第三十話 野放しには……
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俺の背後にいた優花とジークは、二人並んで魔法陣を展開させて発動準備に取りかかった。
一方の竜は、行動を始めた俺たちを前に再び咆哮すると、頭上を見上げて口から火炎を噴射して攻撃してきた。
ここは、俺と竜の距離を確保より、背後にいる二人と竜の距離を確保する必要がある。
だったら、二人の傍にはいられない。
「距離詰めて、力試しだ!」
神剣を右手に足を進め、加速。俺一人だけで注意が引くように攻撃を開始した。
火炎を噴射した後、竜から落ち着きがなくなると、自分の元へ突撃を始めた俺を確認した竜は、青紫に着色した魔力を口元に集め始めて、肉眼で確認できるほどの冷気が漂い始めた。
ここへ来てさっきから気にはなっていたが、青紫色の魔力がなんなのかを知りたい。
新しく創った風魔法や、内戦の件でも見た。
レアスが変色した魔力を操っていた。確か、それも青紫だったはずだ。
それに優花たちが一切話題にしないこともちょっと違和感がある。知らないにしても、見慣れていれば自然だ。
それにもしかたしら、優花たちが俺の知らないところで同じように目撃しているのかもしれないけど、正直言って気がかりだ。
なんて思っても、キリがないから今は封印――。
「目の前に集中、集中!」」
と、自分に言い聞かせる。
俺は神剣の切っ先を背後へと向けて変色前の無色透明な魔力を集めて、特異能力を放つ。
「【爆風】」
背後の爆風と同時に地面を蹴って飛躍。
勢いをそのままに空中を飛んで、竜の元へ迫る――。
が、竜の冷気を出す大口が目前で開くと、球体状に凝縮された水が瞬間的に生成され、氷結。巨石のような氷塊が口元に現れた。
俺は収納魔法を真っ先に発動させて収納空間から鞘を取り出すと、神剣をそのまま納剣。再び収納空間に戻して、正面に手を突き出して広げる。
手元を狂わせぬように、焦らず足元に白の魔法陣を展開。フルトの一件で見せた優花が使っていた浮遊魔法を思い出して、我流で仕組みを構築したイメージとともに魔力を魔法陣へと注ぎ込む。
やがて魔法陣が吸収する魔力量が、俺の一度に提供する魔力量を上回り、逆に多量の魔力を一度に取り込まれていく。
転移魔法のときのように再び全身を襲う激痛を、その身で感じようとも歯を食いしばって抑え込み、絶叫して魔法陣への魔力供給に抗うことなく、逆に俺自ら魔力を供給すると、青村木の光が上空へ放出。やがて放射状に光は散っていくと、再び魔力にイメージを乗せると新魔法が発動。
魔法陣は一度収縮して完全に姿を消したかと思えば、すぐさま俺の両足裏に、足の大きさと同等の魔法陣がそれぞれ展開。
轟音を響かせて強風が足裏から噴射される。
最初は一瞬だけ暴発して、危うく制御を失うところだった。
なんとか魔力の消費量を調整して、重力に逆らえない身体を支え、浮遊することに成功した。
神剣を一度、納剣したのは魔法発動時のハプニングに備えて対応できるようにしたため。なんとか成功した今は、もう落下する心配も不要――
と思った矢先、竜の喉元が膨れ上がって咆哮とともに氷塊が口から、発射。定めた狙いは明らかに俺。
撃たれた氷塊は一瞬にして弾丸と化した。
あの大きさからすれば、俺はちっぽけ。真正面から打ち砕く以外は逃れる方法がない。
俺は浮遊魔法の魔力消費量を増加させて、そのまま瞬間的に加速。
剣を横へ振り上げて迎撃態勢に入った。
衝突の瞬間を見計らい――
呼吸を合わせて――
一気に――
振り下ろすッ!
