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   第十・五話  三本目の剣


 そう叫んだ瞬間、ペンダントは野鳥が羽ばたくような、色濃くなった黄緑色の眩い輝きを放って、俺の体や世界が包み込まれた。


 次第に体にも変化が訪れる。体温が急激に上昇したかと思えば、黄緑に色付いた冷ややかな風が纏うように吹いた。全身が強烈な激痛を訴え、苦し涙を浮かべて歯を食いしばる。


 破裂するんじゃないかと思うほど尋常じゃない苦痛。うずくまって収まるのを待った。

 その傍ら、俺のペンダントが首元から消えたのがわかり、同時に右の掌に細長い筒の形状をしたモノが出現し、片手剣ほどの重量を手に持った。


 その現象が体感で十秒程度。気が付けば治まり、黄緑の風は縦に楕円を描いて一枚の鏡を、俺の正面で作り上げた。理由が知りたく、恐る恐る覗く。


「え……俺?」


 透き通った瞳と髪色は黄緑に染まり、左頬にはマゼンタ色の花模様。まるで別人のようで、顔立ちはまったく変わっていない。


 俺の周囲には植物が芽吹き、やがて異世界関係なく白のフリージアが大量に咲き誇る。

 そして神剣や極神剣以上の衝撃が全身を走るも、頭に文字が浮かず、感覚が研ぎ澄まされて無音の手前。懐かしさすら感じるような温かさが、体を包むようだった。


「素晴らしい……――これが、これが、これが、真なる世界の力! その到達点は想像を絶する。まるで新たな未知なる世界を見ているようだ。これが求める力か……!」


 右手で黄緑色に煌めく宝石で形作られたような片手長剣。俺が筒のようなものだと思ったのは柄で、重量や感触は気にする余地もなく思えた。

 ひとまずは床の特定位置を対象に収納魔法を発動させ、神剣と極神剣を魔法陣へ仕舞い、剣を構える。すでに足元にフリージアはなく、鏡も自然と無に帰した。


「レアス! 今、お前はなにがしたい?」

「私は手段も命も顧みず、忠誠誓う主へ捧げるのみ――ただ、独断による変更ですがね」


 そう言って不敵な笑みが浮かぶ。変わらないどころか、意欲を増している。


「奪えるものなら、奪ってみろよ! 俺を!」


 この姿になってからというのもの、高ぶる心が常に自分を奮い立たせて忙しない。強度は鋼と表現しても、なんら違和感はないくらい。折られる心配が生まれない。その自信が湧いてくる。今の自分なら、と。


「俺は絶対、終始! 抗ってみせる!」

「なら、私は遠慮なく」


 血沸き肉躍る。高揚を胸に地面を蹴って駆け抜け、体は迸る。残像世界はそこになく、あるのは新世界。新たな舞台だった。


 ――近接戦。互いに一文字の一撃を、対峙しながら振り下ろす。衝突した後、それを発端として一糸乱れぬ攻防を繰り返すも、どこかその一瞬は遅く感じ取れた。

 時々、剣の刃先がレアスのローブや肌を掠め、険しくするレアスの表情を確認できた。


 曲線を描く剣先を受け、外へ弾き、交わす攻撃で優劣は薄々と表れていく。

 踏み込む足は徐々に前へと進み、後退りしていくレアスは瓦礫に足を取られ、態勢を崩した。見過ごすことなく、俺は間合いを詰めて胴を斬り付けた。右肩から脇腹の巨大な切り傷――俺は手を抜かずに右足で蹴り飛ばし、壁に激突させた。


 砂埃とともに瓦礫が新たに生まれる。俺は初めて決定打になる攻撃を与えられた。


「なるほど……荒削りと。これは、それなりに見くびると慢心になるようです……」

「食らいつくッ!」


 足元で弾ける水音のように、破壊音を響かせて蹴り、追撃を仕掛ける。

 軌道上になる位置にレアスを置き、躊躇(ちゅうちょ)なく振り下ろすも、体を高速回転させて逃れ、俺は無意味に壁を斬り付けた。


 呆気ないほど切れ味抜群で、思わず腰を抜かしそうになったかと思えば、左側面から視界へと剣先が入ってきた。左腕を掴まれて自由が利かなくなるが、反射的にのけ反れば、その上を剣が通過した。

