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   第八・五話  立志


     ◇


 木製の巨大扉から松明を持ち、気迫に満ちる大勢の歩兵、騎士、魔法師が謁見の間に至る。

 各々が王族や貴族を誘導し、負傷兵は補助をしての退避。騎士団長一行や魔法師団長一行、少女二人の協力と連携で、避難が加速する。


 とある一兵卒に一魔法師はゴブリン討伐の帰還を、白塗りのマントをなびかせる騎士団長、魔法師団長に各自報告している。

 迅速な対応による効果は、人波が即座に完成し、流出していく現状が物語っている。

 激化する戦闘により瓦礫は散乱し、幾つもの丘が築かれ、艶やかな石床に隅々まで亀裂の稲妻が迸っている。


 謁見の間天井では未だ交戦が続き、壁伝いに王城を振動させる。

 だが、視認は地上から不可能となっていた。黒光りしたガラス板に類似する阻害が、構造と形状に沿って一面を覆っている。


「優花、こっち終わったわ」

「私も最後の人引き継いだ。あとは私たち二人だけ」

「本当によかった。これも全部優花と、残念男のおかげ」

「サリス、そろそろ残念男っていうのは、やめてあげて?」

「うーん……」


 優花は改善への期待か、輝かせるような眼差しでサリスに詰め寄る。当人は人差し指を顎に置いて沈思黙考するが、やがて視線は明後日の方向へ。


「お、思わず名前を、聞きそびれたわ……」

「それ、サリスが聞き耳持たなかったからじゃ?」


 膨れっ面に目をか細くして、優花は不満げに問い詰める。


「つい、えっと、その……」

「本当はー?」

「ほ、本当は――」


 疑心暗鬼で尋問姿勢を継続する優花だが、サリスの降下した声調で態度を元に戻した。


「人柄とか色々と加味したうえで、判断したほうがいいのはわかってる。でも、嫌悪感がどうしても先行しちゃう。『どうせ男は』って。時々、震えが止まらなくなるし、嫌なことも思い出す。近付かれるのも嫌。だから、跳ね退けるくらい当たり強くいるのよ。その方が、自分を強く見せられる……嫌な思いしなくて済むし、変に考えることもない……」


 サリスの言葉に数回頷き、背中を摩る。


「そっか……初対面だし、怖かったよね。でもせめて、名前くらいは憶えてほしいかなって」

「……うん、度が過ぎたかもしれない……ただ、少し困らせるのも面白いから、たまに言うわ」

「その気持ちはわかる」


 腕を組んで納得する優花。


「とりあえず、サリスが呼べるときでいいと思うよ。あと、くれぐれも喧嘩にならないでね?」

「そ、そうね……」

「名前だけど、青原仁也っていうの」

「アオ、ハラ、ジン……ヤ。どこか――」

「そこのお嬢さん方!」


 薪を割るように話を遮った男性声。全身武装の鎧は、敗北の二文字を具現化するように、破損箇所を夥しく点在させる。その様態からして防御の意味を成していない。

 髪は乱雑で呼吸音は荒く、その容姿は負の方向へ舵を切っていた。

 優花は廃れたような男に話しかけようとするが、彼女の口先に人差し指を立てたサリスは、口を塞いで下がっていて、と呟いて片目の瞼を開閉。優花は頷いた。

 了承を得たサリスは、怪訝な表情で振り向きざまに口を開いた。


「負け犬かな?」

「はあぁ?!」


 開口一番に陽気を言の葉に乗せ、攻撃力抜群の質問。


「おい。お前、ナメてんのか?」

「ごめんなさい。私、名前忘れちゃって。だから、ここでは『負けた犬』ってことで」

「はあぁ!?」

「あだ名を付けるの上手でしょ? ――で、私たちに何の用? 負け犬」


 話頭を転じ、氷点下を記録するような冷淡で鋭利な視線を放つ、サリスの双眸。伴って氷期に突入する数々のロゴス。


「い、今までの展開で理解できないか?」

「私たちをなんだと思ってるのかしら? まったく、発言が回りくどくて嫌いよ。私たちとまさか、その状態で戦おうというのならお断り。私ならそのうち、罪悪感しか湧かなくなる」


