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   第七話  両膝を突いたまま

 現状立ち向かえるだけの能力がある。この認識を変えず神剣片手に、距離を詰めての真っ向勝負。

 反応できないのか。立ち止まった連中の間合いに入った。


「は?」


 俺は怠慢だった。身体強化に強化を重ねていようが、俺の視界に一瞬入る程度の速度で、見えないに等しかった。しかも足音も聞こえない。

 気付けば四方から包囲されている。


「おいおい、険しい顔してるなぁ」

「なんでそんな、ヘラヘラとしてられるんだよ!」」

「怖い怖い、神の眷属。怒るのは健康に悪いですよ」

「おちょくんな!」

「クックックッ……滑稽なものです」


 精神的な圧迫感に耐え、どうにか攻撃に備える。

 純粋に能力だけじゃなく、連携力の練度が垣間見えた。やっぱり戦い慣れている。相手を牽制するような威圧感も怖ろしい。


「さぁーて。この状況下でどう対応をするか、見せてもらおうかぁ。神の眷属、アオハラジンヤ!」

「相変わらず、あの世界での心が死んでないのか? 念を押すが、俺は空星じゃなくソドラだぜ?」


 一言一句すべてが、俺を挑発させ加熱させようとする。そんなのされなくても、もう十分。こんなのでって済まされないことやられて、怒らないほうがおかしいだろ。

 むしろ、この行き場のない苛立ちが鬱陶しくて、苦しくて。今にでもこの神剣で、ぶつけてやりたい。死ぬまでの痛みを。


「もう喋んなくていいっつうの」

「そんなことより、一つ確認したい。あの世界で教師として、問題なく振る舞えていたかな?」

「俺はたくさん人殺したぞ? あの世界の人間みんなして騒がしくて、しかも攻撃的でさぁ」

「こらこら、皆さん。彼が可哀想じゃないですか。ねえ、アオハラジンヤ?」


 全員が寄って集って俺に押しつけてくる。俺が受け止めたくないとわかっていて、ねっちこく、うざったらしく。俺に思い出させようとする。


 こいつらに騙され、騙され、騙され、騙され続けた――挙句。殺されて親孝行もできないまま、絶望の死を味わうことになった。それも、関係のない優花も巻き込んで。


 許せない。空星だけじゃなく、祀崎先生も、殺した犯人も、指揮したっていうレアスも許さない。だれか一人でもいい。俺にとって全員が、刃に掛けるほど憎い。


「おい! 早く来ないのか? さっきから話しかけるだけで、行動の一つも起こさない。俺をどうしたいのか知らないけどさ!」


 ただ感情に身を任せる。

 魔力の配分を偏らせて、許す限り強化魔法を重ねる。最悪、目が慣れればそれでいい。


「そうですか……」

「ならぁ……」


 詠唱なしで魔法を発動し、四段階強化。これが限界だった。


「遠慮なく……」

「殺してやるよぉ! じんやああぁぁ!」


 ローブなびかせ上下左右から、各々間合いへ入り込んできた。些細な動作も少しなら見える。充分引きつけて――上がいい。

 神剣を縦にして構え、足下に振り下ろした。


「【爆風(ブラスト)】」


 床を蹴って、ニ十数パーセントで発動。天井まで直線距離で吹っ飛ぶ。続くレアスたちは一蹴りだけで、俺のあとを追ってきている。強化魔法、別の能力かもしれない。


 ひとまず体を反転させて足を天井に置き、蹴って地上へ戻ろうとした時。レアスたちの声が響き渡る。


「「「「【合成・飛行魔法・発動 フアロロー・テグー・ジギー】」」」」

「「「「【風魔法・発動 エグアウ・フアロロアウ】」」」」


 思わず神剣を天井に突き刺す。右手で柄を持ったまま、宙吊りで待機。開脚して見下ろした。


 一つ目の魔法陣の色は、淡い灰色と空色が混ざり、二つ目は空色のみ。淡い灰色は無属性魔法。空色は風魔法で、一つ目の魔法に関しては合成魔法。

 これまた知識程度しかない不確定な未開拓領域。


 魔装に次ぐ上位手段の魔法。二つの魔法の長所を組み合わせることができて、短所の引き継ぎは五分五分。魔法の開発と同じように、発想が求められる魔法。複数人でも可能だから『多人数魔法』とかいうもの。息が合わないと魔法陣すら出現しない。


