第十話 嫌う者・見定める者
「だれ? アンタたち」
「え?」
殺気溢れた威圧的な声。思わず間抜けな声を出してしまった。脅し文句――声質からして、間違いなく助けた美少女。
少し抵抗を試みるも、腕をあらぬ方向へ引っ張り上げられる。完全に身動きを取れないようにされてしまった。助けたはいいが、この始末。
さっきとは様子がまるで違う。人格が変わったみたいだ。いや、こっちが本性なのかもしれない。
「なに者かって訊いてるのよ。助けもらったことには感謝してる。けど、それとは別。アンタら、反乱軍の人間じゃないの?」
「は? 反乱軍って……」
いきなりにも程がある。なにが目的なんだ。まったくわからない。
「白を切るつもり?」
「い、いやいや。本当に俺ら、反乱軍とか知らないから。ゴブリンからキミを助けただけだから!」
「隣にいる女も?」
と言って、短剣を持っているであろう左腕で、俺の首を軽く絞め上げ、持ち替えるような動作をして優花に突きつける。
右手に持っていたのは、予想通り短剣だった。さすがにマズい。
というか、背中に当たってるむ――は、考えない。おお――じゃなくて考えるな! 最低だな。このクソ変態野郎。ぶん殴られたいのか! 今そんな暇ないだろ。問いに答えろ俺!
「そ、そうだって……」
美少女は急に黙り込んだかと思えば、俺と優花を交互にジッーと品定めのように凝視する。
俺はニヤけ面になっていないか、かなり心配だった。一応、気持ち悪そうにしていない。たぶん、だいじょ――
「うっ……苦じぃ……」
俺の首を挟む腕に力が入り、とてつもない怪力で絞め上げられた。
痛い、苦しい、痛い、苦しい、苦しい、死ぬぅ――って。
「………そう。二人が反乱軍なら、こう仕向ける意図が読めないし……というか。まず、私を助けないだろうし」
と言って俺の拘束を解いた。
そもそも初対面。仕方ないとしか言いようがない。警戒心に従ったのは正しい。
「けどっ、あなたに心を開くのとは別。あくまで、敵対しない。それだけの話よ!」
と、人差し指を突き立てられた。
別に感謝されずとも、せめて友好的であってほしい。あぁ、なんだか涙出そう。首も両腕も痛いし。
「まあ。これで反乱軍じゃないとわかったから……――」
俺が悲しみに暮れている中、そんなの視界に入っていないと言わんばかりに、優花へ急接近。
「ねえ! 名前なんて言うの? 年齢は? 可愛い! 小さい頃とかモテた?」
怒涛の質問攻めを繰り広げる。
張り詰めた空気が百八十度変わり、声は殺気の気配を消し、柔らかくなった。
優花は困惑と動揺で忙しそう。俺との会話とは天地ほど違い、どんどん興奮を加熱させている。一方的に打ち解けてる感じだけど。
あ、いやいや。そんなこと考えてると、そのうち口滑らせて、また首を絞め上げられるだけだ。
「えっと、優花。辻島優花。年は十六、だけど……モテたかどうか……」
「いや、絶対モテた。私だったら告白してる。大好きですって。だって、可愛いもん!」
もう、本当はどっちっすか。 今か、おっかないのか。
「あぁ?」
「え、ど、どうした……のですか?」
「アンタ。やっぱ嫌いだわ」
「え、俺なにも――」
「そうね、なにも言ってない。なんとなくよ。雰囲気からして」
ただ単に酷い。
「で、ごめん。名前はツジ、シマ……ユウカ、だっけ?」
「う、うん……」
「珍しい名前ね。オッケー優花。覚えた! さっきはごめんね。『隣にいる女』とか言って」
「あ、いや別に……ちょっと怖かったけど。憧れちゃうなーって。強い女の子」
「キャー、ありがとう! もう最っ高!」
崖の上か下かのギャップ差。完全に蚊帳の外。
それでも、なんとか和平を望んで話しかける。
「あの、さ……――え?」
が、心臓が止まるのかと錯覚させるような、鋭く刃物の視線が向く。
怖い。明らかな険悪の顔で、無言の圧を放ってきている。
まるで主人を守る番犬。
「あっ、私の名前サリス・ティアラ――」
ただし、
「サリスって呼んで。私も十六よ!」
優花という主人には腹を見せ、尻尾を振る。普通に話せれば、それでいいんだけど。やっぱ交友経験の浅い俺は、なにか失礼だったのかもしれない。
「う、うん、わかったよ。サリス」
「キャー、同年代の女子って最高ッ!」
とりあえず、理由だけでも。
「あ、あの……」
「あぁ……?」
「え?」
隙を見て話しかけるが、牽制というより威嚇。やはり第一印象は大事だ。でないと自己紹介すら叶わない。もうすでに、取り返しはつかない。叶わぬ未来しか見えない。
