第十一話 五重奏の門出
加筆修正に伴い、九話を分割しつつ構成変更しました。
◇
俺たち二人は玄関前の曲がる両階段へと到着した。下りる先へと視線を落とせば、見慣れた姿が多くある。
「あっ。おーい、こっちぃー!」
右手を振って居場所を示し、玄関前で反響する優花の声。手を振り返し、一段ずつ踏みしめて優花たちの元へ。
日は出始めているが、羽織物を脱ぐ気持ちにはならない。まだ寒さを忘れられない温度。朝ということもある。
「男二人、揃っての寝坊ね、仁也にジーク」
「相変わらずな早起きだね、サリスは」
「でも、ジークだってそれなりに早いじゃない? 仁也はともかく」
「俺のことはいいだろ、別に」
心を甘く構えた朝から、サリスの棘を食らうのは中々堪える。
「地味に傷つくって……」
「あ、ご――じゃなくて、フン、知らないわ」
時間を配慮した心の叫びに、サリスは反射的な対応で謝る素振りを見せた気がしたが、攻撃的なサリスに戻った。
「あれ。今一瞬、謝ろうとしてた? あのサリスが」
意外な展開だったのか、どうやらその気配があるだけでも、相当珍しいらしい。世紀の大発見とでも言いそうなほど目を丸くしていたが、ジークはそれを弱みとするような悪戯心溢れる笑みを浮かべた。
「だいぶ失礼な発言だと思うんだけど。別にそんなことはないわ。ちゃんと謝罪はできる人間に育ててもらったから。頭を下げてね」
「じゃあ今は? 嫌いなの?」
そして恐らく攻撃と捉えられるジークの質問が飛び出た。
「嫌いとかどうこうじゃなくて、その必要はないでしょって話よ」
「ふーん、なるほどねぇ」
「なに?」
「いーやぁ、甘くなるってことはそれだけ信頼と信用があるんだなあって。サリスにしては珍しいなってね」
「減らず口……閉じたほうがいいわよジーク。容赦しないわ……」
獲物を見つけた野獣のような鋭い目つきで、ジークに狙いを定めるサリス。
地獄を見ているような気分で、今にもジークに攻撃が仕掛けられそうだ。その本人は知らん顔。
「まあまあサリス、落ち着いてね」
「うん、そうねっ」
「子犬じゃん」
「あんなヤツ、ほっとうこうね」
重ね重ねの挑発という名の攻撃の末、ジークそっちのけ。いつしか見たデジャヴ。これが日常的なようで、クラリシアさんは微笑みながら見守るだけだった。この中で一番大人な対応を見せている。
でも、ジークの言うことが本当ならちょっと照れくさい。
「あと仁也、ジークの言うこと鵜呑みにしなくていいからね? ほっんとに、いい?」
「え、あぁ、わかった」
「私はそのっ、普通だから。これがっ!」
「必死なのが?」
「違うわよ!」
初対面ではキツイが、慣れれば可愛く見える。それも本心が垣間見えれば、なおさら。
「意外にやるね、仁也。僕より翻弄してるじゃん」
「別にそういうつもりはないんだけど……」
思わずこめかみを指先で軽く掻き、苦笑いを浮かべるしかなかった。あのとき――会ってすぐのときだったら、打ち負かすくらいに思っていたはず。
「「「仲がいい?!」」」
サリスへの対応を過去の自分と比べていた矢先、女子三人の息の合った反応が、今朝一番の反響をしてみせる。
「「どういう意味だよ!」」
思わず叫んだ一言は、ジークと重奏となった。反射的に隣のジークへ振り向けば、顔を見合う形になって瞬きを繰り返す。「なんで」、の発音に合わせたようなテンポ。
「ハッハッハッ、朝から元気だな。まだ白髪は生えていないが、もう何十年も年を取った気分だ」
時が止まったような状況に、堂々たる姿勢で割って入る国王陛下。隣には王妃様。そして執事のゼルさんが背後に続き、各々で挨拶をする。
