第十三話 最悪の始まり
点々と騎士や反乱軍と思わしき物騒な格好をした人、そして巻き込まれたであろう一般人も、道端のあちらこちらで帰らぬ人となっていた。
それも残虐非道。体の一部を失った状態の人もそう少なくない。
把握できる限りで辺り一帯、俺たちのいる城門と王都市街へと伸びる大通りのみで、絶望的な被害を受けていた。
家々が焼かれ、破壊され、瓦礫の数々とともに死体と多量の血潮が染みつき、無数に血溜まりが広がる。
後ろを振り返れば、同じ惨状が延々と続き、もうここに反乱軍らしき人間は一人として見当たらない。
俺たちが、まだ時間はある。そうどこかで思っていた間、王都は火の海と化していた。
その事実で俺は確かな自己嫌悪に陥り、罪を自覚した。
現状を把握して慎重に動く――情報に時間差がなければ問題は生じなかった。
でも第一、直ちに行動を起こさなかった俺たち――正確にはそれを考えられなかった俺に原因はある。
優花はサリスの対応で困っていただけだし、実際のところ全身筋肉痛の中、この王都に行こうかリスクを考えて時間が必要になるのは当然。
サリスの場合はそもそも、男で配慮のない俺がいたせいで、本来の判断力を失っていたこともあり得る。
俺が間違いなく問題だった。
そう自分を追い詰める俺は、奇跡を願った。
「せめて、一人でも! だれか一人でも!」
俺は、道端や瓦礫の中にいるかもしれない生存者を、片っ端から掻き分けて探すも――いない。
虚な目をして紅く染まった犠牲者や、細長く尖った破壊痕に、腹から突き刺さって既に絶命後の死亡者。
周囲には泣く子一人さえおらず、密かに戦火の音だけが悲惨さを伝えているようだった。
俺はとっさに吐き気を催す。これが戦場であり現実。
王城内にいる人たちは、それ以上の恐怖に見舞われている。
俺の正面より、視界を占める巨大な城門。中央は巨大な風穴が開き、確かな知らせを告げている。
「サリス、大丈夫?」
「やめてよぉ、やめてよぉ! 殺さないで!」
悲痛な叫びは、より強く大きくなっていく。
事態は一刻を争う。
城門は計二つ。材質を見る限り木製。だけど城門に採用されるほど、強度が高い木材のはず。
二重の防衛線だけど、大小の木片が数々と周辺に散らばり、巨大な円形状に破壊されている。
城門付近は敵味方関係なく遺体があり、山が築かれている。強行突破だったんだろう。
ここで立ち止まってはいられない。恐怖はあるけど覚悟は決まってる。
だが、肝心なサリスはショックで、両膝を突いて頭を抱えている。
まるで悪夢にうなされているようで、苦しそうだ。
だけど、今ここで立ち止まっていては先に進めなくなるし、間に合わない。
優花は、サリスを心配して優しく声を掛けている。
「やだ! やだよぉ……」
「優花! 俺も!」
「うん、ありがとう!」
先から見ていてわかる。今のサリスは、周りの声が聞こえていない。自分の世界に入り込み過すぎている。引き戻さないと。
「サリス! 聞いて! お願いだからやめて!」
「サリス! 落ち着け!」
「イヤ――ッ、やめて! 殺さないで!」
「目を覚ませ!」
「サリス! 元に戻って!」
必死に大声で呼び掛けても、泣き叫び続けて聞く耳を持たない。
これは思い出させてしまったせいだろうか。三百六十度広がる、この惨い光景が引き金。トラウマなんだ。
でも、ここで泣き叫んでも変わらない。有効な手段がわからない以上は、地道に本来のサリスを呼び戻すしかない。
優花と同じく、俺もめげずに声掛けを繰り返す。サリスの肩を揺さぶろうと、俺の手が触れた瞬間――体全体が痙攣し、口が勝手に動いた。
『大丈夫』
と、声を出た。
俺にその感覚はない。口パクだ。しかも、普段の声じゃない。透き通るような、女性の微かな声。
「仁也……どうしたの?」
「いや、サリスの肩を軽く揺さぶろうと、触れたら……――」
優花には聞こえていない。わけがわからない。