ただ一つ言えるのは、理不尽でもない限り自業自得ということか。交友経験が浅いばかりに招いた悲劇と迷惑、かな。あぁ、悲しい。
「わ、わかった。そのうち――」
「アンタの名前はどうでもいい」
「へ……?」
うん、悲しい。「な」の一文字で名前だって察したよ。
「ちょ、サリス! そこまで……!」
「ううん。聞かなくて大丈夫だから」
「いや、サリスってば……」
サリスは興奮状態のうえ、口軽い。いっそここまで言われると、清々しいまである。
なんだろう。なんか、吹っ切れるよね。もういいや、って。
「だって、酷いと思わない? ゴブリンから逃げる時はまだ許せたけど、着地が雑。あの高さと衝撃の中で生きていられるのは奇跡よ? というか、やっぱ逃げる方法も許せない。もっと安全な方法があるでしょ。しかも、髪はボサボサで服は汚れたし」
手荒だったのは確か。仕方ないとは言わない。頭下げて謝るしかない。
「すみません……」
九十度以上下げて謝意を示すも、返答もらえず頭を上げる。
それにしても、サリスの格好が気になる。よく見れば軍服に近いような服装だった。
こっちから見た右胸は、ドラゴンの顔を模したバッジが一つ取り付けられ、配色は主に淡灰色。同じく右胸に橙色の太い縦線が入っている。
ズボンも配色は同じだけど、橙色のを描いた模様になっている。
もし本当にルーメン王国の軍といっても、このデザインの服装は初見。神界の書物には載っていなかった。つまり最近の情報を俺たちは知らないということになるのか。仕方がない。
何気に収穫があったものの、気付けばかなりの脱線をしていた。
「まあ、仁也が悪いって言うのは確かだね……」
自然と服が気になったのは確かだったけど、結果的に現実逃避だったことも確か。
俺もう、地面削るほどの勢いで涙出そう。ホント、ご迷惑お掛けしました……。
「ほら、優花もそう思ってるよ?」
ごもっとも。
あの経緯で生きてるのは奇跡。よく考えれば、特にサリスはそう。俺たちと違って人間。それを踏まえる必要が俺にあった。ダメだ。異世界に来てから反省点しかない。
「でも、責めることはないよ。私はあの状況、仕方ないって思うよ。私たちの土汚れは払い落せばいい。そもそも、魔獣や魔物と遭遇する覚悟は、できてるはずだしね。髪型に関しては……ちょっと待って」
優花は収納魔法を発動。魔法陣に手を入れ、なにを取り出すかと思えば、その手にはヘアブラシがあった。
優花はサリスに自分の前へ座らせ、背後から乱れた髪型を整え始めた。
それには満足げな表情を浮かべ、まるで親子のようだった。
その間にも話は進む。
「私、同年代の女子とあまり会ったことがないの。だから優花みたいな人と交流を持ちたいな、って思ったの」
「じゃあ、女性より男性が多いの?」
「いや、単に交流が少ないだけね。っていっても、確かに男の人が多かった。不運にも」
「『不運にも』って……」
「だぁって。男にはろくなやつがいない……私にとってあの男も異分子よ」
「異分子って……」
相変わらず、萎える話ばかりが聞こえてくる。
「ねえ、サリス。話は戻るんだけど。反乱軍とか、色々気になるんだけど。そもそも、どうしてゴブリンに襲われてたの?」
優花が終止符を打つ質問を、サリスに投げ掛けた。
「――そ、それは……事情があって。正直、巻き込みたく……ない。でも、ゴブリンとの戦闘で確信に近い。円滑だった。私の見立ててでは、二人は強い。ただ、優花にはあまり無理してほしくないし、会ったばかりで申し訳ないけど――お願い、協力して……」
サリスは一気に冷静な様子――ではなく、表情が暗色に沈み込むも、協力を求めてきた。
正直、散々言ってくれたものだけど。事情が理由かもしれない。
◇
衝撃音。砂塵が噴き上がる。
青紫の血肉と、点在する真新しい亀裂。足踏みによる地響きに、金切り声が支配する山道。
一体のゴブリンが、顎門で貪り続け、咀嚼音は絶え間ない。同族の強靭な肉体を我が物とし、背丈は周辺の木々を易々と超える。
その光景を樹冠から静観する二人。
外套で全身を包み、素顔は深く被った頭巾で隠されている。自然の日傘が頭上にあるが、僅かに漏れる日光にも曝さない。
「おい。ゴブリン殺して、データ引っこ抜くぞ」
「はあ……ゴブリンが可哀想です」
破裂音で複雑に発する言語。
「嘘言え。組織の中で、お前や俺は特殊な人間だ。堕ちたヤツは、んなこと言わねえだろ。ケッ、お前が『可哀想』だなんて思ってるはずねえだろ」
「おっと、それは失礼。では、さっさと回収と報告を済ませて追いますよ。彼らを」
「へいへい、了解……」
