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   第六・五話  嘘と怒り

 空星が俺に暴力を働いた理由、俺にどんな思いを抱いていたか。

 本当は今でも、あの豹変を信じたくはなかった。


 だけど、噂を流したのは空星だろうし。実際、あの場で引っ付き虫と言って俺を殺ろそうと、優花も殺そうとしていた。

 普段からの態度、あれはなんだったのか。


 そして祀崎先生は優花と駆けつけて――止めてくれて。本当に非の打ちどころがないような先生だった。

 でも今となっては、それも偽りだ。


 あの瞬間から俺には穴が開き、また拡大する。心にできた裂け目はえぐられる。

 消えやしない。俺は一人、友達を失った。高校生活は、周囲から嫌われても二人だけが一緒にいてくれた。でも、そうじゃなくなった。


 この中で一番悔やまれるのは、巻き沿いに優花が殺されたこと。命を奪うことが必要かどうかなんて、議論の余地すらない。本当に恋愛における感情の歪みで、今の現実を作り出したのか。起きたことに納得なんてできない。できるわけないんだ、信じたくないんだ。


 でも俺に非がある以上は、受け入れるほかない。空星に恋愛感情があるというのに、俺は二人に話しかけようとして学校生活を送っていた。あまりにも無神経だった。


 不安だったのか知らないけど、高校でそれも告白する四日前を思い出す。

 文化祭や進路で会う暇もなかった。しかも、カースト最上位。機会といっても放課後やすれ違う程度。声を掛けて話すのはほんの少しだ。

 それでも空星の感情に気付けなかったのは、申し訳なかったとしか思えない。今となっては後悔しかない。こうなったのは俺、そう今も責め続ける。


 優花の死も、俺に責任があるのは当たり前だ。そもそも俺がこんな人間じゃなければ、すべてが起こらなかった。俺の記憶に、そう積み上がっている。


 心身が震え上がって、刃物で突かれ貫かれ、胸が狭まり圧迫する。涙が滲んで、後戻りがしたくて、腹底から溢れかえって吐き気がした。

 ここまで感じてきた過去のすべては、山になって積み重なった。

 でも今、絶望の音が鳴っている。少しずつ、崩壊していくような。


「確かに殺したのは悪いと思ってるんだぜ? ま、予定ではアオハラジンヤ。お前を殺すだけの世予定だった。いやあ、ホント申し訳ない。つい、魔が差して」


 一言、二言――言葉だけで済まされる話なのか。殺し、死ぬというこの一連は、そんな安っぽい話なのか。

 簡単に済まされるのか、苦痛のすべてが。それも、反省の色もなしに語られる。


「まあ。女の子のほうが殺されたのは、俺の気分というか癖、ってのもある」


 沸々と感情が込み上げてくる。今にも口先にこぼれそうだ。でもここは、優花であるべきだ。

 だけど、当の本人は空星を見つめたまま動かない。


 蚊帳の外となった周りは、わけもわからずといった具合。介入は一切ない。サリスも視線を俺と優花で行ったり来たり。状況の把握に苦しんでいるようだった。


「空星!」


 唐突に、優花が声を張り上げる。


「ああ?」

「もしかして、仁也に暴力を振るったのって私が原因? 振った私が悪い? ねえ、なんでこんなところにいるの? なんで塔次郎先生と、なんで私たちを殺したって自白したヤツと、一緒にいるの! ねえ、答えてよ! 話してよ! 教えてよ! ねぇ――」

「黙れよ! 別に、俺は気にしてないし、優花はなんにも悪くない」

「そ、そうなの……」

「うん。だって――」


 優花へと向く視線。


「ぜーんぶ……」


 それは憑りつかれでもしたような、


「嘘で固め上げた演技だもん」


 狂気で光る目。


「え……?」

「別に。そもそも俺は、優花のことは好きじゃないし。一度もそう思ったことはない。友達とすら思えない。ただ俺は、俺たちは! アオハラジンヤという人間を十六年もの歳月、監視していただけ! 俺はあの世界の人間じゃない。 俺の抱いた感情や放った言葉すべてが、嘘偽りの塊! 感情移入? 精神崩壊? そんなもの、どうとでもなる! もちろん、鬼島空星なんて名前じゃない! 偽名だよ! 俺の名前は《ソドラ・ボギシリー》。レアス・デモ―ニア、バファナ・ギクセルと同じく、幹部階級。異世界人だ!」

