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   第九話  第二王子

加筆修正に伴い八話より分割し、サブタイトルを変更しました。





『五……』



 囁き声のような、歪にも雑音にも思える音。

 暗黒に堕ちた水中に光が差し、水面へと掻き分けるように泳いだ途端――世界が黒く

なる。


 覚えのある感触と自分の全身、閉じた瞼。状況は俺が察するまでの情報を与えてくれた。

 閉店により下りたままのシャッターを開ければ、陰が日に追いやられ、新たに影が生まれて三つ巴になった天井が、一番に俺を迎えた。


 両腕を支えに上半身を起こせば、燃え尽きた灯りと静寂に包まれた部屋が見えた。この静けさにはどうも見覚えがある気がしてならない。まるでそう、遅刻したときの――


「朝……か――って、あ、朝だ!」


 朝の出発に間に合うかどうか、そう思いながら聖地から飛び上がる。

 逆にここまでくると冷静にまでなりそうだが、サリスに煽られる未来が目に見える。


 本気か、じゃれ合い――はない。まあ大抵、威圧的な鋭い視線と言葉の数々を浴びせられることしか想定できない。そうなれば危機感はさらに増す。地を踏まずして戦場となった。


「俺、これから朝を騒がしする自信しかない……」


 思わず出る不安を小声にして漏らし、洗面所に行く余裕がない今は、近くの窓を開けて水魔法で頭から被って洗う。


 若干、水圧がとんでもないことになって慌てたが、なんとか瞬間的に解除して事なきを経たあと、風魔法で乾かす。


 さらにパンテラから貰って現在着ている服も一旦脱ぎ、泡水を想像して発動させた水魔法と温かな風を吹かせる風魔法に晒して準備を整える。


 最後に羽織物を肩掛けし、フックの確認を最後に扉へ急行。反射的に扉を蹴りそうになるも、戦いの火蓋が切って落とされた今の状況に、俺は深呼吸を挟んで扉を開け、冷静に部屋を出た。


 もう笑わってくれ――とでも他人に一声掛けたくなる。んなの不審者か。異世界だというのにまるで変わらない俺の朝。今出た欠伸もまた同じ。


「いや、今までにない朝でもあるか……」


 元いた世界に置いていった俺の部屋と愛しの聖地とはもう再会できないし、異世界でこの屋敷の聖地とも今さっき別れた。

 そう考えれば、俺にとっては非日常で、悲しみに暮れる朝。だが、それを糧に前へ進む。



 そうやって頭で考えるより前に、体は自然と足取りよく廊下の絨毯を踏む。

 もしかしたら、これは一つの機会なのかもしれない。今までは自分の部屋の聖地一筋だった。


 だが、こうやって出会いと別れを経験した今、異世界という地で新たに――各国にある聖地を巡ると新たに目標であり夢を掲げるのもいいかもしれない。

 聖域までの道中がより楽しくなる。


「久しぶりに、夢中になれそうだ……」


 俺の胸の内では、確かに祭りで騒がしい。それも自然と笑顔がこぼれるような、盛り上がる騒がしさだ。


 こんなの、じいちゃんに素振りを見せるために努力したあの日以来な気がする。天井に吊るされた煌めきや左右の豪華な装飾の輝きは、俺の新たなる夢であり目標の設定に祝福しているようだった。


