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   第十話  密談

加筆修正に伴い、九話の内容を分割して構成変更しました。


    ◇


 この世界は、聖域を含めた世界の総面積は未だに判明していない。主要な大陸や海洋、島、運河は十三。世界は陸が七、海が三。七:三の比率を誇る陸地が広域な世界。


 人間社会において世界の中心として位置する島、それを囲む四つの島合わせて五つ。主要な巨大島や周辺の小島は《アルカダ群島》の名を持つ。


 世界の東には二大陸と運河一つあり、西は三大陸と巨大島が二か所、世界最大の運河がある。

 南は未開拓。北に聖なる領域が控える。

 ルーメン王国は東の大陸の一つ。《ドラリオン大陸》に属している。


 と、彼にとっては部下に当たる平々凡々な青年に雁字搦(がんじがら)めような言語で、地理の知識を教示する。


「で、そこにいたわけよ、そいつは。わかった? 無知蒙昧くん」


 講義場所は老朽化した木製の一室。一足による僅かな移動でも、床板が軋む。

 中央に長机と長椅子二脚。机上に立つ蝋燭は灯されているが、仄明るい程度。陽光は完全に遮断。バファナにとって、密室の居心地は最悪この上ない。


「いやいや。バファナさん。その『そいつ』を知りたいんですって。こんな幹部が慌ただしく動くことなんて今までなかったんすから」

「はあ、あいにく俺は秘密主義者じゃない。ここで口を閉じて留めておかないと……」

「え?」


 青年の胸ぐらを左手で掴み上げ、右手で前頭部を鷲掴む。たとえ支配から逃れようと藻掻こうも、抵抗虚しく。燭台の位置を把握したバファナは、灯火に青年の頸元を曝し固定。自身の顔面を接近させた。