「監視、異世界人……」


 今まで抱き、感じ、記憶し、生きてきた過去。そのすべてが、否定されていくような。

 てことは祀崎先生も――。


「俺はお前らと親友じゃない。俺はこの世界の人間。まあ祀崎ってのも、察すれば――」


 俺を殴ったあのときと、なに一つとして違えない。そんな嫌らしい笑みが浮ぶ。


「すまん。私の名前は祀崎塔次郎ではなく、本名は《ニタン・ボルス》。同じく幹部階級――二人とも騙して悪かった。でも正直なところ、見ていて楽しかったよ。仁也も面白かったけど、優花。君のほうがもっと面白かった。なんせ、成長した姿を見れたからね」


 舐め回すような卑しい視線。だれがどう言おうと、これが本性と言わしめるほどに、現実が印象を破壊していく。(よだれ)を垂らした獣の形相が表れ、不快そのものだった。


 過去に抱いていた感情のすべてが、こいつらに弄ばれ無意味で、苦悩も苦痛もすべてが否定された。

 わずかで短い記憶から、俺は一体なにを残せるのか。どう思えばいいのか。


「神の眷属のお嬢さんとアオハラジンヤ、この私レアス・デモ―ニアからも一つ、申し上げたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 わざわざ俺たちに許可を求めてくる、レアスという男。縁のない眼鏡を掛けて、後ろへ流した髪型の茶髪。感情を失ったように不気味な冷静さ。


 きっと、あのときだ。バファナが俺を殺して塀に乗ったとき、合流してた正体不明の一人。人数や位置関係からして間違いない。忘れもしない。


『死に、祝いの花束を』


 とか口にしてたヤツだってことを。思い出したくない。聞いているだけで、憎悪が溢れ出す。


「おやおや。二人して石像のように固まっていますが……涙を流していますね……素晴らしい、その間柄。ただ、許可をいただくのが困難――まあ、いいです。勝手に言わせていただきます。一つ言いますとですね……」


 嫌だ。やめろ。


「これら一連すべて、我々グロマの総意によるものであり、地球という世界ではそれに基づき、私が指揮していました。今に至るまで、あなた方の見物人として確かな幸福を破壊し、楽しく弄ばせていただきました。二人を殺す瞬間も。アオハラジンヤ――あなたが憶えているか定かではありませんが、あなたの両親も――交通事故と見せかけ、殺害しました。硝子の破壊はやむを得なかったものの、戦闘の最初に行ったあの透明化で密かに……」


 なにが密かにだ。


「あなたは幼い頃に両親を亡くし、妹さんに育てられていたんです。母だと嘘をつかれ、刷り込まれ……だからあんなにどこか、素っ気なく愛情のない――」

「黙れええええぇぇぇぇ――――!!」


 あの殺される日の朝見た夢――交通事故。朝食の前に見せた母さんの、似合わない光のない表情。そして、死んだあとに見た遺影と、頭を撫でられた短い夢のようなもの。

 あれは思い出したのか、わからない。


 少しの異変でなんて気付けないし、こんなことが起こる想定なんてできやしない。

 なんでこんなにも――なんでこんなにも不条理で、最低で、最悪で、憎たらしくて、腹立たしくて、なにもかも悔しいんだ。自分がなんでこんなにも、無力なんだ。もう嫌だ。


 こんなヤツら。


「うるさい、黙れ! 俺は――俺はッ! そんなことは思わなかった! 少なくとも俺は、育ててもらった恩も感謝もある。大事な育て親だ。それに、本当の母親だっていう人なら俺は知ってる! あのときは大した気持ちはなかった。でも、鮮明に覚えてる! とても、とても丹生さんと似ていた。温かい笑顔の人だ! 名前は知らないけど、二人とも、俺の母親だ! 父さんの顔は見せてもらえてないし知らない。けど、きっといい父親だ。軽々しく口にされてたまるか! 両親と友達を殺された挙句に育て親のことを罵られて、黙っていられるか!」


 過去から築き上げた感情のすべては崩壊し、更地になった。


「あなたは、なにも知らない」

「あぁ、そう。俺はなにも知らない。でも、俺だって知っていることはある。そしてまた、俺は新たに知った。見ている世界は残酷だけど、だれかと一緒にいるだけで――美しく輝いて楽しい世界なんだって。大切に思えてくるんだって。一人の友達といて知った」


 これは、前の本心であり、崩れ去った心が遺した思いだ。


「やれやれ、うざったらしい。皆さん?」

「おう、問題ねぇ」

「大丈夫です。レアスさん。いつでも襲えます」

「――どん底に、叩き落してやる! 仁也ぁ!」


 全員が、ローブ裏で収めていた剣を抜き、戦闘態勢に入る。


「先にいった『この戦況を変える』という話は、こういうことですよ!」


 四人同時に謁見の間を駆け抜け、俺は迎え撃つ。


「絶対に俺は――許さない!」


 更地に新たに一段、積み上がる。それは再起を促す、怒りか。

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