第九・五話 死闘の先
鬱金の剣筋が舞い、瑠璃の剣筋が黒の軌道を遮って、状況に応じて逆転もする。
振るう剣に呼吸を合わせて、剣身を迫らせる。だが、レアスに悉く弾き返され、無効になって叫びの一刀が終わる。
それでもなお、俺は止まらなかった。足ることはないから。いくら叫ぼうとも届かないから。いくら己を向上しても、追いつこうとも――。俺はこの最中にも勘づいた。
極神剣の特異能力を使い、ようやく目で追える。でも、攻防に緊張が拭えない。
まるで、希望を絶対視させないような絶望。興奮も混じったような不敵な笑みを浮かべ、壁となって俺を常に突き飛ばす。
でも、希望から目を逸らすレアスそのもののような攻撃だ。息の根を止めることも厭わない。押し潰し、捻じ伏せるような重い一撃がのしかかる。
視界から消え失せろと言われているようで、それでも俺は攻撃の手を休ませない。
これからもっと、知ることになる。優花のことも、サリスのことも、ソドラのことも、パンテラのことも、この世界のことも。だから死ねない。だからここで負けられない。
今もなお、一刀ずつ両手の剣にその疑問や俺の感情をぶつけ、叫び続けた。
まるで、二本の剣も同じように叫んでいる。そう錯覚するほど、今は体の一部のように感じ取ることができ、打ち震える振動も一体化したように分かち合う。
一糸乱れぬ攻防の果て、俺が生きるに道はない。降りかかる災難すべてに求められる。そう覚悟する俺もいる。
絶え間ない攻撃をレアスの身に振り下ろし続け、俺もまた振り下ろされ続けていく。
ただ一矢報いることだけに、意識は向かう。血も通い、感情が後押しする。
この目の前にいる死も怖れない怪物は、またソドラとは一線を画す。死を与えるのではなく、死を怖れていない。その証拠に、攻撃だけは回避の概念がないように思えるほど前のめりに感じた。でも引け目を感じる余白は、俺にない。
瞬間的に感じ、一振りの間に自我のすべてを乗せて繰り返す攻防に隙はなく、余分な働きが付け入ることなど許されない。それは覚悟がなにより下さない。
前のめりに顔を上げ、ひた走る。それだけが念頭にあり、攻撃の糧にしている。
まるで黒鳥のような剣と宝石のような剣に俺とレアス、衝突で互いに火花の唸り声と唸り声の火花を上げる。
左側面へ攻、正面より下の防――右斜め下へ攻、左斜め上の防――正面での攻防。互いに剣を傾けて側面上で滑らせ俺はのけ反って避け、上半身を起き上がらせると、レアスは低姿勢。無謀の言葉など当てにせず間合いを詰めた俺だが、立ち上がりと同時に右側面からの攻撃をレアスは放った。
頬を軽く裂いてでも受け流しながら床を滑り、目測の判断の元、蹴って頭上で剣を振り被る。至近距離――レアスの視線や顔向き、態勢、反応。すべてが遅れることなく、行動は把握されていた。空中にいる以上、後戻りはできない。
俺は捨て身の一撃に委ねて剣を振り下ろすが、レアスの持つ黒光りの剣がすれ違い、突き上げられたことで切っ先が俺の右肩を貫いた。だが、止まることはできない。
貫かれようとも気に留めず、時間差で痛覚が働くより前に、意地でもその一撃を押し通し、着地後間もなく上半身を左肩下がりに斬った。
レアスは出血の前に左肩から剣を抜いて退き、距離を置かれると傷口から大量に血潮が噴き出し、床に手を突いた。
俺は攻撃後、右を庇うように着地して一度転倒。右肩には冷風が吹き、左手で軽く触れれば、掌は浸したように鮮血で染まる。当然ながら激痛が始まるも、紛らわせたく思って強化系能力と魔法に頼り、再び突撃に走った。使い物にならなくなる前に、使い果たす。
歯を食いしばり、正面一点に視線を集中し、絶叫して剣を振りかざす。レアスも同じく。
「絶対に、負けてたまるかああああぁぁぁぁ――!」
「アオハラジンヤァァァァ――!」
床を蹴り、空中を跳び、急接近。魔力を周囲から吸収。