 飛行魔法だから言葉通りの能力のはず。このまま様子を見るのもいいけど、早くあの四人の面を一発ぶん殴りたいくらいだ。沸々と感情が湧いてきて爆発しそうだ。


「ここにいても、意味はないしな……」


 下にいる優花やサリスたちに、注意が向かないとも限らない。

 剣の持ち手を両手、次いで左の逆手に持ち替る。突き刺さった神剣を利用し、逆上がりのように体を反転させ、天井を蹴って落下。


 その体感二秒後に、顔全面で壁に突き当たったような衝撃。反射的に目を瞑り、鈍い音が響きながら落下は止まり、うつ伏せる。

 恐る恐る目を開けてみると、まだ空中。硝子のような床が謁見の間の空中一面に広がり、ほのかな薄緑色の光を放つ。天井までの高さは大体一部屋くらい。


 床を介して下を見れば、松明を持った兵士たちや優花とサリスが避難誘導をしている。 

 日の入りは終わり、謁見の間は暗闇が目立つようになっていた。


 下で危険が取り払われて無事なのは、不幸中の幸いだった。全員が最善の行動を取ってる。

 怒気は消えずとも、冷気が交わったような感覚。感情の胸騒ぎは収まらなくても、真下の光景が自分の背負っていた数を自覚させてくれる。それ以上にあると。

 感情を納めなくても、自分のものとは思えない区切られた冷静さが、ふと見つかった。


「やるべきことを……」


 意識を謎の床に向けながら、起き上がる。

 設けたのは、さっき発動させてた魔法で間違いない。たぶん二つ目。種類名と発動順序からして。


「おやおや。逃げることに必死で気付きませんでしたか。神の眷属」


 俺の真下にいたはずだが、若干小さく見えるほどの距離は取っている。

 にしても挑発したり焦らしたりと。こっちが必死なのは最初からずっとだっての。

 慣れない対人戦闘を一戦終えたあと、感情任せに動いてる。神の眷属とはいえど人間でもある。異世界にきて初日にして戦場。慣れない環境と魔力で、心身が異常に疲れる。


「さて、神の眷属。四対一で勝てますでしょうかね?」


 あぁ、やっぱり腹立たしい。


「くっそおおぉぉ――!」

「おい」

「え……?」


 雄叫びを上げ、行動の一つでも取ろうとした矢先に、背後から聞き覚えのある声。


「後ろにいるの、だーれだ」


 いかにも楽観的な声。剣を利き手の右に持ち替えず、反射的に体を左へ捻り、振り向きざまに問答無用で仕掛けた。

 甲高い音が鳴り響く。


「ケッ、つまんねぇな。神の眷属とはこの程度のものなのか?」


 バファナは振り下ろした映えもしない剣で、俺の攻撃を受け止めていた。剣を振り被っていた証拠だ。俺が軌道を剣で塞がらなかったら、どうなっていたか。

 それにしても歯が立たない。剣が振り切れる気配がない。


「おいおい! 俺たち忘れんなよ!」


 声がした背後を横目で確認する。


「そ、空星!」


 まだ距離はある。

 剣身に目玉のような模様がついた異様な剣を持ち、迫る姿は狂気そのもの。あの頃の面影は一切ない。これが本性なんだ、そう理解させられるような血走った目をしていた。


 ここでバファナへの一撃に拘っている場合じゃない。まだレアスと祀崎せ――ニタンの姿が見えない。

 身の危険を感じ、バファナへの攻撃を中止して距離を取った。