 不満げに自己完結し、聞く耳を持たない態度で吐息をつく。


「そうか。生意気もいいところだな……」

「そんなの知らない。ホント、今の世の中は酷い。女は下位だとかいう、思考がホント貧相。自分たちもその立場になったら、って考えてほしいわ。男も女もみんな同じ人間なのに。大体、立場を弁えてないのはどっちよ? 犯罪組織に加担した国家反逆の重罪人。私は許さないから。こんな悪夢のような現実をまた繰り返したアンタを。性別差別以前の問題。人として終わってる」


 嘆きを含んだ威圧的な言動だが、屈服するシャルトの姿はなく、分相応に追及される責任により発生するはずの言葉は、謁見の間に響いていない。


「なら、この場から逃走することなど、不可能か」

「呆れた。悪人ってホント往生際が悪い」

「勝手にほざけ。所詮は女だ」

「あっそ、アンタなんか家畜の排せつ物にでも埋もれてればいいのよ。ほんっと最低だし、反乱軍が寄せ集め集団なのは納得だわ。人望がないからってことね。その性格の悪さで」


 怒涛の発言に奮起したのか。床に突き刺さり、未だ岩石のように不動を貫く大剣を持たずして突撃に走った。


「ここまで容赦のない女は初めてだ! ふざけるのも大概しろおおおおぉぉぉぉ!」


 それは奮起ではなく暴走が相応しく、咆哮のように絶叫する。

 打って変わって冷静なサリスは、右手を地面に接地させて一言を呟くも、小声で掻き消され眼光炯々にシャルトを見遣り臨戦態勢。


 だが、彼女は沈黙を維持。間合いまで侵入され、拳撃を振るわれようとした途端――石床を一蹴り。身体強化により人並外れた距離を確保すると同時に、誘導されたシャルトは突如として停止した。


 シャルトは躰を前進させようと揺動するが、現況は応えない。先までの威勢は消失し、理解の苦に陥っていた。その困惑具合は檻の罠により捕獲された害獣。


「……かっ、躰が、う、動かない……」

「あなた、本当に戦闘経験者?」

「どういう意味だ!」


 再度、サリスの吐息が零れた。


「性格の問題ね。本来なら結果なんて私もわからなかった。どうしても男に力が劣るの。だから緊張は常にある。でも、アンタのようなクズ人間に、負け犬に……いつまでも怖い思いさせられたくないのよ。王都を血に染めた罪は、一生背負うべきだわ!」


 白銀の両手は、宿る意思を握り締めるかのように拳を作った。

 歯牙で威嚇する猛獣のように精悍な表情は、覇気が音と成りて轟いているかのよう。


「ねえ、サリス」

「ん? なぁに優花」


 と、天使の呼び声には気迫も奥に仕舞われる。


「サリスのその――」

「ガントレットよ」

「そうそう。それになにか、能力とかってあるの?」

「あー、たぶん優花も知ってるはず。特異能力シンギュラースキル。手と腕の形状に合わせてくれる軽量型。私のは状況に合わせた罠の設置ができる能力。力で劣るとかいっても、ガントレットのせいで近接戦を想定して第一線を任されることもあったわ。本当に魔法師団の所属なのかって言われて……」

「へえ、すごいね! サリスってなんか、なんにでも対応できる無属性魔法みたい!」

「優花、なんか着地が独特。言いたいことはわかるけど」

「え、そうかな?」


 少々な笑みに浸り合う。


「でも、そこがいいのお」

「そうなのかなぁー」


 サリスの態度はより軟化し、優花は柔化。相互に手を取り合って飛び跳ねる。


「おいおい。二人して呑気に話すのかよ。酷いったらありゃしない」


 だが放置状態にあったシャルトは、手首の形状と感触を確かめながら解放の余韻に浸る様子で、接近する。


「あれ、サリス。シャルトが、自由になってるよ」

「まだ殴り合おうする気? 諦めの悪いというか、しぶといと言うべきか……呆れた」

「そりゃあ。こんな蜘蛛の糸みたいなの張り巡らせたら捕まるも当然の話。だけど、本当に戦闘経験者か問いたいのはこっちだ。俺の魔装は武器や防具に収まらない。直接的な使用もなんら問題ない。むしろ立場は逆なんだよ、お嬢さん方。どうせ、生意気言ったて一兵卒だろうに。じゃなかったとしても、俺には及ばなかったということだ」