足を、脚を――手を、腕を――体のすべてを力ませ、二刀流で特異能力を発動。
「【合体・増強爆風】」
魔力量五十パーセント。極神剣による単体攻撃としての限界突破。
「【覆りの・破壊】」
レアスの剣が放つ青紫の魔力は、夜空のように輝き、軌道上の空間には一時的に黒光りの亀裂が走り、神剣と金属音を鳴らして激突。間もなく刃の絶叫が繰り返される。
三本の剣が交わる接触点とその周囲は、瑠璃色の切っ先や剣身から、爆発と爆風が連鎖的に絶え間なく起こり、魔力と物理的な攻撃が交互に火を吹いた。
爆発に伴う爆風は、怪物の吠え猛る声のように空気を揺らし、無にしようと一掃する威力。その両方を直線的に解き放つも、レアスと黒鳥の剣は一歩も譲らなかった。
星のような魔力に阻まれては吸い寄せられ、黒光りする亀裂に呑まれてゆく。透明な壁に斬り掛かっているようで、防御に隙はない。
押し通せ、押し通せ、押し通せ、押し通せ、押し通せ、押し通せ、刃を押し通せ――
と、頭に巡らせるばかりで一心不乱。
だけど、度々一瞬だけ途切れることもある。
事故じゃない。事実じゃない。真実。
新たに築かれた感情。
許せない。許さない。
「絶対に、許さないッ!!」
「アオハラジンヤぁぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!!」
神剣と極神剣――その両方から、電撃のような刺激が、後押しするように何度も腕を伝う。
麻痺したように力の限度は消え去り、動悸が全身を震わせて血が通う。表情の崩れようは俺にはわからない。
でも感覚的に感ずる険しさは、未だ俺が顔面で表したことはないと思えるほど、死に物狂いでただ突き進もうと。地球で死ぬ直前、優花に届けと伸ばした手のように。
そして今日や明日――この先の未来を掴かもうと手を伸ばす。
声に乗せ、感情を叫び続け、意思のすべてをその一刀に乗せ続けた。
――矢先。
お互いの一振りが接触点からずれ、視界の中央で剣先や剣身がすれ違っていく。
「貫けえええええぇぇぇぇぇ」
「呑み込めッ!!」
レアスの言の葉が耳元を流れた瞬間、足が止まる。
――無音。
――――止まった。
体が止まった。
俺の剣は届かず、振り下ろせず、レアスの剣がない。片腕は俺の視界の下へと伸び、持っているであろう手はない。
腹に違和感がある。固定されているような感覚と縦に一直線。異物の気配。
血流の打つ音、動悸、めまい、上昇がわかる体の熱。それとも感情――焦り。
黒光りの亀裂に魔力が吸い込まれている感覚もあり、俺の体は脱力し、張り詰めていた精神に穴が開いた。
空気が抜ける音がするような気がする。途端に神剣と極神剣は、掌からこぼれた。違和感は常時、痛みに移り変わる。
「あ……あぁ……」
そして、空いた左手でそっと、確認した。
異物を掴み、形状に沿って滑らせ、到着した。
さっと軽く触れれば更なる激痛を呼び、液体の滲んだ布地が触覚を通して伝わってくる。
嫌になって左手を上げ、視界に入れれば、掌にできた細長い筋が紅いよだれを垂れ流していた。
そして腹底から憶えのある逆流が始まり、口元に溢れる頃には掌と同じ状況にあることが、文字通り肌で感じることができた。
「血……――」
「勝負は決しましたよ?」
「負けたんだ……」
未だ片腕は離れず、黒鳥の剣と手が視界に姿を見せない。異物は刺さったまま。
「潔いですね」
「そんな、あっさりと死を……受け入れて、たまるか」
「私は一つ、あなたに問いたい。あなたの心、精神の支柱となっているのはなんですか? なぜ絶望を知ってもなお、立ち上がろうとし足掻こうとするのか……理解し難い……」
その言葉に、俺は真っ先に父さんと母さんを思い浮かべようとした。でも父親の顔は疎か、遺影にのみあった本当の母親の顔もよく思い出せない。名前は知らない。
