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神々の世界と因縁のペンダント【加筆修正中・更新休止】  作者: 海斗
第一章  死による出会いと別れ
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   プロローグ(後編)

 噂だ。間違いない。周囲は基本、他人に無頓着だ。

 仮定でしかないけど、もしかしたら――。


「お前は俺に纏わり付く虫なんだよ。それなのに今日も……ほっんと、懲りないよなぁ。腹立たしいにもほどがある!」


 俺は縛られるような感覚に襲われる。さっきの震えがさらに大きくなり、口が動かない。なにか言えば反撃を食らう。


「そもそもさぁ。俺は優花と付き合えれば、それで良かったんだよ。道具であり脇役。端からお前のことなんて、どうでもよかったんだけどさ。お前がすぐ絡んでくるから。これがまた腹立つんだわ」

「な、なんだよ。それ…」


 狼狽(うろた)えるしかなかった。別に脇役か主役かなんてどうでもいい。

 俺は友達だと思っていた。道具なんかじゃなく、ましてや親友と思っていた。

 だけど――本人は違ったみたいだ。俺はただの道具。空星は、人前でのみ。友達を演じていた。空星との関係は、最悪な言葉の元で結ばれたものだった。


 気付かなかった。それ以前に、疑いもしなかった。当然だ。

 俺は自分の過去という道を振り返り、自分を疑う。小、中――


「おえっ……!」


 嫌な記憶がちらつき、途端に目から涙が溢れるように出てきた。急な吐き気も加わる。

 記憶喪失のように、久しく忘れていた。最近のような噂と同じ、あるいは――それ以上の仕打ちを受けた過去。


 たとえ生活が安定しようがなかろうが、それは関係のない話。抱えていた問題。


 人から避けられ、怖がられ、嫌われ、罵られ、蔑まれるという――地獄を。


 因果は巡るのだろうか。


 原因は違えど、言葉に起こせば地獄と変わりはない。

 友達、親友という言葉は、噂を知っていたからこそ。余計に脆くなり、容易く破壊された。

 心をえぐられているような、激しい精神的な痛み。思い出した。


 動悸がする。めまいがする。涙がこぼれる。怖い、嫌だ、逃げたい、忘れていたい。

 でも空星はきっと――、逃がしてはくれない。


「おトモダチの前で泣いて、惨めだな」


 俺は両膝を地面に突き、死人のように頭を垂らした。恐怖で腕が上がらない。足に力が入らない、顔を上げられない。

 本当は涙が浮かぶ目を、手で必死に隠したかった。自分の弱々しい姿は隠したかった。

 またしても恐怖はちらつく。


 泣けば、なにか言われる。

 罵られる。


「おい。いつまで泣いてんの?」

「え……?」


 思わず顔を上げたら、飛んできた。

 流星のように、斜め上から飛来する拳。発端として胸ぐらを掴まれ、繰り返し俺を殴りつけた。


 頬や目、腹部。時には片腕を集中的に痛めつけられ、地面に叩きつけられては踏みにじる。

 起こされた後の手段は度々の拳や蹴り、追加で周囲にある木もだった。頭を鷲掴みにされ、木の幹

に後頭部を叩きつけられる。陰湿で卑しい思考に任せた暴力の数々。


 振るわれるたび、意識が点滅する街灯のように、飛んでは戻ってを繰り返す。

 最初は激痛を走らせ目立った鈍痛だったが、数を重ねていくうち――ただ耐え凌ぐことだけが念頭にあった。


「おいおい。殴られるだけか? 反撃しないのか?」

「うる、さい。お前、その調子だと優花にも……手を出すつもりだろ?」

「察しいい。当たり前だ。それ以外になにがある? アレもまた、おかしい。部活も入らず、これといった努力もしないような引っ付き虫を、あいつはなんで相手するんだか! お前にいられると、自堕落が感染するんだよ」


 息を吐くように、暴行は止まらなかった。

 殴られるたびに鈍い音がして、ひと段落すれば口元に血が滴り落ちる感覚があった。

 地面にはすでに、点々と血で染まっている。


「俺はなあ……優花のこと好きだったけど、優花の行動見て勘づいたわ。どうせこうなんだろうと思ったよ。お前のせいなんだ! だから、お前も優花も殺す。お前らに俺の気持ちが分かるわけねえだろ。長年の思いを踏みにじったお前らに!」