「つまんないなあ……これが神の眷属の力か?」

「その挑発には乗らない!」

「ちぇ、つまんねぇのッ!」


 床を蹴り、瞬間的な移動速度で、頭上から剣を振り被ったバファナが落下してくる。刃の進行方向に神剣を振りかざし激突させる。火花が散り、互いに剣身が共鳴する。

 衝撃を受け止め、よろけながら後退り。手元が小刻みに震えて収まらない。


「なあ!」

「なっ……そら、ソドラッ!」


 大声で呼び掛けるソドラ。空星と言いかける自分がいる。名残惜しくもないはずなのに、あいつは友達とも思っていなかったヤツなのに。

 馬鹿馬鹿しい。腹立たしい。もうあれは、残酷な幻想だったんだ。いつまで俺は、過去に浸っているんだろう。


「俺に、殺されろよ……!」

「んなこと望まむわけないだろ!」

「馬鹿か……」

「……っ!」


 右から駆け抜け、生じた隙間を埋めるようなソドラの追撃。

 一瞬を突かれた。すでに間合い。


 斜め下から振り上げ、ソドラは斜め上から振り下ろした。互いの剣は激突して残響とともに俺だけが弾かれて吹き飛ばされた。

 数回ほど透明な床で跳ね、勢いが止まるや否や、立て直して剣を構える。


 初日だから慣れないことばかりで、魔力の影響で心身諸々気を遣わなきゃだけど、ここまで大した怪我はしてない。ゴブリンとシャルトとの戦闘のせいで、多少の擦り傷や切り傷があるくらい。それで済むっていうんだから頑丈な体だけど、逆にいつ限界がくるか不安でならない。


「弱いうえに」

「――っ!」

「周りが見えてない。わかるだろ――お前の敵は俺だけじゃない」


 ソドラの言葉――真っ先に視界に入った。ニタン・ボルスの姿。無言と威圧――首に巻くマフラーのように腕を上げて、変哲もない剣を振りかざす。


 立て続けの攻撃に休む暇はない。ひとまず軽く蹴り上げ、天井で方向転換しようと試みるも、高速で動く魔力が察知できた。左からジェット機のように空中を高速移動するレアスの姿。予想外。


 反射的に剣を構えることしか対応できず――黒光りした剣が振り下ろされて衝突。

 だが、衝撃を利用するようにして剣を離したレアスは、仰向けで視界の下に潜り込んだ。

腹に突き出された足先が食い込み、蹴り飛ばされ、為す術なく吹き飛ばされた。


 抗うこともできず、視界は回転して残像しか見えない。吐き気が少しばかりある。

 そして衝撃と一瞬の砂埃、背後で瓦礫が発生する音が、壁への激突を俺に知らせた。細々な少量の壁の破片が、首で分岐して落下するのが触覚でわかった。


 辺りには大小の瓦礫が散らばって、俺はその後、うつ伏せで床に落下した。

 体は傷や痛みこそ増えたが、骨折したときのような激痛で悶えることはない。


「死ぬかと思った……」


 束の間の安心を味わいながら、両膝を突き、力を抜いて座る。息は荒く、なんとか整えようとしている俺を他所に、傍で足音を反響させるレアスたちが立ち止まった。どれも正気とは思えない(おぞ)ましい目つきで見下ろしていた。


 これが力の差。そう思い知らされ、見上げられずに俯いた。移動速度は瞬き並みで、強化魔法を重ねても次元の隔たりを感じているように思えた。そして、人間としての隔たりに今さら気付いた。いくら人間より上であっても、限りなく神に近ければ人間にも近い。そんな曖昧な存在だ。


