第三話 激突
名前を知っている。片言だったけど、確かに俺の名前を口にした。
この場で俺と面識のある人で、名前と素性を知ってるのは、俺を省いて優花と、サリス――は知らないか。この場以外で考えるならパンテラくらい。
このタイミングで正体が割れてるのはおかしい。該当した人以外は、段階を踏んでから知ることになるはずだ。
つゆ知らずの優花やサリスは、シャルトの自己紹介に驚愕している様子。
きっと『公爵家』という言葉に、だと思うけど。
爵位の制度はほとんどの国が使っているし、その爵位の中でも最高位の『公爵』。そんな一大権力が、反乱軍にいることがなによりの衝撃なんだろう。でも、場合によっては国王陛下に問題があると言ってもおかしくはない。
仮にそうだったら、それは反乱じゃなくて革命になる。
でも、サリスの話を聞く限り、現国王の人柄や思考力は人並以上にあるはずだから、その可能性は低い。
そもそも反乱軍を構成しているのは、十年前の残党。話し合いに収めず、流血に発展させた血も涙もない連中。雪辱の意味合いがあってもおかしくない。
「皆の衆、聞いてくれ!」
俺がぶつぶつと考え込んでいると、シャルトの声掛けが全員の注目を集めた。
「諸君。これより、反乱軍代表と国王軍代表の両者一名ずつによる、一騎打ちで決着をつけようと思う。両軍の犠牲を減らせるうえ、戦いが長引かなくて済むだろう。我ら軍はこの私が代表だ! 異論はないな?」
「「「「うおおおおおぉぉぉぉ――!!」」」」」
演説のような提案に、反乱軍は歓喜した。
今までの言動も含めて、この光景が物語っている。権力者であるがゆえに実行力があり、次いで統率力もある。間違いなく今回の首謀者。中年男じゃなかった。
だけど面倒なことになった。
国王軍の代表は、そう簡単に決まらない。ルーメン王国の中枢を担う貴族の方々はともかく、シャルトの話だと国王軍の騎士団と魔法師団トップもいる。
確認すれば一目瞭然だ。王族の傍に一人の大柄な騎士と、サリスと同じ軍服の男がいる。どちらとも白のマントを身に着けて、ほかの兵士にはない。神界の書物にもその証として、確かに載っていたはず。
そして大概、こういうのは裏がある。戦いは一騎打ちであろうとなかろうと、その後に全員抹殺がシナリオになりそうだ。
相手は当然、勝利意識しかない。敗北の結果が出ようと、後戻りはできないからこそ、そのときは生存第一を考えると思う。
とにかくこの提案は残酷だ。
それに結果云々以前に、代表する人間は死を覚悟したうえで、国家転覆の瀬戸際で重大な責任を背負わされる。相当な重圧が一個人にのしかかる。
それだからか、軍の幹部らしき人たちが話し合っている。
ただ、俺の正体が隠し通せている以上、自分の名前が挙がるのはあり得ない。
「おいおい。そっちの雑魚どもは、一体なにを話し合ってる。国の中枢も甘ければ、軍の中核も甘い。親子かよ。代表一名、すぐ見当がつくはずだが? 国王軍を構成する騎士団と魔法師団。その団長でもなければ、国王軍の大半を占める歩兵軍団の、団長にして軍の指揮統括長でもない。それは必然だ! より格上の存在がやるはずだがな。それも生物的な意味でだ。なんで名乗り出ないんだろうな……まったく」
と、嫌味ったらしく横目でこちらを見た。
心臓を一突きされた気分で、焦りながら周囲の状況を確認するが、風になびく草むらのようだった。国王陛下や幹部たちは首を傾げたり、そんなやついたかと、小声で口々に言っているのが聞こえる。
面倒なことになった。あの様子だと確実に正体を口にされる。
優花まで正体も知られていると考えることもできる。目的はわからないけど、完全に誘導された。
「はぁ……。お前ら、まだ気付いてなかったのか。証拠を見せびらかしてんのに」
正体に迫る言葉は、なびかせる風を強くさせ、より一層に周囲という草むらが騒ぎ立つ。サリスは疑問に思ったのか、優花に話しかけているみたいだけど、本人は目を若干泳がせている。きっと俺の目もあんな感じかな。籠に入れられた虫みたいになってそう。
「さーて。尋問といきますかねー」
そう言って、シャルトはまたしても不敵に笑みを見せた。はあ、不運だ。
「ここにいる幹部、ましてや軍の最高位よりも適任が、この場にいると? この一国を背負えるほどの強さを持った」
「お、国王陛下のいい質問です! そこの捕まってるお嬢さんと突っ立ってる小僧を、ご存じでしょうかね?」
と言って、俺たちへ視線を誘導させる。状況的に出し抜くことは無理だ。内戦中なのに、まるで見世物扱い。もう時間の問題。ごめん、パンテラ。俺らも俺らで、パンテラの言いつけ守れそうにないよ。シャルトとか言う男には正体見破られてる。
