第九話 増強
「そうですか。あなたの意志が生まれたというのなら……私は死ぬまで立ち塞がる! 私は命を己の手で殺めるなど断じてない! 己の憎悪が許さない! この世界に終焉をもたらすまでは断じてだ!」
黒塗りの剣を片手に、切っ先を俺へ向ける。険しい表情に当然軽々しさはない。
「俺だって立ち塞がる! 今ここでも!」
「私が……」
「俺が……」
神経を研ぎ澄まして窺い、剣を片手に両足が次に訪れるであろう瞬間を、爪先立ちになって待ち遠しくしている。それはきっと――レアスも同じ。
「「勝つッ!」」
地面を蹴り、剣を振りかざして接近。凄まじい衝突音で真の幕を切った。
互いの剣は小刻みに打ち震えて交わったまま、有利は決して譲らない。
身体強化による脚の力で足先を床に突き刺し固定。重心を傾け、力と体重を総動員する。
息はとっくに上がって気力だけ。すでに限界が消えている以上、どうでなってもおかしくない。だけど、目の前の壁を破壊することが――今におけるすべて。
「【爆風】」
魔力調整五十パーセント、ゼロ距離で発動。威力を凝縮された爆風が一直線上に放つも、元より発動させていた合成による飛行魔法で避けられる。
想定外だった。魔法で作られた床と同時に、飛行魔法なるものまで魔力を絶やさず、発動を維持している。俺は自分の魔力量を感覚だけで把握しているけど、正確じゃないうえに不慣れで扱いが荒削り。きっと活かしきれていない可能性もある。
それに比べ、レアスは異世界人。格上以外の何者でもない。
俺は差のある技量を改めて確認し、神剣を構えながら正面のレアスや各方向、それぞれを視界と魔力の流れで警戒するも、攻撃の一つもない。
風魔法で生成された透明な床に、黒光りした剣を突き刺すだけ。一歩も動こうとせず立ち止まったまま。その意図がこの一瞬で読めない。
剣が必要ないと考えるにしては、一行に手を離さないのが不可解だった。代わりに警戒していた魔力の風向きは変わり、レアスへと運び込まれていくのがわかる。
魔法の可能性や魔装を考えても、関連付けて行き着いたのは、魔力の操作に伴う対価。体力と気力の問題だった。
「おわかりですか?」
「でも、魔法の解除なら……」
解除なら、魔法発動者がいればどうにでもなる――レアスがいる。でも、わざわざ剣で解除しようとしている意味はなんだ。
「簡単ですよ。魔法の解除条件は発動者の意思とイメージ。もしくは魔力供給が途絶えること。合成魔法は発動者が一人であっても発動可能。問題なく解除条件も満たせる。その一方で、多人数による使用は当然全員が発動者となるため、人数分の意思とイメージが必要不可欠。現状それが不可能であり、単に魔力供給をしなければ済む話……ですが、不公平に思うのです」
「不公平?」
どうも話の道筋が見えない。
「えぇ。私とあなたには差がある。技巧も経験も。だから能力や力でどうにか埋めようと必死。これは私なりの気遣い――いえ、これは一種の病気なんでしょうね。少々、戦いに手心をと思いまして。この貴重な一つの機会を、優越感だけで終わらせるのは退屈です。そちらのほうが都合がいい」
この状況で魔法に関しては切り札ばかりだろうけど、不公平というなら対価の問題。俺は特異能力をすでに発動している。そして、今。状況はこの床を生成した魔法の解除しようとしている。その条件の話から不都合を嘆くということは、つまり――剣の能力。
仮に特異能力で俺の強化魔法まで解除されれば、発動が一からやり直し。効果がわからない以上は、俺にも影響があることも視野に入れなきゃならない。単に不都合だからといって、レアスの剣の特殊能力がわかっても意味はない。
効果内容のすべてを決断するのは、所有者。そもそも、魔法解除の時点で床がなくなる。
俺ができることといえば、着地の対応だけ。主導権は結局、握られたまま。