「うむ、おはよう。どうやら最高の日になりそうだな。仁也殿に優花殿。舞い上がりすぎて礼を申し上げていたか覚えていないので、今一度」
と、頭を下げられた。
「このことは国民に伝えておく。ジークとクラリシアを任せた」
「はい、任されました」
「私たち一同、精進します」
「うむ」
頭を上げて深々とした頷き。勝手ながら、国王陛下から申し出た今回の同行が真意でもあり、そうでもない気がした。それは頭が垂れる瞬間から感じ取れた。
まるで、可愛い子には旅をさせよ――のそれを見ている気分になる。
「お父様!」
「クラリシア!」
感情が込み上げてきたのか。国王陛下の元へ駆け込んでは、お互いに抱き締め合う。
「クラリシア。広い世界を見てきなさい」
「はい。お父様」
「うむ。あと、お前の――」
「――……はい!」
この小声の会話が、家族間の仲を表している一つ。傍から見守る人間に笑顔を届ける。
ジークは迷いや不安、弱音などを一言たりともこぼさず、母親からの激励に気合の込められた返事を周囲に響かせた。
二人はさらに、会話の相手を替えて心配や期待に励ましの言葉を我が子に送った。
「ちょっとおおぉぉ、待ったっ!」
と、バスへ駆け込み乗車する会社員のように、掌でも停止を示して息を切らす第一王子フリード。
「私――いや、俺にも。弟と妹の門出を、祝わせてくれ」
喉に溜まったであろう唾を飲み込むような間を挟みつつ、肩をほんの少し上下に揺らしながら祝福の笑みを送る。
さらに――。
「さりすううぅぅ」
バスの乗車で例えるなら、タイミング的に乗り遅れたことになるサリスの姉バヌカさん。フリードと違って呼吸は荒くなかった。
「姉さんっ!」
ティアラ一家も姉妹で体を包み合った。両親は都合上の問題だろう。
全員揃った隣のルーメン一家では、意気の籠った声が聞こえる。
「俺の分まで、外交で目にできない世界の真実を――見てきてくれ。でも一番に、二人自身の成長を俺は心より願っている。この国は任せろ。王都に残った爪痕も、心の傷跡も。次また会うまでに、真っ新にして治しておく。父上とともに」
「そうだ、フリードの言う通り。こちらのことは任せて、頑張ってこい」
「私たちは、離れていても家族よ」
兄、父、母が二人を手繰り寄せるように集合させ、最愛の全員で包み込む。俺にとっては二重の意味で心を揺るがせた。
「さ、仁也殿たちの元へ行ってこい!」
背中を押し、目元を震わせながら区切りをつけた。
「「はいっ!」」
「サリス、気張っていきなさい!」
「わかってるわ!」
そして姉妹の二人も同じく。
両家族から俺たちの元へ。新たに加わる三人や優花とともに、玄関前で実体のない停止線に沿うようにして、足並みが揃う。
全員で両開きの玄関をそっと押し、穏やかで新鮮な俺だけ異世界初の朝を目の当たりにする。
視線の先には鉄格子の門へと続く庭の道。
一歩踏み出す前に、ジークとクラリシアはもちろん。俺たちもお世話になり、またこれからもお世話になる背後の人たちへ、五人全員で心を込めて――振り向きざまに一言。
「「「「「行ってきます!」」」」」
発すると同時に、五つの片足は未来の地へと足音を立てた。
照る太陽光の元、本当の門へと足を進める。
サリスは早速優花に絡んでは、ルーメン兄妹は始まる旅に胸と会話を躍らせていた。
俺はネックレスの先、首にぶら下げているペンダントを服の下から掌に乗せ、立ち止まる。
黄緑色に色濃く輝き、鋭い反射光。今となっては両親の形見となったそれも、祝福してくれているように思えた。
「じんやあぁ。下見ていないで、早くぅ! 置いてくよぉ――!」
「おー、ごめん待って!」
優花の呼び声。行かなければ。
胸の内に宿すようにペンダントを戻し、先にいる四人の元へ地面を蹴った。