「そういえば、君たちは……」
「国王陛下。隣の拘束されたお嬢さんの剣、見ましたか?」
「あ、あぁ。一瞬だが、それがどうした?」
「そうですか……意外ですね。博識である陛下が」
自分と認識がずれてでもいたのか、わずかに目を丸くするしたけど、俺と優花の正体を知っている優越感でもあるのか。ニヤリとした笑みで口を開く。
「でも、国の王であられる貴方様が、知らないはずがありません。いいでしょう、答えに導いて差し上げます。まず、お嬢さんの剣の色は?」
少し時間が経って、頷きながら答える。
「淡い青色だろう……」
「そうです、正解。この国の物語で出てきませんでした? 題名は確か『パンテラ伝説』」
なるほど。サリスの話以外でも、矛盾したことになってたんかい、パンテラさんよう。俺も同じです。さーせん。
「……淡い、青色の剣……あっ、わかったぞ!」
「……では、この場にいる皆に教えてあげてください。国王陛下」
シャルトの嫌らしい眼差しに、吊り上がった口角。そのうえ上からの態度。口先だけで、態度や表情に敬意がなく気持ち悪い。
「パ、パンテラ伝説は、この国に伝わる国民的な説話だ。物語に関しては童話であり、内容の大半を割愛する。この物語には、パンテラ様とその眷属のみが所有する剣が登場する。全部で三本あり、瑠璃色の剣に鬱金色の剣、そして淡青色の剣。実際に存在するとの見方があるが、今日までパンテラ様からの明言はない。いくら童話といえど、可能性はある。先祖代々、王族にとっても真意を確かめたい一つだ」
周囲の人間には再び考え込む人や隣と話し合う人など様々。口々に言われてみれば、と記憶を呼び覚ます中。現実的話に童話がなんだというのだ、と言って一連の内戦をただ批判する人もいる。
「そうそう。お嬢さんが持っていた剣はどう見ようと、淡い青色の剣にしか見えない。そもそも、現実的に考えて一色に染まった剣など存在しますか? しかも彼女は、複数の兵士を一掃するほどの力を有している。魔法にしては所要時間があまりにも短く、それでいて強力かつ高速。これは別の力を行使したと考えるのが妥当。人間の所業とは到底思えない! 彼女の力の強さにもまた、疑問が生じる! まだ手の内を明かしていない少年も、同様と考えて間違いない! 束の間の偶然として、経過する時間で処理しようとしているのだ!」
雄叫びを上げる反乱軍。
「その結果、一つの答えに辿り着くはずです。彼らの正体……そうッ! パンテラ様の『眷属』という答えに!」
その発言に、この場にいるシャルト以外の全員が、一言も発さなくなった。見事に瞬間凍結した一帯は、解凍も同程度の速さでざわめく。
まったく迷惑極まりない暴露をされた。でも、怪しまれる違和感は多い。初対面のサリスに関しては、最初反乱軍かと疑われたものの、それ以降は怪しまれることはなかった。優花への好意と、俺に対して拒絶まっしぐらだった印象がある。
そして今、周囲の反応が俺と優花の立ち位置を示してくれた。たとえ真実じゃなくても、責任という重荷を積ませるに適任。押しつけるには充分な要素だと。そう考えるはずだ。
もう後戻りはできない。
「ということで、国王軍側はパンテラ様の眷属がやる、ということでよろしいです? 国王陛下。敵ながら、ご判断願います」
「あ、あぁ。もちろんだ」
決定権を持った国王陛下は動揺し、シャルトは再び不敵な笑みを浮かべた。
結局のところは、パンテラも俺たちも考えが不足してたってとこか。上手く立ち回るって難しい。
「それにしても、神の眷属がこの場に出向いてくれるとは好都合。《神の分身》とも言われる存在んに勝てば実質、神に勝ったということになる! 私の強さを証明するため、肯定するための道具となれ! 小賢しい割に口先だけで、人に不幸しかもたらさないクソ人間と同じように、俺の踏み台となればいい!」
「……――どういう意味だ?」
張った糸に引っ掛かる感覚。
「ほう、意味を問われたのは初めてだ。まあ、簡単な話だ。私の地位と名誉のために、捨て駒のように死んでいった、生意気で存在が無駄なだけの人間のことだな。いい例を挙げるなら、今さっき殺したヤツとかな。でも道具としては粗悪品だったか……至極当然の役割を全うし、迷惑を被っただけだ……」
俺は今、聞き捨てならない言葉を聞いた。最も嫌悪する言葉。
トラウマを植え付けられた、恐怖の言葉であり、歯軋りもしてしまおうかと、許せるわけないと、心底悔しくて腹が立つ言葉だ。
「別に威張りたいわけじゃないし、だれかを擁護したいわけじゃないけど、人が人を道具だの捨て駒だのと見て聞いてると、無性に感情が騒がしくなる。否定したくなる」
