第二十五話 お前を死なせるところだった
◇
「早く優花たちに加勢しなきゃな……間に合うといいけど……」
名も名乗られることなく、ただ戦闘だけをグロマの幹部に強いられ、惨敗という結果。そのうえ、事情があったのか。俺そっちのけで戦闘を始めてなんとか今、優花たちの元へ向かうことができている。
デットとかいう立ち位置不明の男で、身なりがグロマそのものだし、匂わせるような発言をしていることも相まって、確信へ後押しされている。もとより推測していたので、今はほど確信している。
だが、デットたちと同じく、今は相手側を問題視する余裕はない。
一刻も早く、駆けつける必要がある。
「ちょっと、移動手段変えるか。さすがに特異能力を連発して飛ぶのは、体力も集中力も魔力も必要だし……」
不安に駆られ、俺の心の声はダダ漏れだった。
現在いる地点は、上空。高度を例えるなら山脈ほど。俺の左手にはルーメン王国最大級の山脈がそびえ立っていて平原は森林を挟んだ隣に位置し、そのまま下っていって俺の右手に移れば海岸が見える。
でも上空にいてなお、海岸はほんのうっすらと見える程度。陸地の比率は平原が圧倒的に広大。点々と孤立した山々はあるけど、遮蔽物のない平原の総面積はこの国のほとんどを占める。人間にとっては暮らしやすい土地。
その平原で、現在はゴブリンやウルフと死闘を繰り広げてるであろう優花たちの元までは、この広大な土地に比べれば大した距離じゃないが、視界の中央を侵食するように見えてくるゴブリンやウルフの群れは、それでもまだ、目障りになるほど視界を占めているわけではないため、すぐには着きそうもない。
なんの考慮もなしに、特異能力であの場を離れたので、温存したいところ。
それに到着後の立ち回りも考えておこうと思う、のだが。
先に移動手段を変えるため、特異能力の連発を中断。重力に身を任せつつ、魔法発動の準備に入った。
気付けば生身のままで、魔法や潜在能力は発動されていない。どうやら、先の幹部との戦闘で効力が消えたらしい。
俺は予め潜在能力のほうを発動させ、さらには潜在能力を対象に強化魔法を発動させて準備を整えた。
高度は猛烈な勢いで下がり、着地までそう猶予はなかった。
右手に持つ神剣はすでに振り上げた状態で、わずか数秒。そのときが訪れる――。
振り下ろすと同時に特異能力を発動。爆発と爆風が起こす衝撃波を、クッション代わりに利用して着地した。
地面の踏み心地をわずかに確かめて、休息もなしに強化の施された身体で優花たちの元へ向かおうと一歩を踏み出した瞬間――。
電撃のような痛みが足から流れ、身体を巡るように伝っていき、心臓を瞬間的に圧迫されたような衝撃に襲われて胸部に痛みが、繰り返しやってくる。
続けざまに頭痛も同時に始まり、息苦しくて思考に余裕がない。全身を脂汗が流れ、呼吸は乱れる。
突如起こった二種の激痛に、思わず足元を崩して地面に倒れ込んだ。
息苦しく、死という危険を感じ、恐怖を感じる。まるで、握られているようだった。だれかに。
『あぁ、もちろん。握っているさ――』
その刹那、俺の脳内で男の囁く声が反響して聞こえた、ような気がした。
でも、自分とは別にだれか、この場にいるわけじゃない。
苦し紛れで周囲を見渡しても、人の姿はない。
『だが、殺しはしない。命を確認しただけだ。生きている証を。飲み込んだ異物を排除した。これはその副作用。危うく、お前を死なせるところだった――仁也』
「だれなんだ……?」
と、思わず疑問を口に出して返答を待つが、しばらくしても男の反響した声は一言も聞こえなかった。
そのころには胸の痛みや頭痛も嘘のように消え、乱れた呼吸だけが唯一続いた。
次第に乱れた呼吸は整い、身体は正常だ。
とりあえずは、なんとかなったが。男の声は気になるし、飲み込んだ異物って言ってたのは見当はつくけど、実際言われた通りの効力があったし。なんで今、聞こえてきたのかも不明だし。俺の名前を知っていた。面識のある人を思い浮かべようとしても、脳内に反響して聞こえた男性声と一致する人間はいない。見当がつかない。とにかく疑問は尽きないが、先を急ぐのが最優先。
気がかりな男の声を頭を片隅に追いやって、再び足を進ませる。
結局のところ、体力やら集中力やら魔力は、消費することにかわりないけど低コストで温存しやすくなるから、移動手段の変更はなんとか問題なく済んだ。
