第二十六話 獣人の兄妹愛
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『父さん!父さん!!』
『残念だったな。獣人の小僧!サバテス様が首を撥ねちまった。もうお前の父さんは帰ってこねえよ』
『そんな、そんな……そんなの……』
誰かの記憶――――。
『オラッ!牢に入れッ!お前らは二人で働くんだよ!』
『待って下さい!妹はせめて!妹は……ッ!』
『ハッ!無理だね!獣人は自由なんか与えられない!これからは奴隷としてサバテス様の近くにいろ。これからはお前らは奴隷として一生を終えるんだな!』
〈そんな……そんな……〉
誰かの記憶――――。自分自身のものでもないのに、涙が溢れる。
『なにボケッとしてる!早くサバテス様に茶でも入れろ!!』
『はい……』
『おい。嫌がらせか!なんでこんな薄いんだ!』
『それは……そういう茶なので……』
『ハッ。お前の入れ方が悪いんじゃねえのか?』
『なんで……』
『うるさい!お前の入れ方が悪いんだよ!!』
『は……はい!』
『ハハハハ……!そうやって泣きわめけ!』
誰かの記憶の、はず――――。でも、涙が出る。とても苦しい。
『おい!なんで来客がいるのに私の奴隷がいるんだ?』
『だって…あなた達がいろと……!』
『はあ!はなからテメぇらとはいたくねえんだよ!獣みたいなお前達には!』
『ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!』
『うるさいんだよ!醜い野郎だな!地面に這いつくばってろ!!』
『はい!わかりました!ごめんなさい!』
〈人には、恐怖しかない……。僕は、僕は、もう死にたい。いや、最初からそう思っていた。なんで同じ人間なのに容姿だけで、偏見だけで……〉
と、思いが伝わってくる。わずかな記憶と心情。記憶が投影されたように映る。その記憶の中にいたのは見覚えのある獣人の兄妹。幼い妹の代わりに罵声を浴びる。幼い妹はそんな兄に心配そうな目で見つめる。兄にはそれが届かなかった。彼にはこの場を乗り切ることで精一杯だった――――。
「――……はっ!」
生暖かい風を肌から感じる。視界は徐々に開けて気付くと、もやの広がる空間が視界全体に映る。それ以外はなにもない。ゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡そうにも壁などない。無限に広がる空間。
だが、壁はなくとも一人の獣人が少し離れた位置で仰向けになって倒れていた。俺はどういう状況か理解が追いつかない。だが、倒れていることには違いない。
そう思った俺は、真っ先に獣人の元に向かった。よく見てみるとそれはあの獣人兄妹の兄だった。
「おい!起きろ!起きろってば!」
「う、う……ん?だ、誰だ!…って君は……」
倒れていると言ってもただ寝ていたようで俺は思わず安堵の息をついた。
「なあ……」
俺が手を差し伸べようとした瞬間、それを無視して自分で立ち上がった。そして俊敏な動きで後方に下がった。
「お、おい…」
「近づくな!どうせお前も!俺達が嫌いなんだろ!」
「え?どういう……」
「黙れ!なんだこれは!」
「これは……俺にはわからない」
当然ながら、俺は嘘などついていない。ペンダントが力を貸してくれたのには理解できた。だが、どんな状況になるかは予測不能だった。
「わからない?」
「ああ。ただ、君の記憶を見た。君の過去の記憶を」
「それで?僕を哀れな目で見ると?嘘に決まってるんだろう、どうせ。僕にはわかる。誰も僕のことは思ってはくれない。獣人だからという偏見でぞんざいに扱うんだ」
「違う……。君は、君はそんなには思われていない。けして『誰からも』というのは、ない」
「ないわけないだろ?僕はッ!僕はッ!もう、辛いんだ。偏見まみれな世の中が……。差別まみれな世論が…。大っ嫌いなんだ。だからッ!」
「だからッ!人の話を聞けって言ってるだろッ!」
