表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々の世界と因縁のペンダント【加筆修正中・更新休止】  作者: 海斗
第一章  死による出会いと別れ
15/121

   第十一話  聞いてください  


     ◇


 恐怖、悔い、苦痛――。混同したような表情を浮かべ、胸を押さえつけ、言葉を詰まらせながら言い開く。


「実は……交渉がしたい。パンテラ様の眷属様と」

「「え?」」


 不意を突かれたような、衝撃的な発言だった。

 重要視すべきは、認知の問題。


 日が浅い以前に、一日すら経過していない。だから現状、サリスはただの人間として、俺たちと接しているはずだ。

 とりあえず今は、優先順位でサリスの事情を聞き入れる。


「ここルーメン王国は、パンテラ様あっての国。交わされた契りで、国王は一年に一度、パンテラ様との意見交換が許可されてる。それでいつの日か、パンテラ様が『スダキリ山に眷属が来るから、よろしく』。って発言した情報が出回ってたわ。真偽はわからないけど、それに賭ける必要がある。王国の政治的内情が芳しくない。火種はもう発火してる。正直なところ、強力な戦闘経験者でも構わない。とにかく私は、二人のような協力者を連れて、王城に潜入しなきゃいけないのよ……」


 なんだよパンテラ。嘘かどうかはともかく、噂されてるってどういうこっちゃ。

 内密だの、世界に公表していないとか、どうのこうの言ってたけど。大丈夫かなぁ。


 それに王城に潜入って、気が臭い話だ。


 サリスの服装は軍服だと言われて違和感はない。潜入と聞かされ、憶えのないデザインの軍服も相まって、偽物の可能性を考えた。けど、変装とは言い難い。


 一連の話も嘘には聞こえない。仕草は自然体。挙動不審でもなければ、そもそも俺たちの正体を知られてない、はず。実際そんな様子だし、騙される理由が見当たらない。空星の一件と違って、不可解な点は、今のところない気がする。