 暴力。殺人実行を宣言するほどの豹変ぶり。そもそも、あの場にいることの意味がまるで理解できない。


 その違和感で気付くべきだった。本当に理不尽だ。

 臆していつまでも告白せずにいたのは、どこのどいつだっての。


「オラ、オラ、オラ、オラッ! 早く泣き喚けよ。早く笑わせてくれよ。毎回のように話題の材料をくれよ。なあ、みんな面白いだってよ。いじめたくなるだってよ! みんなと違う行動を取るお前の姿ぁ! 可哀想だなぁ、人と違うことがさぁ!」


 続けざまに殴られる。


「一体だれが、こうしたんだろうなッ!」


 今日は楽しい日だと思ってた。


「だれがやったんだろうなッ!」


 普段を少しでも忘れられると思ってた。


「消えろ! 消えろ! お前なんて目障りでしかない!」


 早くここから離れたい。

 でも、暴力によって蓄積した怪我のせいで、一歩踏み出すことすら叶わない。思うように行動できない。


 悲観して捉えることしかできなかった。

 やがて忍耐の限界を迎えた俺は、意識を手放そうとした瞬間、表の光差すほうの人だかりに気付いた。


「おい鬼島、青原になにをしている!」


 突如として聞こえた怒鳴り声は、どこか聞き慣れた声で、俺は一安心できる大人の姿を視界に入れた。

 男で見覚えのある身長に体格、佇まい。髪を下ろしただけの自然なヘアスタイルで、堂々とした姿は俺のクラス担任。祀崎(しざき)塔次郎(とうじろう)先生。隣には優花の姿もあった。


 それはまさしく、救いだ。


「先生? どうしたんすか? 別になにもしてませんけど」

「嘘を言うな! 青原が血だらけじゃないか! それに、このことは辻島から聞いている!」

「チッ。おい仁也!」

「鬼島来い!」


 先生はとっさに空星を捕らえ、連行しようと必死に引っ張る。抵抗する空星は凄まじい剣幕で、俺と優花に視線を行き来させた。


「仁也、優花。俺は、お前らに腹立ってしょうがなかったんだよ! 特に仁也! お前には死んでほしいくらい目障りだったんだよ! 必ず、殺害を達成してみせる! 殺されちまえ!」


 狂気に満ちた最後の足掻き。

 もう自分がなに言っているのか、正常な判断もつかないらしい。変わり果てた空星の姿は、偽りだと思いたい。少なくとも、相手の気持ちに気付けなかった俺にも非はある。空星が憎いとは思わなかった。


