第二十九話 隣国にて
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ルーメン王国、竜の出現より数刻前――。
隣国、サウズ帝国の帝都グルクスにて。
ルーメン王国の港町チックを対岸に、潮の満ち引きによって幻のように塩湖が出現するサナ海峡を挟んだ、大国の帝都。
グルクスは、サウズ帝国の最重要都市であり、ルーメン王国との貿易で、唯一の玄関口とされている。
地形は緩やかで、高低差のない町並み。道は橙色系統のレンガで舗装され、建物の間を縫うようにして、くまなく続いている。
帝都は、外部との境界線となっている石製の壁が、中心地から霞んで見えるほど広域。
その町を囲む壁は侵入させまいと、自国側の森林にだけでなく、国境のようになっている海峡側の沿岸にまで続いている。
最重要都市であるがゆえ、帝都グルクスへの出入りは厳重態勢の元、厳しく制限されている。
そして、帝国の最重要都市であるグルクスには当然、王城がある。
帝都は石製の壁によって正方形に囲まれているが、その中心に巨大な王城が鎮座している。
外見は質素ながらも広大な敷地内に佇む姿は、豪華に飾る必要がないほど立派な王城。
敷地と外部の境界線は城壁によって設けられ、厳重警戒がなされている。
そんな王城の最上階が遠目で見えるほどの遠距離にある街並みで、レンガ製で櫛比した切妻屋根の建物が数々ある内の一つに、二人組の姿があった。
「……にぃしても、先を急いだ手っ取り早いやり方だな」
「もちろん。ただ、ボスから迅速性がお好みか、なんて小耳に挟んだことすらないが、この世の事象において、大抵は早いに越したことはないだろ?」
「ケッ、そりゃあ逆を返せば《勘違いの先走り野郎》だっての。てか、今回に限ってはその大抵に入らなかったりしないか?」
「それは、どういうことかな?」
フードを被ってローブに身を包む二人は、ゆっくりとフードに手を置いて脱ぐと、その素顔を明かして話し始めた。
「さあね。自分で考えりゃいい。グロマの《幹部階級》にして《サウズ帝国支部長》のザミル・ファレアさんや」
「バファナ、やめろ。その改まったような気持ち悪い言い方」
と、声量を気にすることなく話す二人だが、建物のすぐ横には大通りがあり、大勢の人間が行き来して時折、雑踏が生まれる。
彼らと大通りは近距離に位置するが、二人の姿はだれの目にも止まらず、気付かれていない。
二人の周囲には町の喧騒だけが響き渡っている。それによってか、他人にはその声が掻き消されているようだった。
「で、結構前にお前の計画を聞かされたが、結局その全容わかんねぇよ。説明が大雑把すぎて」
「悪い」
「ホント頭脳派みてえな口調してる割に、説明下手くそだな」
「それは偏見」
「あぁ、偏見だ」
「即座に開き直った……」
「あぁ、そりゃどうでもいい。それよりも早く聞かせろって。全容を」
「ここで話すことじゃないんだけどな……」
「うっせ、このローブに魔力纏わせりゃいい話だろ? 俺たちの声と姿は、付与魔法で消せるんだから」
「はあ……説明下手というか、準備が忙しいせいで大雑把になっただけなんだけど…….」
ため息をつくザミルはそう言いつつも、淡々と話し始めた。
「まず、事の発端を話そう。そもそも、この計画の主軸を担っているのは当然ながら我らグロマ。アオハラジンヤの拘束。僕としては、長ったらしいのが嫌いな性分なんだ。迅速に事を進めたいが、拘束の命がボスから出ていない以上は下手にできない。だから、今回は段階的なものに過ぎない。彼の力量を向上させるためにね」
「あっそ。それは前々からの話だろ。前置きはいい、早く本題だ本題!」
「そう焦るなって」
「へッ……!」