 大雑把なパンテラなら、あり得る話だし。


「まあ。というわけなんだけど。結局出会ったのは、それはそれはとても可愛い優花と、《残念男》だけなの。それも気の利かない残念男」

「『残念男』……確かにさぁ。なんの配慮もなく降下したのは、悪いと思ってるよ。でも初対面の相手に、そこまでに言うか? 普通」

「あぁ? 言うべきことは、言うの。当たり前でしょ?」

「世の中、建前と本音ってもんがあるだろ?」

「ふっん。私は、そんなのクソくらえよ。そんなの媚びへつらって、相手の機嫌を損ねたくないだけでしょ。それは人間関係に、一定距離がある場合だけよ」

「だったら、俺らにはまだ溝があるなぁ」

「ふん、そうね。アンタは残念男だから問題ないでしょ」


 こういうときの適切な対処って、交友経験大したことない俺は、よく知らん。とりあえず、強気で対抗することしかできない。


「じゃあ、俺だって言うべきことだって判断したら、躊躇わず言ってやるか? 今度は屈さないぞ?」


 俺とサリスはお互いを睨んで牽制。いがみ合いに突入する。


「へぇー、いい度胸ね。残念男」

「ちょ、二人とも……!」


 早々に、優花が仲裁に入る。

 サリスに執拗な対抗意識があるなら、掛かってこいやで継続するつもりだったが、態度をコロッと変えて、俺そっちのけで優花と会話。放置された。


 サリス目線でこの状況を例えるなら、ゴミを捨てた後――なんだろうか、悲しい。もう自虐体質になっちゃったか、俺。


「ごめんね優花。こんな奴ほっとこ?」

「さ、サリス」

「うんうん、なぁに?」

「……やめてほしいなって、思うんだけど……。仲直りはダメ、なのかなーって」


 思わず敬礼。勇気ある発言、感謝致します優花さん。この青原仁也、粉骨砕身で仲を――


「ほら、優花もあんたが嫌いだってさぁ!」

「おい」


 若干、必死そうな様子。なに偽装しとんねん。


「言ってない、言ってない、言ってない。一言も、ひっとことも、言ってない! 俺はこの耳で聞いた」

「いいやッ。残念男に怯えて、本心が言えてないのよ!」「ふ――」

「それは俺のセリフだっての! 思い込み断固反対!」「ふ――」

「ふ、二人ともおおぉぉ!」

「「え……」」


 俺たちは硬直した。

 今まで主張が小さかった優花は、状況が改善されないことに苛立ちでも覚えたのか。大声を上げた後の顔は、どうも不満げだった。


「二人とも、いがみ合いは良くない」


 腕を組んで、一言お説教。はい、その通りです。


「すみませんでした……」

「ご、ごめん。私からお願いしてるのに。話は、本題に戻す……」

「うむ、よろしい」


 なんか貫禄あるオジサンっぽい。なに意識したのかは、わからないけど。


「で、サリス。続きを俺たちに話してほしい」

「ふんっ」

「はあ……」


 頬を膨らませ、そっぽを向く。話す気はないと言い張っているような、確かな嫌悪。そう受け取ろう。

 人に頼む態度じゃないのは、もう仕方がないとして。サリスの社会的立ち位置は、結局わからないまま。


 完全にその回答によって、行く末が決まる。

 神の眷属は神に匹敵する力を持つ者で、神の守護者。そして建国に携わっている神なら、状況次第で軍事力としても機能する存在。


 でも、それほどの権限は俺たちにない。理由は単純。力量と経験不足。そしてなにより、公になっていない。だから、行動を決めるときは慎重になる必要がある。即決とはいかない。


「でも、どうしても助力が必要だから、残念男にも話す」

「はいはい。そうですか」


 相変わらずの態度には呆れた。


「――……いや、話します」


 と思ったけど、違った。

 声が陰に入った。


「話させてください! 聞いてください……! 見たく、ない……もう、人が死ぬところを……」


 潤んで涙目になり、掠れ声になりかけた悲痛の叫び。周囲の空気が悲観による絶望に満たされていくように、俺の心に重くのしかかる。息苦しい感覚に襲われた。


 重なった、自分と。この異世界に来る前の、俺と同じだった。人が死ぬところを見たくない。

 あの瞬間に俺は知った。


 本物の絶望。言葉で表すには容易く、力及ばない。

 痛感させられる。無力さ、情けなさ、不甲斐なさ、腹立たしさ、辛さ、悔い。押し寄せる波のように、感情が連鎖する。


 これを一言に表すなら、未練。

 親不孝で、やり残しことばかり。母さんは、きっと喪失感に苛まれる。そう思うと余計に戻りたくなる。


 時間経過の流れを、遡る魚のように――帰りたい。

 でも、もう帰れない。死が幻想であってほしかった。


 だから覚悟を持った。そして、いくら相手に嫌われていようと助けたい。

 だが、そう抱くのは俺一人だけじゃなかった。

 優花はその深刻さを受け止めるように、繰り返し深く頷き、涙目でそっと包み込むようにサリスを抱き締めた。


「サリス。私たちは大丈夫だから。説得力に欠けるかもしれないけど、私たちの覚悟は決まってる。初対面なんて関係ない。同じ人間なんだから、助け合わないと」


 その言葉で慌ただしく目を擦りだすと、晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。サリスの表情は和らいだ。


「……ごめん。話の本題を切り出すのが下手で。今は時間がないから、優花と残念男を信じる」

「ありがとう。サリス」

「なんか、俺は釈然としないけど」

「まあまあ、初対面だから。慣れてくれば、二人のわだかまりも自然と消えるよ」


「「いやいや。無理」」」


 思わぬ声の重なりに、見合う。


「ほら、息ピッタリ。初対面とは思えない。兄妹だったりして?」

「冗談にしては現実味ないって……」

「そうよ優花。へ、変な冗談はやめてぇ!」


 言葉を一瞬だけ詰まらせながら動揺するサリスは、即座に否定を貫いた。

 どこか悲観的に聞こえたのは気のせいだろうか。


「と、とにかく、冗談は抜きにして――。まず始めに、私はゴブリンから助けてくれた二人を信用していると、改めて明言するわ。もちろん、信頼もしてる。残念男は一度でも変なことしたら、即失墜ね」


