第二十四話 周囲に響くは
両膝を突いて必死に声をかけるが、依然として彼の声は返ってこない。
やがて、現実を受け入れたようにエルッジへ声をかけることはなかった。静かに目元から溢れ出る大粒の涙は、頬を伝い、輪郭に沿って顎から垂れ落ちる。
ジークは泣きじゃくりはしないものの、流れた涙は止まらない。
彼は手に持っていた愛剣を地面へ置いて手放すと、エルッジの胸部に手を当てて手の甲に額を乗せる。
「ありがとう……ここまで、見ず知らずだった仁也たちも……生かしてくれて……そしてなによりも、正当にに僕を見てくれて、ありがとう。世の中捨てたもんじゃないな……。エルッジの死を無駄にはしない。緊急クエストにも間に合うように……まずは……」
そう言いかけたあと、置いた愛剣を手に持ってゆったりと立ち上がる。
俯いて脱力した両肩から両腕にかけてを振り子のように揺らし、愛剣の切っ先を竜へ向けると、激情して覇気のある顔を上げ、全身が生き返るようにビクッと動いて力んだ。
「まずはッ、目の前の竜をぶった切るッ!」
風のように瞬く間に駆け出し、彼の視線の先にいた優花の姿はない。
その頃には彼女がジークの背後に位置し、その驚異的な速さで保たれていた距離を躊躇なく詰めていく。
優花は静止するよう求めるが、それに一切応じず。彼の眼中にない。優花の声は届かなかった。
ジークの左目には青紫の火のような魔力が再び具現化し、特異能力が発動した。
彼の脳内に送り込まれる情報の数々を読み取っていく。
一瞬、目を見開いて驚愕していたが、彼の怒りはそれを凌駕して表情は怒りに支配された。
彼はなにを知ったのか。優花にはわかりようがないが、必死にジークを引き留めようと声を張り上げて叫び続けた。
だが先程と同様に、怒りに満ち溢れて感情に身を任せた行動に歯止めが利く様子はない。
唸り声を上げ徐々に距離は縮まるが、竜は巨大な四足で地を踏みしめ、前足を浮かせて直立すると、巨体に見合った大口を開けて咆哮する。
空気を伝って振動し、暴風並みの衝撃波が辺り一帯を呑み込んだ。
身体強化が施された二人でも、後方へ吹き飛ばされそうになり、耐え凌ぐのに困難を強いられた。
その約数秒後には大口が閉じ、直立の姿勢を崩して前足の二本も地を踏む。
辛うじて体勢を立て直そうと再起するジークと優花だが、その間にも竜は、低姿勢で大砲のように大口を二人のいる方角へ向ける。
周囲を風のように流れる魔力は一度停止すると、竜の大口へと向かって魔力の流れが一変。
竜巻のように喉奥を中心として、渦を巻いて吸引していく。
「一筋縄じゃいかない、か」
空気中に流れを作って一帯に充満する魔力を吸い込むが、同時に空間内にあるすべてを対象とする勢いで吸引していく。
そして、竜の身体に具現化された氷結と火炎の現象が、魔力によって活性化。
身体の右半分に起こる氷結は、絶え間なく空気中の水分を氷結。宝石のような氷に変貌させて身体の右半分に纏って、冷気を漂わせ、宝石のように明るく淡い空色に光輝する。
左半分に起こる火炎は、その背丈を伸ばしてより一層に燃え上がり、陽炎が生まれ、同じく宝石のように明るく華やかな赤褐色に光輝した。
しばらくして、竜はその大口を閉じると、口元で魔力によって生成された火を溢れさせながら、左右で空色と赤褐色に煌めく身体を大蛇のようにくねらせると、一度だけ全身を上下させて流れるように低姿勢で再び大口を開けた。
その刹那、正面の長距離に渡って咆哮とともに火炎が放射された。
優花は反射的に【土魔法 ロックドーム】を発動させるが、外部から竜の咆哮と、火炎放射が音を立てて、それ以外の情報は掻き消されているようで入手困難だった。
外部にいるジークを差し置いて一人、自ら作った安全地帯にいる自分に対し、彼女は自分の頬へ平手打ち。彼女の口からは自責の念とジークへの不安が露わになっていた。
それから七秒ほど経った後、鳴り止んだところで優花は魔法を解除して慌てて外へ飛び出た。
「え……」
その途端。彼女の口から不意に、声が漏れ出た。
彼女の正面にジークの姿はない。辺り一帯を見渡そうが、この場にいるのは彼女一人と威圧のある竜の巨体。
優花は恐怖に染まったように機械的な動作で、竜を見上げようと視線を動かす、が。
「ジーク……?」
視界に中央、滅多に見ないが、まさしく足の裏から見た人の姿。やや角度を変えて視界に映せばより明確にわかる。
足元には魔力で溢れ返って、手元には光を反射する装飾品に似た発魔具を手に持っている。
優花はジークだと確信し、晴れやかな表情になって安堵の息をつく。
「優花、僕の援護を頼みたい! 竜の腹部付近の地面に、優花の特異能力を! 時差をつけて、徐々に背中へ爆発するように!」
案の定、声もその正体を証明した。
「わかった、任せて!」
閃く魔装神剣を片手に彼女の特異能力が発動し、無数の光弾が周囲に生成された。
間髪入れずにその剣を振り下ろせば、空中を高速で移動する光弾は、彼女の意のままに操作されジークの指示通り。竜の腹部付近から背部までの各地点で、数個程度の一団となって分散した光弾がそれぞれ瞬間的に配置された。
「【星屑】」
唯一、竜の腹部付近の地面に着弾した光弾が、その衝撃を引き金にして爆発。
単体とは違い、周囲に与える効力は広範囲に渡る。
竜は複数同時爆発によって四足でありながらも片側の前足と後ろ足の二本が空中に浮き、体勢が崩れ始めると配置されていた光弾に、爆発による衝撃が加わって連鎖的に爆発が開始。
瞬間的に電撃が走るように空中で無数の爆発が起こった。
体勢を崩す竜は、連鎖的な爆発による追撃に抗うこともままならないまま、爆発をなぞるようにしてその身に受け、亀のようにもがきながら仰向けになって竜は倒れた。
その間、爆発する光弾を横目にジークが竜目掛けて落下する。
愛剣の切っ先を向け、腹部への着地同時に突き刺し、柄を両手で持って腹を切り裂きながら巨体の上を駆ける。
身体の強化によって人並外れた速度で駆け抜け、裂傷からは大量に出血してジークの全身が鮮血に染まった。
叫び声とともに裂傷は広がっていき、大量の血が噴き上がるが、不意に切り裂かれて血で染まったであろう背後を彼が視界に入れると、彼はその足を止めた。
「え……そんな……」
彼の視界には幻想という名の絶望が映っていた。
一切、見えない。
彼は確かに竜の腹部をひたすらに切り裂いて駆けていた。血は噴き上がって鮮血に染まっていた。
だが、彼の目前に広がる光景には血の一滴も、わずかな裂傷も確認できない。
彼の足元にある裂傷は確かにあったが、切り裂いて十秒にも満たないうちに裂傷は塞がれていた。
最終的に、腹部は無傷となり、もがいていた竜がついには起き上がろうと身を捻じった。
そして、巨体は傾いて起き上がる。
腹部にいたジークは落下し、彼の頭上からは起き上がっていく巨体が迫りくる。
「ジーク!」
周囲に響くは、優花の声と――
「ジーク! 俺だ……仁也だ! 諦めんな!」
空飛ぶ仁也の声が響いた。