とんだクソ野郎だ。
「そうか。お前はそういう人間か……嘘だな。そもそも、些細な日常で似た解釈はできる。人に物を取りに行かせるだとか、伝言だとか。あるだろ? 人を使っているとは言わないのか? 道具と解釈できないのか? 利用していると捉えられるはずだ。自尊心から成る肯定した考え方は、他人から悪いと判断されようが、他者を悪と見なして己を肯定する。それこそ個人の意見だ。俺がどう考えるかは、人の自由のはずだが。お前はそれを否定するのか?」
一人称が変わった。さっきは当然建前だけど、本性が出た。間違いなく、シャルトの本音。とんでもないヤツだ。
「それは極端だ。それは『自由』という言葉を履き違えてると、俺は思う。お前の言う意見や自由は、身勝手で道徳がない。道具として解釈し、個人の意見が自由だからといって肯定できるなんてことはない。世の中で個人の意見が許されるのは、臨機応変さや一貫性のある意見だと思う。お前は単に、自分の都合がいいように美化させただけだ。『人の自由』じゃなく、勝手な自由だ」
「そうか……まあ、そんなのはどうでもいい。今さら考えても、世界の歩みは止まらない。ひとまず言葉だけで内容を理解せず、翻弄されなかったのは褒めよう」
今の言葉から察するに、試したみたいだ。
前触れもなったから、振り返れば怖い。
でも、シャルトが話していたときは、どこか本気で言っているようにも聞こえた。まあ、それも全部演技だったのかもしれないけど。これが現実なんだと思い知らされる。元の世界も同じだった。
意見と意見のぶつかり合い。価値観の違いで争いは起こる。ただ、さっきの言動が本気なら、相当イカれた犯罪者だ。
それにしても、現実的な目的を知る材料がない。俺の名前を知っていたのが、相変わらず気掛かりでならない。
「それで、君は国王軍の代表を?」
「……させてもらう!」
「フッ、そうじゃなきゃな! ここまで積み重ねてきたんだ。すべてを晴らすのみ……」
この一騎打ちに、思惑が絡んでいたとしても関係ない。
俺はもう、無力じゃない。
「おい、俺の剣を出せ」
「はっ、はいぃ!」
シャルトが気弱そうな兵士に持ってこさせたのは、大剣。特長でもある特徴は、なんといっても剣身の幅が大きい重量級。
俺の剣は片手長剣で、大剣より小さく軽量。
もしあの巨体と剣の重量を、俺の剣と力だけで受け止めることになると、体に負担がかかるし、最悪の場合は力負けで押し潰される。
大剣は大きさを活用して、叩き割るような攻撃もできる。
剣で受け止めるなんてことがあれば、折れる可能性だってある。
最悪の事態を回避するためにも、強化魔法や潜在能力は必須。だけど同時にできるほど万能じゃないし、常時発動するための魔力を扱うための、体力や気力が必要。戦闘自体でも消費する。さらにいえば、ゴブリン戦でもあった精神面も重要。思い込みが行動に支障をきたす。
両立して消費するのは、体への負担は尋常じゃない。まだ一日も経っていないのに、適応して本領発揮なんてことは難しい。経験不足もあるだろうし、きっと俺はお粗末な状態だ。
自ずと許容範囲が戦闘に適して、改善していくとは思うけど、時間が必要。
だけど、それが尻込みの理由にはならないし、そうはならない。優花は無理を承知で、あのときサリスを助けた。次は俺の番だ。
急遽決まった一騎打ち。激戦を見越してか、両軍の兵士や国王などの王族と大臣ら、優花とサリスの全員が、壁際に避難。シャルトに殺された男を含めた遺体は、入り口へと移動されて準備が進められていた。
魔法師団と思しき人らは、淡灰色の魔法陣を展開させ、透明な障壁を複数囲うように設置する。
足に枷だったり、縄で縛られてはいない。人質の移動が面倒だから、という理由かもしれない。
急転直下な状況変化を横目に、収納魔法を発動。神剣エルステランを、鞘から抜いたまま取り出す。
「おい、あれ見ろよ」
「あれが瑠璃色の剣……」
その最中、両軍から小声がひっそりと聞こえた。こういうのは嫌いだ。視線を浴びるのは基本的に好きじゃないし、緊張する。
そんな湧いてくる嫌悪感を抱きながら、扉前まで移動して位置に着き、シャルトは玉座手前まで下がる。
深呼吸を挟んでから神剣を構え、両軍ともに全員が壁際へ避難したことを確認し、シャルトは口を開いた。
「開始の合図は、これでいいか?」
と、少女の横顔が彫られた硬貨を見せられる。
「わかった」
合図の確認を終え、反乱軍の気弱そうな男一人が、安全帯の壁際で俺たちの間に立つ。
硬貨を親指に乗せ、少し時間を空けた後、上へと弾いた。
その本人は一目散に逃げる。
俺は意識を研ぎ澄まして集中し――
落ちた硬貨が鳴り響く。