「どういうこと? あなたは剣士貴族で――」

「まあ当然だ。だから十年前に追放された貴族と同等に見做されるのは、不本意なんだ。別に俺は、貴族じゃないからな」

「え? いや、だってあなたは公爵家の当主……」


 微かな動揺が広がり、優花はサリスにしがみつく。


「ああ、そうだな。俺は確かにシャルト・クリージア。爵位を賜り、公爵の座まで上り詰めた。家族だって世間の人間はちゃーんと見てる。だが、認識の違いは根本にある」


 告げるシャルトの口角は、吊り上がる。

 サリスと優花、それぞれ勘づいたのか。警戒を強化する。


「なるほど。貴族としてグロマと結託してたわけじゃないってことね」

「そう、これが私の望んだ結果! それが再確認できて束の間の安心を得ることができました! 私は、アオハラジンヤという存在を、この場所へと呼び寄せるためだけに今――公爵家の当主として! そして、グロマという聖なる組織の一員としてここにいるッ!」


 腰部から短剣を手に、前喉部の端に浅く剣先を刺し、一筋の鮮血が滴る。


「私は、一つ。定められた任務を果たした――……」


 目を瞑る優花。駆け込むサリス。

 シャルトは短剣に魔装を施して瞬間的に深々と刃を入れ、断裂未遂の方向へずらした。

 微弱な呻き声。首元の断面から多量の血液が噴出する事態に、サリスは後方へ回避。首は宙を舞い、密かな鈍音を鳴らして床に横たわる。それは躰も同様。


 音響すべてを耳にした優花は、羽織物を被ってうずくまった。

 閉鎖的になって顔を上げようとはせず、一分。


「大丈夫? ……――え。ゆっ、優花! ちょっと、これ見てってば! 上よ、上!」


 が、なにを思って我に返ったのか。焦心が透けるような催促をされた優花は、おののきながらも徐々に起立――天井を仰ぐ。

 彼女らは故人となったシャルトを気に留めはしなかった。


 空間内は硝子に類似した破片が舞い散り、粒子となって消滅。

 その光景には、紛れる縁のない眼鏡を掛けたローブを着用する男と、猛々しい炎のような闘志を露わに、瑠璃色の神剣を振りかざして落下する少年の姿がある。


「仁也……!」


    ◇


「彼、シャルト・クリージアはグロマの構成員です」

「え……?」


 つまり、十年前の内戦はあくまで建前であり口実。反乱軍だとシャルト一人だけってことか。あとは尻尾を巻いて逃げたからグロマの可能性はゼロ。


「片手で頭を抱える辺り、理解したようですね……そう! この場にいる当事者の大半は、この内戦を根本的に理解することができていなかった。我々を除き、この国の誰一人としてです。この内戦の元凶は我らグロマだ! 怨恨を持つ元貴族らを扇動させ、シャルトとその家族役の者が、貴族となって数年以上。潜伏して名誉と地位、財力、人材を手に入れた。これを活用しない手はない!」


 息を吐くように真相を簡潔に話すレアスの口は、止まるところを知らない。

 でも、パンテラの国が標的になる理由がわからない。


「所詮、これらは序章の序章にして一部のまた一部。いくらでも暴露できましょう。ただ、あなたが自覚を持っているのなら、言葉の重圧は一層に増します。が、どうでしょう?」


