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   第八話  夜襲直後


 俺は放置していた靴を履き、助けることだけを考えて全速力で廊下を走った。見つかったらあとで謝ろう。今は優花たちの元へ行かなければ。


 そう思いながら屋敷の形状に沿った一番外側の廊下を走り、玄関前から階段を上がり二階へ、その末に優花たちがいる部屋の扉前に辿り着いた。

 笑い話が聞こえるが、内容まではわからない。視覚での確認も済ませるため、ノックを挟んで部屋に入ることを伝えた。


『え、誰?』

「俺。仁也」

「あー仁也ね」


 扉を半開きにして、無邪気な笑顔がひょっこり顔を出す。


「でも、どうして?」

「あ、いや。困ったことないかなって」

「大丈夫だよ。三人ではしゃいでる」

「そっか、邪魔してごめん。また、あし――」

「ちょっと待って」


 軽く手を振り方向転換した矢先、引き留める声が反射的に俺の足を止めた。

 余計な気を遣わせてまで言うことじゃない。そう心に留め、振り返る。


「なに?」

「仁也こそ大丈夫なの? なんかあったって顔してるよ」


 だが、口にせずとも現実になっていた。それも、顔が表していると。まさか、表情に出るほど自分が素直だとは思わなかった。


「ごめん、気を遣わせて」

「ううん。よかったら話聞くけど」

「あ、いや。明日早いし、別に……」

「だーめ。これから聖域を二人で目指すんじゃなくて、五人で目指すの。それも王城での生活から離れる二人がいる。魔法師団を辞めてまで、私たちと世界を巡る覚悟を決めたサリスだっている。出発の日から問題を抱えるのは幸先悪いよ。たとえ仁也一人の問題だとしても。だから話し合って済む程度ならそれに越したことはないと思う。やっぱり気持ちのいい旅路が一番、じゃない?」


 確かにそうだ。膨れ上がって最後、爆発なんてしたら聖域を目指すどころじゃなくなるかもしれない。


 グロマ――それも核の人物が出てくるとなれば、進展しそうな気がする。共有するうえでは、今のうちしておいたほうがいいか。

 俺は納得のいく提案だとは思ったが、少し抵抗があった。頼りない自分に苛まされたのも事実。でも、それが俺。受け入れるべき点だ。


「じゃあ――お邪魔するよ」

「うん、そうして」


 満面の笑みで扉を開け切り、俺を部屋へと入る。


「なんだ、仁也ね」

「仁也さん」

「え?」


 背後でわずかに扉の閉まる音がしたが、それに掻き消されるほどの間抜けな小声が漏れた。


「どうしたの、口を開けて」

「いや、なんか驚いただけ。ごめん」


 一言に済ませるなら新鮮だ、か。俺の異世界での記憶は今日を入れれば二日。本来なら五日。

 それも交友経験の浅いことも相まって、他人の寝間着をさほど目にしたことはない。

 小中と修学旅行で目にしたであろうはずだが、もう覚えていない。


 この世の未知に遭遇した気持ちであると同時に、可愛いと思えたりギャップがあったり。

 優花は髪に似た暖色で肌着に羽織物を着ている。クラリシアさんの寝間着は桃色の可愛い系で、サリスとお揃いだった。


「どうしたのよ」

「いや、なんでもない」


 軍服のせいもあってか、潜在的にスタイリッシュなイメージがあった。ただ、これはこれで似合っている。

 急に幼げある印象に様変わりしている。意外だ。


「なんか私に思うことあるわけ?」

「別に大したことは思ってない。ただ可愛いなって思っただけ」

「そ、そおー? そう返されると思わなかった……まあ、ありがたく受け取っておくわ」


 おちょぼ口になりながら視線を泳がせ、首を若干前後に揺らす。


「あの、私はどうでしょう?」

「サリスにだけ褒めるのは不公平だと思うけど?」


 ちょっとした一言から起こる想定外。

 さすがに頃合いを見てファイファーのことを切り出しかなく、突然のことで思考が慌ただしくなる。

 失礼がないように言えればいいが。


「クラリシアさんは、守りたくなるような可愛さが寝間着で一層に感じられる。小動物みたいな、似合ってると思う。優花はラフな格好でも似合ってて、可愛いし大人っぽさもあると思う……」