 驚きでもしたのか。左手の拘束が緩む。力任せに引き抜いて壁を二メートルほど駆け上がり、蹴ってレアスの頭上に躍り出て、剣を振るった。


 が、レアスの剣が横になり、防御態勢を築かれた。体重を乗せて押し切ろうとも突破できず、重力を無下にするように天井へと押し飛ばされた。

 どこか怪力が別人のように思えたが、俺はレアスが本気になったと受け取り、衝撃で天井に食い込んだ体を引っ張り出して、垂直落下。


 廃墟のように被害が深刻な謁見の間に降り立ち、隙なく攻撃に転じ、蹴って間合いを詰める。空気抵抗で自然と刃先を正面に、相手を突き刺す形となって繰り出した。

 胴体は未だ微動だにしない。一瞬湧く――勝機だと。


 だが、残像となって消えた。一枚上手、そう悟っては魔力の気配が背後から迫りくる。

 レアスの速度が上がっていた。


 それでも反応できていることが確認できつつ、背後を振り返りながら、剣を残像世界に突入させ、攻撃。気配通りレアスの姿はあるも、剣身の側面で受け流し続けて止まらない。

 捨て身の強行突撃という予想外。俺は本能的に言葉を口にした。

 ゆったりと


「【創造(ソュカゥ・ソソュカゥ)――


 荒く。


 ――『自由ノ鎧』】」


 鎧を創造し、対象は胴。形状に合わせて鎧を創造する。高濃度の魔力が帯びる。


 高い硬度を誇るよう、自由に対応できるよう創造した鎧は攻撃を防ぎ、俺は黒鳥の剣を拘束するよう想像し、能力も創造。

 赴くままに実現させ、人間の手と腕に変形した鎧の一部が、黒の剣身を捉えて離さない。


 血管が破裂する勢いで筋肉を働かせ、絶叫して鎧に折れと想像を膨らませながら指令する。全神経や体力を注ぎ、魔力量の限界という概念を失ったように供給を続け、三番目の剣――ラクハトの能力を今できる限りで発動を続ける。


 徐々に視界上から血が滲み出るも、意識を移したのは一瞬の限り。引き抜躍起になる眼鏡男の禍々しい剣、最もな攻撃手段を失わせることだけに、俺は意識を集中させる。


「剣を折るという発想……実に不愉快で単純で、愚行極まりない! その程度にへし折られるほど、私の憎悪が脆いわけないだろうが!」


 黒鳥の翼となった鍔がはためき、黒紫の棚引く煙が空中を動くと、右腕から順に全身が煙に巻き込まれた。通過すれば、何事もなかったかのように消える。


 だが、レアスの容姿は変化し、認識できる青紫の魔力は黒ずんでいた。空気と人体間で行われる呼吸のような魔力の流れは、より増大。そして剣を離さない俺に、レアスは確かな殺気と威圧感を放つ。