 俺が自覚すべきこと。生き返った身であるということ。優花を巻き沿いにした罪意識。改善意識。それとも、だれかを助けて守ることか。はたまた、神の眷属としてか。


「思い出し下さい。先程までいたグロマ構成員四人の発言を。我々は地球という世界で、長年暮らしました。それはなぜか、バファナは誰を予定で殺そうとしていたのか……」


 断片的に、俺はすべてを振り返った。段階はあったが、俺からすれば突然だった。

 親友に噂と暴力と言葉攻め。挙句、優花を巻き込んで殺され、死亡。

 パンテラの眷属になり、サリスを助けたはいいものの、この異世界の現実を目の当たりにして今に至る。そのすべては――


「――俺が、狙いだったから」


 つまり原因――事の発端は俺。優花の死、王都の一部に描かれた地獄絵図、反乱軍と国王軍の犠牲者――すべての死体が築き上げた山は正真正銘、俺が――理由。


 俺の抱く感情の行き場は外部じゃない。俺自身に刃として突き刺さり、返ってくる。

 自責の念以外になにがあろうか。なにが、助けて守るだ。俺は最悪だ。


「なあ、レアス。お前たちはなにを目的にしてる? なんで俺なんかのために、だれかが殺されなきゃならない?」


 俺は、立つことが許されない。そう思ってまた、両膝を突いて俯いた。掌から剣がこぼれ、目頭が熱くなって――溢れて――泣いた。


 粒の大きさなんて、わからない。情けないことに鼻水も出ている。辛い。苦しい。

 俺は途端に、生きようと思えることができなくなった。


「そうですね……壮大かつ簡潔に言うならば、世界を崩壊へと導く。というのが目的です。そのために、あなたという存在は必要不可欠です」

「なんで、どうしたらそうなるんだよ!」

「別にあなたが憎いわけじゃない。どういう状況にせよ、世界を殺す。それが達成した瞬間、私も死ねるというものです」

「なんで、なんでそうなるんだよっ!」

「黙れッ!」


 俺の声は、レアスの衝撃を放ったような一声で、掻き消された。


「人は争いの歴史を歩む。神もまた争いの歴史があります。人と争いという言葉の交わりは根深く、拭えない。私情に組み込まれた欲望と感情がそのすべての発端となっている。もう話し合いなどと腰を下ろして、前提を話す場はあるのだろうか。もう首が飛ぶだけなのです。この世界は腐りに腐って歯止めが利かない。表舞台にその恐怖を見せていないだけにすぎない。裏は人権すら蔑ろにされた暗黒で満ちている。いずれ戦いは起こる。希望などこの世界には舞い降りない。世界の崩壊こそ、安楽死を意味するのです。すべてを無にすれば、それですべては収まる。これは復讐であり、下すべき制裁。必然なのです」


 結果だけを見れば、その崩壊の二文字は一瞬で、痛みなんてないんだろう。って思って、揺らいでしまうかもしれない自分がいる。だけど、その過程では今回のように犠牲が積み上がっていく。壊すのは簡単で、戻すのは難しい。よく言う話だ。


 感情論を捨て去れば、それが手っ取り早いのかもしれない。でも、俺たちは人間で、感情を持ってる。他の動物より複雑で深い。


 生物として、一人の人間として、生きることを願うのは当然だ。中には死を願う人もいるかもしれない。けど、破滅的な思想に行く着くこともなければ、それは本人の意思であり、願い。場合によるけど、だれかを死に追いやるほどの行動を起こすものでもない。


 確かに人は争うことが避けられないのかもしれない。現実的な話だ。

 だけど、改善の諦めが見えるのはおかしい話だ。一度だってその話を口にしていない。

 ましてや最後に関しては、本性というべきか。それとも成れの果てというべきなのか。きっと手遅れなんだろう。


「俺は、言っただろ!」


 袖を押し上げ、涙と鼻水を拭い、無名の水魔法を概括詠唱なく発動させて洗い流した。


「改善意識を持って、だれかを助けて守るって! この世界が腐っててどうしようもないっていうんだったら、俺が……俺が! 世界を助けて守ってやる! お前らは俺が世界を崩壊させられるだけの力があるっていうんだったら、使いこなして! 俺がその逆を、成し遂げてやる!」


 俺はこの瞬間。一つの意志が芽生えた。

 そう実感できた。


 パンテラから提示された異世界での目的と並行して、俺はこの世界で歩む。この世界に住まう人々を、与えられた力で、助けて守る。


「自分勝手な宣言でしかない! けど、俺は! それを願っている! 平和を、願ってる! その二文字の願いが、俺の終着点!」


 落とした神剣の柄を握り締め、立ち上がって前へ一歩――足を踏み出した。

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