でも育ての親と形見が、俺にはある。レアスへ回答を示すため、シャツの中から剣型のペンダントを出し、首に掛けたまま高く掲げた。
「ここに、ある……ペンダント、だ」
掠れた声しか出なくとも、刺し傷を忘れて言い放った。
「そうですか……」
どんなに感情を込めようが、きっと届かない。その証に思える凍った無情の声。
「父さんの、形見だ……でも今は、母さんに――謝る意味もある。生みの親にも、育ての親にも。俺は親不孝だったから」
「それは……さぞかし、辛かったでしょう。苦しかったでしょう。でも大丈夫。私たちグロマがいます。あなたの力という力を奪い取り、悩まなくて済むのです。親孝行などいう呪縛から解き放たれ、世界の崩壊を前に安楽の最期を迎え、生という幕を下ろすのです。 こんな、こんな恵まれた最期がどこにありましょうか!」
狂人の興奮。それは、何かに溺れていくように思えた。一切、他の感情を読み取れない。
「いくら頭が切れようとも、いくら努力しようとも――、才をも含めた大いなる力がなくては、小さき力など無に等しい。希望など単なる戯言でしかないのですよ」
そう言って、腹の異物が体外へ出た。
高く聳え立つ否定の壁。途端にそう思えた。
「【光魔法・発動 ラマイギトロ・ヒギートロ・ソロードロ】」
熱を帯びた光源のような巨大な剣が、レアスの背後に出現した魔法陣によって生成。
矛先を俺へ向けて飛行し、視界が縦に割られるように貫かれた。
実に上半身から頭の先まで高熱に侵され、燃えるような激痛。押し倒されるような衝撃にも見舞われた。
視界を覆うほど紅い恐怖が刷り込まれた液体が飛び散り、染まる。
「ちく、しょう……」
結局、無力でしかなかった。ここまで俺は、なにを成し得ただろうか。
いや、考えるまでもなく――なにもない。
上下から暗闇が世界を閉ざそうとし、抗うための力は存在しない。
そこにあるのは、絶望が広がってゆくだけの――虚しさ。
それだけでしかなかった――。
『違うよ』
一滴の雫が、水面に波紋を広げるように反響する声。
「え……」
意識がある。瞼は開いている。暗闇はない。音もない。痛みもない。
口は動かせて、喋ることもできる。首も問題ない。ただ、それより下は動かない。
石化して固定されているような感覚。
視界に入るすべての時が止まり、突然立ち籠めた霧の中へと消えて世界が白く塗られていった。
巨大な剣も体から消えている。
『……や、……んや、……仁也。生きていてくれてありがとう』
滴り落ちた雫が水面を打つような声が、再び響き渡った。
「え……」
その瞬間、頭上から地響きのような音を立てる大量の水が注がれ、滝となって流れ込んできた。
足元には果てのない水鏡が生まれ、再び滝へと視線を戻せば、水流を辿るようにして浮遊する女性の姿。マゼンタ色の髪色と瞳に、立体的に波打つような装飾が、全体に行き渡る裾の長い白の衣服。
目元や鼻元は、巨大な一匹の蜘蛛が這う、黒のアイマスクベールで隠されていた。
俺は状況理解が苦しく、立ち尽くしている間に女性が目の前で降り立った。
「だれ、ですか……?」
『ん? あ、ごめん。忘れてたっ』
反響していた声が突然、無響室へ入ったように調子外れな声になった。
『ちょっと、おっちょこちょいな性格だけど許して』
「あ、わ、わかりました……」
言葉の音色からして、どこか気さくな性格にも思える。
『あっ、敬語はいらないよ。そんな他人行儀な関係でもないんだから』
「え……?」
穏やかな音色のように優しい声で、目元に掛かっていたベールを上へめくった。
『私は、あなたを生んだ母親。今まで育てきたのは私の妹であり――それに嘘偽りは、ない……』
文字通り。開いた口が塞がらなかった。
あの夢のような、俺の記憶のような――でも憶えているはずがない瞬間のこと。家のリビングにあった女性の遺影と、顔が一致していた。