手心が不公平という高低差を均してくれることを、願うしかない。
「では、戦場を戻すとしましょう」
魔力は渦を巻き、レアスの剣へ吸収されて帯びていく。鍔は暗闇に浮かぶような翼を生やし、魔力の影響なのか、剣身が青紫に染まっていた。
「【魔法破壊】」
発動。翼を羽先まで広げて、黒ずんだ紫色の雫が生成と同時に、透明な床へ落ち、水面のように波紋が広がって光を放ち始めた。
それを起点に床全体、浮かび上がってきた魔法陣にも亀裂が入り――消え失せた。それは解除というより、強制的な破壊。
落下が始まる、強化魔法の解除はない。
背後と地上が空中で対面している状態から体を捻じらせ、顔を正面に剣を構える。
残像の世界、一瞬を見計らって――。
「【爆風】」
迫りくる謁見の間の床を前にして、十パーセントの単体攻撃で発動。物理的な風圧をクッション代わりに、手を床に突いて前転。壁に激突して止まることができた。
今回も荒業でなんとか着地に成功したけど、疲労が溜まって衝撃に抗おうとは思わなかった。思考が停止したような虚無感。時折、意識が薄れて頭が重くなって動悸が怖ろしい。
「もう、無理やり……」
だいぶ虚ろになり始めていた矢先、呼び戻すような大声が二つ、扉から駆けつけてくる二人を狭い視界に入れる。
俺は壁を背もたれに、擦り付けながら立ち上がった。
手を振って笑顔の優花に、ぎこちない呼び声に涙を拭うような仕草をしたサリス。
その背後に、謁見の間に捕らわれた王族や貴族、騎士団や魔法師団の姿はなく、全体を見渡しても――。
「あれ、レアスがいない……」
魔力が天井から中央に感じる。天井を向く余裕なし。登場のときに見た透明化の可能性。真っ先に浮かんだ最悪。ここでの前向きは現実逃避同然。
「く、来るなぁ!」
今にも野垂れ死にそうな、前後で掠れる俺の張り上げた声。
だが俺の声ではなく、同じように魔力を中央から感じ取ったのか。警戒して足を止める二人。どうにか謁見の間の扉へと移動してくれた。巻き込まれてほしくない。
「相変わらず人思いで」
不意に声がした。歯を食いしばって謁見の間中央を見る。気付けば、ローブをウエットスーツのように体へ吸いつけ、謁見の間に足を着けるレアスの姿があった。
「悪い、か?」
「いえ、好ましいです。とても素晴らしい……ですがッ!」
言いかけたかと思えば、突撃する残像が見えた。俺は剣を構えるだけで、瞬間的に視界は隙間なくレアスと剣で埋まった。
風に吹かれて散る花弁ように、火花が正面を飛んで、体が背後の壁に埋まった。
「彼女たちへ『逃げろ』、という発言には不快感を覚えますね。神の眷属。大丈夫、私は蛮族ではありません。あなただけに興味関心があるのですから。ただ、見届けていただくことくらいでしょうか。でなければ、信用のある訃報の一つも流せませんからね」
「殺す気か?」
「どうでしょう……ですが、最初に私は国王陛下へこう申しました。すべては神の眷属の行動に委ねられていると。最も、その言葉を胸に刻むべきはあなたです。まあ仮に死んでも……肉体やら諸々が手に入れば問題の一つもありませんが」
そう囁くと、牽制に受け取れる蹴りを一撃だけ腹に打ち込まれた。不敵に笑うレアスは中央まで下がると、腹を抱える俺を前にため息をついた。
「もう、終わりにしましょう。一時は避難した国王軍も、いずれ私の身を捕らえるため舞い戻ってくるでしょうしね」
その途端、魔力が波のように荒れ狂い、レアスに押し寄せていくように集まり、渦潮のような形になって吸収されていく。
しかも驚くことに、魔力がレアスへ近づくにつれ青紫に染まり、目視できるようになっていく。魔力が視認できるという記述は、神界の書物に一切なかった。