未だに腕の痙攣は止まらず、それどころか侵食するように悪化している。頭痛も始まり、今にも血管が破裂しそうで、浮き出ている。
「あぁ……」
視界が一瞬で、暗くなった。
その瞬間、見覚えのある女性の笑顔と微かな後光が、暗闇に現れては消え、瞬きとともに視界は元に戻った。
気付けばうつ伏せで倒れている俺。
見渡せば、火の花弁が舞う惨状が、再び視界を埋め尽くした。肩が激しく上下するほど、呼吸が乱れている。息苦しさはまだ消えない。
どうにか呼吸を整え、徐々に冷静を保てるようになり、自分の状況を確認する。
今はもう、嘘のように痙攣が治まっていた。重しが取れたように清々しく感じる。
ただ奇妙なことに、手と腕だけが発汗していた。それ以外の異常はない。
俺は収納魔法を発動し、水筒を取り出す。
「だ、大丈夫?」
「なんとか。ホント一瞬だったから」
ひとまず、水分補給。口一杯に水を含んで飲み込んだ。
その矢先、サリスも起き上がる。
「うーん……あれ……」
「あっ、サリス。無理しないで」
「優花……うん、ありがとう。もしかして――私なにかやった?」
「すごい混乱してた。俺と優花で必死に呼び戻そうとしてた。俺も途中で倒れちゃってさ」
よく考えれば酸欠かな。よくわかんないけど。
「そっか……ごめん」
「でもホント良かったよ。戻って」
「優花もごめんね。心配掛けて」
そう言って抱き合いながら、泣き出す二人。どうなるかと思ったから心配だったけど、それにしても奇妙だった。
女の人の声に、痙攣。しかもサリスのパニック状態が突然解消された。
あれだけ声掛けしてもダメだったのが、あの空耳にしか思えない自分でもない声で、元に戻った。
汗の出方も変だ。
かなり不思議だけど、これ以上考えるのはやめよう。悪い癖だ。
「二人とも? 仲いいのはよくわかったんだけど、早く国王陛下の元に向かわないと」
「あっ、そうだわ! 早く行かないと」
「サリス立てるか?」
「問題ないわよ。残念男」
『残念男』継続の意思は相変わらずで。まさか、この呼び名で安心することになろうとは。
「よし、特に異常はないみたい。体は軽い」
本人自ら、体調に問題がないことを確認。城内の構造を把握したサリスを先頭に、優花、俺の順に、二重の城門を通過。城内へ向かって駆けていく。
「だいぶ被害が出てるね……」
「とにかく、国王陛下の元に向かうのが第一」
「そうだな」
突入してすぐ、血生臭い匂いが漂ってきた。
王城内はとにかく、破損と亀裂が目立っている。家具はあちこちで倒され、瓦礫で足が取られそうな状態。王城内とは思えない廃墟のような荒れ様で、むせるほど埃が舞っている。
そしてなによりも、床で横たわる両軍の遺体が点々とある。見たくないものだけど、視界には容易に入ってしまう。命を絶ったあとの無残な姿。
だけど、足は止められない。せめて、生きてる人を。
俺たちは謁見の間まで続く通路へ向かい、その最中にサリスから説明があった。山で伝え忘れたことに、これも私の落ち度と言って自責した。内容としては、余裕がないせいか。簡潔だった。
曰く、廊下の幅はそれなりに広くて、初見云々に関わらず迷うらしい。だから興味本位や近道しようとすれば、仕掛けで捕獲された魚のようになると。
これも逃亡の時間稼ぎだったり、それなりの意図があるかもだけど、俺たちに限っては逆効果。網に引っ掛かった魚のように、途中で敵が足止めされていることを願うしかない。国王の身になにかあれば、第一にサリスが冷静さを失うかもしれない。さっきみたいに。
そんな懸念と微かな望みを抱きながら、俺は二人と一緒に右前にある例の通路へ。先に数歩進んだとき、先頭を走るサリスの足が止まった。
「破壊、されてるわ……」
「え……」
「ホントだな」
目に飛び込んできたのは、夥しい数の穴が開いた壁だった。近付いて覗けば、同等の大きさのものが、無数に奥へと続いている。
「これ、謁見の間に続いてる……」