驚異的な脚力は、本来とんでもない日数を有する距離を縮め、ゴブリンやウルフの群れを頼りに平原を駆け抜けた。が、その途中。
ふと視線を外してしまい、慌てて戻せば群れの中にいたはずの巨大なゴブリンやウルフは、空間に溶け込むように群れが一斉に姿を消した。
遠目でようやく鮮明に見えてくる地点にいるので、到着まではまだ時間がかかるが、そこに追い打ちをかけるように事態が急変した。
吹き荒れてた強風が止んだかと思えば地響き。加えて雷が鳴っては、どこか肌寒く感じて気温が下がったようにも感じた。ゴブリンやウルフの群れがいた地点に、目を疑う竜の姿が見えた。それも遠く離れた俺にも見える。氷と炎の両方を身体に纏う竜の姿が。
やがて、青白い炎のようなが遠目で微かに青く光って見えた。まるで壁のように竜の首より下をすべて隠した。
目まぐるしい状況変化で、さすがに策なしで加勢には向かえないかった。一切状況がわからない俺がいけば、あの場にいる優花やジークに一時的に負担をかける羽目になる。
一時といえど、その分相手を見定めて攻撃できたかもしれない機会を、そのせいで無駄にしては本末転倒。加勢が意味を成さない。
そう思った俺は、一旦止まって地面に神剣を突き刺して、収納魔法を発動させた。収納空間から魔獣の詳細が記載された分厚い書物を取り出して、該当するページまで猛烈な勢いでめくりまくった。
到着のタイミングもなるべく早めようと、到着を急いで足を進ませながらめくった。前が見えない分よくない行動だが、かといって調べているうちに死なれては困る。
そして、しばらくめくり続けていると、該当するページは突然見つかった。
分類は魔獣。あの姿と同一する魔獣は一匹のみ。確か国王が言っていた《ディンター》とかいう、俺たちとは別にいる神の眷属が、世界規模で活動する団体の旗にも描かれている。
「竜か……それも《天災》……」
この異世界と元いた世界とでは、天災の表す意味が違う。共通して自然現象による災害という意味はある。だが、こちらの世界では魔獣・魔物に対しても当てはまる。この世界には元いた世界と同じように進化の過程で生まれた動物もいる。だが、数は少ない。おそらく世界中の動物の大半は人為的に増えた家畜だ。
当然、弱肉強食であるがゆえに魔獣・魔物のほうが圧倒的に勝る。ここからは書物のほうの知識だが、天災と呼ばれる最もな理由が、自然環境に直接影響するかららしい。それに前時代からの言い伝えも影響しているらしい。
実際、それで雷鳴が聞こえだしたり、強風も嘘のように止んだ。ほかにも気温が下がったりしてガラリと変わった。嘘には思えない。一応、生物ではあるけど、確かに『天災』とも呼べる。
それから、策を練ろうとヒントを探した。
だが、言い伝えだったり天災とまで呼れてるせいで目撃された回数は、ほかの魔獣・魔物と比べて圧倒的に少なく、参考になる情報は少ない。仕方のないことその内容が衝撃的だった。
討伐例ゼロ、目撃例は過去三回。そのすべてにおいて、姿かたちを変え、一つの国が犠牲となり滅亡する。目的は殺戮と破壊。その果てに、竜は地中へと忽然と姿を消す。現在も有効手段は存在せず、犠牲対象は出没した地や、そこにある国……とされている。犠牲となった国やその土地は、その当時の姿かたちに具現化された自然現象が、反映されるように永久的に起こる。犠牲例は亡き二国と、森林のあった土地である《ハアデス王国》、小国の《シャルベドラ国》、そしてイノベルス森林。これらすべてはドラリオン大陸にのみ。加えて、年月が経った今。竜による自然現象は続くが、復興。数々の小国が誕生している。それ以降、今日に至るまで竜の目撃情報はない。
と、俺の目は書物の文章をそう翻訳した。
どうやら、この魔獣の書物にも情報に限度があるようだ。
ただ、どの時代にも影響力は絶大であり、天災と呼ばれる理由がわかった。同時に――。
「じゃあ、この国は滅亡して氷と炎に覆われるのか……」
絶望に満ちた予言を、知ることとなった。
現時点で、策を考えようがない。過去三回も出没して有効手段は生み出されなかった。
出会ってきた人たちの顔が、この世から消えてしまう。
そう想像した俺は、居ても立っても居られなかった。




