なんですか?」」
「で、よかったっけ? 」
メイド二人を突然呼んだせいか、背筋を凍らせたように驚くも、反射的に応対してくれた。
だが、さすがに申し訳なさを感じ、二人に謝ったうえで質問に移った。
「この大量にある本の中で、読む順序って考えたほうがいいかな?」
「そうですね。私たちが持ってきたのは、ざっと百二十冊くらいです。必須事項、最優先すべき項目は情勢関係が最もだと考えます。一般常識として読んで損はないです」
俺の質問に、犬の姿をしたサナさんが、丁寧に答えてくれた。
「なるほど……じゃあ、そうするよ」
「「承知しました」」
メイドの二人はそう言うと、情勢関係の書物を集め始めた。手伝ってくれるみたいだ。
「ありがとう」
「「問題なきことです」」
と、心強い二人が加わった後、俺と優花は分厚い本をひたすら読みふけることに。
さらにサナさんとナナさんは――
『神の眷属になって、《魔力》を扱えるようになったので、余裕をもって終わることができますよ』
と豪語していた。
半信半疑ながら、情勢関係の本を手に取って開いた。
「うわっ……!」
本を開くと同時に、脳裏で衝撃が走り、ページは高速でめくれていく。立て続けに頭の中へ、知識が入ってくる。文字が自動的に刻まれ、強く印象付けられた気分。
それがしばらく続き、終わるまでの体感は五分くらい。書物の文章量は、分厚さに見合った量だったが、あっという間に読み終わってしまった。
「す、すげぇ。これなら苦にならない」
「どういう仕組みなんだろう……」
俺たちが漏らした疑問に対し、親切に答えてくれたのが、猫の姿をしたナナさんだった。
「これらの書物には、先程私どもが使っていた魔法が、付与されています。その動力は、《魔力》と呼ばれるものです。駆使することによって、分厚い書物を迅速かつ正確に読破できます。そのような書物を、《魔法書》と言います。魔力や付与に関しての詳細は、魔法関係の書物を読んでいただければ、理解していただけると思います」
淡々と話しながら、補足を含めて話してくれた。あとになって読むだろうから、今はそういうものと理解するしかない。
今のところ、魔力とやらはさっきの魔法と違って、目に見えない。それに魔力を使ったとか言ったけど、感覚的なものは今一つ。単に本を開いたらそうなった、としか思えない。
メイド二人に改めて質問してみると、魔法発動条件の下で練習を重ねれば、自ずと感覚に慣れ、魔力の存在がわかるとか。努力あるのみだった。
「オッケー、ありがとう。なんとか頑張るよ。二人は休んでもらって大丈夫」
「私も、大まかなことはわかりました。休んでもらって大丈夫です」
俺たちの『休んで』という言葉に、サナさんとナナさんは目を丸くして、耳を勢いよく立たせた。
メイド二人は待ってました、と言わんばかりに、高速の行動に移った。
書物を出した魔法が発動し、花の装飾が美しい白の椅子やテーブルを、次々と出しては置いていく。机の上にはティーポットやカップとソーサー、お菓子といった具合に準備を済ませた。
掛かった時間は体感数十秒くらい。恐ろしく早かった。
しかも、準備から休憩タイムに入った瞬間、微動だにしなかった表情が綻んだ。
雰囲気は優雅で華やかながら、心から落ち着けるであろう空間を作り出していた。
ただ、メイド姿だと微妙に違和感があるのは、気のせいだろうか。あくまで俺のイメージだと、主が椅子に座って、メイドは隣に仕えているシチュエーションが、それとなく浮かぶ。
知識不足なのか、違和感が正しいのかわからない。もしかしたら、パンテラに内緒でやってるのかもしれない。
てか、優花の目が星のように輝いている。完全に混ざりたがってる表情。やっぱ、女の子はこういうのは好きなのかな。
――なんてつい思ってしまう。いや、やめよう。先入観は良くない。
俺はそんなことを思いながらも、視線を本へ戻した。
「はあ……進めますか……」
優花はサナさんとナナさんを横目に、渋々とした様子で手を動かし、分厚い本を読んでいく。本当に混ざりたかったんだ。
時間感覚はとうに脱線して、広大な草原を走り続けているが、さすがに読み始めてから一冊という状況だと、間もないことは確か。
仕方がない。しばらくしたら入れてもらお。いや、俺にその自信はないから、やめてとこ。