「まあ、君の言ったとおり、僕たちの計画はいいとして。今回の段階的な計画は、普段よりかは面白い。実は、とあるお方からご依頼がきてね。」
「は? 依頼だと? どこのどいつだ」
訊かれたザミルは両目を右手で隠すと、笑みを浮かべて小さく笑い声を漏らした。
やがて声量は増していき、狂気に満ちた顔つきで言葉を放った。
「聞いて驚け。依頼主は、この国の建国に携わった神だ!」
一瞬、凍り付いたように硬直するバファナだったが、徐々に彼の肩部が上下し始めると、加速していき腹を抱えて大声で笑いだした。
そして、すぐに深呼吸を始めて収まると、ニンマリと笑みを浮かべた。
「なるほどな。確か、アレアドスとかいったか。ここ最近、ほかの犯罪組織で噂になってるな。《邪神》じゃないかってな。」
「へえー、興味深い」
「なんせ、力を求めているだとか。詳しいことは俺たち人間にはわからんが」
「まあ、その件は気にしないでおこう。詮索するつもりはない。互いに利用関係であり、それ以上にもそれ以下にもならない。で、依頼主のアレアドス様だが、どうやら仁也を取り込みたいらしい」
「おい、それって完全にこっちが不利益じゃねえか?」
「そんなことはない。むしろ、あちらに利益などないさ」
「は? だって取り込まれるんだったら、アオハラジンヤはもう存在しなくなるぜ?」
「うん、そうなる。でも、僕たちを頼るということはそれだけ力不足だという証拠だ。そんなヤツらに、何十年も練り上げたグロマの計画を邪魔できると思うか? ボスの足元にも及ばない」
ザミルは再び狂気の顔になって嘲笑すると、やや脱線した話を戻した。
「ま、気にすることはない。好き勝手にやらせればいい。あくまで余興程度。本来なら僕たちがここで、アオハラジンヤの能力値を底上げする予定だったが、余興のおかげで、それ以上の成果が望めそうだ。で、おそらく僕たちの出番は不要だから、期待を込めて予定していた戦力の一部を、アレアドス様に向かわせた。舞台はおそらく帝都だ」
「ケッ、出番なしかよ。まあ、まだ俺に到底及ばないから、まだ様子見でいいか。力の過信が完全に植え付けられたところで、鼻っぱしらへし折ってやる……。で、結局その本来とやらは?」
「あぁ、そうそう。グロマ内の協力者はねえ、君とあと五人。そのうち二人の階級は幹部。でもって、あとの三人は私たちの上位互換。あのお方に最も近い存在で、いつも僕たち幹部を蔑ろにする恨めしいヤツらだ。アオハラジンヤに興味があるらしいが。まあ、その腹いせ込みでアレアドス様の依頼を承って、予定にない余興を組み込んだわけだけど」
「へいへい。なるほどね。要するに余興だけ本気になってんのね。ま、最後まで見届けてやるか。面白そうだし、いいもん見れそうだし、おこぼれ貰えそうだしな」
「そうだね。アオハラジンヤとは、またの機会になりそうだなね。飾りの帝王にはさっき伝えたから、おそらく宝物庫を漁って早急に退散するだろうに。神も王も機能しないなら、この帝国も終わりだな。これで、また一つ。グロマによって国が滅亡するってわけだ……」
帝都の街並みを、切妻屋根から俯瞰して見る二人の目は、氷のような冷酷さに染まっていた。
憐れみはなく、傍観者と同様の態度を帝都民へ向けていた。
だが、彼らが言っていたローブの効力によってか。目下の大通りを行き来する人間はだれ一人として、変わらず二人に気付くことはない。
そして、ザミルがバファナへ一言だけ、ここを去るように声をかけて促した。
ザミルは足元に空色の魔法陣を展開させ、軽く屋根を蹴って浮遊する。遅れてバファナも魔法を発動させて、屋根を軽く蹴って浮遊。
そのまま二人は、切妻屋根から密かに飛び立った。
ローブを強風になびかせ、二人の姿は帝都から消えた。
二人が去ったあとも、帝都は普段と変わらず喧騒に包まれて賑わっていた。




