第四話 準備(前編)
「なんか人間離れが始まっている気が……」
「仁也。私たち、人間卒業してるよ……」
結局パンテラに促され、剣を受け取る。俺はパンテラに二本と指定され、優花は一本。
本当に現実を見てるのか、なんて秘めたる高揚があった。
懸念していた重量――大して感じない。不慣れな剣ではあるが、関係ない。鞘からすでに、宝石のような輝かしさがある。
見惚れて抜剣すらできずに眺めていると、持っている瑠璃色と、鬱金色の剣。優花の淡青色の剣も、突然光り輝く。
手を起点に、腕を通して振動が上へ伝っていき、頭に到達。その瞬間、脳裏に数多くの言葉が浮かんだ。その言葉のすべては、剣の能力詳細だった。
脳内へ深く刻み込まれるようで、頭痛に悩まされる。剣が語りかけているようにも思えて、俺は頭を押さえる。
優花も同じみたいだ。
しばらくは苦痛な時間を過ごし、痛みが和らいで落ち着いたところで、笑顔で頷きながら確認するパンテラ。
悪魔の微笑みに見えて仕方がないが。この症状みたいなものは、さっきの儀式的なものによる作用かもしれない。
「剣を手に取ってわかったと思うけど、言葉が頭に浮かんで、剣の詳細が隈なく記憶にあるはず。思い出すタイミングは個人差があるから、今は思い出せなくても問題ない。それに加えて、剣の一切を口に出すのは死を意味する――」
扱いの注意は、いつもよりか意識しよう。怖ろしい。
「こういう武器は、どの神々でも抗えない拒否権がある。手渡す前に多少説明したけど、剣は旧世代の産物。つまり歴史を意味する。英姿たる偉大な先代の方々に、現在の私たちは力及ばない」
つまり、この剣の権限が絶対的なのは、先代へ尊敬の念があってのことか。
「神の眷属や人間、その他諸々も同様。なにかしらの形で許可が為されず、破られた場合は所有者がその場で抹殺される。神なら、剣自身もろとも消滅する。禁句ってやつだね。ただ、見破られた場合は別。そこら辺の判断は剣が行う。所有者が自身の武器を話す場合は、大概許可を得たってこと。それか口に出しても寛容な、変わった武器があるのかもだけど。滅多にない話だね」
「うん。なるほど――怖いわ!」
「契約、ってことになるね」
「ま、命奪っちゃうから危険なのは確実だね」
パンテラの言葉は決して、冗談には聞こえない。なにせ声が、おふざけな調子じゃない。
神の剣。すごいのだろうけど、実感が湧かない。それしか思わない。
俺はこの剣の価値を、きっと完璧には理解していない。
どちらにしろ、口に出すような危うい機会は、早々にはこないかな。そもそも、剣の詳細が記憶にあるかというけど、思い出せるわけじゃない。実際のところ抽象的なイメージ――いや、それすらもできない感じ。
尻尾を出されても掴み損ねる感覚だ。
「口にする機会なんてないと思うけど。さすがに、それで死ぬのは御免だし」
「うん。頼んだよ」
俺の剣が伝えてきたのは、施錠。
パンテラの話に合わせてなのか、そう捉えると意味合いとしては間違っていない。
とすると、思い出せた情報は実質ゼロ。とりあえず注意を払うことに専念だ。
「あっ。それはそうと、剣には名前があるから。覚えてよ?」
「「え?」」
「まずジンちゃんの瑠璃色の剣が風属性の《神剣エルステラン》で、次に鬱金色の剣は全属性の《極神剣パランティクス》。でもって、ユウちゃんの淡青色の剣が光属性の《魔装神剣スラビティア》だ。カッコイイと思わないか?」
「パンテラが名付けたの?」
「もちろん!」
中二病感、嫌いってわけじゃない。
「いや、悪くはないんだけど。恥ずかしいな……」
「そんなん言ってたら、きりないよー。異世界のほうは、用語がそんなのばっかだから」
「あっ。そういうことなら」
「ジンちゃん、意外に即答……」
いじる目的でもあったのか、一瞬にして不貞腐れた。
さすがに周りから浮くのは御免。気にならない環境なら安心だ。
そんなこと言って、変な目で見られたくはない。引っ付き虫がいい例だ。
でも、中二病と言われる人には、自分を堂々と出してすごいな。なんて感心するときがある。
想像力豊かなのは羨ましい。てか俺も一時期、中二病まがいなときはあったし。黒歴史ダケドネ。
「あっ、それはそうと。ジンちゃんの剣の、パランティクスだけどね。さっき言った特異能力が当然あるんだけど、他の剣と違って全属性。一日一回しか使えない制限付きだから。気を付けて」
「え? てか、属性って……」