 (なぶ)るような視線で口角は吊り上がり、鋭利な眼は灯光(とうこう)で閃く。


「――殺すよ?」

「……っ!」

「あっ。もしくは殺される、かな。腰抜けた?」

「す、すい、すいません! 失礼しました!」

「おう、わかってくれればいい。ま、こっちも色々と気が立ってたわ」


 恫喝の姿勢から急変し、バファナは笑顔で拘束を解いた。青年は木壁に後退して凭れつつ、戦々恐々とした様相で腰を落とす。

 その刹那、木製扉が三度の打音を知らせる。


「おっ。来たようみたいだな。入っていいぞ」


 許諾後に甲高い開閉音が鳴り、漆黒を着為す黒の長髪を流した人物が入室する。


「失礼する……バファナ」

「おう。てか、お前ここの支部長だし、俺はお前と同格。その姿勢で接する必要なくねーか。相変わらず陰気だな」

「お前の無礼無作法も相変わらず、だと思う……」

「親みてぇなこと言うな……ん?」


 眉根を跳ね上げ、バファナは男の頭髪を注視する。


「なんだよお、俺の髪になんか付いてるのか……?」

「お前、そこで一回転しろ」

「えぇ……わかった……」


 困惑顔ながらも、従順に正面から右回転。

 地を突くほど伸長した波打つ前髪から一転。側頭部と後頭部は芝生を彷彿とさせるほど刈り上げられていた。

 バファナの脳内は、異様に垂れる前髪に変換機能を働かせていた。


「すげえ前髪目立つじゃん。山間にある滝かよ」


 顔面を彼の前に帰還させた前方限定の長髪男は、失調を窺わせる頬や蒼白の肌色、下眼瞼の隈を覗かせて、目を細々とさせた。


「少し表現力ある例えが腹立つよ……」


 吐息交じりに感情を吐露した。

 壁際に放置された呆然自失の青年など未だ眼中にない両者は、長椅子に腰掛ける。


「とりあえず、脱いだら?」

「お前もな」

「わかってるよ……」


 外套を背凭れに掛けるバファナ、独特な髪型の男は上腿で畳み、腰に引いた。


「毎回のように緩和材引いて、これから大丈夫かよ」

「仕方ないだろ。細身の骨盤にくるんだ……」

「いつか死ぬぞ」

「でも不思議なことに、死んでない。どうしてだろう……」

「ホント、お前見てると生気失うわ」

「君といると俺は、活性化するよ。元気をありがと」

「吸血の魔人族じゃなくて生を吸う悪霊だな」

「だからその妙に的確な表現やめてくれ……」


 脱衣して露出する漆黒の内部。異様な前髪の男は、叫喚する人間を模倣した金の胸章を付け、歯牙と口腔内を紺色模様として描写した黒服を着用


 バファナは開口時を再現した金の胸章に、童男が両手を頬桁に当て絶叫する様相が、黒服の紺色模様となっている。

 彼としては、外套の過度な保温から解放されても爽快感などなかった。

 採光叶わず、さらに密閉状態でもある室内は、もはや息の根を止めようとでも宣言されたような空間。大した安らぎもない。 

 まるで――


「――お前の頭の中でも覗いてる気分だ……」

「なにが?」

「この部屋だっつうの」

「あぁ、そうか……前から思ってたけど、とっくに感心もしてないからね……? 上手いとも思わないし」

「俺だってなんとも思ってねえよ。褒められようなんて魂胆ないっちゅうの」


 それは紛れもない真情だが、過去の称賛による快楽が薄寂しいのも、彼の本心としてあった。


「なあ。支部の場所、移動すれば? こんなちんけな場所じゃなくてよ」

「どうだろう……まあ、意味合いとしては間違ってない」

「まさか俺は、その手伝いに呼ばれたのか?」

「半分、そうみたいなものだよ……」

「ほうほう。で、もう半分は?」


 前傾姿勢を取り、瞳孔が閉じた粘着質な一笑。バファナには核心に迫る勧誘が、興味関心を募らせる要因でしかなかった。


「ルーメン王国支部に関して」

「あぁ?」


 刹那的な興醒め。落雷の人柱になったような急転直下と絶望が急襲し、右手で眉間を押さえて長椅子に躰を預ける。その直後から吐息が幾度にも零れた。


 奇抜な髪型の男にしては、比較的滔々とした会話の進行。同構成員である以上、多少の相違はあろうとも類似していることは確か。

 彼はそれも相まって興奮による作用だと判断したが、期待は儚く飛散した。


 バファナはコイツのことだからと黙考し、やがてこの一室が向上効果にでもなっているのかと結論づける彼は、首を上下に自己完結。

 でなければ、こんな陰湿な部屋になっていないと己に言って聞かせ、加えて自画自賛。最終到達点は反芻して度々自身を褒め称える境地だった。

 

「……なんで、そんな首振ってる?」


 彼らのいる一室と遜色ない語気で、没頭するバファナに問う男だが、それは彼にとって斬撃ほど鋭利だった。


「けっ、邪魔すんなよ」

「似てるね、兄弟でもないのに」

「うるっせ……たっく。あいっかわらず憎たらし。世界が広いんだか狭いんだか判んねえよ。なんで境遇が似つくんだか」

「仕方ない……自分を好きにならないとやってけなかったんだ……」

「いちいち引き合いに出さなくていいっての。俺のことなんぞどうだっていい。で、さっき言ってた『ルーメン王国支部』が、なんだって?」


 右手を左右へ翻らせ、自身を無下にして話頭に転じる。


「あっ、もしかして支部長になれってか?」


 話柄としない男の言う『半分』に、バファナは敏感だった。突如として沈黙を貫く事様には、大抵理由があるとして。

 彼の質問はまさしく偏見混じりの察知。


「どうせそれ言ってきたのは、ただ指示するだけの管理官どもだろ?」

「あぁ、そんなところだ……」


「やっぱりな! ハッ。いつも言ってるが、俺はやなこった。管理される筋合いねえし、面倒だし。大体俺は、一構成員とはいえど幹部だっての。アオハラジンヤは今ルーメン王国。俺が餌付けのための脇役ならぬ餌役になんてお断りだね」

「バファナは本当に管理官達が嫌いなのか。彼らのおかげでこうして長く安泰なのに」

「それはお前のとこだけだよ」

「怖いなあ。まあ自由奔放の君らしい返答だけどね」

「で、以上か?」

「いや。最後に、というか……」


 上体を前のめりにし、少々眉根を顰める男に、バファナは勘づかずにはいられなかった。

 待望の一瞬で、胸部から全身へと精神的にも肉体的にも熱を帯びる興奮。酒以外に呑まれそうになるのは、彼にとってこれくらいのことだ。


「部下や外部に漏れるのは避けたいか、ら……」

「ん、おい。なに壁際見てる、んだ……――こいつ、邪魔か?」


 呆然自失から一転し、固唾を飲むようにして幹部二人の狭間で縮こまり、凭れていた。


「バファナ、なにかしたか……?」

「『なにか』って……そりゃあ色々と教え込んださ。地理の勉強に、脅迫と口封じの勉強だな」

「そこまで詳細が挙がるってことは、冗談じゃないのか……。あまり恐怖心を与えないでもらえるか……?」

「知らん、勝手に怖気づいただけだ」

「はあ。バファナを支部長にしたい管理官は、なにを見たのやら……」

「俺の実績、ただそれだけだろ。てかぁ、早く追い出せよ」

「わかってる……君、下がっていいよ」

「――え、あ、は、はいっ!」


 起立から周章狼狽になって、一時青年の足が腐朽した床板を突き破りつつも、荒々しく扉を動作させ退室。一部始終を見届けた両者は、一室の床一面に淡灰色の魔法陣を展開。

 状態維持を継続して、両者前傾姿勢で密談を再開させる。


「先の話はすべて建前、助力してもらえるとありがたい……。本来はその必要もないけど、唯一、この躰がゆえに耐久性がないから……それに、頼るのはそれだけじゃない……」

「ふぅーん」

「俺たち支部が計画しているのは独立行動による、確かな成果が目的だ。内密に首領様にのみ、把握していただいている」

「そうか。それで、内容は?」

「先程バファナも言った、『手伝い』だ。彼らがここを訪れるのにはそう時間は掛からない。いくら隣国といえども。いくら距離が離れていようとも。聖域を目指す以上は世界中を奔走するだろうしね……」


 陰は男にとって仮面でなく本性。だから今の状態が表面的な反応だろうかと問われると――そう熟考するが、着地はしない。


「根暗なお前が、そこまで積極性が増すってのは正直驚きだっての……」

「そうだねえ……――主の思し召しがこれから、だからだよ」

「思し召し、ねぇ……?」


 前髪を掻き上げ、バファナは項垂れる。前方の、恍惚を浮かべる男と相違して。


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