「……っ!」
俺はつい、カッとなってしまった。彼の心情に間違いはなかった怒ることもなかった。だが、誰も思っていない。という観点。気になった。そんなことはないと。
「なあ。今、『誰も思ってない』なんて勘違いを口にしたな?」
「はあ?だって事実じゃ……」
「本当に、そう思うのか?」
「え…?」
「お前の最も近くにいた存在を、忘れてはいないか?」
「は?最も近く……」
「お前のそもそもの怒りの原因。『差別や偏見』もそうかもだけど。最もな理由はほかにあるだろ?」
「ほか……」
俺は、過去の自分を振り返ってもいいと思う。俺だって過去の自分を振り返ることもある。だけど、過去に固執し過ぎて大事ななにかを忘れるのは避けたい。
だた、獣人の彼はその過去に捕らわれた。振り返ったかどうかはわからない。でも、そのような言葉を口にする彼がしていないとは思えない。一種の憎しみだからだ。家族を失って自暴自棄になるのも、俺にはよく理解できる。
でも、憎しみで我を忘れてまで暴走したあげく、その理由までもが捨て去られるように彼の中でどこかへ行ってしまった。妹という存在だというのに。兄という立場にも関わらず…――――。
「……ユナ?」
「はあ~。そうだよ。お前が罵声を浴びせられる中で、唯一お前を見ていた。お前を大切に思ってた。――ほら」
俺は話ながら収納魔法を発動させて収納空間からあるものを取り出した。そのあるものとは水晶体のガラスのようなものでできた球体。録音ができる発魔具。それを獣人に手渡した。
「これは……?」
「発魔具。録音機能を持ってる。赤いボタンがあるだろ。そこを押せば再生される。けど、聞けるのは一回で短いらしいからちゃんと聞けよ」
「……」
この展開を彼が予想できるはずもない。当然だ。
彼の目の前で起こる事情はすべて差別と偏見に繋がる。それは自然な流れと表現するのはおかしい。そして強制的にその方向になるのも、またおかしい。人間族はそうやってただ楽しんでいた。
そして、そんな劣悪な環境にいた彼は、差別や偏見に侵されて自分すら見えなくなっていた。差別をする人間族と同じように、自身が気付かないうちに彼も同じ立場となっていた。差別と偏見で人間族を見ていた。視野が狭くなっていた。自身のことですらまるでわかっていなかった。
自身のことすら把握できていなかった彼は、『妹』という大きな存在ですら頭によぎることも残念ながらなかった。
彼の中では憎しみという感情がひたすらにこみ上げて、思考を完全に支配していた。俺にはわかるはずのない心情までが、彼から伝わってくる。これは、ペンダントの能力の一端。
獣人から伝わる心情に対して、哀れみの感情が確かに俺の中で生じた。
俺がどう思っているかなんてわからない獣人は、俺から渡された発魔具を手のひらに置いた状態で赤い再生ボタンを恐る恐る押す。
「うわっ!」
獣人の驚きの声が発せられたと同時に、発魔具は中心から大きく光り出して魔力を解き放った。再生が始まった―――――。
『お姉ちゃん。この丸いものはなに?』
『これはね。お兄ちゃんに言葉を伝えられるものなの。だからお兄ちゃんのことをどう思っているか言えば、必ずお兄ちゃんも聞いてくれるよ』
『ほんとう?う~ん……。そうだ!お兄ちゃん!私ね!私の夢はね、みんなと仲良くすることなの!お兄ちゃんはみんなと仲良くしたいと思ってるのはユナも知ってるよ。なんで仲良くしてくれないかユナにはわからないけど、ユナは仲良くしたい!だから、ユナはお兄ちゃんを応援するし、ユナもユナで頑張る!だからお兄ちゃん。絶対にユナのところからいなくならないでね!』
『ユナちゃん。お兄さん思いですね』
『うん!』
『じゃあユナちゃん。最後に一言。お願い』
『うん!…お兄ちゃん。ユナはお兄ちゃんが――大好きだよ!』
その声を最後に発魔具は光を失っていき魔力が消えた。最後の言葉を聞いた獣人は、膝を曲げてしゃがみ、声を張り上げて大粒の涙を流して…泣いていた。