「【魔剣・『スクリーム』】」


 力任せに斜め下へと振り下ろし、女性や子供の悲鳴を連想させる鋭い音を響かせ、剣筋を追うように黒煙が立ち籠める。

 変形した鎧の手が捕獲した黒鳥は逃げ、俺は咳き込みながら後ろへと退いた。煙の幕が垂れた光景を前に、判断を迷わされた――瞬間。


「一旦、死んで黙ってくださいよ!」


 レアスが正面から風穴を開け、突撃。俺も床を蹴って間合いを詰めて、剣を交わす。

 類を見ない至上の高速世界――時間の一秒たりとも感じない。


 黒と黄緑の剣筋が、空中で火花を咲かせては散らし合い、時に剣身を滑っていく相手の剣が肌を掠め、俺の場合は痛覚で把握できる。

 空間三百六十度、無数に存在する各角度の剣筋を一つ、選択しては選択される。揺らぎ、隙を作る余裕もない。そこに空間の繋がりがあっても、攻撃は防がれる。


 立ちはだかる壁に背を向ける、あるいは避けるように乗り越える手段はない。目と鼻の先で命を懸ける今、殺意で突き破るしか方法はない。

 過去を振り返り、後先を考え、目先で確実にすべてを終わらせる。生きている意味、抱く思いの意味、感情、今ここに俺が立つその意味を――無駄にはできない。


「なにが、なんでもおおおぉぉぉ」


 殺意に血が迸る(まなこ)に、紅く弾ける世界。


 剣が打ち鳴る世界。


 一瞬たる世界。


 抱く想い。


 心。


「【創造(ソュカゥ・ソソュカゥ)・『恩愛ノ風』】」

「【魔剣・(キリング)】」


 剣身から春風のような心地良さが頬の上を流れるも、魔力が宿れば髪色に、瞳色に、剣の穏やかな色に、吹く風は染まる。


 猛々しく轟き、春風は嵐へと様変わり。

 それは薪と酸素を与えられた炎のように、台風迫る岸壁の荒波のように、森林のあらゆる木々を薙ぎ倒す竜巻のように、喜怒哀楽や愛情を全身全霊で叫ぶような威力を周囲全体に及ぼす。


 自己と力の極地。内に秘めたものが風によって解放されていく。


 そんな感覚で意識を正面の一点に集中し、秘めた高密度な心情のすべてが力になる。


 対抗するレアスは紫がかる黒鳥の化身を、嵐の中で飛ばして飛行機雲のような黒光りした黒煙をまき散らす。それは魔力の塊らしく、レアスが吸収し続け役目を終えた化身は、空中から急降下。捨て身の一撃を俺は浴びせられ、全身規模で出血。


 だが、今の俺にとってはどうでもよかった。俺がどうなろうと、優花を死なせたあの日を忘れないから、歩き続ける。母さんの笑顔が焼き付いて忘れないから、進み続ける。世界の崩壊や戦争なんて、やめさせる。泥を舐めて這いつくばってでも。


「俺は! 死の花束を投げ返す!」


 交差を繰り返す俺の両腕と、飛び交う黄緑と漆黒の高速攻撃。互いの間に壁が敷かれたように隙はなかった。


 だがこの瞬間――目の前からレアスが消えて、俺は宇宙空間にでも飛ばされたかのように、広々とした輝く異世界を見下ろしていた。体はそれを他所に、休息なく無意識下で攻撃を放ち続けている。


 視界の全面、中心の島々から南西に亀形の大陸、北西に鳥の翼と胴形の大陸に尾の形をした大陸、北東に虎形の大陸、ルーメン王国と思しき頭をした竜形の大陸。南に孤島、北は限りない巨大な大陸が広がり、すべてが海によって隔たれてもいれば繋がってもいる。


 当然俺の体に収まる規模じゃない、この異世界。地に足を着いている感覚は、鮮明に今もなお続く。どうしてだろう、なぜだろう。

 足裏から全身へと血が巡るように、この広大な世界そのものと、それを見下ろす何かと。


 ……、


 ……、


 繋がった気がした。



 母さんの顔が浮かぶ――世界そのものが、温もりで作られているようだった。


「【創造(ソュカゥ・ソソュカゥ)・『世界同体』】」


 魔力の大海に潜水したかのような、全身の忙しない吸収と放出。ここまで攻撃の手は休めず、自分の腕という認識が忘れそうになる。


 正面に広がる光景はやがて、一枚紙ように眉間のある中央へと吸引される。世界が消えた視界は、暗闇に覆われるも直後に明転。金属音の鳴る謁見の間に戻った。


「ふっ、素晴らしい。実に素晴らしい!」


 捌き捌かれ続ける二つの攻撃。摩訶不思議な世界から帰還した俺は、この瞬間から意識の鮮明さに驚いた。何もかもを見透かれるんじゃないかと思わせるほど、レアスの軌道をより把握できるようになった。遅くなった。


