第二十話 危惧すべき
辺り一体に飛び散る血と肉片。唯一残ったのは足が二本と頭。
なぜこんな結果を生んでしまったのか。どこで間違えていたのか。
確かに怪しい動きはあった。当然ながら魔力の流れに異変があれば即座に行動を起こしてた。でも、なにも感じなかった。明らかに怪しい動きをしていたのはわかっている。
でも…俺にはなにもできなかった。ことの一つを適当に見ていた。
「ガハハハ…面白え!」
「笑えますね!」
「お前はうっさい!」
側仕えは男に回し蹴りをされて後方に吹き飛ばされる。仲間にも理不尽なのかよ。
「はあ…それにしても。女の子がかわいそうに。誰にも助けてもらえずに死ぬなんて」
「お前が、やったのか?」
「ん?私ですけど、それが?」
男はあっさりと自白しやがったが、どうにも余裕な様子が鼻につく。
男が最初に言っていた『楽しみ』が現実となった。差別的な殺人。男の癖。
無慈悲としか言いようがない。イカれてる。
と、俺は男への不安を募らせていると横にいたジークが荒れ狂うような様子を様子で怒る。
「お前には慈悲なる気持ちがないのか!」
「ない。免疫ってヤツだな」
「免疫?」
「いやー私達ね。やっぱ魔獣とか殺してるわけじゃないですか?だからだんだん物足りなくなって…やっぱ人間ですから、新たな刺激、発見をどうにも欲するんですよ」
男に決まった感じの口調はないが、捻くれた感性と理不尽さで男は成り立っていると言ってもいいくらい。
そう思っていると後ろのほうから泣き叫ぶ声が響き渡る。
「ふざけんな!!」
その声は殺された獣人の女の子の兄だった。お兄さんの目からは滝のように涙が流れて闘技場の地面に静かに滴り落ちる。
そして歯を食いしばって泣き叫ぶ。
「あーあ。そこのアオハラジンヤとかいう小僧ががあの矢を受けてなければなあー」
「なに?」
俺は自分の名前を教えていないにも関わらず、男の口から俺の名前が出てきた。
さらには山での闘いを傍観者的に言い出す。あの矢って。麻痺のほうかな。
「『なに?』。なんて言われてもねー。おの方達から聞いた話だから完璧に全容を知るわけではないが、君が受けた矢は全部で二本。その内の二本目なのだが」
それには疑問しか出てこない。ここで出す話題が一本目の矢ならわかる。だが、二本目に関しては特に気になったことはなかった。ただ、一本目と同じように魔法を使っているような様子が見えた。陰ながら魔力も感じ取れた。
けど、決定的なことは起きていない。
「そうですか。でも、今さらその話をしたところでなにが変わる?」
「そうです。焦らさないでください!」
俺に同調してクラリも意見をぶつける。
「いやー。『焦らさないで』って言われても。変わるのは事実なので。あなたの愚かさはあなた自身がしっかりと知らなければならないですから」
「お前は俺の教師か」
「いえ。そんなんじゃありません。牽制で すよ」
「牽制?」
「ええ。私がやったことではないのでよくわかりませんが、そろそろですね」
そう言って男は手元に懐中時計を出して時間を確かめ始めた。時計の存在が頻繁に出てくるので希少かどうか疑わしいところだが、出会った人のほとんどが地位的に持ってそうな人ばかりなので考えないことにした。
そんなどうでもいいことを考えていると男はすぐに懐中時計を仕舞い、明後日の方向を向いてにんまりと笑う。正直言って気色が悪い。
気持ちが悪いうえに恐怖も感じる。
だが、本当は人にそんな感情は抱きたくない。同族なのだから。でも、女の子を殺したやつにいい感情は抱けない。敵視してしまう。相手がどんな境遇であろうと人に、同族に危害を向けるなら。
これは意思というよりかは本能だろう。
さらに言えば背後の存在というのもある。ハッキリとしたことは言っていないが、その背後だと思われるグロマとの関係性が疑わしい。
「それで、『そろそろ』って?」
「お気にならさず~。大丈夫。もう始まります」
