プロローグ(前編)
この小説は初作ですが、最後まで見ていただけるとありがたいです。ただ、プロローグ以降から第二章までは文字数が多いので少しずつ読んでいただければと思います。
大都市の四車線道路を走行する乗用車。突如として急加速し、中央の白線を越え制御を失った。
やがて蛇行走行を維持できず、縁石を破壊。電柱に車体前方が激突。
反動により横回転で二車線を横断。ガードレールが設置された中央分離帯に乗り上げ、車体下が接触。それでもなお停止せず、摩擦により火花が飛散――
と同時に引火し、炎上。
後部座席に幼い男児、母親と思しき女性。運転席には父親と思しき男性。頭部や腹部などから大量に流血し、気絶している。
上空へ黒煙が立ち昇り、大勢の人々が行き交う中、周辺一帯は騒然とする。
通行人の冴えない男性は、通報お願いします。と、雑踏の中にいる一人に叫び、現場へ颯爽と駆けていく。
一部の野次馬は、勇敢な男性の行動に釣られ、即席の救助が開始される。
車両の損傷に伴って、男児側の窓硝子が割れていた。それにより炎の間を縫い、男たちの振り絞った声とともに、幼い命から救出された。夫婦にも救助の手は伸びていくが、行く手を燃え盛る炎が阻んだ。
現況の悪化に歯止めは掛からず、遂には手を出す隙間もなくなった。
力及ばずと悟る者や、無謀な救助を試みて説得される者もいる。刻一刻と経過する時間の中、率先した行動を取る男性は男児を抱え、救助活動を行った一同も避難した。
引き継ぐようにして、その後に続々と消防や救急、警察が現着。
消防は救助活動。一般人で多少の火傷などを負った者は、バックドアの開いた救急車両で応急処置が施された。
携帯端末を片手に持った野次馬は、警察の指示によって後退。危険表示が為されたバリケードテープで、規制が設けられる。
円滑に事態が進行していく中、乗用車は夫婦を残し、爆発音轟かせて爆発した。
事態は更なる悪化を招いた。
急転直下の出来事の裏、救助した冴えない男性から救急隊員へ男児が引き渡される。担架に乗せられ、医療器具を装着。その間に、僅かながら目を開けて意識を取り戻す。
そのまま救急車両に収容される中、炎上する乗用車を見遣る男児は嗚咽する。
その刹那、周囲に一筋の光芒が差し込み、やがて閃光弾のように光は拡大していった。
◇
眩い光に包まれた視界と同時に、胸を締めつけるような感覚に襲われ、生き返るように起き上がる。
「ぐはっ――はあ、はあ、はあ、はあ――ゆ、夢か……」
呼吸は荒く、体が上下に揺れ動く。胸を軽く押さえ、落ち着いたところで部屋の様子を見た。
ベッドには起きろと言わんばかりの日差し。明るかった。
朝の雰囲気が一層際立つ。静けさを大いに感じる自分の部屋。
朝、朝か、朝なのか――と、繰り返し確認した矢先。焦りが生まれた。
「今日学校じゃん。やっべぇ、時間は……」
細い目を擦り、慌ててベッド付近にあった目覚まし時計で時刻を確認する。
現在の時刻は七時四十分――まずい。
登校時間は八時まで――まずい。
落ち着く余裕なんてない。
「ひっじょぉぉぉにっ、まずい!」
俺はすぐに支度を始めた。
いつものように着替え、ワイシャツ姿になって一連の準備を済ませる。最終確認まで完了した途端に、部屋のドアを蹴り飛ばし、退室。
通学鞄とブレザー片手に、階段上で足音を立てながら下りた。
日常茶飯事。寝坊だ。
リビングに到着して食卓へと向かい、テーブルの足に通学カバンを置いた。
その直後、ソファから視線を感じた。背筋が凍るような鋭い視線。
「ちょっとぉ。朝から騒々しいわよ」
脱力感のある声。ソファの背もたれから、不機嫌そうな顔でこっちを見る母さん。朝だからか。本調子じゃない様子だ。これは遺伝だな、と相変わらず。
俺から視線を離せば、テレビの電源を入れて画面にかじりつく。こういうちょっとした文句は、今の俺からすればどうでもいい。
視線を食卓のテーブルへと戻すと、一枚の書類が目に入った。
上記の名前記入欄に「青原丹生」と母さんの名前が書かれ、あとは空白。
嫌な予感がして内容の確認をせず、視線を逸らせば案の定、不機嫌そうにする母さんに分捕られた。
それにしても違和感がある。
毎朝のように遅刻寸前の俺と一緒に慌てる母さんだけど、今は一切感じない。
「ねえ母さん」
「ん?」
「いつもの慌てようはどうしたの?」
「え? だって時間、まだあるでしょ?」
「は……?」
耳を疑う。様子からして納得のいく返答だけど。
確認のため、反射的に掛け時計へ視線を走らせた。
ベットにあった目覚まし時計は確かに、七時四十分を指していたはず。
「え、マジ? これ壊れてないよね?」
掛け時計を見た瞬間、己の目までも疑うことに。
針は六時十五分を指している。登校時間の八時までは約二時間。
「壊れてないわよ。仁也の部屋の時計と違って、こっちは新品なんだから」
「あ……そ、そうだった。目覚まし時計壊れてたんだった。忘れてたぁ」
寝坊助が発動したようで。
どうやら意地悪なことに、針は七時四十分を指したところで止まってたみたいだ。正直なところ、惰眠を続けたく思うが。
なにせ、あの温もりときたら、もうたまらない。愛おしいさも感じる。肌触りの優しいふかふかなベッドこそ、安息の地であり、自堕落を誘う魅惑の地。これぞ寝坊の常習者が描く聖地だ。