 全身や五感に今まで枷があったかのかと思わせるほど、体に涼風が吹く。そして心中は白熱の有頂天へと達していた。万感の思いで。


「朝日を、掴み取るんだああああぁぁぁぁ」

「ほざけええええぇぇぇぇ」


 絶叫は徐々に重なり、俺は収納魔法を両脇で発動させ、限りない魔力と想像を惜しみなく使い、神剣と極神剣を対象に【操作魔法ストレート】を発動。俺との攻防に意識が向くレアスへ発射。同時に俺は駆け出す。


「不都合がッ――【魔剣・不侵(インヴァラブル)】」


 低空飛行で突進する二本の剣を前に、レアスは難なく床に叩き落とし、その隙を突く新境地にある俺の攻撃をも防がれる。が、技による世界の連帯感を肌身で感じる俺は、一度手放し、低姿勢で数歩前進。

 その要領で十字形の特徴を活かし、伸びた鍔に持ち替えて柄頭に左手を置き、勢い余って激突するも、遂にレアスの胴をラクハトによって押し貫く。


「ぅあああああぁぁぁぁ――ッ!」


 剣をそのままに全身全霊でレアスを押し通し、吠えたける。

 足を引きずり俺の勢いを殺そうとするレアスは、執念なのか。命が危うくても剣を振り上げるのが視界の端に見えた。


 直前まで負傷によるものだあろう鈍った攻撃をを引き付け、訪れる時とともにレアスの懐へ身を縮め、振り下ろされても避けて追撃を掛ける。


 黒鳥の剣を持つ右腕に体当たりを仕掛けて弾くと同時に、右手の爪が天井を仰ぐように捻って柄を握り、左手はそのままで瞬間的に一度魔力操作にのみ体力と気力を注ぎ込み――ラクハトにかつてない力を生み出させる。


「【創造(ソュカゥ・ソソュカゥ)・『世界同体ノ斬撃』】」


 ラクハトをレアスの頭の先まで振り上げて断ち切った瞬間、剣身が眩く光り背景が点滅。一時的に異世界を見下ろしたようなあの光景が目に浮かび、途端に剣身から周囲一帯を覆うほどの魔力が感じ取れ、黄緑の輪郭で輝きは白に閃いていた。俺のボルテージは真なる頂点に達する。


 絶やすことなく次なる一手に踏み込み、わずかに距離を置き、刃を胴に通して輪切り。その度にも同じ光景が映る中で最後、反射的に床を蹴って距離を詰める体とともに、頸へと刃を向かわせ――



 斬った。



 刃を入れれば容易かった。俺は確かなこの感触を手に、レアスの背後へ着地する。

 謁見の間に噴き上がる血の音と、肉体の崩れる音、儚い命の音。

 俺は血に染めた自分の手を、確かなものとして理解して、それでも視界を歪ませずにはいられなかった。


 ――振り返る。


 倒れたレアスに、あの繋がった姿はもうない即死。息しているか確認するまでもない。

 未だ強化された状態の身体能力で扉付近に視線を落とせば、安全を取って扉からも距離を置く二人は、息を忘れたように静かでも目元から涙が溢れていた。


「よかった。無事で……」


 広がる安堵。何度見ても、レアスは動かない。苦しくも、痛くも、俺はこの結末に出会えた。それだけで、俺は感謝の限りだった。


 ただ、人を殺したその罪に、俺の全身が震えていたのも事実だった。そうするしか道はなかった、と。心の端から侵食していくような感覚を覚え、苦しい。


 でも、この世界で生きていこうと死なないようにと足掻くには、これしかなかったのかもしれない。俺や母さんに父さん、優花の人生。サリスやこの王都に住まう人々の癒えない傷。そのすべてに関わり、王都を陥れた黒幕の一人レアス。



 今ここに、死体となって変わり果てた。



 俺は因縁の一つを、断ち切れただろうか。


 優花やサリス、生きる誰かを守ることが――できただろうか。


 そんな回答の望めない問いを内に、俺は胸を介して鼓動を打つ心臓に手を当てた。


「生きてるって……嬉しい……」


 もしかしたらこの瞬間は、《答え》でいいのかもしれない。

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