 独り、内心でお祭り騒ぎの中、おしとやかなメイドさんとすれ違い、互いに一礼。巨大な屋敷の二階に張り巡る長い廊下を歩いていく。


 一階がメイドさんや執事のゼルさんが頻繁に出入りする部屋が多く、寝室などがある二階はそれに配慮されている。

 聖地が物足りない俺としては、目覚めに興奮剤でも投与してほしいほど眠気に撃ち負けそうで、使用人の方々には尊敬の眼差しを向けたくなる。


「「あっ……」」


 なんて考えていると、予想だにしない人物と鉢合わせた。クラリシアさんと同じように、呼び捨てなんて反射的に躊躇う相手。


「――おはよう、ございます」

「あ、お、おはようございます」


 一対一はこれが初めて。少しだけ間が空いて――


「あの、一つお聞きしたいことがあるのですが……」


 申し訳なさそうな質問がやってくる。


「ああ、うん。なに?」

「この世界ってどう思います?」

「――え?」

「いえ、大して深い意味はないのですが……」


 独自の価値基準で(ふる)いに掛ける主婦の視線を受ける野菜。そんな立場を錯覚せざるを得ないが、深い意味がないという言葉を信じるしかない。


 ただ、核心を突こうとする単刀直入な質問であることに間違いない。なんて考えるより、正直に思うことを言おう。

 一度考えるのをやめ、あのとき――内戦を思い出させ――。


「そうだなぁ……いい人もいれば、悪い人いるって感じかな。当たり前だけど」

「フッ。そ、そうですか」


 予想外な回答だったのか、笑みをこぼした。


「面白かった?」

「なんというか――単純な答えで呆気に取られました。当然のことではありますが、確かに的を射てるなと」

「そっか」

「はい――あ、一つ気になったんですが、優花様と仁也様は何歳で?」

「十六。優花も十六」

「はい。私は十六。クラリシアは十五です」

「同い年か」

「はい」


 突然と会話は途切れる。お互いに間を繋げる話が出ないまま、ひとまず玄関に向かったまま沈黙の時間が続いた。

 が、ジークが同行を望む理由が気になって問いかけた。


「あ、あのさ」

「な、なんですか?」


 変わらずの丁寧な口調で、少し話しづらさがあったが話を進める。


「ジークってさ。『自分がこうなりたい』ってあるの?」


 さすがに直球は警戒されるから、少し遠回り。


「こうなりたい?」

「うん。強い人になりたいとかさ」

「……なりたい自分、確かにありましたが……でも、無理です。()()だと」

「『ここだと』?」


 足取りが止まり、俺もそれに合わせる。その発言に陰の気配を感じ取った。下唇を噛み、瞼が垂れる表情は、感情の複雑さが表れている。


「なんで……?」

「私は一度、他国との会談に行く父上とご一緒したことがあります。そのとき、ほんの少し。なりたい自分が見つかりました。ですが、日々他者と関わるうちに、そんな将来の自分を思い描くことができませんでした。兄と比較されては一部の貴族や同年代から笑いものにされます。父上は知りません。王族の落ちこぼれと呼ばれることも多々……」

 

 たとえ、傍から見たら微笑ましい家族でも、裏では外部との関わりで苦労していた。それも、兄との比較。


 サリスから聞いた十年前のようで、ルーメン一家は呪いにでも掛かっているんじゃないかと思ってしまう。それか、因縁か――少なくとも背負い悩むその内容には、きっと根深くあるはずだ。


 こういうとき、言葉は簡潔的な印象に錯覚させがちな気がする。だからといって俺は、それを軽く捉えることはない。

 ただ今は、本人の口から多くを語らないということは、そういうことだ。そりゃあ当然と言えば当然。まだ昨日初めて会った相手だ。


「そっか」

「はい。お恥ずかし限りです」

「別に恥ずかしい事はないと思うけど」

「え?」

「一応、確認だけど。恥ずかしいっていうのはどの部分が?」


 あまり深掘りするのは避けたかったが、なんでかねえ。


「まあ、その……比較され、落ちこぼれと言われる自分が、ですが……」

「俺の思い違いだったら安心だし申し訳ないんだけど、君はきっと苦労がほかにもあるんじゃないかって思った。もちろん、ここで今それを言う必要はない。言いたくなったら無理せず吐き出せばいい。自分のことが恥ずかしくなる人なんて世の中たくさんいると思う」


 偉そうな口利くなって話だが、これでもなんとか励ましていければいい――そう思う。余計なお世話じゃなきゃ、だけど。


「ちょっと、見る箇所を変えない?」

「見る箇所?」

「そ。昨日、同行する理由言ってくれたときに言ってたじゃん? 『望んでいた好機です』って。さっきの話聞けば、それが本心なんだって思った」

「そう、ですね……」

「そしてこうも思った、すごいなって」

「え?」


 特段、大したことは言ってない。事実だから。


「着目点でいいのかな。恥ずかしい自分を見るんじゃなくて、今の状況を変えようとする、そんな自分を見ればいいんじゃない? どっちとも事実で、だからこそ別に恥ずかしいことなんてないし、むしろカッコイイと思うけど。努力家で応援したくなるよ」


 ジークの顔が少し驚いた表情で固まっていたのが、目に涙を浮かばせていた。やっべ。


「あ、ごめんごめん。ホント偉そうに言って。ほんっと!」

「いや……大丈夫だって、平気へーき」


 後ろを振り返り、目を拭うような動作をして正面が戻ってきた。


「ホントに?」

「うん、大丈夫。ありがとう、色々と。まだすぐには見方を変えられないけど、意識してみるよ。中々、刺さった」


 俺という一個人の意見を真に受けることもないが、それでも『刺さった』と言ってもらえれば悪くなかったのかもしれない。


 心理カウンセラーみたいな専門家でもないから、大したことが言えないのは最初からわかっている。

 ただ、これから共にするなら気持ちは軽いに越したことはない。なるべく。


「てか、自然な口調だったな」

「あれ、そうかな。もう、このままでいいかな」

「そっちのほうが、気が楽?」

「そうだね、仁也は?」

「まあ楽。俺もこれからジークって呼べばいい?」

「そうしてもらえると、ありがたいかな」


 頬を人差し指で軽く掻き、若干照れくさそうな横顔。俺たちは再び歩き出す。


「りょーかい。でも、俺の印象だと、最初から口調を崩さないものかと思ったけど」

「まさか、素はこっち。僕は生まれが特別なだけの人間だよ」

「そっか。偏見ごめん」

「いやいや。むしろ神の眷属様だから、親しみとか縁の遠い言葉だと思ってた。失礼のないようにって昨日会うまで緊張しっぱなし」

「いやいやいや、俺は一番堅い言葉遣いとは縁が遠いって。あぁ、でも国王陛下の前では、なんかそういう気がなくなるんだよなあ」

「父上だけ異常に持ち上げてるね?」

「いや、そんなつもりないけどな……」

「あれ?」

「いや俺、見下してるわけじゃないって。一切そんな気ないから」

「わかってるよ」


 柔らかくなる表情、ジークの笑顔を見ることができた。正直、時間を掛けて関係を発展させていこうとは思ったけど、もうここまで会話が弾むとは思わなかった。お互い隠していることは多いと思うが、それが人間。だれしも成長していけば抱える。


 とりあえず俺がこの会話で自覚したことは、イジられて他人に振り回されやすい、だ。

 いや前々からだし、今さらかよ。



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