第二・五話 対面
加筆修正による文字数増加に伴い、分割しました。
「たぶん内戦のことだと思うよ。仁也」
「え……?」
サリスは俺のことをちゃんと名前で呼んで、疑問にも答えてくれた。なんだろう、これが日常に溢れる喜びか――大袈裟かな。
「あっ、いや、その、扱いが不公平だって優花に言われたから従っただけで。だからこの際だから吹っ切るしかないなって、思っただけよ……」
最初はつまずき、そこから言葉が加速していくかと思ったが、最後は小さく口を尖らせ小声。最終的には腕を組んで後ろを向いたまま、視線が帰ってこない。
「そっか。ありがとう」
少し不機嫌そうではあるが、俺は少し嬉しさを感じていた。これでようやく、対等になったと。あのときの行動は確かに粗かったから致し方ないけど。
「あれ? そういえば時間とか……――あっ、ごめん。なんでもない。今の忘れて」
まだ寝ぼけているのか、異世界にも関わらず前の習慣が抜けていなかった。不安から自然と時間は確認したくなる。
「どうしたのよ。時間確認するだけで」
「えっ、時間わかるの?」
「正確にっていうのはほんの一握り。その一つに入っているのがこのお屋敷よ。で、今は……」
さり気なくここが屋敷の中だと知らされつつ、目線が俺の頭上へと向く。恐らく高い位置に掛け時計でも設置されているんだろう。よくよく考えれば、この世界にもあるにはあるんだった。にしても吹っ切ったあとのサリスの順応が早い。
なんて考えつつ、振り返って俺も見上げてみた。
「今の時刻は三時過ぎ。ってことは、仁也は三日間以上はベッドで寝てた」
「え!?」
倒れてから三日も過ぎていたことに驚いたが、それ以前に時計の時刻表示で十六時まであることに一番驚いた。地球のときと違うのかはわからない。
ただ、これで学ぶべきは時間に限らず相手にとっての異文化を、下手に口走るのはよくなさそうということ。自然なこの世界の成り行きを破壊しそうだ。外来種みたいに。よし、滑らせないようにしよう。
「二つの意味で驚くわよね。まあ、『三日間寝るくらい仁也ならあり得る』って優花が言ってたから、それはいっか」
「え?」
俺はとっさに優花を見る。
口笛吹いて、視線は明後日の方向。なに広めてんの。
「あれ、もしかして違った?」
意地悪い確信犯が問い掛ける。まさかにイジり。
「あぁ、いや。別にもう……それでいいよ」
認めた俺は爆睡キャラとして成立する。わけでもないはずだが、これで一つ人間性の軌道修正が難しくなった。そう感じられてならない。
そう思った途端に、俺は問題とするか否か。繰り返し考え続ける。
大丈夫、いや大丈夫じゃない、大丈夫、いや大丈夫じゃない――。
「大丈夫、いや大丈夫じゃない」
「どうしたのよ、まだ夢の中?」
やっべ、思わず自分の世界に入り込んで口滑らせた。異文化の口封じに先が思いやられる。とりあえずは、それらしい理由でも。
「ああ、ごめん。寝ぼけてるかもしれない。それか――」
「寝すぎたとか?」
と、遮るサリスの言葉。意外だった。
俺はてっきり「頭おかしくなった」とか付属させるのかと思ったが、さすがに毒が強すぎる発想だったかもしれない。
俺が前のサリスに毒されたまま時が止まっている。実際、三日寝ていた。
あのときは俺の粗い行動に難癖つけていたが、あれが失敗してたら命に関わった。水に流したように今、こうやって対応してくれてることは寛大といったほうが適切だ。
「にしても、すごいよね。時計塔よりずっと小さく縮められて、しかも装飾された時計なんて。平然とあるけど、本当だったら中々見られないのに」
「そうだねサリス。この煌びやかな装飾で、いかに貴重かがわかる」
「でしょ、そうよね!」
と、相変わらず優花と会話を弾ませている。俺に会話を広げる技量はないから、ちょっと羨ましい。
そういえば確か、異世界では大衆には時計塔くらいで全然普及していないから、日が出てるかどうかの原始的な判断だったはず。
「あの……――」
俺や優花、サリスは時計とかの話で長引かせていると、扉の辺りにいる執事のゼルさんが、申し訳なさそうに話の隙を突いた。
あの声量底知らずのメイドさんは、萎んだ花のようになりながら、部屋をあとにしていく。
「先程ご迷惑をお掛けしましたメイドが、国王陛下へ眷属様のお目覚めをお知らせに、ただいま向かわせております。ある程度のお時間ございますが、それまでに着替えていただきたいのです。立場上は眷属様が上位に在られますが、我々としましては、交流の場は常に整然を保ちたく思っております。どうか、ご協力をお願い致します」