「はいはい! それはいいとして。二人に報告があります!」
俺の質問は簡単にあしらわれ、話は進む。
とりあえず話さない理由があると願って、気にしないことにした。
パンテラの言う報告がいきなりで、なにを言いたいのか察しにくい。気楽そうで悪いニュースじゃなさそう。
「単純に言い忘れただけなんだけど。二人とも今、髪と瞳。色が変わってるよ」
パンテラは肘を掛けていた箱から、二枚手鏡を取り出し、渡された。
驚きというよりかは、本当かと半信半疑で受け取り、手鏡を覗き込む。
「は?」「え?」
俺と優花の感情が、声にこぼれ出る。
言う通りだった。本当に髪や瞳の色が変色した自分が、色鮮やかに映っていた。
髪が他色に染まっただけでも、まるで別人のように印象が違う。紺色の髪と瞳。吸い込まれるような、透明感のある目。
色の影響からか。自分の姿にも関わらず、静の字を纏ったような落ち着きある雰囲気。
「おぉ――!」
隣から優花の興奮が声色だけでも伝わり、気になって振り向かずにいられなかった。
優花の姿も確認すると、これまた印象が違う姿だった。
髪と瞳が透き通った狐色で、優花の笑顔に似合っている。穏やかさと温かみが増した印象。
「あったかい……」
「仁也?」
「大丈夫。気にしないで」
「ふぅーん。なに思ってたの?」
「いやぁ、似合ってるなって」
「どうもありがと。仁也もだいぶ変わったね」
「いやーなんか、新しい自分に生まれ変わった気分」
「うんうん。私もおんなじ。普段は髪染めたりとか一切したことないから、やっぱ新鮮だよね」
こういう感覚っていうのは、本当に初めての体験だ。
「満足してもらえてなにより。一つ理解していほしいのは、神の眷属になる際の副作用で、進呈じゃない。嫌がる人間もいるから、君たちの反応どうなるかなー、って思ってたけど。気に入ってくれたなら問題ないかな。で、ほかの進呈品が……」
そう言って、箱から新たに取り出したのは、小型のリュックサック二つ。
「中には必需品とか色々と入れてある。大した荷物量じゃないから、そんなに重くないし、必要なときに使ってくれて構わない。ただし、御伽話のように無限に物が出てくる――なんてことは、あり得ないからね?」
「充分、至れり尽くせりだけど……」
「それくらいのほうがいいんだ。準備っていうのは」
パンテラの用意周到さが窺える。
だけど、未だにわからない。なんで俺たちなのか。
元いた世界じゃ一介の高校生だった。ただ、それだけだ。いや、疑心暗鬼はやめよう。
俺は解決しようのない些細な疑問を、頭の片隅に追いやる。いずれまた、パンテラから話してもらえるかもしれない。今は恩を返すための行動をしよう。
「おっ。二人とも帰ってきたね」
パンテラの視線に合わせ、右手を振り向く。変哲のない空間が歪み、見覚えある犬猫のメイド二人が姿を現す。そういえば、どこかに行ってたんだっけ。
「申し訳ございません、主。ただいま戻りました」
「ご要望通り、各種揃えて参りました」
「ありがとう。時間は問題ないよ。むしろ丁度いいくらいさ、ご苦労様。早速で悪いけど、二人にアレを」
「「承知しました。主」」
メイド二人は掌を前に出す。なにをするのかと思えば、不思議なあの円形の平面図を、密かに出現させていた。
パンテラのときとは、微妙に模様が違うも似てはいた。
「「【収納魔法・発動 スアトロ・レグージギ】」」
円形の平面図に、躊躇いなく手を突っ込んで、中から大量の書物を取り出していく。
雪崩のように次々と出てきて、一冊一冊が辞書のような怖ろしい分厚さ。
「これが魔法……すっ、すごい!」
「いや、こんな本の数……」
尋常じゃない冊数を前に、優花はそっちのけ。魔法への驚き、興奮を隠せていなかった。俺としては困惑でしかない。嫌な予感がする。
いや、そんなことより――やっぱり魔法だ。夢物語のような、非現実的なことが現実になっている。それはもう、幻想じゃない。一つの事実にして現実。使ってみたい。使えるようになりたい。
っていう、山積みの分厚い本からの現実逃避。結局虚しいだけ。
いっそのこと、一冊ずつ消えていく夢でも見て、床に就きたい――が。あぁ、ただの二の舞だ。聖地というベッドもない。現実は変わらない。
こういう困難な壁ならぬ、山が立ちはだかったとき、大抵は――
「次の進呈は……ズバリ! 異世界の知識習得! 二人にはこの場にある本を、すべて読破してもらいます!」
うん、やっぱ無理だった。