「【爆風】」
空気という壁の数々を突き破るようにして迫りくる氷塊を前に、爆発から発生する爆風の両方を振り下ろしきる直前で起こさせ、直線状にいる氷塊に直撃。
急接近していたが、振り下ろした神剣の切っ先が接触した瞬間に急停止。
鼓膜が破れるような爆音と轟音が、振り下ろした直後に鳴り響いた。爆発と爆風の衝撃は氷塊全体を包むようにして、大きく亀裂が走ると氷塊は粉々に粉砕した。
破片は瞬く間に飛散して、地上へ落下していった。
「よし、これで――」
と余裕が生まれた矢先、視界に細長い枝のようになった氷が、天を昇る竜のように無数に現れた。
状況が把握できない。
俺はとっさに足元を確認すると、信じ難い光景が広がっていた。
「え――」
右足の太もも、左足のふくらはぎ。
無数にある内の、二つの枝のような氷が、その二箇所を後ろから刺して貫通。串刺しにされていた。太ももは正真正銘、貫通した。が、ふくらはぎに刺さった氷は、釣り針のように曲がって引っかけるようにして肉を捉えて、辛うじて太もものようにはなっていなかった。
氷には鮮血が付着して、先端から血が一滴ずつ垂れ落ちる。
枝に沿って視線を動かせば、その先にあるのは目下を落下する氷塊の破片。
俺の思考回路は停止する。
疑った。
夢だと思いたい――……いや、現実だ。
そう意識した瞬間に、俺の痛覚は働いた。
そして、俺の感覚は覚醒したように、傷口の惨状を伝えてきた。
細長い氷はその存在を、感覚からも伝えてくるせいか。より意識してしまう。
傷口付近は冷気が漂って、どんどん冷やされる。感覚は麻痺しているのか、冷たすぎて凍りそうだ。
両足を少しでも動かそうとすれば、激痛が走って悶えたくなるが、ただでさえ、新魔法のせいで衝撃が朝に伝わって痛いっていうのに、それで身体を動かせば激痛は必至だ。
さらに傷口へ意識を向ければ、血流の動きが感覚を介して鮮明に伝わってくる。
何回怪我を負っても恐怖は消えない。
血流の動きがわかってしまうと、その恐怖が抑え込もうとする自分を侵食するようで、呼吸は徐々に浅くなっていった。
激痛が走るだろうけど、文句言ってる場合じゃない。ここから脱出しないと身動きが取れないまま、あの竜に殺されるだけ。
ただ、抜き取ってしまえば出血が酷くなる。刃物で刺されたときと同じはず。となれば、治療にあたってもらえるまでは、このままのほうが傷口は悪化しない。
「だったら――」
右手の神剣を枝のような氷に目掛けて振り下ろし、両足とも氷を切断。
風魔法で空中移動して少し上へ。安全は保障されないけど、今の射線上から逃れた。
俺の脚は突き刺さった先端部分が残ったままで、多少の痛みが伴う。けど、切断前の固定された状態よりかは楽だし身動きも取れる。
「図体に見合った一撃だなって思ったけど……姑息な手も仕込まれてなんて……まさか破片が追撃してくるなんて、思わないっての」
開始早々、怪我を負わされた。先が思いやられる。
と、思うと、先程背後で魔法発動を準備していた二人が不意に気になり、左から見下ろして優花とジークを確認すると二人の姿はそこになかった。
場所を見間違えたかと思ってその周囲もくまなく探すが、見当たらない。
一瞬、「竜に……」なんて思ってしまったが、竜を見遣っても二人の姿はない。
「そっか。脱出できたのか……ここで退いてもいいけど……嫌だなぁ、ただ逃げるのも……」
ジークは確か、『国の援軍がある』って言ってた。俺がここで無理にでも対処する必要性があるかどうか。
けど、それまでの間にこいつは大人しく討伐されるのを待つだろうか。
――いいや、待つはずがない。
書物を読んだ。竜の目的は『殺戮と破壊』。
次にどこを標的にするかは、わからない。
目的が殺戮と破壊なだけに、狙うなら主要な都市なんだろうって考えたとき。より、ここから退けない。
最寄りの都市はメスク。サリスやクラリ、フルト。エルッジさんもいるはず。
それに、メスクが侵されれば、次の標的はおそらく王都。ジークとクラリの家族――王族の方々もいる。
内戦後で忙しないっていうのに。追い打ちじゃないか。
緊急クエストはあの二人に任せてあるし、俺がここから退く理由は命だけ。
でも、命を張っているのは、張っていたのは、俺だけじゃない。
てなると、俺に退く理由はもうない。
「ここで……野放しには……野放しには、できるわけがないッ!」
叫び、神剣を振り上げて、特異能力を発動。
「【爆風】」
発動の瞬間を見計らって後ろ斜め下で、爆発と爆風を発生させてさらに飛躍。
再び空中で剣を横へ振り上げ、間合いを詰める。
「おらあああああぁぁぁぁ」
そして、竜は口元に炎を発現させると、その一瞬で大口を開いた。
咆哮とともに口内から火炎が放射される。
燃え盛る炎は容赦なく、俺目掛けて向かってきた。
『ガギャアアアアアァァァァァ』