 そして、もう一つ理解した。

 俺が許せなくていくら怒ろうとも、いくら悲しもうとも。レスたちにはどうでもよくて、響くこともないんだと悟った。


 人生と心が奪われ、弱い俺は一矢報いることができない。ぽっかりと空いたままで、手元になにが残っただろうか。そう探し続けられるほど、喪失があった。

 目頭は熱くなっても、涙を流したくはなかった。


 まだ俺には親友、優花がいる。唯一、失っていない。優花やサリスたちを見たときに交わった冷気。密かに勇気からもらった冷静さなのかもしれない。

 冷たいんじゃなくて涼しい。クールダウン。中々、イメージに合わないけど。そんな気がする。


「踏ん張り時だ……」


 感情の高鳴りはともかくと分けて、もう一人の自分がいるかのように、冷静に状況を見る。

 俺は歯を食いしばり、顔を上げて右膝を立てる。


「こんないいときに……」


 が、レアスの落胆する声が聞こえ、一旦止まるしかないかった。

 右手の掌に収まる範囲で、淡灰色の魔法陣が展開されていて、右耳に押し当てていた。

 繰り返し了解と呟き――


「グロマ繁栄のために」


 と言って耳から右手を離した。


「ソドラにニタン、首領様が『本部に戻れ』とのご命令です。あとバファナさんも、隣国の支部からの応援要請です。現況の一切は加味せず、以下を最優先とし遵守せよと」

「命令ぇ!? ケッ、腹立つなぁ。応援要請なんてのよこすんじゃねえよ。これからだってときによぉ」

「はあ……腑に落ちないけどな。殺したっかのに」

「まあまあ。二人とも。首領様直々ですから。この場は、レアスさんに任せるが一番」


 命令、要請――まずい、逃げられる。お前らはやりたいことやって清々しいかもしれないけど、まだ俺に付き合ってもらわなきゃいけない。俺はお前らに強制する権利があるはずだ。それほどのことを、俺はされたし。優花も同じ目に遭った。今ここで、逃がさないよう動く。


 勝てなくても、その時がくるまで挑み続ける。戦い続ける。

 これは自分のためでもあり、優花のため、パンテラのため、この国のためでもある。

 お前たちは俺たちの前で償わなきゃいけない。


 死をもってでも。


「うおおおぉぉぉ――!」


 憎しみを燃料に立ち上がろうとしたが、瞬間的にレアスが俺の元に移動する。

 剣を向けられ牽制された。切っ先を眉間に当て、鼻筋に血が流れるのが触覚でわかる。


「あなたは邪魔する権利も力もない、非力そのものです。無駄に騒いでも意味はないですから。神の眷属」

「それは逆だ。お前に邪魔する力があって、俺になくても。俺はお前らの被害者。邪魔する権利はお前になくて、俺にある。力があってもその権利なくして行動起こせるのかよ」

「戯言を。今いるのはあの世界ではなく、命に保証のない発展途上の虚しい世界です。権利などのすべてが、最後は力によってねじ伏せられる。あなたの声は虚しく消えていくだけです。弱い人間の声は皆――消えていくんですよ。心も身もすべて、強者に奪われるのみ。弱者であるなら権利も力もない。それらを保有するのは、強者だけだ!」


 言い放った後になにを思ったのか。目を細々とさせるも、視線を外す。剣先を向けたまま右に逸れた。

 レアス以外の三人は鞘に剣を納め、王城の壁を蹴り飛ばして、小窓くらいの大きさに穴を開ける。外からは月の光が優しく差し込んだ。


 バファナは鼻で笑い、ニタンは不敵な笑みを浮かべて外へ繰り出した。次いでソドラが最後。俯いてゆったりとした足取りで向かい、壁の断面に手を掛けた。


 もう止められない。そう諦めて、去るのを見ているしかなかった。


「仁也……」

「お前らはなにがしたいんだ。俺になんの意味がある」

「意味ならあるはずだ、きっと。俺は仁也がこの世界に来てくれてよかった」

「俺は……、やっぱり『ソドラ』って。言わなくちゃいけないのか? なあ……」

「まだ過去に囚われてるのか……かわいそうだな。もうお前には、なにもないもんな」


 なにを言ってるんだ、空星――ソドラ。


「俺にはまだ、優花がいる」

「……そうかよ。そうだ、そうだった、そうだったよなぁ! なるほどな、面白いこと言うようになった……。過去に(すが)る後ろ向き野郎か……楽しみになってきたよ。お前にはまだ優花がいる。この事実だけで胸が高鳴る! じゃあな! お前には両膝を突いて絶望するのがお似合いだ。あのときみたいにな!」


 そう言い残して、外へと姿を消した。

 残した言葉は的を射ているのか射ていないのか。そもそも過去なんて、せいぜい覚えてるのは最近までだ。その前はもう忘れてる。

 そして今も、忘れたいような胸苦しさばかりしか得られない。


 俺は動けず、止められず、なにもできなかった。

 両膝を突いたまま。

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