「あ、はっ、はい。すみません!」
俺はサリスの話を聞くうちに、すっかりゼルさんを待たせてしまった。表情や声に感情が表れていないのは、本職だからか。
ただ、俺としては不慣れだ。どう思っているのかと逆に怖く感じる。本心は、と探らなければそれまでだし、気にすることもないのかもしれない。
執事さんとのやり取りを交わす初体験を得られる一方で、ゼルさんが俺のために全員を退室させてくれた。
扉を閉めたところで急いで着替え始める。
内戦で服がかなり汚れて、傷口は消えても服は擦り切れたままだったはずだけど、どちらも綺麗さっぱり消えていた。
俺は着替えながら思った。世界各国の色んな生活が知りたいと。元いた世界とどう違うのか。
ルーメン王国に関しても本である程度読んだとはいえ、実際に行くことや体験することで得られるものがあるはずだ。もしかしたら、そんな余裕は神の眷属にはないのかもしれないけど。
なんて考えながら手際よく着替え、ベッドのすぐ下にあった靴を履き、部屋から出る。この王国は土足で問題ない国。
「おっ。出てきた。やっぱ男子っていいよね。着替えるの早く済むから。羨ましい」
「フッフッ。本気の着替えで俺は誰にも負けない自信がある。」
「それ、擬態並みに早かったりして」
「優花の中で擬態は着替えなの?」
「私の世界観では同じ。現実で成功したことないけど」
どうなってるの、その世界観。
「ま、まあ。なにせ幾つもの戦場という朝を経験した俺が、会得した早着替えだから」
「ちょっと大袈裟に聞こえるけど、毎朝慌ただしいんんだ?」
「うん。毎回自分の部屋の扉つい蹴っちゃうんだけど、前に一回金具外れて目の前に吹っ飛んでった」
「その脚力、部活に活かせばよかったのに」
「いや、たぶん蓄積ダメージだって。俺の朝は毎回、『やっべぇ』しか言ってない」
優花はそんな俺の姿が想像できたのか、小さく笑った。俺もそれに釣られて笑ってしまった。あのとき死んでから内戦まで経験すれば、この些細な時間にありがたみを感じる。
「ちょっと、二人で会話弾ませるのやめてほしいんだけど?」
と、頬を膨らませ文句。まあ、優花がたまらなく好きなサリスには怒られるか。
「ご、ごめんサリス」
「別にぃ?」
なんとも不満げな様子、優花は苦笑い。俺は難癖でもつけるのかと思った。
「なんか思ってたのと違う」
「時、止まってるの? 私だって対応をある程度改めることくらいできるわ」
私を今までどう思ってたの、と問い詰められているような視線で無言のまま鋭く刺されるが、とりあえず咳払いでどうにか誤魔化す。
「それでは、ご案内します」
「お願いします」
俺の一言に透かさず返事をもらい、出発した。いやー執事さんに導かれるって、すごい体験。滅多にない。
と密かに心躍らせながら、ゼルさんの案内についていく。
廊下にも気品溢れる装飾が多く、豪勢な別世界。すぐ環境に適応できる必要がありそうだ。聖域へ行くのなら、なおさらかもしれない。
部屋を出て左へ、すぐに突き当たり再び左。長廊下の両側で扉が幾つも並ぶ中で辿り着いたのは、巨大な空間。
左右から孤を描いて一階へと続く両階段。下った遠く先に玄関があり、その手前まで移動すれば煌めきと屋敷だろうこの建物内にある廊下が、ここを起点としてまだ多くあることが見て取れる。
ゼルさんがここから選択するのは、玄関より壁伝いでもいける右に続く廊下。突き当たりまで長い距離を歩き、左。目測十数メートルくらい先にある分岐点を右折。
その先は両開きの重々しさある扉が構える。
ここまで予想より歩いた。間違いなくそう感じる。体力的には問題の気配はないけど、迷路のような点では覚えるのに苦労しそう。
なんて考えつつ、目の前でゼルさんが優しく丁寧に扉を叩く姿を見届ける。
「国王陛下。神の眷属様が目を覚まされたので、お部屋にお通ししてもよろしいでしょうか」
ノックと知らせ。
「入れ」
無言ではなく、返答あり。
「失礼します」
ゼルさんによって扉が開けられ、同じように一人ずつ入っていく。
すぐさま誘導されて、俺たちは華やかな長椅子に座る。
膝ほどまでしかない机を挟んだ正面には、金髪の見覚えある顔と煌びやかな衣服を纏う一人――国王陛下の姿があった。