 え、怖っ。


「でも、術を持つ私を助けるなんて、根っからの善人だってわかるわ。普通、だれも助けてくれない。たとえ、(すが)る思いで助けを求めても」

「いや、さすがにあの要求を無視できる人なんて、一度会ってみたいくらいだ」

「でも、それが現実だって。二人ともわかってるでしょ?」

「そ、そうだね」

「あ、あぁ……うん」


 細々としたことはわからないが、中にはそういう人もいるということか。

 神界で読破させられた書物には、歴史を深掘りしていくようなことは書いていなかった。

 聖域までの道のりにおいて、程々の知識量でいいと、パンテラたちが判断したのかもしれない。


 あくまで、簡潔に歴史を振り返る程度。それが正しいかと問われ、是非のどちらかを選択しても、断言はできない。


 前時代の思想というか、異世界での物の見方や捉え方、価値観の変化については、今のところよくわかっていない。


 挙げるだけきりがないほど、みんなが不安定なのは理解できる。きっと社会にも影響するし、その逆のほうが多いかもしれない。もしくは、その両方が一番適切なのかもしれない。

 そう思いたいけど、それじゃパンテラの言ってたことが嘘になる。サリスの発言からもあり得ないか。

 ただ、本は書き記したものだから、当然それ相応の時間が止まるはずもなく、経過している。なにかしら、変化はあるはず。


 サリスの言う普通や現実が、異世界の現代における、物の見方や捉え方なのかもしれない。――いや、個人の見解か。

 でも、今は話が違う。


 俺は勝手に進展してしまった情報を、頭の片隅に追いやった。

 そのあと、一つの疑問が頭をよぎった。

 意思表示のため、挙手する。


「残念男からの質問。きっと、話すつもりだったと思うんだけど、サリスはなんでゴブリンに襲われてたの?」


 吹っ切れ、毒されたように自分を「残念男」呼ばわりし、疑問をありのまま訊く。我ながら呆れる。

 この質問が、サリスの気に障るかどうかはわからないが、今までゴブリンに襲われるきっかけに、微塵も疑問視していなかった。


「ふっん……! 本当は答えるつもりないけど、そんなことしたら優花が悲しむし、私も困るし。さっきから私のせいで、話が脱線しすぎてるから……妥協して答えてあげる」

「サリス、ありがとう。私のこと考えてくれて。できれば、もうちょっと仁也に優しくしてもいいじゃって、思うんだけど。そこら辺は……」

「優花の頼みだけど、それは無理」


 ちょっと上げて、一気に落とした――慣れは怖いな。


「で、質問の回答なんだけど……、これに関しては私が悪い。次で話すことに関係するんだけど、私がゴブリンに襲われた理由って、整備された山道を通らずに入山したことね。それで出くわしちゃって、こっちは時間が惜しいっていうのに」

「え、じゃあ、今からもう行動したほうが……」


 一瞬のうちに慌てだす優花を、どうにか落ち着かせるサリス。


「って言っても、確保した時間はそれなりにあるわ。余裕があるは嘘になるけど、時間を割く必要性は充分にある。状況把握もないままは悪化を招くし、行動に支障が出る。内容的にも、移動しながらの説明は難しい。国家存亡の危機を回避するためにも、絶対に欠かせない」

「危機……」

「どういう状況になってるんだ? それ」


 軍服っぽい服装や国家存亡、軍事力に成り得る神の眷属捜索。もう並ぶ単語だけで想像できるのモノは、怖ろしい。憶えのある別の恐怖も隠れている。


 異世界と元いた世界は勝手が違う。そう理解したとしても、あのゴブリンと戦った後だからか。この世界への恐怖を、精神に植え付けられた気がして、より一層に負の感情が煽られる。


「それがさっき言ってた、『反乱軍』かな?」

「そう。十年前の内戦が原因で、今の王政に反対する元貴族や保有する兵士。殺傷経験のある罪人と、一部冒険者で構成された反乱軍」


 内戦――。なにからなにまで、俺の送っていた生活が安全だったかがわかる。

 記憶上、本に記された歴史に、ルーメン王国の内戦は存在していない。ということは、少なくとも神界の書物は十一年前。分厚い歴史書だし、中々発行はされないか。


「あの、サリス。十年前の内戦って……?」

「ごめん。俺も教えてほしい」

「あっ、つい。認知してる前提で――じゃ、じゃあ、先に話すことにすわ。……十年前の内戦の、顛末(てんまつ)を」


 そう言うサリス自身と、放たれた言葉は――怯えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