 なんとか走りきったが、はずい、死にたい。なんて心の中で叫んで身悶えるしかない。

 顔が熱を帯びているのがわかる。俺の顔は今、きっと苺のように紅い。


「うん、ありがと」

「ありがとうございます」


 目を閉じながら深呼吸をし、料理を堪能したような満足感が滲む優花の反応。

 クラリシアさんは三つ並ぶ聖地のうち、中央へ向かって身を投げ出して、顔を枕に埋めてなにやら喋っているが、よく聞き取れない。


「そんな大袈裟な……」


 どこかわざとらしく見えてしまうが、聖地で埋もれるクラリシアさんは、素早く顔を上げてこちらに振り返る。


「私は褒めていただくのが、堪らなくうれしく思えるのです!」


 そう言ってまた枕に顔を埋めれば、なにやら叫びだす。多少音漏れするが、やはり文字に起こしても記号ばかりで内容がわからない。


 だれしも褒められればうれしいものだが、その斜め上をいくような叫び声。発狂に近い。ただ、それが素なんだとよくわかる。


「なんか、賑やかだな」

「そうでしょ? 私、めちゃくちゃ好きなの」

「ゆーかぁ、ありがとぉ!」

「優花さんっ!」


 優花の背後と脇から、それぞれ勢いよく抱きつくサリスにクラリシアさん。互いに見合えば、花のような笑顔が生まれる。とても温かく、微笑ましい。

 落ち着いてきたら話すか。


「あっ、仁也。それよりも、なに悩んでたの。さっき」

「え、ああ……」


 心の内を読まれでもしたか、と驚かずにはいられないタイミングで舞い込んだ話の転換機会。


「それがさ。このいい雰囲気の中、ちょっと言いにくいんだけど……」


 頭を軽く掻いて、申し訳なく思いながら俺は話した。優花の部屋を訪れた理由と経緯――録音だがファイファーとの実質的な接触。


「なるほど……でも、それなら執事のゼルさんが黙っていませんが……」

「そうね。確かこの屋敷の塀には、感知で警報が作動する魔法が設置されてるはず。破られた可能性があるけど、それこそ発動者のゼルが真っ先に動いてメイドが屋敷中駆け回るはず。それもないとすれば、魔法の欠点を突いての魔法設置……」

「とにかく、使用人を呼んで報告します」


 そう言って壁に歩み寄り、手を触れると純白の魔法陣が出現し、小さく範囲を広げて淡灰色に変色。

 俺が伝えたことを簡潔に概ね話して終了した。


 魔法の種類系統は無属性魔法とでしか判断できないが、初見。クラリシアさんの言葉通りのことができるようだから、恐らくこの屋敷全体は壁伝いに情報を伝達できるのかもしれない。


 ただ、そうなってくると相手側が気付くにはどういう仕組みか。スマホみたいに通知音が鳴り響けばいいのかもしれないが、この便利な機能が緊急時以外に使わないこともないと考える。


 こんなの前の世界にはなかった発想だ。


「これで使用人が駆け付けてくれます。今回の場合だと事後ですので、周囲への警戒程度にはなります。緊急性はないですし、恐らくお父様は魔法での安否確認だけで済ませると思います」