「……友達って、なんだよ……」


 叫び終えた空星は先生に抵抗することなく、連れて行かれた。

 その途端――第一にホッとした。これに尽きる。

 肩から重りが取れたようだった。


「仁也!」


 空星の連行を確認した優花が、若干俯いて心配そうに見つめながらやってきた。


「なんだ。優花か」

「もう、なにその反応。それよりも怪我は大丈夫――な、わけないよね……。痛かったはずだし」

「まあ、めちゃくちゃ殴られた」

「そうだよね、とにかく保健室に行こ?」

「うん。でも、俺は一人で歩けるから。心配しないで」


 優花は何度かこちらを振り返りながら、先頭になって歩く。この場から背を向けて立ち去るが、未だに俺の心は複雑だった。


 そんな体育館裏の暗闇から、日差しが照りつける表へ出た瞬間。普段感じたことのない異物を感じた。痛みを感じた。細長いものを感じた。違和感がする、腹に。

 俺はその違和感を確かめるため、着ていた制服を脱がぬまま視線を落とした。


「え……――」


 唖然。まだ理解が追いつかない。

 太陽光を反射する鋭いナイフのような刃先が、腹から出ている。


 赤一色の液体がブレザーと同化するように染まり、腹全体を覆うほどの染色面積になって拡大を続ける。

 ワイシャツの生地を覗けば、血の染料に濃く塗り変えられている。その染まり方は多量の出血を示す以外ない。


 事態は収まることを知らず、胃の辺りからも違和感を覚えれば、猛烈な勢いで内部から上昇。食道を通過。

 感覚的に液体が逆流していることがわかる。止まる気配は一ミリもなく、瞬く間に口内へ到着する。


 俺は吐き出すまいと思い、頬を膨らませてから口元を両手で押さえ付け、どうにか塞いだ。

 必死になって逆流の足止めをするが、俺の対抗手段に勝る勢いで、液体を口内から吐き出してしまった。


「う、うぇっ……!」


 吐き出した感覚。多量の鮮血が掌を紅く染める。


「……血?」


「キャアァァァ!」


 付近にいた一人の女性が、俺の吐血に叫んだ。

 そんな中、背後から気配を感じる。


 多量の出血のせいか、血を見たショックか。うまく体を動かせず、機械的な動きで振り返ると――恐怖が待っていた。


「ニヒヒ……」

「え…?」


 人がいる。黒一色、恐怖が纏わり付いたようなフード付きのローブを着た、怪しい人物が立っていた。


 目元は見えない。でも吊り上がった口元のせいで、三日月の目と不敵な笑みが頭に浮かぶ。

 俺は確かに起きた現実を理解し、死を覚えた瞬間――急に意識は薄れた。視界に風景の残像だけが入る。


 気付けばうつ伏せで倒れている状態になっていた。

 思わず優花を探す。


「仁也! 嫌ぁ!」

「ゆ、う…かぁ」


 希望は、ある。

 優花は先頭を歩いていた。コイツが俺にだけ気を取られていればいい。人だかりの一部になっていれば、それでいい。

 殺人犯が俺以外のだれかを、優花を襲わないでほしい。そう願うばかりだった。

 

 だけど、現実は叶えてくれなかった。


 重たい視線を動かす頃には、殺人犯が鋭い刃物を手に、だれかの至近距離に足を着いていた。  

 姿が重なって犯人の背後しか見えないが、トレードマークのポニーテールが唯一、風に揺れて見えていた。

 募る危機感。


「にげろおおおぉぉぉ!」

「……っ!」


 俺は腹部を刺されているに拘らず、大声で躊躇なく叫んだ。


「ニヒヒ………」


 殺人犯はまた不敵に笑い、軽やかな動きでこの場から立ち去ろうと、戻って塀に乗った。

 その途端、陰になったような同じ格好のもう一人が、体育館裏からこちらに現れた。


「最高です。死に、祝いの花束を」


 と、言い残して二人が敷地外へと逃げていく。

 怒りに任せる余力もなかった。ただ、絶望に浸るだけだった。

 そして優花は――と思って探し、腹から血を流して倒れているのを見つけた。


 薄れていく意識のせいで視界は狭く、顔しか見れなかった。

 目を閉じ、仮眠を取っているようにしか見えない。思えない。

 アイツらが、どういう了見かは知らない。感情の渦が、怒髪天を衝くような勢いで湧き上がる。


「なんで、なんで優花、まで…」


 現状を受け止める俺の器は溢れ、決壊する。

 大粒の涙を流しながら激痛を堪え、ほふく前進。


 どうしても、優花の側に行きたかった。俺は、優花が死ぬことが一番怖かった。どうにかして生きてほしかった。

 なんの力もない俺だけど、優花が逃げるまで痛みに耐え、刺されたまま動けないよう足止めすれば、俺だけで済んだ。自分の命になんて、拘らなければ。


 どうせ刺された時点で、俺は死ぬようなもの。覚悟というよりか、環境のせいか。覚悟より諦めがあった。


 でも、せめて――優花の元へ行きたい。

 這いつくばってひたすらに。優花が助かってほしいとだけしか、頭にない。


「くっ……そ……――」


 虚しい。

 優花の近くにすら行けなかった。優花の顔は、まだ遠くにある。


「ゆ……う、か。ごめん。俺、なんかの……せい……で」


 決めつけ。友達と勝手に思っていた。俺は仲良く話してくれる友達が欲しかった。

 ダメ人間で、自分が憎くて、殺したヤツも憎い。


 腹立たしくて……。


 苦しくて……。


 痛くて……。


 優花が……。


 あまりにも無力な自分に、嫌気が差す。そんな自分に、思わず叫びたくなった。


「……っ…うああああぁぁぁぁ――ッ」


 元々、死にたくなるほどの思いをしてきた。

 でもやっぱり、人なんだ。生き物なんだって思う。


 母さんの顔が浮かぶ。今まで見て、聞いて、触れて、嗅いで、味わったすべてが――なにも残らない。


 とっさに死にたくないって思う。


 でもきっと、どんな死に方をしようと――最期はそう思うんだろう。


「青原くん、青原くん、聞こえますか? 私の声、聞こえますか?」


 体を揺さぶり、声を掛け続ける男。なんか聞いたことがある。あぁ、でもわからない。

 救助隊員なのか、だれなのか、わからない。モザイクのように焦点が合わず、ぼんやりとしている。


「お名前――」


 言葉……――。


「いえますか?」


 声……――。


 音……――。


「ごめ、ん…とうさん、かあさん――おや、ふこ……うで」


 暗闇。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章力がある。 [気になる点] なんだろう、テンポを重視したのか雰囲気作りを大切にしたかったのか。 文章力があるだけに、進行させようさせようとしていて楽しめませんでした。 ワザとらしい…
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