「なに言って…あ、あれ……」
俺は『始まります』と言われた瞬間に俺の体はフラついて平衡感覚が狂い、目の焦点が急に合わなくなって立つことがままならなくなって思わず立て膝になって座る。本当は今すぐにでも倒れ込みたいくらいだった。
生まれて初めてと言ってもいいくらいに体験したことのない異常な状態だった。
「これは…なんだよこれ……」
「仁也!」
「だ、だいじょうヴェ」
「ヴェ?」
優花が心配してくれたのか、俺の名前が優花の声に乗って聞こえる。
俺は透かさず答えたつもりだが、最初つまづいたうえに、『ぶ』がうまく言えずに発音してしまった。
「これりゃ、どうゆ、こと…」
「アハハハ……。生意気言ってた小僧がこのザマかよ」
俺はその言葉に少しばかりか涙ぐんだ。同じような局面に繰り返しなってしまう。自分が無知で弱いせいか。努力が足りず力で劣るからか。世界を知らな過ぎて未熟過ぎるからか。
俺はどうしようもない自分に心底、嫌気が差す。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「予定通りってつまらないなー」
「なに言ってる。予定通りだからこそ確実に物事が行える。悪いなどとは思わない」
「そうかー?」
闘技場の観戦フロアの暗闇でフードを被ったローブ姿の傍観者二人。声からは若々しさを感じさせ、体型はともに中肉中背。プラス身長のほうは極端に高く、極端に低い。
言動からは高い者は計画的。低い者は突発的といった印象が強い。といっても姿は大人と言うにはまだ幼い。仁也達と同じくらいの年齢ではなかろうかと思わせる。
「というか。子供だからってこんな任務は失礼だと思わないか?」
「そうだな。僕達を見くびっているのはよろしくない。正当な評価をもらうべきだな」
「だろ?だからさ。不満があるんだよ」
「でも。あのお方の望みを叶えなければならない。我々はそこらの輩とは違うのですから」
暗闇にたたずむ傍観者二人は使命感こそが生きがいと言っているようだった。彼らの境遇はまったくもって知り得ないことではあるが、この世界で生きる人間には身分格差とともに環境格差も存在している。
劣悪な環境というのは心身ともに大きく影響を与える。
彼がけしてそうとは限らないが、若々しさが目立つ者が従者として生きるのはこの世界に問題があると言っても間違ってはいなかった。
「しっかし。あの神の眷属は相変わらず手駒にされるよねえ」
「いや。別に手駒にされようが関係ないのかもしれない」
「どういうことだ?」
「要するに彼にはプライドがない、かもしれない。一見して彼の感情的な行動はプライドが傷つけられたことへの悔しさのようにも見えるが、そうじゃない。ただ感じるんだ。雰囲気から」
「な~んか。説得力があるような、ないような。まあ、少なくともお前の能力だから多少の説得力があるけど。雰囲気ねえ……。雰囲気というよりかはオーラじゃねえの?」
「そうとも言える。彼にはプライドがないからこそ人に優しい。確かにオーラだ。そして、魂的な意味合いで彼の素性がそれを物語っているよ……あぁ、ゾクゾクするっ」
「…まあ。どちらにしろ。俺達はただこうやって傍観者になってこの場のことを報告すりゃいいから。考える必要はねえよ」
「……うん」
と身長の高い者は答えるが、彼自身はそう思ってはいなかった。彼は安直になるべきではないと考えていた。力というのは絶大なもの。その力の根源はなにか。最終的にはなにが力を強くしているのか。
彼が思う力の根源は『気持ち』、そしてそれに伴った『意思』。
そう考えるゆえに、けして安直にはならずに危惧するべきだと。そう思っっていた。
小さな力はやがて大きな力となる。というのは強者も通過した過程。だからこそ、今が貧弱だとしてもけして侮ってはいけない。
彼は密かに、未来への不安を抱いていた。