癇癪を起こして叫喚し、山道の中央で仰向けのまま、手足を荒々しく地に打ちつけるゴブリン。
松葉色の腹部は極度の膨張状態にあった。
「はあ。ありゃ、後先考えずに暴食したせいで動けねえみたいだ。けっ。ホント使えねえー。バケモノみたいな吸収力がたった数回とは……失敗だな。チッ。なんでこうも貴重な機会を無駄に終わらせるかね。本当に試行を繰り返したんだろうなぁ? 研究班は」
「私たちが知ったことではない。首領様の意思は我々の総意でもある」
「はあ……わかってるっての。お前に嫌というほど聞かされたからな。で、コイツは失敗だから殺るぞ?」
「えぇ、お願いします」
許可を得た男は外套をなびかせ抜剣。枝木を足掛かりに飛び出し、一蹴で空中を飛躍。
一弾指にも満たない速度で落下。
『グラアァァァァ』
「ぅるせえ。実験体ごときが!」
軌道が頸へ垂直に描かれ、無音の斬撃は、松葉の首を容易く撥ねた。
『グアァ…ァ……』
回転しながら宙を舞い、重々しく地に落ちた。
ゴブリンの断裂面からは、青紫の血飛沫が大量に噴出し、巨体は小刻みに揺動しながら横たわった。
事が済み、殺処分した男の同伴者が、樹木から下りて駆け寄る。
「どうです? 実検体の頭から回収できました?」
「当たりめえだわ。ほら」
細長く、掌ほどの円筒。銀一色で、光沢が陽光を反射させる。
遅れて到着した同伴者は、即座に手渡され、視認。複数回頷き、展開された魔法陣に収納する。
「さて、処理は任せましたよ。それも早急にお願いします。でないと再生されて面倒なので。確実に骨の髄まで粉砕して、骨粉にでもしてください」
「うぃー、りょーかーい」
指示に従い実行する一人を差し置き、冷静な物腰をした一人は、眉を顰めて掌に魔法陣を展開し、相応の大きさに縮小。
フードから両耳だけを露出させ、両手を耳元に押し当てながら、魔法陣は淡灰色に変色。無口頭で魔法が効力を発揮する。
『あーあー、作戦実行中の回収班。聞こえるか?』
両側の掌からは、加工された機械的な声が、漏れた状態で発せられる。
「問題ありませんが、音漏れが酷いです」
『そっか。改良の余地あり……ってとこか。まあ、いい。それよりも二点、確認と通達がある。まず、回収はできたか?』
「えぇ。私の収納魔法から、そちらへ転送完了しました。確認してください」
『了解。それともう一つだが、計画通り二人には回収班から調査班に移行して、王城にて待機してほしい』
「ですが、目標は付近に潜伏しています。これも機会の一つでは?」
『保険は必要ない。作戦を実行をするのに数年――いや、もう十数年は経っている。その間、我々は時間と資金、血と汗滲む労力、邪魔な生命の血肉を斬り捨ててきた。それも、一人の小僧のために。世界のために。そして、首領様のために――。まあ、そんなのは誰でも知っている。当然、貴様もだ。で、話を戻すとだな。本計画の追跡班がもう王城に到着している。お前らがそいつらと合流後、最終的には調査班は潜伏者一名とも合流して計五名。我ら主の命より見定めろ。神の眷属を。レアス・デモーニア』
「了解」
『同班のバファナ・ギクセルにも、伝達を頼む』
「はい。早急に」
『では、成功を祈っている』
「グロマ意向実現のために」
『グロマ意向実現のために…… ――』
プツン――と、通信が遮断される一音が、レアス・デモ―ニアの耳元で鳴った。
彼は背後にいるバファナ・ギクセルに、通達の内容を伝える。
ゴブリンの亡骸は跡形もなく消滅し、青紫の血溜まりのみが残されていた。
「わかった。回収班として、ここにいる必要はないからな。通達に従って向かうか……」
「その前に、この血、骨肉と同じく処理対象です」
「えー、面倒くせぇ。骨と肉処理するだけでも、魔力大量消費しなきゃなんねぇのに。確かに魔力は空気中にいくらでもあるが、その度に体力と気力奪われるから嫌なんだよ」
「説得力が微塵もありませんよ。虚言は程々に。どうせ限界の概念はないでしょうに」
「うっせ。なんでさっきと立場逆転してんだ気持ち悪ぃ」
「あなたが勝手に招いたことでしょうが……」
文句を連ねるバファナは、血溜まりに剣先を接触させる。
その刹那、一滴残さず剣が吸収。土色や剣身に変色なく隠滅された。
「わざわざ使うより、土魔法で上から被せば、消費削減できたはずですが?」
「あぁ? はあ……ったく、それ言えよなぁ。癖でやっちまったよ」
「もう、いいです。行きますよ」
「はいはい……だりぃ」
その会話を最後に、空色の魔法陣を足裏に展開し、飛翔した。
「さあ、会えますねえ。神の眷属――アオハラジンヤ……クックック……」