「フフフ……アハッハッハッハッハッハ……! 醜い! 醜い! この世界が醜い! 私たち人間は残酷になりすぎた! そして私自らもだ! もういいだろう、満足だろう。欲望のまま充分に好き勝手した。もう、うんざりなんですよ!」
言動が荒ぶり、なにかに憑りつかれたようだった。
俺は資格がないのかもしれない。知識だけで世界を知った気でいて、本当は知らない。
だけど、ここで死ぬわけにはいかないし、自由を奪われるわけにはいかない。
この世界を知るために聖域に行くことだって達成できていない。行って知るんだ。自分が生きるために、だれもが笑っていられるように。あんな凄惨な光景を、見ないためにも。
「ここで一つ、戦いを終わらせる!」
「一つ? まさか、全部止めるとでも? 神の眷属であろうとも一個人の力でしかないというのに。この夢想家が!」
そう言って、剣を構え始める。ご説教どうも。
「でも、なにかできる人間が一人でも立ち上がっていくからこそ、一つの物事を成すことができる。たとえ不可能でも、俺以外にもいるはずだ。きっといるはずなんだ。世界を変えようとする人がさ。でも今、この場は俺が!」
「耳障りですね……」
一瞬。残像の一つも視界に入ることなく、目上に膝から足が見えた。脳天への攻撃――。
俺は位置関係をインプットして、剣筋に合わせた防御態勢に徹するも、その一撃の威力は想定を優に上回った。
難なく吹き飛ばされ、気が付けば壁に激突して瓦礫を生み、全身のあちこちで悲鳴が上がった。視界の上から血が流れて滲んでいき、世界が少し赤く見える。
レアスにとって、神剣の特異能力は想定の範囲内。もしシャルトの戦闘も監視されていたとしたら、頼ることが難しくなるかもしれない。もう一本、使わざるをえない。
意識が飛びそうで、寝落ち直前のような感覚――己と泥沼勝負だ。
ここまでくると根性論。シャルトみたいに頼みの綱はないし、できる目処は立っていない。俺は深呼吸をして気持ちや呼吸を整え、立ち上がって収納魔法を発動。一本の剣を取り出した。鬱金色に輝く極神剣パランティクス。
「なるほどです、なるほどです、なるほどです! クックックックッ、先の攻撃を受けてなお、足掻く意思を捨てないということですか!」
「当たり前だ、だれが絶望ある未来になんて行きたいと思うか」
極神剣の特異能力は全属性で強力、でも一日一回の制限付き。
今この場で使うのは無属性。パンテラのメイド二人曰く、効果は強化魔法の上位互換。対象は無制限に指定でき、持続時間は魔力に依存しない。強化の度合いは神をも凌ぐ。
なんて謳い文句のように説明された。
試しはない。けど、血と汗を滲ませる覚悟があって、自分のすべてで物事を成す覚悟もある。ここで出し惜しみなんてしない。
そう思った途端、極神剣を持つ左手から振動が始まり、頭に到達したその瞬間、脳裏に数多くの言葉が浮かんだ。
頭が割れるような頭痛が伴い、属性ごとの能力詳細が記憶に刻まれ、求めていた無属性魔法もある。
「【増強】」
対象は体と神剣。発動してから真っ先に地面を蹴り、謁見の間を二刀流で駆け抜ける。
「うおおおおぉぉぉぉ――」
「あぁ、その力……面白い! 興奮が止みません!」
レアスの黒い剣が青紫の魔力を猛々しく燃え上がらせ、三日月の軌道を描き、感情が叫び声を上げるように何度も打ち鳴らし、衝突を繰り返す。
それはまるで動悸のように速く、血管を駆け巡る活力ある血液が、鮮明なリズムを打っているのがわかる。
怒り、悲しみ、憎しみ。でも、希望も願う思いも一緒くたに剣へ乗せ、思いの丈を一刀ずつに攻防へ向ける。
右側面の防御、斜め頭上の防御、左側面への攻撃、正面より堂々の攻撃、数歩へ下がって正面の防御――反撃の斜め左から頭上へ左手の極神剣を振り下ろす。
「心躍ります! あぁ、もっと早く! この高揚を味わいたかった!」




