第七・五話 恐怖
加筆修正による文字数増加に伴い分割しまして、サブタイトルを変更しました。
明日は早かったが、茹蛸になるまで浸かっていたことに気付いた。
「ああ、いい湯だった」
湯舟から出てすぐ、高温と低温の風を想像し風魔法を発動させ水気を取り、脱衣所では洗濯と乾燥を済ませた服を着た後、靴を履いて廊下を鼻歌響かせながら歩く。
正直、全速力で聖地へと駆け込みたいが、お屋敷でそんな失礼な行動は取れない。が、楽しみにして待つのも一興。
「さいっこうの聖地へ、さぁ、いっこおー。さいっこうの聖地へ、さぁ、いっこー」
遂には無意識下で行進歌を口ずさみ、即興の行進曲が脳内で作成と同時に再生されている。
が、そこに歪なメロディーが流れるのを感じ取れた。
花弁舞い散るお花畑の中、我に返ればそれは否定できる。
目の前で違和感がした。
廊下の、それも中央に不快な魔力の溜まり場を感じ取れる。
魔力関係が未だに戦闘で使用されるのは新戦術の可能性が捨て切れないから。大半は魔法だとわかっていても、そのわずかな可能性が邪魔をする。
逆に、大半は魔法なら最初に行き着きやすい。
そして相手も同じ。それも、痕跡なくその違和感を置くことも可能。現時点でもっとも考えられる事柄はなんだろう。
正直なところ感覚だけじゃ無理がある。特にこういう訳のわからないタイミングは、余計にだ。
「とりあえず、靴で……」
俺は靴を脱いで、そのまま魔力が溜まり場に投げた。
瞬間、
「――っあ、ああっ、なんだこのノイズ音は……!」
案の定、警戒していた前方が淡灰色に光りだし、魔法陣が展開されている。
さらには――。
「……っ動け、ない……」
のしかかる重力。全身で抵抗も空しく、中腰程度が限界。再び床を這いつくばるしかない。
加えて、最初のノイズ音が一度ならまだしも、未だ延々と鳴り止まない。
「なんだこの魔法は」
そう思っていると、不意に窓の外から気配を感じ取った気がしたが、それよりも聴力や重力の支配が消えたことに意識が向いた。
「あれ、なんともない……」
『聞こえるか』
「声?」
俺は急に聞こえてきた声に驚くほかなかった。
だれの声かと必死に脳内で検索するが、発見するより前に事は進み、重力魔法が解かれた。
「動ける……」
俺は物音立てずと起き上がった。ここからすぐに離れてもいいが、俺の足は脳内の命令に対して聞く耳を持たない。
恐怖もあるが、物理的にも不可能だと思えた。足が棒のようになって小刻みに震え、その場にいることを強制させられているような感覚だった。
その影響はすぐに、前触れもなく全身を蝕む。
『聞いているか、神の眷属。これは録音だから質問は不可能、聞くだけだ。それに君に害は与えない』
と言っているが、身動きの取れない現状は害でしかない。
「――録音された声は……」
神の眷属は俺だけじゃなく、優花や眷属機構にもいる。ただ、この屋敷となると俺か優花のどちらかに、録音データを聞かせるつもりだったのだろう。が、色々と疑問に重いところがある。
『それはそうと、名を名乗るとしよう。我が名は――《ファイファー》、とだけ伝えておこうか。犯罪組織グロマの最高指導者だ』
グロマの最高指導者――レアスの言ってた『首領様』か。
『恐らく我が声を聞いているのは、少年か少女のどちらか。と、可能性を考慮するのは仕方ない。がしかし、我にはアオハラジンヤの起こす行動の全てがわかる。未来、すべてだ。だから誘導もなく現にこうしているわけだ』
あたかも、面と向かって話しているような感覚に陥りそうで、気持ち悪い。
『君と我は同じだ。アオハラジンヤ』
「同じ……」
『さて。我はお人好しなものでな。手の上で転がし、可愛がった相手によく経緯を説明するのだ。とても丁寧な計らいだと思わないか?』
とんだクソ野郎だ。前の世界で生きて十六年の俺や優花。その短い人生に強制的な幕引きに遭わされた。一言一句、挑発にしか聞こえない。
『癖になるのだよ、確かな愉悦と征服感。実に、熟した巨大な果実のようで食べがいがあってね。だが君、アオハラジンヤはその程度に収まらない。そこには確かなモノがある』
なにを言うかと思えば、気持ちの悪い言葉を並べて、俺への抽象的な評価。だが、うれしいの『う』の字もない。
ただ、苛立ちへの片道切符をもらった気分。冷静の帰りなんてありゃしない。
『だからこそ、我は君を知っている。優しく人思いだが、否定的思考。に、堕ちたこともね。だから一つ、私の口から告げたい』
俺は犯罪者の言葉を真に受けるつもりはないが、知りたくなってしまうのは興味に負けている証拠だ。でも、驚くこともな――。
『君は、この世界の出身さ。まあ言ったところで、説得力に欠けると即断するかもしれないが、我は先に言ったからな。『君と私は同じ』だと。さて、どうするのかな。神の眷属、アオハラジンヤ』
『未来が見える』、『どうするのかな』。俺は発言の矛盾に違和感が生じた。今この瞬間から未来の俺が起こす行動をどこまで把握しているのか。
だが、これから先グロマとの遭遇が増えることは確実で、国王陛下の話も同時に振り返れば想定できる。鵜呑みにする必要なんてない。犯罪組織グロマの本質を、俺は知っている。
他人の絶望が好きなんだと。
だから俺は、それを信じることはない。
こいつらはただ、苦痛に苦悩を重ね、追い込まれる相手を娯楽のように扱う、人殺しの集団だ。
人の不幸も蜜の味――そんな言葉に俺は、反吐が出る。死をなんだと思っているのか。
『ついでに、我々を見くびることがないように。あっ、例えば――君の大事なお仲間とか、かな?』
白い歯を見せ口角を上げ、垂れ目を作ってその瞳ですら嘲笑う。そんな腹立たしい笑みが想像できてならない。
憎きファイファーの言葉はこれが最後のようで、無音のまま魔法陣が跡形もなく消える。
この短い人生で最悪の後味だ。胸騒ぎがする。
「いや、それより……!」
だが、今はどうでもいい。それよりもファイファーの憎たらしい口振りと発言は無視できない。
たとえアイツに遊ばれていたとしても、信じはせずとも、命に関わることは白黒も関係ない。
「優花たちのところへ向かおう」
俺は恐怖を仕舞い込んで、押し殺した。恐怖に惑わされるものかと。