「にしても、こんな早い時間によく起きてこられたねぇ」
「え、あぁ、うん。なんか記憶にない交通事故の夢を見てさ。それで起きちゃって」
記憶にあるわけじゃないし、所詮は夢でしかない。大して気にすることなんてない。
母さんに「なにそれ」とでも小馬鹿にされ、あっさりと終わると思っていた。
だが、今まで俺に暗い表情なんて一切見せてこなかった母さんが、暗く沈んだ表情をして俯いた。
「……」
「どうしたの?」
俺がそう話しかけると、母さんは誤魔化すように苦笑。朝食を食べてと呟くだけ。
その様子にしこりが残ったが、これ以上掘り下げようものなら、元より不機嫌な母さんの怒りを買いかねない。言われた通り朝食の用意をすることに。
最近――ではなく、体質なのか幼児の頃から寝坊は絶えなかった。毎日のように寝坊しては、慌ただしく時間との格闘を繰り広げている。
いやしかし、余裕を持って朝食を用意するのは、新鮮味のある感覚だ。
どこか浮かれ気分になりつつも、冷静になって考えてみれば不思議だった。余裕があれど、先に家を出る母さんが在宅中なのだ。
「あれ、今日仕事じゃないの?」
「ん? 土曜日だけど違うよ。休んだ」
「へぇ、そうなんだ」
俺が幼い頃、交通事故で父さんは死んだらしい。残念ながら、俺の記憶にない。年齢は二歳ほどで、ちょうど夢で見たような事故だったらしい。
助からなかったのは、俺たちの救助を最優先させたから。
夢も相まって、そんな話を母さんから聞かされたのを思い出した。
母さんはその事故後、若くも再婚することはなかった。現在までシングルマザーの身。女手一つでここまで育ててくれた。
俺が再婚しないことに異議を唱えることはあり得ないし、その権利は当然ない。
そんな余裕があるなら――なんて仕事を増やしたのかもしれない。
感謝ばかりだ。
「ねえ。仁也」
「ん? なに?」
「今日、文化祭?」
「うん。そーだよ」
そんな暗い話とは打って変わって、今日は文化祭があることを忘れちゃいけない。
毎年一回行われる学校行事。とはいえ、文化祭だから早くおきたわけでもなく。夢のこともあるけど、土曜日ということもある。
休日は平日と違って、妙に早く起きれる。ホント、この能力は平日で発揮されてほしい。
「そう。だったら今日は気を付けなさい」
「え、なんで?」
「ほらテレビ。ニュース」
寝坊しがちで久しぶりに見る朝の情報番組。俺は二つ返事でテレビ画面を視界に入れた。
画面の右上にあるサイドテロップには、「殺人事件の犯人が逃走」とあった。一人の怪しい人物が、閑静な住宅地を駆け抜ける映像を流し、報道している。
繰り返し映像は流れ、殺人犯の通過していく速さは残像になるほど。
格好はフード付きのローブを着ているように見え、怪しさを醸し出している。格好からして、いかにもって感じだ。
番組内では殺人事件以前に、怪しい人物への疑問が飛び交っていた。
走る速度は人並み以上とも表現できない。比喩表現が「自動車」でも誇張かどうか怪しいところ。
それに映像を注意して見てみれば、自宅の周辺地域だった。
カメラの映す背景には、自宅からそう遠くはない見覚えのある土手があり、その先には川幅の広い河川がある場所。
地名からも間違いはなかった。
普段よりも身近に感じるし、恐怖が間近にあるというのは、これまでの経験上ない。
「殺人事件……」
「ここら辺で起きた事件だから不安なのよ。今日は本当に気を付けてよね」
「まあ、気を付けておくよ」
こういうことは確かに不安になる。が、関係ないと思っている自分もいる。
注意するかぁ、て感じ。
すぐに頭の片隅へと不安は追いやった。
十五分後――。
朝食を食べ終えて食卓を片付けた後、ブレザーを着て早めに家を出た。
外は肌寒い冷え冷えとした風が、露出した肌の上を流れていく。
「うぅ、さみい。もう寒くなるのか……」
ちょうど秋が到来した頃だろうか。朝は寒々としてるけど、日中は睡魔に襲われるような暖かさがある。いや、それだと秋の真っ只中か。立秋は残暑か。やべえ、頭回んねえ。さみぃー。
「朝だけの辛抱……」
普段のように着替えた結果。防寒着を忘れ、制服だけで保温に必死。見慣れた通学路を歩きながら、文化祭のことを考えていた。
思えば、直前準備で早く家を出なければいけない必要があったことに気付いた。
自分はクラスの出し物のみだけど、当日にしかできない準備とか、仕事の確認とか色々ある。いつも通りに登校するようでは、危うく怒られるところだった。いや、それどころじゃ済まされないかもしれないが。危ない危ない。
俺は奇跡的な起床と土曜日に感謝しながら、遅刻寸前のたびに疾走する通学路を、今はゆっくりとした足取りで歩いていく。
学校生活において幸いなのが、学校との距離が比較的近いこと。
閑静な住宅街を徒歩数分ほど。狭い路地に入ればもう学校付近。
その先には車の往来が激しい大通り。あと数分、ここは一分で、と必死になることもない。
そう思うとまた浮かれ、スキップ交じりで路地を抜けた途端――左手から人が現れた。
思わず相手と視線が合い、逸らしたかった。けど気付けば、俺の友達だった。
「あれ、仁也?」
「え? 優花?」
読んでいただきありがとうございます。まだまだ頑張ります!