 丁寧な説明を聞き入っていると、背後で扉が小さく三回叩かれる。


『クラリシア様、ご連絡より参りました』

「はい、どうぞ」


 許可を得た声の主――メイドさんは、押し開きの扉に慎重な動作をさせ、一歩を前へ出れば一礼と同時に「失礼致します」と言って部屋に入る。


 俺が目覚めたときに発狂しまくってたメイドさんもそうだが、よく考えてみればパンテラに仕えるサナとナナの着ていた服装のデザインと一切違いがないように思える。

 配色は俺の思う定番の白黒とは違い、黒や灰色、鼠色。だいぶ陰に隠れるような色をしている。


 軍服に関しての灰色は潜むって認識で、メイド服も似た感じだったはず。王族の存在をより際立たせるだとか意味があった。


「先程のご連絡の旨をすでに国王陛下へ伝達しております。恐らく、数分後にはクラリシア様やジーク様の元に、国王陛下から確認のご連絡があると思います。我々使用人は、念のため周辺の警戒に人数を割きますので、今夜は応対に多少の遅れが生じてしまう可能性がございます」

「いえ、そんな。常日頃から屋敷を守り、清潔にしていただいているので。感謝しかありません」


 まるで聖人とでも言うべきか。さっきの枕に埋めての発狂がどうしても想像できない。意外だったとしか語れない、あの弾けた様子。


「ありがたきお言葉」

「あなたの睡眠のためにも、業務に戻って大丈夫ですよ」

「重ね重ね大変ありがとうございます。では、失礼を致しました」


 一礼し、扉の開閉音とともにメイドさんは部屋をあとにする。

 空気の読めないグロマの行動が不快でならない。これじゃあ朝早く起きれるかわかったもんじゃない。下手すれば寝坊してそのまま――っていうのが本当に起こりかねない。


 なんて早朝への不安が募る俺など三人が知る由もなく。

 クラリシアさんは再び壁に手を触れ、淡灰色の魔法陣を展開させ話していた。メイドさんの言っていた国王陛下の連絡だろう。


 基本的に返事の内容は最低限の受け応え。それとジーク以外の俺や優花、サリス、そしてクラリシア自身の場所を伝える程度。国王陛下の質問はなに一つ漏れることはなく、手短に終わった。


「なんだって?」


 真っ先にサリスが聞く。


「ちょっと聞こえたかもしれませんが、私たちの安否が主です。ほかは、明日の出発の件ですかね」

「も、問題ないって?」


 続く質問はいかにも恐る恐るといった感じで、心配していた。

 場合によっては、数時間前に決めた俺たちに同行する話が先送りになるかもしれない。


「はい。間接的な攻撃もなければ、人間と神様方の二世界から生まれるのだから出身地なのは当然だ、と。少数精鋭の兵で囲みつつ、出発とのことです」

「そう、よかった……」


 胸を撫で下ろすサリス。俺としては『異世界の出身』なんて伝えたくない。地球のことを口にする機会が訪れるのは避けたかったので、『この世界』と言い換えた。その意味に違いはない。

 優花の安堵の声も聞こえるが、両方の意味でだろう。


「とりあえず伝えられたし、俺はもう寝るよ。起きられるか本当に心配だから」

「そう、私たちに迷惑掛けないでよね?」


 言葉には相変わらず棘があるが、若干緩んでいたような気がする一言だった。内戦時の一所懸命な後ろ姿が、脳裏を横切るせいで脳内が誤変換を起こしたかもしれないけど。


「へいへい……あ」


 そういえば内戦で思い出したが、優花の筋肉痛はどうなったんだろう。


「てか優花、筋肉痛治った?」

「うん、もう大丈夫」

「そうなんだ。よかった」

「心配してくれてありがと。じゃあ、また明日。おやすみ」

「おやすみなさい、仁也さん」

「仁也、おやすみね……」

「おやすみ。じゃ、明日!」


 俺はそそくさと部屋を出た。廊下の道のりは独り、自分の世界へ没頭させる静けさが漂う。


 自室に戻ればすぐさま聖地へ、この身を預けた。ろうそくに火は灯さない。

 俺はこの暗闇の部屋を未来としていた。そう思えば、先の見えない確かな感情が渦巻いて――眠気がそれを誤魔化す。

 

 やがて暗闇の奥深く、雫のような意識がどこかへ落ちていった――。

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